龍骨、星を望むとき ~初めての外出~
クレーターに聳え立つ円錐状の山が、星系主星の陽光を受け、長大な影を伸ばしていました。
その影を上空から眺めると、時間が経つにつれて影が回転して、天然の日時計を作っているようにも見えるところから――日時計山と呼ばれています。
プシュ――ッ!
山の麓から気体が漏れ出し、地面がゴゴゴと開きました。
「良い日よりじゃなぁ!」
浮かび上がってきたオライオが、上空を眺めて、柔らかい日差しを気持ちよさげに堪能します。
吹き付けている恒星風は、摂氏にして100度以上という猛烈な陽気――大抵の生き物であれば数分でバーベキューになってしまう環境でしたが、生きている宇宙船たちにすれば本当に良い日和でした。
「AIS(自動船舶識別装置)を作動」
自動船舶識別装置、それは生きている宇宙船の名札のようなものです。それは艦名や艦種、位置、針路、速力を伝えるものです。
「あれっ、オライオさん、名前が”オハイオ”になってますけれど?」
スッとカラダを持ち上げたアーレイが、オライオから出る識別符号を確かめて訝かしがります。
「いかん、いかん、つい本名を晒してしまったぞい。ワシってな、ホントは特務艦なんじゃ。 いつもは船名を偽装しておってなァ」
「と、特務艦オハイオって、伝説のパイレーツスレイヤー……オライオさんって、ヤバイフネだったのか」
「まあ、昔の話じゃ。というか、最近は、オライオなのか、オハイオなのか、わからなくなってきたがのぉ……」
「ボケですな……龍骨がボケてきていますぞ」
「お前だって、似たような船齢じゃろが!」
「私は老いを楽しんでおりますがら」
オライオのツッコミに、巡航客船ベッカリアは恬淡とした笑みを浮かべました。
「さて、肝心の主役はどうした?」
「あ、発着場のところで、止まってますよ。おーいデューク。早く出てこーい!」
デュークが開いた天板の端から、ちょこっとだけ顔を覗かせています。
そして、カラダを震わせているのでした。
「ああ、やはり怖がってまおりますぞ」
「ふむ、生で見る初めての宇宙だから仕方がない」
デュークはこれまでネストの厚い壁に守られて、直接触れたことがありません。だから初めて巣の外に出てくるひな鳥のように怯えているのです。
「デューク! 落ち着いて、ゆっくり出てくればいい」
そんな彼に向けて、アーレイが落ち着いた声で助言します。
「う、うん!」
デュークは重力スラスタの熱をジワリと高め、カラダを浮かび上がらせようとしました。
「よし、その調子だデューク」
「ほれほれ、どんどん進むのじゃ。前へ前へ!」
老骨船たちの応援に包まれながら、ネストの穴から、ズゴゴゴゴ! と白い幼生体の姿が現れてきました。
50 メートル―― 大きな艦首がズイと出てきます。
100メートル―― 大きな口元がフルフルと震えていました。
150メートル―― 側方では視覚素子がカシュンとパチクリしています。
200メートル―― 体高は100メートル。
250メートル―― 長大なクレーンが4対付いているのがわかります。
300メートル―― わき腹から、大きな放熱板が伸びていました。
350メートル―― エネルギー機関が備わるお腹は、まるっとしています。
400メートル―― フネの足、推進器官の根元が見えてきます。
450メートル―― ノズルが複数見えて、クルクルと向きを変化させています。
そして500メートル――
フネの尾っぽが、ネストのハッチを過ぎて、ようやく全容が現れました。
「デカァァァイ、デカイぞぉぉぉ!」
「実に堂々たるものだなぁ」
「ははは、これが、まだまだ大きくなるとは」
「ふむ、ふむ、順調のようだ」
オライオは、デュークのカラダをクレーンでバンバンと叩いて騒ぎました。
ベッカリアとアーレイはニマニマとし、ゴルゴンも大きな眼を細めて口元に笑みを浮かべています。
デュークがはじめての命ある料理を覚えてから、さらに一月。
生後二か月にして、幼生体は500メートル級のカラダになっていたのです。
「これが、生の宇宙――」
カラダを宇宙に晒しきったデュークは、それまでこわごわと半開きにしていた|視覚素子(目)を開いて、生の宇宙に向けました。すると――
「ひゃぁ――――!」
原始星が赤外線を放って自分を知らせ(ノティス)
熱いガスを照らす連星系は緑と桃のベールを纏い(トワイス)
若き星が青白い姿を晒して躍動し(ダンス)
7000度の白き面を持つ巨星がひっそりと恩寵を歌い(グレース)
白色矮星を振り回す黄白の星が星座の頂に(エンフォース)
全天の王子たる働き盛りの主系列星は黄色く燃え(プリンス)
橙色の3つ子達が静かに過ごして(サイレンス)
昔を振り返る老年いた巨星は赤い肌
遠く離れた超新星は複雑なガスの放射を作りあげ(プロデュース)
自転する中性子星に物質が降着するとジェットが放出
伴星のガスを呑み込む重力源はガンマ線を発する(バイス)
――星たちが放つ光や電波、赤外線、X線の協奏曲
「ああ、綺麗だな……」
大宇宙の様々な星々の鼓動がデュークの感覚器官を満たし、生の宇宙が龍骨を刺激してブルリとさせました。
「これが本当の宇宙なんだ……」
彼はその感覚をゆっくりと受け入れ、あるがままに受け入れていきます。
「……放熱板やクレーンを、伸ばせば、掴めるかな?」
デュークは星々に手を伸ばします。
これは龍骨の民の本能のようなものですが――
いくら大きな放熱板や、長いクレーンと言えども、遠く離れた星には届きません。
「そうか……星の世界が欲しければ――
“前”に、進むしかないんだね」
カラダが大きく成っただけではなく、遠い星を望む――
恒星間を渡る宇宙船として、デュークは、龍骨を伸ばし始めたのです。




