デュークの心臓
「この活動体なら、いつも行けないところに入れるぞ!」
活動体に入ったデュークは、「じゃあ、ネストを探検してくるね!」と、新たな自分を浮かび上がらせて、元気に飛び出していきました。
それからしばらくして、診察室のはじで寝ていたフネが起き出してきます。
それは医療船のドク。本来のこの部屋の主です。
彼はカラダを億劫そうに浮かべながら、大きな幼生体がいることに気づきます。
「おや、デュークが寝ておるではないか。……いや、これは」
「ええ、今は、活動体で入って遊びに行ってますよ」
「あんたが起きないから、ゴルゴンが処理したのじゃ」
ゴルゴンとオライオは、これまでの経緯をドクに説明しました。
「そうか、もうそんなに成長したのか。子供の成長は、速いものだ」
ドクは、満足げな笑みを浮かべました。
「本体の成長も著しく、末は相当な大物になりそうです」
「ふむ……たしかにな……」
ドクはそこで少し何かを考えるように、押し黙りました。
「ドク、どうかされましたか?」
「いや、なに、これまでのデュークの成長の記録を計算しているのだが……生まれてから3週間ほどで体長は250メートルほどか」
「立派なものじゃ、もう大人も顔負けの図体だぞい。でっかいことは良いことじゃ!」
「それは良いとして、成長率が凄い事になっておる。この成長速度だと、少なくとも600、700メートルを超えるフネになる」
「700メートルじゃと?!」
「ほぉ、随分な大型船ですなぁ」
龍骨の民は500メートルを超えると大型艦船とされるのです。
700メートル級となれば、種族全体で100隻もいませんでした。
何度も計算を確かめていたドクが、船首をクレーンの先でコンコンと叩きながらそう言いました。
「ふむ、”少なくとも”、だ。もっと大きくなるやもしれん」
「なぬ、もっと大きくなるとじゃと――っ!」
「おお、それは凄いですなぁ!」
でも、ドクは「ふむ……」と、なにかを案じるような言葉を呟きました。
そして彼はデュークの本体へむけてクレーンを伸ばし、検査を始めます。
「ドク、何か問題でも?」
「ふむ、縮退炉の芽が生じているな……ふむ……」
幼生体はその体の中に、いずれ縮退炉となるパーツを抱え、成長とともに少しずつ大きくしてゆきます。
「おい、もしや縮退炉に”不具合”でもあるのか⁈」
フネの中には重心が変なところにあったり、龍骨のバランスが悪くなるような設計を持つ者もいるのです。それは縮退炉も同様でした。
「うむ……やはり……縮退炉が……普通ではない……」
「縮退炉が普通ではないですと?! そ、それは一大事!」
「何だと?! ならば、ワシの心臓を移植してやるのじゃ! 4つのあるうち、1つくらい呉れてやっても問題ないのじゃ!」
龍骨の民が持つエンジン数は、正・副・予備・補機など合わせて、多くても3~4個程度です。だからその一つを、同族間での縮退炉移植することも可能でした。
「落ち着け、お前の古びた心臓を移植する意味はない。むしろお荷物だ」
「ぐぅ……それは確かにそうじゃが……」
ドクはデュークのカラダの検査を続けます。
脇では、オライオが騒ぎ続けました。
「大変じゃ――――! デュークの心臓に異常があるのじゃぁ。これは誰の責任なのじゃ?! あ、マザァじゃ! マザァの責任じゃ――――訴訟じゃ! マザァに対して製造者責任を追及してやる! 弁護士を呼べぇ!」
デュークの不具合はマザーのせいだと、オライオが自分を産んだ星を罵ります。
「おいおい、自分の母親を訴えるとはどういう神経だ」
「知るかぁ――――! そもそも、うちのネストはへんてこなフネばかりじゃぁ! 船の皮を被った特務艦やら、特殊な視覚素子を持った工作船やら、客船のくせに格闘性能が高すぎるヤツや、アホみたいなオーバーブースト機能がある高速輸送艦とか! 普通のフネは産まれんのかぁ――――!」
テストベッツのネストのフネは、とんがった性能を持つことが多いようです。
「ワシたちを実験台にしておるに違いない! デュークもその犠牲に……うぐぐぐ、ワシらは呪われておるんじゃ――!」
「おい、何を言っているんだ……ちと落ち着け」
と、ゴルゴンが窘めるのですが、オライオは、「訴訟じゃ――――!」と叫び続けました。
そんな光景を無視して、検査をしていたドクが、船首を上げて口を開きます。
「ふぅ……。おい、お前たち安心するのだ。むしろデュークはマザーに愛されているかもしれんぞ」
「はぁ?! 愛されている? あんた、縮退炉が普通じゃないって言ってたろ! どういうことじゃい!」
オライオはドクに詰め寄りますが、ドクは「ああ、普通ではないぞ、これは凄いことだ」と呟いてから――
「デュークは縮退炉を12個も持っているのだ」
――と言ったのです。
「なにぬ――――!?」
「12個ぉぉぉ⁈ そ、それは本当ですかドク!」
オライオどころか、いつもは冷静なゴルゴンも驚愕の声を上げました。デュークは、普通のフネの3倍以上もエンジンを搭載しているというのですから、仕方がありません。
「ああ、本当だ。縮退炉の芽が12個発生している」
「それはそれで、大丈夫なのですかっ!? 多すぎるエンジンはフネの均衡を崩してしまい、本来の性能を果たせないとも言います」
龍骨の民は宇宙船ですから、エンジン配置のバランスは大事なことなのです。
「ふむ、カラダが元々大きいからな。むしろそのくらいは必要なのだろう」
「ほぉ、そういうことか……ふはははは、大きな体にたくさんのエンジンとはな!」
ドクの言葉に「一安心じゃ――――!」と言ったオライオは、ふとあることを思い出します。
「あ、12個の縮退炉といえば……先代のデュークもそうじゃったと聞くぞ」
「私らを育てたあの戦艦デュークか。つい先だって逝ってしまったオイゲンさんもそう言っていたな」
ゴルゴンとオライオは、大きくて、とても優しかった先代のデュークのことを思い出しました。
「ドク、デュークは彼の生まれ変わりなのでしょうかね?」
「さてな、そればかりは、ワシにもわからんよ。母星にでも聞いてくれ……」
「「マザーは、何も、教えてくれない」」
龍骨の民の定型句――祈りにも似たそれが唱和されました。
でも、彼らの龍骨には、なにか運命めいたものを浮かんでいたのです。
”マザーは何も教えてはくれない”、”マザーはなにも答えない”のですが、老骨船達には確信めいたなにかがあるのかもしれません