分艦隊司令部
司令船中央のフロートでは、司令部の幕僚達が、全周モニターを眺めながら、雑多な艦船の配置作業を行っていました。
「第一打撃群から入電、部隊構築完了、直ちに訓練宙域へ向かう――とのこと」
「やっとひとつ出来たにゃぁ……次は第二打撃群だけど、なかなか編成がまとまらないにゃぁ……」
ネコ型の幕僚が、編成表を眺めながら、「あーでもないこーでもない」と、眉間にしわを寄せています。
「この艦長を要に据えて……こっちをこうして……駄目だにゃ……絶対こいつら喧嘩するにゃぁ――!」
ネコ型種族の彼は「ニュァァァァァ――ッ!」と鳴き声を上げました。相当なストレスが溜まっているようです。
その脇では、魚の顔をした佐官が――
「最前衛の部隊はどうなっているぎょ!? 報告が遅れているぎょ――!」
――とオペレーターに向けて絶叫しています。
「前衛駆逐戦隊、第1から第3まで編成を完了しました。残りの戦隊の平均充足率は85%――完全充足にあと半日はかかります」
「ぎょぎょぎょぎょ――――! 10%は遅延しているぎょ! 航路の混乱が影響しているぎょぉぉぉっ……」
サカナ顔の佐官は、大きなヒレをバタバタさせ、口からブクブクと泡を漏らしながら、頭を抱えました。
「ヌロォォォォン! 補給部隊は2割以上遅延しているヌロン! 物資が多すぎて、現場は大混乱――第6惑星の軌道ステーションはどうなってるヌロォンっ?!」
にゅるりとした触手を伸ばした軍人が、オペレーターに激昂しながら尋ねました。彼は軟体種族のスライミーであり、カラダを真っ赤にしているところを見ると、相当頭に来ているようです。
「まだ第2補給戦隊までしか積み込みが終わってないヌロォッォオン! ヌルァァァァァァァ――! もういい、物資を積み込んだ補給戦隊から先に訓練宙域へ回った部隊に後続させるんだヌロォォォンッ!」
スライミーは更にカラダを真っ赤にさせて、カラダをプルプルさせながら叫びました。彼の種族はかなりおとなしい種族だというのに、この有様なので、相当にカッカしているのです。
「クルルルル! リスーケ! リスケッター! リスケッテリスト! クルルルルル! クルルルル――!」
アライグマの顔を持つ軍人が、喉をしきりに鳴らしながら、ペンを持った両手をスリスリさせつつ、スケジュールを何度も何度も必死に手直していました。こちらは、もはや共通語どころか、彼の母星の方言丸出しで、罵りの声を上げています。
「サイリスーケ! マタリスーケ! ナオリスーケ! |クルルァァァァァァァッ《ちくしょーめ》!」
直しても直してもスケジュールが混乱してゆくので、アライグマの幕僚は、ついにはキレて、手にした二本のペンをデスクに叩きつけました。
「うっわぁ…………」
「鬼気迫ってるわねぇ」
「あ、あの人~~倒れた~~!」
フロートに降り立ったデューク達は、位の高そうな佐官級の将校達が艦隊の編成に躍起になっている姿に、驚きの声を上げました。
ちょっと目があった幕僚は「三等軍曹? なんでこんなところに……ああ、お前従兵か! 手が空いてるなら、飲み物を持ってきてくれ! 喉が枯れそうなんだ! うわっ、ちょっと目を離した隙にトラブルが――!」などと、滅茶苦茶なことを言ってくるのです。
「5000隻からなる分艦隊を構築中なんだから、まぁ仕方が無いかもしれんなァ」
分艦隊の幕僚達は必死の思いで編成作業をしていましたが、部外者なデッカーは「こんなもんさぁ」と言いました。
「そうなんですねぇ……あれ、でも、あの人だけ、なんだか違いますね」
デュークが喧騒渦巻く司令部の中で、一人落ち着いた声で、指示を出している軍人を見つけます。デュークの方からは、後ろ姿しか見えませんが、共生宇宙軍の軍帽を被ったその姿は、標準的なヒューマノイドのようです。
その彼は、軟体種族の方を見ながら、こう言っています。
「資源衛星に臨時プラント群があるな? そこの施設に補給戦隊をいくつか回せ、ある程度整理できるはずだ」
「ヌ……ヌロォォン! 了解ヌロォン!」
軟体種族に指示を出した軍人は、次にサカナの幕僚を指差し、こう尋ねます。
「ジャンプアウトしてくるフネの様子はどうなっている?」
「艦艇が滞留していますぎょ! 編成宙域が不足しているんだぎょぅ!」
それを聞いたヒューマノイドの軍人は、ネコ顔の幕僚にこう言います。
「第二打撃群の編成は現状を持って中断、直ちに進発させろ。残りの艦艇は追って後続させればいい。それで場所を空けろ」
「にゃ……にゃるほど!」
ネコの幕僚は慌てながら、編成作業の一部を中断しました。
「編成中の部隊で衝突事故発生! 戦艦二隻が舷側をぶつけた模様――艦長同士で罵り合いになっています! クルルル――ッ! この間抜けのおかげで、またリスケだ――!」
「怒るな。分艦隊司令部権限で、その間抜けな戦艦二隻は欠番とする。スケジュールから外して、いないものと見做せ」
「クギュルルル?! そんなことして良いのですか……?」
「当てる方も、当てられる方も、どっちもどっちだ。トラブルに一々取り合ってリスケをやりすぎるな」
中央のデスクに座った軍人が、まったく動きもせずに、状況を冷静に確認しながら、適切な指示を出しています。
「うわぁ、あの人、すごい優秀だなぁ」
「テキパキテキパキって音が聞こえるような感じねぇ」
「ええと~~あの人って~~?」
「アレが司令官殿だ! お前達、くっちゃべってないで司令官殿に挨拶するぞ――分艦隊司令官殿、デッカー憲兵少佐、出頭しました!」
デッカー少佐の声に、司令官と呼ばれた男が、椅子ごとくるりと振り向きます。
「ああ、デッカー少佐、ようやく到着したか――」
軍帽を目深にかぶった軍人が、豊かな顎髭を蓄えた口を開いて、そう言いました。そしてその風貌は、つい最近デュークと旅路を一緒にした人物のものだったのです。