小休止
提督とラスカー大佐が水雷戦隊の行く末に安堵し、恐れを知らぬトクシン和尚に直線部隊を任せていたころ、デューク達は加速を一時的に停止しカラダを休めてほっと一息入れていました。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
「ふはぁ――――疲れたわぁ」
「排熱、排熱、ぷしゅ~~!」
彼らは融解どころか気化しはじめた推進剤を循環させ、盛大に排熱することでカラダの熱を落としているのです。
「やだわ、カラダのあちこちが少し歪んでるじゃない。縮退炉はズキズキするし」
「熱も応力も半端ないね。あ、カラダの中がザワザワしてるぞ」
「オートリジェネ発動だね! ボクの中のナノマシン達がんばってぇ~~!」
フル回転していたデューク達のカラダのところどころにダメージが入っていました。体内のナノマシン達が「宿主が傷んでる、早く治せ!」「龍骨だ。龍骨を優先だぞ」「熱ダレしてんのに、きっついなぁ」とかなんとか言ったかはわかりませんが、とにかく自己修復のペースが高まります。
そうこうしていると、プラズマを吐き出すのを止めた艦艇がアーナンケを離れ始めました。
「あれは直掩部隊のフネだわ」
「迎撃に行くんだね~~~~!」
「旗艦は――あのきらびやかなフネだね」
部隊の旗艦を勤める重巡洋艦――どうにも軍艦らしくない尖塔やら門構えを持ったフネが悠々と出撃してゆきます。
「あのフネって派手派手で、まったく軍艦に見えないなぁ」
「なぜか、デコトラというコードが浮かんでくるぅ~~!」
その巡洋艦は艦橋上にごちゃごちゃとしたマストやでっかい門のような装飾を持っており、その他多数の装飾によって軍艦とは思えないほどの豪華絢爛さを持っていました。
「あそこって、いつも音楽が流れてるよね。常在戦場とか、見敵必殺とか、ラッセラーラッセラーって歌ってるみたいだけど、どういう意味だろう?」
「ドンドンバン! ドンドンバン! ポクポクチーン! ってバックミュージックも聞こえるよぉ~~!」
そのフネはいつも電磁波や強力な思念波の歌声や、リズミカルな音楽を流しているのです。
「不思議なフネだよねぇ。共生宇宙軍のフネじゃないみたいだけど」
「あのフネってなんなのぉ~~?」
デュークとペトラは艦首を捻りながら、景気よく出撃する巡洋艦を見つめます。
「あれはドンファン・ブバイ教会の重巡クイフォア・ホウデン――巡洋艦でありかつ神様を祀る戦場教会なのよ。流れているのはお念仏とか、聖歌ってやつね」
他の二隻が艦首をひねる中、ナワリンは「宗教のフネよ、宗教」と説明しました。
「神様……ええと、形而上学的な超越存在ってやつか」
デュークは「神様」というコードを味わうと、また艦首を捻じりました。実のところ、龍骨の民も宗教を持っているのですが、彼の生まれたネストでは、皆が皆バラバラに、適当な宗教を信仰しているものですから、その存在についてよくわかっていません。
「形而上学的な超越存在――ポッサロ・エビス様みたいな? 神様を崇めてると、商売繁盛したり大漁豊作になるんだよね~~!」
ペトラは「神様、仏様、エビス様ぁ~~ありがたや、ありがたや~~!」と両手をパンパンと叩き、「手と手を合わせて、幸せ~~!」などと、心の中の仏壇だか神棚にいる神さまに祈りを捧げます。神の御名を口にしました。エビス様は出身氏族であるメルチャントで信仰されている商売神であり、お酒の神様でした。
「そうね、神様ね。でも、あれは戦いの神様なのよ」
ナワリンは続けて、「戦場神とか、バトルゴッドとか呼ばれててね。縮退炉とかブラックホールの中にある事象の地平線の先にいる縮退炉の神様でもあるのよ」と説明しました。
「へぇ、戦いの神様なんているんだ。それにしても、随分と詳しいねぇ?」
「だって、うちの氏族は、ほとんどがドンファン・ブバイの信者だもの。おばあちゃん達、毎日お経を唱えているのよ」
龍骨まで武装されている脳筋氏族なアームド・フラウのネストでは、「全艦全速ぅ――星間突撃ぃ――天元突破ぁ――!」といったお念仏が、年がら年中響いています。唱えるマントラが攻撃的にすぎるのは、ドンファン・ブバイの化身とされるスサノーという激烈に武闘派な神様を主に信仰しているからです。
「あのフネには主神であるドンファン・ブバイ様に帰依したお坊さんがたくさん乗ってるの」
「お坊様――僧侶、ご住職、和尚さん……なるほど、お祈りするのが仕事の人かぁ」
龍骨の中のコードを確かめたデュークは「そういうものなんだなぁ」などと理解しました。
「お祈りすると功徳を積めるんだよぉ~~!」
ペトラは「功徳功徳、有り難みぃ~~!」とのたまい、こう続けます。
「あの神様を崇めて功徳を積むと、なんのご利益があるの~~?」
銀河大百科事典には、功徳――善い行為には、優れた結果を将来する力が徳として備わること。 善を積み、あるいは修行の結果、むくいとして得られる果報。恵み、福徳、利徳、利益、神仏の恵み、それらを得るための能力――という記載があるのです。
「ドンファン・ブバイ様は戦の神だから、戦争に勝てる確率がアップするの」
ナワリンは「多分、戦略に10パーセント、戦術に20パーセント、戦闘に30パーセントくらいのボーナスがつくかもね♪」と冗談交じりに説明しました。
「だから、軍人とか傭兵とか戦いを仕事とする人たちが崇めてるのよ。それに、乗っているお坊さんたちも、戦闘力がすっごく高くってね、別名をバトルモンクとクラリックとか呼ばれてるわ」
「バトルモンクって~~?」
「そのものズバリ、戦うお坊さん。ものすごい修行をしていて、めちゃくちゃカラダが強くて、思念力も高めまくっサイキックでもあるから、壮絶な戦闘力を持っているらしいわ」
戦の神の教会のお坊さんたちはお祈りするだけではなく、徒手空拳や武器を用いた修行や、厳しい精神修養の訓練を行うのです。
「基礎の動きをマスターするだけでも攻撃力は少なくとも120%上昇し。さらに一撃必殺の技量も63%上昇するの。そして、修行を極めたバトルモンクは、素手で縮退炉の壁すら壊すことができるのよ!」
「えっ、縮退炉の壁を……」
縮退炉の壁は、戦艦の主砲を直撃しても破壊することは難しいレベルの硬さと密度を持っています。でも、鍛え抜いたカラダに高度なサイキック能力を合わせれば、出来ないことではありません。
「ま、それが出来るのは、総首領とか三大冥王と呼ばれるトップクラスの人たちだけみたいね」
ドンファン・ブバイは、総首領を始め、三大冥王、十傑衆、百人戦長、有象無象といったヒエラルキーがあり、その階層に上がるにはそれだけの力を持つ必要がありました。なお、総首領はビッグファイアとも呼ばれています。
バトルモンクは、標準的なヒューマノイドなのにマッハの速度で走ったり、まさに鉄の塊としか思えぬ1トン近い剣を振り回したり、目や手から思念波の波動を飛ばして敵を攻撃する――――化け物なのです。
「戦争の神様のお坊さんって、すっごいねぇ~~!」
「なるほどなぁ……あれ? もしかして龍骨の民のバトルモンクもいたりする?」
「ええ、いるわよ。うちの氏族には、軍の年季奉公が明けたら教会で修行を積むフネが時々いるのよ。装甲空母のヴィクトリアスさんってフネは、次期三大冥王と目されるらしいわ」
ナワリン曰く、そのフネは巨大な棘のついた物騒な鉄塊のようなものを持って、数多くの戦場に赴いているというのです。
「お念仏を唱えながら、ほえほえ見敵必殺ぅ~~、ほえほえ神敵鏖殺ぅ~~って喜び勇んで敵に向っていくんだって。二つ名は”撲殺聖女”とか”鏖殺姫”だったかしら?」
「強そ~~!」
「な、なんて物騒な二つ名なんだ……それに巨大なメイス……ゴクリ…………」
デュークは「そう言えば僕もこないだ、そんな事をさせられたなぁ……」と、戦艦を戦艦でぶっ叩いた”嫌ぁな感触”を思い出しました。なお、ヴィクトリアスはそれを嬉々としてやるフネです。
「とまぁ、戦争狂いのバトルモンク達だけど、基本敵に戦争を鎮める方向の神様でもあるから、海賊退治とか、星系紛争の調停とかもやってるみたい」
「なるほどねぇ……あ、もしかして、ナワリンもバトルモンクになりたい?」
「へ? まさかぁ――それはないわ。バトルモンクの修行は苦行なのよ!」
「修行って、たとえば~~?」
ペトラの疑問にナワリンは――
「100Gの重力が掛かった部屋で寝起きするとか、縮退炉を爆発寸前までド突き回して度胸試しとか、思念力を高めるため、無酸素状態で宇宙空間を漂うとか――三大冥王って呼ばれて偉い人達なんて、核融合炉の中に入り込んで、お焚き上げの儀式を行うんだって」
常人には伺いしれぬレベルで鍛えられた精神力と信仰心に裏付けられたサイキック能力があれば、それが可能となるのです。
「融合炉の中……恒星に潜り込む感じか……プラズマバリアを貼れば……いや、熱で駄目になっちゃいそうだな」
「うん、そんなことしたら爆死するねぇ~~!」
生きている宇宙船は、艦外障壁を張ることができるので、天然の核融合炉である恒星の中に入っても多少は持ちこたえられますが、普通はそんなことはやりません。
「その上、その状態で”断食”するのよ。ありえないわ」
「ふぇっ!? 御飯食べないってこと?!」
「うぎゃぎゃ、絶対無理無理ぃ~~!」
龍骨の民にとって、ご飯は生命よりも大事なものです。ナワリンいわく、件の爆殺聖女ヴィクトリアは、その苦行に3週間も耐えたのですが、数100万トンほど体重が落ちたところで「ほぇほぇ……もう駄目ぇ!」と絶叫し、ご飯を食べ始めたそうです。
「で、でも、そんなに耐えたんだ。ヴィクトリアスさんって、凄い精神力をもってるなぁ……」
「フネを超越してるよぉ~~!」
「ま、そんなことやるのはガチ勢だけね。私はライトでマイルドな信者なの」
デュークとペトラは「断食するくらいなら龍骨を折る方がましだ」と思いました。そして、それはナワリンも同じなのであり「ドンファン・ブバイ様を崇めて、有り難みってやつだけ貰えばいいわ。断食、なにそれ、美味しいの?」とつぶやきました。
「それにね、そんな修行してたら、お買い物やお化粧やグルメ歩きができなくなっちゃうじゃない! 絶対やなのよ!」
「うんうん、分かるよぉ~~! 帰ったら、一緒にお買い物行こうよ、ナワリーン~~!」
デュークたちは現在進行形で戦地にいるものですから、帰還できればボーナスが出るのです。なのでナワリンとペトラは「戦場勤務のボーナスごっつぁんです!」と声を合わせて笑い声を上げました。
「あ、デュークは荷物持ちをしてね」
「ねっ~~!」
「ふぇっ、またぁ……? しょうがないなぁ」
デュークたちはカラダを休めながらそのような会話を続けます。しばらくすると、ピーピーピー! というアラームが鳴り、「各艦縮退炉臨界へ、リミッタ解除、オーバーブースト再開に備えよ」と号令が掛かりました。
「休憩終了だね――よし、もう少し頑張るか!」
「ええ、もう少し押し出せば、逃げ切れるものね」
「お~~~~!」
小休止を入れて僅かに体力の回復した三隻は、アーナンケを推し進めるお仕事を再開したのです。