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生命への感謝

「では、料理を出していただこう」


「ウイ、ロード・ゴルゴン」


 ベッカリアの手により、最初の料理が到着。

 デュークの前にもお皿が置かれました。


前菜(アンティパスト)としてカプレッセ。真ん中にあるのはアムレタという野菜でございます」


 アムレータ星系第4惑星産の、丸くて紅い「アムレタ」と呼ばれる野菜が、しっとりとしたチーズの上にちょこんと座っていました。


「文字が書いてあるよ?」


マジノ・デリッチェ(美味しく食べてね)!――遺伝子工学を用いてな、農家(作り手)が作物をチョイといじって、野菜に文字を刻んでおるのじゃ」

 

 そう言ったオライオがフォークで、アムレタの頭をトントントンと三回押します。

 するとアムレタはバラリと、チーズの上に広がりました。


「ここで、オイルを掛けるのですぞ」


 ベッカリアが植物油をパパっと、適量振りかけました。


「あ、いい香り!」


「じゃろ? じゃろ? ほしたら、あとは食べるだけじゃ!」


 オライオはフォークでアムレタと白いチーズを一緒に突き刺して、ガぶっと口に放り込みました。


「おお、アムレタの甘味、オイルの旨み、チーズの酸味―———くはっ!」


 オライオは「う~ま~い~ぞ~!」と一声、吠えました。


「デュークも食べるのじゃ」


「うん!」


 デュークもアムレタとチーズをガブっと頬張りました。

 すると――

 

「わ!」


 口の中に、甘味と旨味と酸味が織り成すハーモニーが広がるのです。


「美味しい! すごい美味しい!」


 初めて食する異種族の料理に、デュークはシンプルな感想を漏らしました。


「ははは、それはよかったな」


 続くお皿は、小麦を練り上げた麺――

 パスタを使った料理。

 魚の切り身と、葉野菜を混ぜ込んだソースが絡むシンプルなものでした。


「チュルチュルチュル、はふはふっ! んぐっ――!」


「おいおい、慌てて飲み込むない」


 あまりの美味しさに、デュークは龍骨を震わせながら夢中で吸い込み、麺がのどに詰まってゲフンゲフンとしてしまいます。


「どうぞ」


 ベッカリアが、スッと水の入ったコップを差しだしました。


「ゴクゴク……あ、ありがと」


 デュークはふぅっと、一息つきました。


「最後はメインだな」


 デュークの前に大きなボウルが被さったお皿が置かれます。

 覆いが取り外されると、中からジュウジュウと音を立てる茶色の塊が現れました。


「な、なんだかとんでもなく、凄くいい匂いがする――!」


 デュークの鼻――口の中にある分析器官に、香ばしい匂いが伝わります。


「挽肉と野菜のみじん切り、卵と小麦をつなぎにこね上げて、焼いたもの――いわゆるハンバーグですぞ」


「はぐっ……」


 お肉の旨味、野菜の優しい甘さ、ピリリとしたスパイスが、デュークの舌を――


「美味しいよぅ~~~中に汁がたくさん詰まってる!」


 喜ばせ、彼は目を輝かせて、ハンバーグをあっという間に平らげていきました。


「最後はデザートですぞ」


「すんすん――なんだろう、懐かしい香りがする」


 コトリと置かれたカップの中には、薄黄色の物体が半球状に盛り込まれています。


「あま~い!」


 口に含むと、龍骨にとろける甘味が広がります。


「あ、これって龍骨ミルクだ!」


「そう、龍骨ミルクに卵を混ぜて、練り込み冷やしたもの」


 ペロペロペロペロ、デュークはミルクの最後の一滴まで、ぺロペロペロ。


「はぁ、美味しかった……」


 デュークは「はふぅ」と満足げな排気を漏らしました。

 

 そして――


「これって……いつも食べているものとは、何かが違うね」


 彼は「なんで、こんなに美味しいんだろう?」と、船首をかしげます。


「そら、そうだな、この料理には様々な命が詰まっているからのォ……」


「えっ、命……? それって大切なものじゃないのっ?!」


 『命』という言葉を口にしたデュークはびっくりしてしまいました。

 命とは大切なもので、食べ物にしてはいけないような気がするのです。


「サン種のぶどう、アムレタとチーズに植物油、龍麦と魚と葉野菜、肉……たしかに命が詰まっておる」


「命、ですな……生命と言うべきか」


「ただの有機的な食材……ではなく、命……」


 オライオ、ベッカリア、アーレイは静かにそう言いました。


「それって……つまり……」


 デュークは、テーブルの上そっと見下ろしました。


「じゃあ、ぼく……さっきまで……命を……」


 ぽつりぽつりと、言葉が漏れました。

 彼の龍骨では、理解と実感――重い事実が重なり、深くのしかかります。


「それって……食べちゃって、よかったの……?」


 龍骨が小さく震え、思考回路がボヤッとしたものになりました。

 

「僕……僕は、大変なことを……しちゃったのかもしれない……」



 手がにじんで見えました。

 

 お皿も、フォークも、テーブルも。

 さきまで、『命』を握っていた自分の手も。

 

 ぽろり。ぽろり。

  

 目の奥から、潤滑油の涙が――命の雫のように――静かに零れ落ちました。


「……ふむ、たしかに大事だな」


 デュークの涙を見つめたゴルゴンが艦首を縦に振りました。

 否定できない、抗うことのできない、大変な事実だと言わんばかりに。


 でも――

 

「……だが、それは間違ったことではない」


「ええ、過ちではありませんな」


「うん、デュークは悪くない」


「涙を流せるのであれば……むしろえらい、とも言えるのぉ」


 老骨船たちは、笑みを浮かべて、頷いたのです。


「命あるものを食べる、それは尊いことなのじゃよ」


「尊いこと……?」


「それは大変ありがたいものなのですぞ」


「ありがたい……」


「命を食すことには、意味があるのです」


「意味……」


「それを味わうのだ……。命の意味を味わうのだデューク……」


 龍骨の民、テストベッツの古老ゴルゴンは、龍骨こころを、覗き込むように、目を大きく見開き、そう、問いかけました。


「命を味わう……」


 その言葉が響いたとき――


 龍骨の中、


 心の中で、『命』の意味が、躍りました。


 別の大事な意味を持つものも、加わり。


 混ざりあった、それらは一つになり。


 それらは、別のかたちを紡ぎあげ。


 デュークの中で、新たな意味を。

 

 ――ただ、はっきりと。



「……ああ、命を食べるって、そういうことなんだ……」


 新しいコードが、そっと、でも確かに光を放っていました。


 デュークはゴシゴシと顔をぬぐいます。

 

 もう、涙は零れることはありません。


 デュークの様子に、老骨船たちは満足気な笑みを浮かべ――


「料理を食べたら」


龍骨こころの中で」


「命に対して」


「感謝を込めて」


 そして、老骨船たちは両手(放熱板)を合わせて合掌し、


「ごちそうさま」


 と、頭を下げたのです。

 

「ごちそうさま、でした」


 デュークも同じようにして、頭を下げました。

 大変、満足気な、笑顔と共に――


 龍骨の民は、命に対して、感謝の言葉を告げることができる知生体なのです。


 フネの子どもは、このようにして、命を口にすることへの感謝を覚えるのでした。

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[一言] ○大ハンバーグですか!
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