放たれる幼生体
加速をつけてマザーから飛び出した5隻は、ネストがあるクレーターを後にして、双曲線を描きながら高度を稼いで上空200キロに到達します。
すでに速度は第一宇宙速度となり、マザーの重力を振り切って惑星間航行状態に入っています。
「ネストが見えないや……」
後方に飛びすさったクレーターは、円から楕円へ変わり、次第に細くなって地平の奥に消えてゆきました。
日時計山の麓に見えていたネストは、もう直接見ることができません。
デュークの龍骨に、なんとも不安な気持ちがよぎりました。
「大丈夫、ネストは逃げはしないのじゃ、それより重力スラスタを全開にして跳びつづけるのじゃぁ――!」
オライオにそう言われたデュークは、お腹に力を入れてスラスタを吹かします。
さらに上昇を続け、高度は450キロとなったところで――デュークは異音に気づきました。
「あれれ? 加速が落ちて来たよ」
重力スラスタがシュルシュル……シュル……と、力を失って、
しばらくすると、スラスタがフッと停止しました。
「完全にとまっちゃったよ――
それになに、これ、変だよ、カラダがフワフワするんだ!」
「ああ、この辺りのはマザーからは随分と離れているからな。この位置で受ける重力は、”約0.1メートル毎秒”程度。スラスタの稼働限界なのだ」
ゴルゴンは重力スラスタを使うためには、一定の重力が必要なのだと言いました。
「それにな、加速によるGが無くなれば、色々と釣り合ってフワフワするものなのじゃ。これが、無重力ってやつじゃ!」
「自由落下というほうが正確ですぞ?」
「まあ、どっちも似たようなものじゃありませんか」
デュークは、老骨船の説明に、「へぇ~」と感心しました。
「でも、スラスタが使えなければ――これからどうするの?」
このままでは慣性の法則に従って、直進することしかできません。
「そうですなァ。なにかにぶつかるまで、ひたすら待つしかありませんな。漂流する難破船みたいなものですぞ。はっはっは!」
「ええええ――」
ベッカリアの冗談めかした口調――
デュークは驚きの声を上げました。
推進力が無ければ、今の速度のまま進路も固定されて、彼の言葉の通りにしかならないのは事実です。
「10年くらいで、隣の惑星に到着できるかもしれんのぉ」
「いやいや、進路が合っていないから、その先は小惑星帯ですかね。20年ほどでたどり着くのを期待しましょう」
オライオとアーレイがこれまた軽口を叩きました。
「その前に私の寿命が来るだろうて…………と、冗談はさておき、ここからは本当の足で飛ぶことになるのだよ」
「足って、これのこと? 使ったことがないけれど」
デュークは長く伸びたノズルをフリフリさせるのです。
「そうだ、そこに縮退炉からのエネルギーを入れるのだ」
「縮退炉って、お腹の中で何かがムズムズして、ドクンドクンって音が聞こえるこれのこと?」
「うむ、それが縮退炉だ。さて、マザーからは充分距離を取ったな」
「周囲の龍骨の民には待避を勧告済みじゃぁ」
「近衛艦隊にも試験開始を通知済みですぞ」
「返信きました! ”始めていいよ~~!” とのことです」
「そうか、では始めるとするか――」
老骨船達が、デュークを他所になにかを始め――
「「「分離!」」」
ゴギン! という音と共に老骨船達は一斉に結合を解除します。
同時に彼らは、ガスを吹かして、デュークから少しずつ離れていきました。
「ふぇぇ?」
デュークは、ただ一隻、宇宙に放り出されたのです。




