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誕生! 前編

 銀河を形づくるペルセウス腕に存在する共生知性体連合は、異なる種族の文化や価値観を尊重しながら、万を超える星系の知性体たちが共存する勢力でした。


 彼らは縮退炉を搭載した恒星間宇宙船で宇宙を旅します。

 強い放射線が飛び交い、真空が広がる宇宙空間では、こうした船は欠かせません。


 しかし、広い宇宙には宇宙船を必要としない生き物もいます。

 その一つが――龍骨の民。生きている宇宙船とも呼ばれる、特異な種族でした。


 彼らの見た目は、すこし生物的なところのある宇宙船で――


「やぁ、こんにちは」


 大きな目で相手を見つめ、大きな口を開けて挨拶し、時には舷側にあるクレーンで握手を求めてくるような、温和で穏健な種族でした。


 そんな彼らは、龍骨星系システム・キールを公転する直径3,500キロほどの小天体――『マザー』を母星としています。


 地表には、大小さまざまなネストと呼ばれる集落が12か所ほど点在し、その深部には巨大なドーム状の空間が必ず一つあり、底面には直径50メートルほどの丸い扉があって、固く閉ざされてピクリとも動きません。


 周囲にはしわさびが浮かんだ龍骨の民が錨を下ろして横たわっています。


 現役を引退したフネ達――余生を母星で過ごす『老骨船』と呼ばれる存在。

 彼らは扉の前で、フネの子どもが産まれてくるのを待ち受ける存在。


「龍骨の民は母星が産みだすフネ」


 彼らの成句のとおり、フネはマザーから産まれてきます。

 でも、どのようにしてフネの子供たちが作られているかは、誰にも分かりません。


 仮に老骨船に尋ねてみても――


「仕組みは我らにもわからんのだ。マザーは何も答えてくれんしな」


 そんな回答が返ってくるだけです。


「ともかく、産まれてきた子どもを、ワシら老骨が育てる――それが老後の最大の楽しみなのだ!」


 だから老骨船は、何時間も、何日でも、待ち続けます。


 やがてドォ――――ン! とした音がします。

 ガタガタとネストが揺れ、いつも固く閉ざされた扉が開けば、保護膜に覆われた子どもが、ポン! と飛び出でてきます。


「ほい、キャッチ!」


 老骨船は、巨大なクレーン(手)である金属質の指を動かし、保護膜をペリペリと丁寧な手付きで剥がし始め、保護膜の中にある10メートルほどのフネ――”幼生体”を見つめて満足げな笑みを浮かべました。


「おお、良き幼生体《子ども》だ。さてさて、起こしてやるか」


 老骨船が小さなフネのお尻をペシン! と叩くと――


「ぴぎゃぁ~~!」


 と、元気な産声を上げるのです。


「元気な子だな。よしよし、よしよし」


 甲板(背中)をさすり、電波の声を使ってあやすと、次第に幼生体の鳴き声は「ぴぃぴぃ……」とした落ち着いたものとなり、老骨船の腕の中でスヤスヤとした寝息を立て始めました。


「良く眠れ、起きたらご飯だ。たくさん遊んでもやるぞ」


 幼生体は、「子どもの成長を眺めるのが大好き」なおじいちゃんやおばあちゃん達に、大事にされ、すくすくと成長していくことでしょう。


 ネストでは、少なくとも数日に一隻ほどのフネが産まれてきます。

 ネストによっては数百体、少なくとも数十体の幼生体が存在します。

 

 それが泣いたり騒いだり――ネストは喧騒と喜びに満ち溢れた場所でした。


 でも、何事にも例外は存在するのです。


「今日も産まれてくる気配がない、か」


 大きな視覚素子――宇宙船の目をゴシゴシとこすった工作艦ゴルゴンが、ひっそりと呟きました。


「はぁ、子どものお世話ができませんなぁ……」


 ゴルゴンの横で元豪華客船だったベッカリアが「実に暇ですぞ」とあくびを漏らしています。


「どうなっとんじゃ、マザァァッ!」


 扉の前に立ち自分を産んだ母星に向かって「早く、子どもをよこせ――!」と絶叫したり、声にならない罵りの言葉を発しているのは元商船のオライオでした。


「まぁまぁ、あんまり液体水素の圧(血圧)を上げると、寿命が縮みますよ」


 引退したばかりの老骨船、高速輸送艦アーレイが、憤りを見せる先輩船をなだめています。


「ゴルゴン老、うちの氏族――テストベッツは、なんで他と違って、産まれてくるのがすくないのでしょうか? 1ヶ月に1隻生まれれば御の字だなんて」


「わからん。こればかりはマザーの腹積もり次第だ」


 テストベッツのネストでは産まれて来る数がたいへんに少ないようです。


「とにかく待つのだ。龍骨をゆったりと構えて、気長に気長にな」


 最年長者であるゴルゴンがゆったりと構えて鷹揚に――


「マザァァァァァ! どうなっとるんじゃぁぁぁぁ! 早く子どもを寄こせマザァァァァァッ! 半年以上も待っておるんじゃぞ――!」


 しているのに対して、気長に待てない短気なおじいちゃんであるオライオが、ゴンゴン! と金属製の手で母星に繋がる扉を激しく叩きました。


「痛ってぇ……相変わらずの頑固な扉じゃ……」


 扉は200メートル級の商船であるオライオがいくら叩いても、ヒビ一つ入ることはありません。

 だってそれは戦艦の主砲を使っても、ほとんど傷一つ付かない強固な材質で出来ているのですから。


 そして手を痛める程叩いたフネが「ザッケンナァゴラァァァァァッ!」という感じの電波の言葉を吐いたとしても、マザーからは一切反応がありません。


「よし、そっちがその気なら、ワシにも考えがある!」


 オライオがお腹についている格納庫をゴソゴソと漁り始めます。


「なにをする気でしょうか?」


「さぁ? キレた老骨船の考えることはわかりませんぞ」


「気にするな、勝手にさせとけばよい」


 三隻が「このジジィなにやっとるんだからなぁ」などと眺めていると――


「けっけっけ、これだァ!」


 オライオはおなかのポケットから、黒くて三角の形状をした10メートルほどの物体を取り上げました。


「こいつは効くぜぇ!」


 なんだか、いささか狂気に満ちた口調と表情です。


「共生宇宙軍謹製の”重力子弾頭”じゃからなぁ! ゲエッヘッヘッヘ!」

 

 重力子弾頭は縮退物質を起爆剤として時空間爆縮現象を引き起こし、周囲の物体をマイクロブラックホールに落とし込むことで破壊するという極めて強力な兵器です。

 

「うわぁ、なんて物騒なものを! すごく危ないですぞ――!」


「ちょ、ちょっと! やめてくださいなオライオさん! 星ごと消滅させる気ですか! というか、なんでアンタそんなもん持ってるんですかっ!」


「昔、軍からクスネたんじゃ!」


 実に剣呑な爆発物を、自分を産んだ母星に対して使おうとするオライオです。多分、半年も子どもが産まれてこないフラストレーションがたまっているのでしょう。


「それが言い訳になるか! 止めろ――!」


 ベッカリアとアーレイが素早く浮かび上がり、オライオの暴走を阻止しようとするのですが、激高したおじいちゃんは、一切合切無視して――


「そら、ポチッとな――!」


 起爆ボタンをガッチリと押し込みました。


 すると縮退物質が爆縮し、全てを飲み込むマイクロブラックホール弾頭が起爆――


「あ、あれ? あれ? 何も起きんぞい」


 することはありませんでした。


「それは、とっくに消費期限が切れておるよ。我らと同じく古びて役に立たん。……お主、分かってて、やってたな?」


 ゴルゴンが呆れ声を上げました。

 古びて気の抜けた兵器がポロリとこぼれ、ゴロンゴロンと転がります。


「ちっくしょーめぇぇぇぇぇ!」


 そしてオライオは、ゴン! ゴンゴンゴンゴン……! 残された寿命をかなぐり捨てるような勢いで、自らの船首を扉に叩きつけ始めました。


「もぅ、いい加減にしてくださいよ……」


「まったく、元気なジジィですなぁ」


「そのうち黙るから、勝手にやらせておけ」


 ゴルゴンの言う通りオライオの頭突きは全く効果がなく、疲れ切った老骨船が「グハッ……」っとばかりに扉の前で崩れ落ちるのは必定でした。


「おお、天に召されましたぞ…………」


「惜しいフネをなくしたものですなぁ。うん、惜しくもないか?」


「今日は通夜として、明日は葬式か」


 実のところ――


 こんなことが、ここ数週間程、日課のように繰り返されています。

 呆れかえった老骨船たちがそれぞれ冷たい言葉を口にするのも、オライオが「勝手に殺すな!」と絶叫するのも――


 そして疲れ果てた彼が、こんなぼやきを漏らすのも日常です。


「ああ、幼生体が産まれてこないんじゃ、生きてる意味がないのぉ……」


「「「…………………」」」


 幼生体が産まれなければ老骨船の最大の楽しみがありません。

 ハッチャケが過ぎるオライオの言葉ですが、想いは他の三隻も同じでした。


「なぁ、かぁちゃんよ。一体全体どうしたというのじゃ?」


 オライオは自分を産み出した母星に電波の声で話しかけました。

 でも、『マザーは何も教えてはくれない』の成句のとおり、ただ沈黙だけが残ります。


「はぁ、疲れたのぉ……寝よ」


 疲れ切ったオライオが、扉の傍で昼寝を始めるのも、日常となっていたのです。




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