7話 喧騒と
食事を作っていると、レスリーが話しかけてきた。
「君、私のこと避けてる?」
レスリーは不満そうに言う。
「避けてないよ」
「嘘だよね。何かあるなら直接言ってよ」
「そんなんじゃない。なんとなくだ」
「なんとなくで避けられちゃまともにやってけない。それに、君だってやりづらいでしょ!」
レスリーの言葉に自分の弱さを指摘された気がした。
「本当になんでもないんだ……ただ一緒にいると嫌なことを思い出す」
「何それ!そんな良く分からない理由で他人を避けてたの」
彼女は心底呆れた様子だった。
「ごめん、でも忘れられないんだ。自分のせいで起こったことと、責任について頭から離れない」
「あぁもう!過去に何があったか知らないけどさ、今は今、時間が解決してくれることはないんだ。私
だって嫌なことはあった、でもずっと引きずってたって何もいいことは無いよ。だからこうして生きて
るんだ!」
その言葉は胸に響く。とても印象的だった。彼女の感情はいつも鮮明で、強烈だった。急には無理かもしれないけれど、変わらなければいけないような気がした。前に進まなければいけないような気がした。何よりも、生き残った自分が。
「そうだね、ごめん」
「謝らないでよ。それじゃ私がいじめているみたいだ」
「わかった。じゃあ、ありがとう」
「うん、よし。今は今の君を生きて」
そういって笑った彼女の笑顔は少し眩しかった。
作り終わった食事をみんなのところへ持って行き、全員で火を囲い夕食を食べる。
「そういえば、特位の魔法使いの一人が行方不明という話を聞いたんだけど」
「特位の連中はそんなのばかりだ。そもそも冒険者なら珍しいことじゃないだろう」
イアンの話にガイが指摘する。
「それは僕も聞いたよ。なんでも、同じパーティのメンバーにも行方が分からなくなって騒いでるって
話だ」
「そう、ジョシュアの言ったとうりらしいんだ。確かに特位の面々は居所が分からないことが多い。で
も、仲間も知らないってのは少し不思議じゃないか?」
「イアンさんは考えすぎるからいけねぇ。あいつらは気分屋が多いんだから」
そういうとゴードンは立ち上がり、食器を片付け始めた。
「あ、私たちがやるよ。ね?」
「うん、仕事でもあるし」
レスリーと目が合う。嬉しい気持ちがした。
「若いもんがそう気を回すな。それに今回俺はなんもやってねぇ、これぐらいどうってことねぇよ」
「でも…」
「いいから。先輩には甘えとけ」
「は、はい」
素直に彼の言葉に甘えることにした。
翌日、日が昇る頃に一行は帰路に着く。遠くにカシャの街が見えるまで近づいた頃、突然の悲鳴が聞こえた。それに対応してジョシュアが指示を送る。
「ゴードン、ケーブル何があったか見てきてくれないか」
「ラジャ」
「了解」
そう言うと2人はすぐさま声のした方へ駆けて行く。
「どうしたんだろう」
「ひとまず警戒を強めよう」
数十秒後、また声が聞こえる。しかし、今度は聞き覚えのある叫び声だった。
「ジョシュア!こっちへ来てくれ!盗族だ!」
ジョシュアは舌打ちしてケーブルのいる場所へ向かう。
「イアン!その2人を守ってくれ!」
「わかった」
声の届いた場所へ向かうと、大きな馬車が2台止まっていた。数人の死体が転がっており、ゴードンとケーブル、さらに数人の2人の武装した男たちが盗賊と思しき者たち10名ほどと戦っていた。
「こいつらなかなかやるぞ、気をつけろ!」
ゴードンが叫ぶ。ジョシュア、ガイはすぐさま盗賊達に攻撃する。
2人の強さは凄まじかった。押されていた戦況が覆る。しばらくして盗賊は1人を残すのみとなった。
「テメェら、許さねぇ!この俺様をどなたと心得る!天下の大盗賊、ラスティー・オーシャン様だぞ!」
「なんだこいつは……」
ジョシュアは呆れ顔で斬りかかる。しかしその攻撃は当たらない。ラスティーの動きが早く、避けられてしまう。ラスティーはナイフを逆手に持ち替えた。
「はっはぁ!遅い!俺の部下どもを殺してくれた恨み、晴らしてやるぞ!」
ジョシュアはギリギリで彼の攻撃を避ける。見かねたガイが助けに入る。ジョシュアとガイの2人で漸く互角になった。
「ぬっ……貴様ら卑怯だぞ!」
「ふざけるな!最初に多勢で襲ったのはお前だろう!」
「人間万事塞翁が馬!そんなことは関係がない!」
「意味わかって言ってるのか!」
痺れを切らしたジョシュアはイアンに目で合図を送る。イアンはすぐさま魔法を発動する。一筋の閃光が走る。ラスティーはナイフでその攻撃を防いだ。
しかし、生み出された一瞬の隙を狙いガイが斧槍で叩きつける。ラスティーは短い悲鳴をあげ昏倒した。
「盗賊にしては強いな、僕1人じゃ勝てなかった」
「本当だね、僕の魔法も防がれた」
ジョシュアとイアンは悔しそうにしていた。
騒ぎが治ると馬車の中から人が出てくる。豪奢な服装をした恰幅のいいおじさんだった。
「ありがとう。あんた達のお陰で助かったよ」
「いえ、あなたは大丈夫だったかな?」
「ワシは何もなかったんだが、ワシを守ってくれた護衛達が何人か……殺されてしまった」
彼は地面に倒れ臥している者達を見て哀しそうにしていた。
「後ほど礼はさせてもらおう。だが今は彼らの供養がしたい。しばらく時間をもらえるかな?」
「ええ、もちろん」
ジョシュア達は彼らを手伝い倒れていた死体を丁寧に埋めた。
「供養はどうやって?」
「ワシの連れに鎮魂術を使えるものが居る。彼女にやってもらう。おい!アンジェ!」
彼が呼びかけると、馬車の中から1人の女性が出てくる。
「アンジェ。頼むぞ」
彼女は頷くと、跪いて祈るような姿勢で魔法を発動する。やわらかな光が舞い踊り、地面に染み込んでいった。
「鎮魂術ってなんですか?」
疑問に思って聞いてみる。
「人の思いによって物には命が宿る。ならば思いを囲い続けた人の肉体に残された力はいかほどか、それは自然と動き出します。それが死霊と呼ばれる存在です。そしてそれを起こらないようにする手段が鎮魂術です」
アンジェと呼ばれた女性が答えてくれる。
「ありがとうアンジェ。さて、自己紹介がまだだったな。ワシは商人のオズワルド・エヴァンスと言うんだ。改めて、礼を言わせてもらうよ」