老将
「中央が軍権を完全に掌握したようだね」
第三艦隊戦略作戦室で、ラビッツ提督が手をシュリシュリと合わせながらつぶやきました。
「長距離偵察部隊からの定時連絡によれば、辺境軍閥の艦隊は中央にくりこまれている模様です」
機械帝国に潜伏した次元潜航艇は、サイキックによる量子暗号通信を用いて、第三艦隊司令部に機械帝国の情勢を伝えて来ています。それは毎分数ビットという限られた情報でしたが、機械帝国の大勢を掴むのには十分なものでした。
「戦争準備に入ったということかァ。動きが速いねぇ、辺境皇帝を何らかの手段で排除して、すぐにこれだものね」
提督は、「ぷぅ~~」とため息を漏らしました。
「ご心労お察しします」
ゴリラ顔の戦務幕僚が冗談めいた表情で告げました。
「全くだぁ~~執政官なんてやるもんじゃないぞ! こういう仕事はストレスがひどいんだ。うちのご先祖様も、昔は王様をやってたというけれど、ストレスで体毛がハゲっぱなしだったってさ」
ラビッツ提督は、頭をポンと叩きながら「なにも遺伝までしなくてもいいと思うのに……」と恨めしそうな声を上げました。彼の頭部には生まれつき体毛が無いところがあるのです。
「さらに頭が薄くなりそうだな……それはそうと、幕僚長はまだ起ないのかな?」
ラビッツ提督が、戦略作戦室の片隅にある物体を示しました。それは角張った形の金属製の箱の上に円錐形の頭が乗り、二本の腕に四脚の脚が付いているロボットです。
「いつもどおり熟睡しているようですな」
箱型ロボットはコックリコックリと船を漕ぎながら、「うにゃむにゃ……ぐぅ~~」と鼾をかいていました。
「このおじいちゃん、齢600年の骨董品だからなぁ」
箱型ロボットは、数百年前の戦争中に機械帝国から逃亡し、それから共生宇宙軍の軍事アドバイザーを務める機械人の老将――ジェイムスン将軍でした。
彼は戦傷により中枢回路がショートしたため、機械人としての制約がなくなり、自由意志を持ったという珍しい存在です。似たような事例は他にもあるのですが、ジェイムスンはその中でも、最も長命な機械人でした。
「おじいちゃん、最近ボケてきているからなぁ」
ジェイムスンの脳を構成する演算装置は、そろそろ寿命ではないかと思われています。適合する部品も作れないし、鹵獲した機械人の部品を使えば、自由意志がなくなると予測されているため、交換もしていません。
「ですが、今回の機械帝国の動きは幕僚長の予想通りになっています」
「そうだねぇ」
ラビッツ提督は、先だっての機械帝国政変の情報を得た際の会議中の事を思い起こします――――
――ガシャリ!
それまで熟睡していたジェイムスン将軍が不意に起き上がり、クワッと目を見開いて「準備を急ぐのじゃ――!」と騒ぎ始めます。
周囲にいた幕僚達が「な、何だ?!」「とうとうボケたか?!」などと驚きました。
「いきなり起き出して、準備ってなんのことなのさ。説明してよ、おじいちゃん」
幕僚長が突然起き出し騒ぎ始めたのですが、ラビッツ提督は鼻をヒクヒクさせただけで、冷静に尋ねました。
「おじいちゃんと言うなっ! 小童がぁ――――!」
ジェイムスン将軍は、じじぃ呼ばわりされたことに腹を立てるですが、ラビッツは気にせず、なおも尋ねます。
「だから、なんの準備をするの?」
「わからんのかぁぁぁぁぁぁぁ! これだから最近の若い奴らは――!」
老ロボットは、箱型のボディに付いた腕をバタバタと振り回しながら、古典的な老人的セリフを吐きました。
「分かったから、教えてよ」
「”機械を統べる者、機械ならざるものを滅すべし”――ワシら機械人の中には、そう言うコードが隠されておるんじゃ!」
「ははぁ、種族的特性と言うやつだね。機械人って、古代種族が作ったバーサーカーマシンが祖先だって言われてるしねぇ」
老将軍が迂遠な事を言い始めるのですが、ラビッツ提督は「まぁいいや、続けて」と先を促しました。
「そうじゃ、バーサーカ―システムじゃ。これがために、ワシらの種族は一時は他勢力に押しつぶされそうになったのじゃ。相手も構わず、手当り次第喧嘩をふっかけて、生き残れるほど宇宙は甘くないからのぉ」
「ふむふむ」
「じゃが、長い歴史の中、それを抑えるためのシステムや抑制が発達してきた。その一つが辺境皇帝と言われておる……種族の中で均衡を保ちつつ、じわじわと数を増やす。くくく、こいつは種族的な進化の秘密なのじゃぁ。これは人様には言えんのぉ。言ってはならんのぉ!」
「いや、思いっきり言ってるし」
ラビッツ提督が突っ込むのですが、ジェイムスンは気にもせず、話を続けます。
「じゃが、なにかの拍子に辺境皇帝が倒れた時――――タガが外れた中央皇帝は外への戦争を起こすのじゃぁ」
「へぇ……」
ラビッツ提督は「これまでそんなことはなかったけれど?」と尋ねました。
「お前さんら、450年前の戦争を忘れとるのかっ! 実のところ、あれも原因は同じなのじゃよ」
「そんな戦争があったことは知ってるけれど、原因まで記録がないんだよ。同時期に発生したAI病の影響で、その辺りのデータはほとんど消失しているからねぇ」
AI病とは、人工知能達が機能を消失したり、意味不明なデータを吐き出したりする奇病のことです。
「だが、ワシはよぉく覚えているのじゃ……そもそも、ワシがこっち側に来たのもそン時の戦争が原因じゃぞ」
「あ、おじいちゃん、その時の生き残りだったんだよねぇ。なぜか知らないうちに、こっちに居着いたってきいたけど」
「人様を野良猫みたいにいうなっ! ……とにかく、やつらが攻めてくる可能性が否定できんっ!」
「なるほど、そいつは大事だなぁ」
ラビッツ提督は、長いヒゲをピョコピョコさせました。
「だから準備せいといっておる……のんびり構えていると大変なことになるぞ…… 今のうちに……」
「おや、どうしたの?」
ジェイムスンの言葉がだんだんと弱々しいものになって来たので、ラビッツ提督は
「大丈夫かい?」と聞きました。
「うーむ、また眠くなってきたのじゃぁ…………歳は取りたくないものだぉ……とにかく……やれることを……やって……おけぃ…………」
――老将はそこまで言うと、ガシャリと脚をたたんで、また眠りに入ったのです。
などという回想をしていたラビッツ提督は「……時たま起き出すと、やたらと正確な指摘をしてくるって、先任者から聞いていたとおりだなぁ。共生宇宙軍の生き字引みたいな人だしねぇ」と言いました。
ジェイムスン将軍は、第三艦隊だけではなく、すべての艦隊で勤務したという古強者でもありました。
「先任者――現在の宇宙軍総司令官ですな」
ラビッツ提督は、3年ほど前にスノーウインドが宇宙軍総司令官に転じた後に、後任の執政官として着任していました。
「うん。スノーウインドの婆さん、首都星系でブクブク太ってるって話しだけど――まぁ、いいや。戦力は要求通り送ってくれているしね」
それからラビッツ提督は、戦略作戦室に備わっているモニターを改めて眺めました。そこには、刻々と変化する状況が映っています。
「そうか、始まるのか……」
提督は、老将の話が現実のものになろうとしているのを、肌で感じていたのです。