青白い顔をした准将閣下
青白い顔をした閣下が主役な、主人公どころかカークライト提督すら出てこない、真正の幕間です。
デュークを絡めたかったのですが、難しかったのです。
まぁ、共生宇宙軍の面々の様子を描くということで、世界観の足しに……(苦笑
というのが、以前のお話だったのですが、先の方で、彼らが活躍する展開をやっとこ書けました。
これは幕間ではなく――――伏線なのだぁ!(先にバラしてゆくスタイル
「閣下、縮退炉の異常が危険レベルに達しました」
「やむをえまい」
第一打撃戦隊の中核である戦艦デウスの艦橋にて、戦隊指揮官兼デウス艦長アルベルト・アミルカッレ・ティトー准将が、青白い顔に憂鬱な思いを色を浮かべながら「釜の火を落とせ」と命じました。
「縮退炉停止を確認。融合炉への出力転換の際、照明落ちます」
縮退炉から補助エンジンである核融合機関に切り替わる際、電力サージを避けるために、艦内の照明が暗くなるのです。
「おお、デウスの火が落ちる……」
ティトー准将は両の腕を掲げ、青白い手をわななかせながら「なんたることか」などと大仰に嘆きます。
「千年帝国も最早終わりか――――」
彼の口調と仕草には、高位の軍人というよりは、首都陥落間近のどこぞの帝国にいる最高指導者のような感じがするのです。。
「暗い……暗いぞ……」
端から見ていれば喜劇役者の演技のようにも感じるのですが、それは実のところ本気の本気なものでした。
「これが神々の黄昏というものか……ヒス君。この悲しみをどうすれば良いのだ?」
准将は総統病と呼ばれる――どこか別の宇宙で総統と呼ばれていた自分が、なにかの拍子でこちらの宇宙に来てしまった――という妄想を発症する奇病に侵されているのです。
「閣下。ご安心ください、これは一時的なものですぞ。従兵、従兵、総統閣下にワインをお注ぎしろ」
そんな重篤な心の病を抱えている自称総統に対し、副官たるアイヒス中佐は「ヒスって略すの止めてほしいんだけどなぁ」と思いつつも、話を合わせてあげたり、従兵を呼んだりしています。中佐は大変心の広い人でした。
「照明回復します」
電源が切り替わったのち、回路が正常に戻ったため、デウスの艦橋にパッと照明が戻ります。煌々とした光を取り戻した艦橋で、息を吹き返した准将閣下は「状況は?」と尋ねるのです。
「現在、本艦のパワーリソースは核融合による補助電源のみです。生命維持装置の維持に問題はありませんが、推力は数パーセント以下となっています」
「兵装はどうだ?」
「は、コンデンサに残存するエネルギーでは艦首軸線砲が一回だけ使えるだけです」
「ふむ……縮退炉がなければ、武勲の誉れ高きこの戦艦デウスも最早動かんな。もはや連合と軍に対する責務を果たすことができん」
ティトー艦長は、自分が共生知性体連合に間借りしている客将のような物言いで「まったく残念なことだ」と言いました。ティトー艦長の脳内では、そういう設定になっているのです。
そして准将は副長たるアイヒス少佐に顔を向けて、こう尋ねます。
「ヒス君。今後の行動はどうなっていたかね?」
「は、本艦を含む第一打撃戦隊の艦20隻――その乗員は全て退艦させます。その後、戦艦デウスらは予定通り、敵の進路に向けて投棄します。電子制御系は全て焼却し、アナログ式の自沈装置をセットするため、クラッキングの恐れはありません」
「そうか、しかし投棄とは、勿体ないことだな。それに、それでは単なる爆雷にしかすぎん――いや、それ以下だ」
投棄される予定の軍艦は、敵軍にハッキングされるのを防ぐため、そのような措置が取られることになっていました。
そこでティトー准将はやおら腕組みを始め、「この様な時はどうするべきだったかな」などとブツブツと独り言を始めます。
「閣下……?」
「よし、私は艦に残るぞ――――」
ティトー准将は「私が舵を握れば、最低限の操艦は出来る――最後のエネルギーを使って、少しでも敵を食い止めて見せよう」などと言い始めたのです。
「ふっ、艦長はフネと運命を共にするのが習わしなのだ」
「ああ、そうですか……」
共生宇宙軍にそのような習慣はありませんが、ナノマシン治療でも取り除けない深刻な妄想癖を持っているとされるティトー准将の中では、そう言うことになっています。
「閣下、それでは、この舵をお譲りします!」
航海長兼操舵手である少佐が舵から手を話しながらそう言います。彼は戦艦デウス勤務10年のベテランで、艦長の病についてよく知っており、大変に心が優しい軍人であり、かつ、ノリがいいことで有名でした。
「自ら舵を取り、単身、敵に向かう――――まるで上出来の英雄物語ではないか……フフフ、フハハハッ、フハハハハハッ!」
「それは、ようございましたなぁ。ははは……」
見事な高笑いをキメた准将は舵を握りしめてご満悦となります。そして副官アイヒス中佐はそれを止めるような事はしないのです。
彼はこういうとき、准将を無理に止めようとすると、面倒なことになるのを知っているからです。代わりに彼は「衛生兵に鎮静剤を準備させろ。准将に打ち込んで、簀巻きにするからな」と従兵に告げました。
「そうだ、この様な時は、ロープを使ってカラダを舵にくくりつけるのが、古式ゆかしい作法だったな」
そんな副官を他所にティトー准将は、満面の笑みを浮かべながら舵を握りながら、そんな事を言い始めました。彼は手近なところにいるクルーを見つけて、手招きしながらこう告げます。
「そこの赤い顔をした太り過ぎの君」
「へっ、私がですか……?」
ティトー准将が声を掛けたのは、最近やってきたばかりの新顔クルーである兵装担当のフトッチョフ少佐でした。彼は大変な肥満体であり常に赤ら顔でにやけた面をしている種族的特徴を盛っています。
「酒を飲んでいる暇があるなら、カラダを舵に縛るのを手伝ってはくれんか?」
フトッチョフ少佐のことがまだよくわかっていないティトー准将は、少佐がいつも酒を飲んでいる、暇なやつくらいに思っているのです。
「別に飲んでいるわけではないのですが……それに舵にカラダを……御冗談を」
と、当然のことながら少佐はためらい、助けをもとめるように副官アイヒス中佐に目を向けるのですが「鎮静剤の準備がまだだ、時間を稼げ」と書かれたボードが目に入るのです。
周囲のクルー達も「総統閣下の命令だぞ」「話合わせてやれ」「可哀想な人なんだ」という視線を飛ばしてくるので、フトッチョフ少佐はなんとも言えない顔になりつつ、座席にカラダを固定していたハーネスを緩めながら、こう言います。
「ワハハ、こりゃ面白い。総統も相当、御冗談がお好きですなぁ、ははは――――」
「「「あっ――――――!」」」
その時、戦艦デウスの艦橋内に、見えることのない電流の様な者が確実に走りました。クルーたちが「お、お前!」「それは禁句だぞっ!?」「ひぇっ!」と騒ぐ中、准将は凄く不機嫌そうな顔になると、手元のコンソールに指を掛け「ポチッとな」と言うのです。
「へっ? うわぁぁぁぁぁぁぁ!?」
ティトー艦長がボタンを押すと、フトッチョフ少佐が座っている座席ごと、ものすごい勢いで艦橋外に飛び出してゆきました。共生宇宙軍のクルーが座る座席は、緊急時の強制脱出装置になっているのです。
「我が配下に、下品な男は不要だ」
ティトー準将はふてぶてしい口調でそう言いました。そして今度は一人でカラダを舵に括り付けようと四苦八苦を始めるのです。
その光景を眺めていたアイヒス中佐は「射出されたのは何人目だったかな?」などとため息を漏らしました。そして「そろそろ、艦長にトランキライザを打ち込む頃合いか」と呟いたその時、手元のディスプレイに通信が入った事に気づきます。
「閣下、閣下、司令部からメッセージが届いております」
「うむ、なに用だ?」
司令部からという言葉を聞いた准将は、パッと顔を上げると「読み上げろ」と言いました。
「戦艦デウス以下10隻はアーナンケへ移動し、要塞指揮官ペパード大佐へ協力せよ――です」
「ほぉ?」
「アーナンケの横腹に坑道があるので、そこで待機してほしいとのことです」
「本艦に何をやらせようというのだ……?」
准将はいぶかるような顔を見せ「まぁいい、命令は命令だ」と言いました。彼はトンデモナイ奇病を抱えていますが、それに釣り合うような相当の実力と経験を持っている軍人です。その上、指揮命令というものについては厳格な姿勢を見せる人ですから、司令部からの命令となれば、それに従うのは当然の事なのです。
「ふっ、これを使う機会はまだ先のようだ」
ティトー准将は手にしたロープをポンと放り投げ、不敵な笑みを浮かべながら自分の座席に座り直し、メッセージに付されたタイムラインを確認します。
「ヒス君、アーナンケは、5分間だけ加速を緩めるのだな?」
「ええ、融合炉しか使えませんが、それであれば移動するには十分です」
さらっと頭を切り替えた准将の様子にアイヒス中佐は安堵し、手にしていたトランキライザ入の注射器を引き出しにしまいました。
「あ、閣下。射出してしまったフトッチョフ少佐はどうしましょう?」
「おっと、いかんな」
准将は「まだその辺りにいるだろう。艦載艇で助けてやれ」と命令を下しました。うかつな言葉を漏らしてしまった彼ですが、それでも戦艦デウスのクルーなのです。
ティトー准将の名前の元ネタ
アルベルト いうまでもなく、デ◯ラー。ガ◯ラス総統、独裁者のテンプレ。
ユリウス ジュリアス・シーザーから執政官にして独裁官。
ティトー ユーゴを作ったチート独裁者ですね。
それから、ティトー准将ですが、「もしかしたら」本当に別の宇宙から来てるかも、です。共生知性体連合のある宇宙は懐がひろいのです。