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フネになるということ

 老骨船たちはデュークから1キロほどの距離を取りました。それまで合わさっていた識別信号も分離されて、各々が持つコードが明確になってゆくのです。


 戦場工作艦ゴルゴン――”見通す眼光(ザ・インサイト)


 高速輸送艦アーレイ――”韋駄天(ザ・スピード)


 巡航客船ベッカリア――”華麗なる手管(ザ・マジック)


 仮装特務船オライオ――”魔船(ザ・デビル)


 デュークの周囲を遊弋する老骨達が、艦船種別、個体名、そして一握りの龍骨の民にだけに許される二つ名を高らかに告げるのです。


「我ら、いまだフネなり!」


 生きている宇宙船の老人たちは、自分がフネであると高らかに宣言しました。

 ガタが来て、皺が寄り、落とし切れない錆を持つ彼らではありますが、その声には現役のフネにも負けない力がありました。


「デュークよ。お前は龍骨の民であるが、まだフネではない。宇宙を行くめに必要なものが不足しているのだ」


「ふぇっ…………何が足らないの?」


 突然の宣言に、デュークは龍骨を捩じって考えます。


「老いてガタが来たワシらですら、持ち合わせているもの。臨界する縮退炉、フネの肝がまだ出来ておらんのじゃ」


 縮退炉とは縮退物質によるマイクロブラックホールをその中核とする動力炉です。

 オライオの言う通り、その超効率的なエンジンは、恒星間を縦横に駆け巡るためには不可欠のモノでした。

 

「縮退炉を臨界させねば、フネたる存在とは言えないのだ」


 デュークのカラダには、原子力電池、分裂炉や融合炉などのエネルギー源が備わっています。でも、それらは広大な宇宙を飛ぶには、いささか力不足でした。


「そうなんだ……」


 ゴルゴンの言葉に、デュークは本能的に納得します。

 

「さて、これから始めるのは”フネ”になるための儀式――縮退炉の臨界試験なのだ。縮退炉を動かすことが出来なければ、フネになれない」


 実に真剣な眼差しをしたゴルゴンが、セレモニーを始めると宣告しました。


「さて、お前はフネになれるだろうか?」


 大きな眼を(すが)めながら、ポツリと呟きます。


「えっと、大丈夫のはずだよね、僕だって龍骨の民なんだから……」

 

「普通ならば、そうだろう……だが、デューク、お前は特別なんだ。お前には12個の心臓があるんだ。それらをすべて臨界させて、同調させなければならないんだ――」


 デュークのお腹の辺りを眺めながら続けます。


「失敗すれば、バランスを崩して縮退炉が暴走するかもしれない……」


「え、えええ、そ、そうなの!?」


 デュークはこれまで、何とはなしにカラダの中の熱源を使いましたが、本当の心臓である縮退炉は別次元のものでした。


 暴走と言う言葉が、彼の龍骨に「縮退炉の暴走、爆縮」というコードが流します。


「”自壊”…………ふぇぇ、このコードは一体何なの!?」


 恐ろし気なコードに、デュークは龍骨を震わせました。


「それは、龍骨が折れる可能性を示すコードだ」


 ゴルゴンは、あっさりと口調でそう告げました。


「まあ、安心しろ。計算では、事故が起きる可能性は数パーセント位、だ」


「えええ、そんなにあるの? きょ、今日はやめにしない?」


 数パーセントというものは、結構起きそうな確率です。

 とてもやれることではないと、幼いデュークでも理解できました。

 本当であれば、心の準備が必要でしょう。


「だが待てない、時間の経過とともに、未臨界の縮退炉は不安定さを増すのだ」


 早く縮退炉を臨界させないと、危険なのです。


「そもそも、お前の龍骨は――縮退炉を起動させろと言っているはずだ」


 ゴルゴンがデュークの龍骨を見透かすように指摘しました。


「あ、星を掴めって――」


「カラダが少年期に向かい始めているのだ。龍骨の民にとって実に自然な生理現象なのだ」


 龍骨が発達し、宇宙を観測すると、自然とそのコードが浮かんでくるのです。

 ネストの外に出た時に龍骨に感じた感覚は、日増しに大きくなっていました。


「ただ、危険は減らすことはできる」


 ゴルゴンが、カラダから長いパイプラインを取り出し、デュークに投げました。

 オライオも、ベッカリアもアーレイも、太いパイプをスルスルと手繰り出します。


「ふぇ……これって一体なんなの?」


「エネルギー供給ラインで、お前と私たちの縮退炉を連動させるのだ!」


 ゴルゴンは大きな眼をクワっと見開き言いました。

 つまり、老骨船のカラダをバッファとして使って、デュークの縮退炉が臨界するのを助けると言うのです。


「老骨船とはいえ、4隻分のエネルギープールがあればいける……はずだぞ」


「縮退炉事故がなんぼのモノじゃ――、安心して”不運と踊っちまう(ハードラックとダンス)のじゃぁ、グハハハハハ!」


「もしもの時は、私達4隻も一緒に逝きますぞ!」


「うむ、死なばもろとも、一緒にマザーに還ろう。龍骨も残らないほどに爆発するかもしらんが」


「ふぇぇぇっ、事故るのを前提にしないでよぉ!」


 おじいちゃんズの言葉に、デュークはちょっぴり不安になりました。

 サポートがあっても、無視できない確率で事故は起きうるのです。

 そんなデュークに老骨船たちは、このような言葉をかけ始めました。


「フネの生涯には未知の航路を行くときも、戦場を駆ける時もある。危険とはいつも隣りあわせなんだ!」


「流星群が飛び交う航路を行かねばならぬこと――敵の侵攻が迫る惑星から住民をまるごと疎開させたり――ものすごいデンジャーが待ち受けているのですぞ!」


「じゃが、恐れてはならん、リスクを恐れてはならん! その様なものは食べてしまうのじゃ、龍骨で食べてしまうのじゃ! それが龍骨の民というものなのじゃ!」


 老骨船たちは、生きている宇宙船とは危険と隣り合わせ生き物だと断言し、それが生きざまだと諭すのです。


「「危うさを正しく認識し、それを龍骨の正面で受け止めるのだ。それが星の世界を駆けるフネというものだ――」


「……フネに成るって……そういうことなんだ……」


 デュークは、龍骨の中に、老骨船たちの言葉を受け入れました。

 

「……それがフネ……」


 白くて大きなカラダがブルリと震えました。

 

 それは決して、怯えによるものではありません。


 だって、彼の龍骨は強く、決して折れるようなものではないからです。

 

 危険に相対して、それと対峙し、なお龍骨(心)が勇み立つ――


「それが龍骨の民ッ!」


 デュークは、生きている宇宙船に必要な、心構えと覚悟を掴んだのです。

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