5話 逃亡と思い
あの日から数ヶ月、まだ心の傷は癒えない。凄惨な情景が目を閉じれば今でも眼に浮かぶ。失ったものが大きすぎたんだ。
あの日、自責の念に囚われるように逃げ出した。向かう当てはない。ただ村の南東にあるという街を目指した。
道のりは長く、食べ物すらまともに手に入らなかった。毒があるかも知れない虫や雑草を泣きながら食べて生き延びた。そして2週間ほどかけてようやくこのカシャの街に辿り着いたのだ。
街に着いてからも酷かった。汚れっぱなしの体や服は到底街の人たちに受け入れられるものではない。街の周辺、スラムに住まう孤児たちや堕落した人間たちに混じって生活していた。毎日毎日涙を流しながら日銭を稼いで暮らし、1月ほど経った頃にようやく意識が鮮明になり始めた。
生きなければならない、ただ贖罪として生きなければならないと思った。
ナナの姉、メイと同じように冒険者になろうと決めた。ボロボロの格好でボロボロの剣を携え協会に向かった。冒険者になる前に追い返されないか心配だったけど、冒険者になることに身なりや地位は関係がないようだった。
冒険者とは、民間や商会、役所等からの依頼を受け金を稼ぐ職業だ。冒険者にはランクがあり依頼を受ける際の目安になる。
ランクは4つに分かれており下から3等位、2等位、1等位、特位と呼ばれる。
3等位に属するのはルーキーや見習いばかりで一般的な実力があると認められることで2等位に上がることができる。そこから一流レベルになりようやく1等位に上がる。特位はさらに希少でこのランクに属するものは計り知れない能力を持っている。
ランクは強さだけで決まる訳ではないが高ランクになると大半の依頼に戦闘における強さが伴う。 つまりランクの高さは強さと言える。冒険者たちは皆指輪をはめている。冒険者であることに加えそのランクを示すためだ。指輪はランクが上がるごとに指輪が加工され線が増えてゆく。3等位に線はない。そして指輪は呪いがかけられており、協会の職員か所持者が命を落とした時だけ外すことができるようになっている。所有者達の名前も刻まれ、盗難に対する策も講じてある。
冒険者を始めて日もまだ浅く、未だ安い依頼で稼いでいるが、前より生活は良くなっている。格好もまともでボロボロだが部屋を借りて暮らしている。
そして今日もまた依頼を受けるため、この街の協会に向かう。
協会の中、喧騒の中を通り抜け依頼を探す。今日の依頼はサポーター、他の冒険者グループの補佐を行う仕事だ。
2等位以上の冒険者グループは命の危険が伴う仕事も多い。戦闘やその依頼の責任には問われないものの、そのサポーターもまた危険である。よって3等位の冒険者でも通常より高めの依頼料を貰えるのだ。協会でもよく似た依頼が多く斡旋されている。
指定の時間より早かったので待合室で座っていた。その時1人の少女が話しかけてきた。
「こんにちは」
その声は明瞭で明るかった。
「……こんにちは」
訝しみながら挨拶を交わす。
「なかなか同年代の冒険者ってみないから、つい話をしたくなったんだぁ」
続く言葉に返す言葉ない。未だ晴れない心が邪魔をした。年の近い少女は、逃げ出した事実を思い出させる。
「……」
黙っていると彼女は無視されていると思ったのか、それ以上の会話はなかった。
喧騒の中、2人の空間だけ沈黙が続く。しかしそれも長くはなかった。5人の男達が近づいてくる。
「やぁ、どうも。今回のサポーターさん達だね、よろしく」
その1人、爽やかな青年が言った。どうやら今回補助する冒険者達のようだ。
「達?」「達なの?」
さっきの少女と声が合わさる。
「ああ、今回は仕事が多そうだからね。2人頼むことにしたんだ」
そう言って青年は紹介を始める。
「僕はこのグループのリーダー、ジョシュアだ。一応1等位に属してる。で、大きくてガタイのいい男がガイ。彼も1等位」
「よろしく頼む」
迫力のある偉丈夫が低い声で言った。
「そしてその隣の普通そうな奴がイアン。彼も1等位、しかも魔法使い」
「普通ってなんだよ……」
中肉中背の男が苦笑しながら呟く。反応して少女が声をあげた。
「すごい!魔法使いがいるなんて!滅多にいないのに。私も魔法が使えたらいいのに」
彼女がそう言うとイアンは少し誇らしげにしていた。だがそれを疑問に思う。あの村では全員が魔法を使えた。学校で生徒全員に教えているくらいだったのだ。少しの感覚のズレを感じながら聞き続ける。
「そして残りの2人は兄弟。ケーブルとゴードンだ。彼らはまだ2等位だけど、将来1等位になれるはずだよ」
「もちろん!」
「期待してな」
5人の中で特に若い2人が笑いながら答える。
「じゃあ次は私ね。私はレスリー、まだ3等位だけど2等位に上がれるよう頑張ってる」
少女はハキハキと告げる。彼女に続き自己紹介を済ませた。
「じゃあ依頼について話すよ。今回僕たちは南東の湿地に出現したオークを狩ることになっている。数は不明だが10を超えることは無いはずだ。君たちが戦う必要はないけど、覚悟はしておいてね」
ジョシュアはそう言って立ち上がった。
「じゃあ2時間後にここに集合し、集まり次第出発する」
「了解です」
「わかりました」
彼の言葉にレスリー共々頷いた。
南東の湿地までは徒歩で1日ほどかかる。2時間後、必要分の補助用品を整え再び協会へ向かう。意外なことに既に全員揃っていた。
「集まったね。じゃあ行こうか」
ジョシュアの言葉に一同は頷き、湿地へと赴いてゆく。道中、レスリーは魔法に興味があるようでイアンと話が盛り上がっていた。
「魔法について詳しく教えて欲しいの」
「そうだね……魔法を使うにも条件、というか資質が必要なんだ。才能っていうのかな、誰でも使えるわけじゃないんだよ」
「だから魔法使いの数が少ないの?」
「もちろんそれも1つの理由だよ。ただそれだけじゃないんだ。まず魔法の資質がある人間は体の中にあるエネルギーを魔力に変換することができる。だけど魔法を使うには魔力を体の外に出すことができなければいけないんだ」
「それって難しいの?」
「難しいっていうよりね、きっかけが必要なんだよ。例えば強い魔法を食らったりすれば使えるようになるかもしれない」
「え!?じゃあイアンさんも?大丈夫だったの?」
レスリーは目を見開いて驚いていた。彼女は感情の発露がハッキリしていて眺めているだけでも気分がよくなる。
「僕の場合は強力な魔法使いに体に魔力流してもらったんだ。そうすることでもまたきっかけを外すことができる。大金を叩いてね」
「じゃあ私に資質があったとしたら。イアンさんに頼めば魔法が使えるかもしれないんだ」
「それは難しいね……僕みたいに未熟な者がそれをやろうとすると相手を死なせてしまうかもしれないんだ。相当な熟練者でないとこの方法も危険なんだよ。これも魔法使いが少ない理由だね」
「お金がないとダメなんだ……」
「いや、他にも手がないわけじゃないよ。噂では魔法使いの村というのがあって、そこは村人全員に魔法使いの資質があるらしい。そして村人の枷を安全に外すことができる魔法道具があるというんだ」
「すごい!その村はどこにあるの?」
「それがわかってたら私も大金を払わずあの魔法使いに頭を下げずに済んだのだけどね……」
レスリーは目を輝かせていたがその話を聞い驚いたのは自分だった。その村に心当たりがあったし、その道具のことについても鮮明に覚えている。あの村は特別だったのかもしれない。
「じゃあじゃあ、資質があるかどうかはどうやってわかるの?」
「それは簡単だよ。王都の協会に鑑定士がいるんだ。理屈は知らないんだけどね」
「なるほど。いつか行って、みてもらうことにしよう」
レスリーは希望を持っていた。
「そうするといいよ」
イアンがそう返した。話を聞いていて考えを纏める。そして魔法が使えるようになったことを思い出す。
「まだ聞いていい?」
レスリーがイアンに尋ねた。
「構わないよ。可愛らしい女の子と話せるだけで男ってのは嬉しいんだ。ほら他奴らも羨ましそうにしてるだろう?」
イアンの言葉にレスリーは恥ずかしげにしていた。
「イアンさん、おなじパーティの仲間としてあなたのことは尊敬しています。ですが独占するのはどうかと思いますよ!」
「ゴードンのいうとうりさ、俺らだってずっと野郎どもと生活してるんだ!」
ゴードンとガイがそう宣うとイアンは胸を張ってこう答えた。
「じゃあ君達に魔法のなんたるかがわかるのかい?」
その言葉に一同は悔しそうに押し黙った。クスリとレスリーが笑い出す。つられてイアンも、みんなが笑った。あの頃の日常を取り戻したように感じて、心が暖まった。
レスリーに触発されて質問してみる。
「魔法自体はどうやって習得するんですか?」
イアンはレスリーと変わらず優しく答えてくれた。
「他の魔法使いに学ぶのさ、私も簡単な魔法なら教えられる。それか魔法学校に通うんだ。いくら少ないとは言っても世界中にはたくさんの魔法使いがいる。彼らのためにその門戸は開かれているんだ」
「イアンさんがよければ、教えてもらえますか?」
その言葉に、一同は驚く。
「魔法使えたの?」
と、レスリーは羨ましげに言った。
「一応ね……魔法を受けたことがあって……その時に魔力を感じたんだ」
村のことを話す気にはなれなかったので、誤魔化した。
「たまたま資質を持っていて魔法を受け5体満足で更に魔法の枷が外れたなんて、君はとても運がいいようだ。私もそうだったら良かったのに」
イアンは思案顔でそう言うとジョシュアは笑って言う。
「そんな偶然みたいなの、考えてもしょうがないだろ?今魔法が使えるんだから俺からしたらどっちも羨ましいよ」
「そりゃそうだな」
ケーブルも頷いている。
「いいでしょう、この依頼が終わったら私が教えてあげよう。魔法使いは弟子を取るだけで協会からお金が貰えるはずだからね」
「結局金かよ!」
イアンの言葉にゴードンが叫んだ。
その後、他愛ない話で盛り上がりながらもようやく湿地に辿り着いた。