旗艦
「ふぇぇぇぇぇっ?! ぼ、僕が|艦隊旗艦《Fleet flagship》――――」
「わぁ、デュークが旗艦になるの! それって凄い名誉なことだわぁ」
「一番偉いフネってことでしょ~~すごぉい~~~~!」
旗艦とは、司令官が座乗し艦隊全体に指揮命令を発するフネのことです。それに任じられるという事は、大変に名誉な事でした。名指しされたデュークもびっくりですが、ナワリン達もびっくりです。
「それから、ナワリン、ペトラの二隻も司令部付きの護衛艦に任ずる」
「ガキンチョども三隻を、司令部付きになぁ……大丈夫かよ」
司令部付きというのもやはり名誉なことなのですが、デッカーから見るとデュークたちは、まだまだおこちゃまなので、心配になるのです。
「あんまり子ども扱いするのものではないぞ。それにこれは――上の方からの肝いりということもあるんだ」
カークライトは、天を仰ぎ見るように言いました。デッカーは「上ってなんだ、第三艦隊司令官殿か?」と尋ねます。
「いや、更にその上からだな」
「ん? おい――そいつは宇宙軍司令からってことじゃないか!」
デッカーが訝しげに「どこでそんなコネを……」と言ったので、デュークは「斯々然々、丸々美味々!」と、首都星系での話をかいつまんで説明しました。
「げぇぇぇぇぇっ!? お前ら執政官の館に呼ばれたってのかぁ!? そいつは随分と偉いフネに目をかけられたもんだぜぇ――――!」
デッカーはびっくり仰天するのでした。
「ははは、龍骨の民の中で一番偉いフネにコネがあるなんて、大変名誉なことだな。期待されているのだろうね」
「はっ……コネっていうか、そいつは魔女の婆さんの呪いってやつだぜ」
デッカーはなぜか乾いた笑いを漏らしながら、「苦労するぜぇ」と呟きました。
「なんだそれは……まぁいい。さて次に軍令部からの伝達事項だ。デューク以下三隻は、トピア星系での民間協力の功績により、二等軍曹へ昇進――おめでとう」
カークライトは、デューク達に向けてウインクしました。
「え、昇進ですか――!」
「わぁ、ああいうお手伝いも功績になるのねぇ」
「やったぁ~~! お給料があがるよぉ~~!」
カークライトが軍令部からの昇進命令を伝えると、デューク達は驚いたり、無邪気に喜んだりするのです。
「さて、こんなところだろう。あとは準備を整えるだけだが――――デッカー大佐、デューク君達の指導を頼む。小一時間ほど時間があれば出来るだろう?」
「まったく、フネ使いの荒いことですなぁ。へいへい、分かりましたよ提督」
◇
「よっしゃ、ここいらでいいだろう」
カークライトに準備を整えるように言われたデュークは、少しばかり離れた宙域で、デッカーの指導を受けています。
「あの――デッカー少佐……あ、大佐」
「デッカーって呼び捨てでいいぜ。それでなんだよ?」
「ええと、デッカーさん。旗艦を命じられて嬉しいことは嬉しいんですけれど。よくよく考えたら僕には旗艦としての機能なんて無いんです。船乗りを乗せるようなスペースがありませんよ」
「ああん? たしかにお前は見たところ座乗型じゃねーからなぁ」
龍骨の民は基本的に自己完結している自律型艦船なので、客船や一部の例外を除いて乗組員を乗せるスペースはほとんどもっていません。
「こいつを見てみな」
デッカーは自分の背中をポンと叩きました。そこには、小振りな島のような出っ張りが備わっています。よく見ると、そこには小さな窓が幾つか付いており、そこから普通のサイズの知性体がデュークに向かって手を振っていました。
「あ、よく見たら乗組員が入ってる……」
「俺のカラダは、他の種族を乗せるための機能があるんだ。随分昔に、改装工事を受けてな」
デッカー大佐は「中にいるのは俺っちの部下の特務武装憲兵だぜぇ」と言いました。
「こいつのおかげで、フリゲート艦改め、憲兵艦デッカー様ってわけよ。俺は、特務武装憲兵大隊の大隊長でもあるしな」
デッカーの中から、「風紀の乱れは宇宙の乱れ!」「不正は絶対に許さんぞ――!」「少佐! 少佐殿! あ、違った、大佐殿!」などという声が聞こえてきました。デッカーの部下たちが、冗談交じりに無線を発進しているのです。
「航路安全、武運長久、八方除、フネのお祓い、その他もろもろお引き受けします」などという声もあるので、従軍神官も乗っているのでしょう。
「へぇぇぇ、そうやって船乗りを乗せることが出来るんですね! じゃぁ、僕も改造を受けるのですか?」
「いや、本格的な改装には時間もねーから、応急的にやるんだ。さってと、まずは甲板上部の弾庫を開放して、弾頭を不発にしてから吐き出しな」
デッカーは、デュークが持っている背中の武装――ユニバーサル規格の多目的格納庫にあるミサイルを全部吐き出すようにいいました。
「ええと……よいしょっと!」
デュークは弾頭を凍結させてから、背中に付いた多数の格納庫を開放し、中の物を「ペッ!」っと吐き出しました。すると、大量のミサイルセルが湧き出るように現れます。
「ハッ! デカイ図体だけあって、阿呆みてぇな数だなァ……おい、これで全部だな? 制御コードを回せ。始末は俺がつけてやる」
「はーい」
デッカーは、デュークから受け取ったミサイルの制御コードを受け取り、「あっちに入っとけ」と言いました。彼が示した先には、弾薬運搬艦――ミサイルを発射するだけの機能に特化し、兵器搭載量を増大させたアーセナル艦が控えています。
「へぇ、僕のミサイルって、他のフネでも使えるんだ」
「俺たちの生体武装はユニバーサル規格だからな。良し、そのまま待っていろ――準備ができたぞ、カークライト!」
デッカーがそう言うと、司令部船がズゴゴゴと遅い脚を引きずるようにして、デューク達のところへやってきます。
「デューク、動くなよ!」
「は、はい」
デッカーは、ビームセーバーを振るって、「ようそろ、ようそ――――」と司令部船を誘導します。
「え、司令部が背中の上に……」
「よっしゃ、そのままおろせ――――!」
司令部船がデュークの背中に降りてきます。そして彼の背中にあるたくさんの格納庫に向けて、司令部ユニットから伸びた接続端子が伸びてきました。
デッカーが「接続――――!」と言うと、ガキョン――! という響きとともに、デュークの巨体の上に司令部船が鎮座しました。
「ふぇぇぇっ、司令部船がくっついた――?!」
デュークの背中の格納庫の隙間に接続ユニットがしっかりとはまり込み、一つのフネのように一体化し、司令部船が艦橋のように機能するのです。
司令部ユニットからは旗艦と司令官座乗を意味する旗がスルスルと伸びてゆきました。そして、ガスを吹き付けられたそれらは、悠々となびき始めるのです。
「なるほど。戦艦の上に司令部ユニットを乗っけて、艦隊司令部旗艦になるのねぇ」
「かっこいい~~!」
その様子を眺めていたナワリンとペトラが、感心した声を上げました。そのようにして、デュークは艦隊司令部かつ、旗艦としてのフネになったのです。
◇
「超空間航路の様子はどう? 偵察艦から連絡はあった?」
「超空間内防衛線のカスタル・メカロニア1およびカスタル2からは、特段の報告はありません。カスタル3も同様です。エーテル流の先には機械帝国の艦船がいますが、要塞を超えるほどの戦力はいません」
機械帝国との間にある主要な超空間には、第三艦隊隷下の衛星級軍事要塞が控えていました。特に最大の航路に置かれたカスタル・メカロニア1は、強大な力を持ったものとして知られています。
「ふぅむ。超空間航路からの大規模侵攻も想定しているんだけれど、こっちはなさそうだね。あるとすれば、スターライン航法による通常空間からの侵攻かぁ」
「その公算大です。勢力圏ギリギリの星系に、機械帝国の艦艇が集中していますから、始まるとすれば通常空間での叩き合いになります。主戦力を通常空間の防衛に回しますか?」
「さて……どうしたものかなぁ?」
ラビッツ提督は、傍らにいる参謀長の方をちろりと眺めます。
「うにゃむにゃ…………はっ……また寝ておった…………え、ワシ?」
眠りに付いていた老ロボット――ジェイムスン将軍が、ラビッツ提督の視線に気付いて、ハッとします。
「あ~~こういうときはのォ……予備戦力が固まっていれば安心なのじゃ…………ぐぅ」
それだけ言ったジェイムスンは、また眠りの世界に入り込みました。
「なるほど、予備戦力次第か。分艦隊の編成は、どうなったの?」
「いくらかの遅延は有るものの、概ね想定内の範囲で構築が進んでいます」
「へぇ、いくらかの遅延だけ? あれだけの艦船をよくまとめているね。こいつは拾い物だったかな」
ラビッツ提督は笑みを見せました。
「では、超空間航路防衛への手当は最小限にして――艦隊を前進させて置こう。同盟星系との防衛協定もあることだしね」
機械帝国との間には、それなりの数の独立星系が存在していました。それらは、共生知性体連合の一員ではありませんが、連合とは友好的な関係を築いているのです。
「よろしい――――――我が艦隊を進発させるんだ」
ラビッツ提督は第三艦隊主力をいくつかに分け、機械帝国からの侵攻が見込まれる星系に向けて、艦隊を発進させたのです。