3話 徒然と
その後、この家族について話を聞いた。
父アンドリューは騎士団に所属していたらしい。母キャリーは専業主婦、妹ナナは学生。そしてメイは冒険者であるという。
ムース家の住む村はそれほど大きくもない、数百人規模の村だった。
朝、ナナと共に学校に向かうことになる。
「いい?私の邪魔はしないでよね」
「大丈夫、わかってるよ」
そう呟く。
学校も村同様大きくはない、建物に入ると少し大きめの部屋に20人ほどの年のまばらな子供たちがいた。
「よぉナナ!…と、誰だそいつ」
一際元気な男の子が話しかけてくる。
「弟よ」
「お前弟いないだろ」
「うるさいわね、いちいち細かいのよ」
「なんだよつれねーな。なぁ?」そう言って僕を見つめる。
「僕はユースケって言うんだ。これから一緒に通うんだ。よろしくね」
「おう!俺はジェイだ。よろしくな!」
僕はジェイとナナの隣の席に着いた。
数分後、周りの生徒たちと談笑していると1人の女性が来た。どうやら先生のようだ。
「はーい、みんなおっはよう。今日から新しい友達も来たみたいだし。復習から、始めるよ」
そう言って授業が始まった。
授業が終わると、ジェイは村を案内してくれた。ナナは先に家に帰ってしまったが。
「へぇ、大森林にから来たのか。しかも記憶喪失ね。謎ばかりだな」
僕は苦笑いで返す。そんな日々が暫く続いた。
ある日のこと、先生が学校に光る球を持ってきた。
「みんな、今日は魔法の授業よ」
教室が騒めく。
「魔法?」
僕がそう言うと先生が説明してくれる。
「あなたにはまだ言ってなかったね。魔法っていうのは普通じゃありえないことを世界に干渉して起こす技術のこと。体の中には命の源とも言える魔力が宿っていて、そのエネルギーを利用することで魔法が使えるの。細かいことは追い追い教えていくわ。それで、まず魔法を使うのにこの魔法水晶を使って体の中の魔力の源を刺激する。そうすると少しずつ魔法が使えるようになるの」
みんな真剣な顔で球を見つめる。
「じゃあ一人一人やって行くわね」
「先生!俺が1番にやる!」
ジェイは興奮した様子でそう言った。球の前に行き、ジェイが手をかざす。球は眩いほどの光を放った。
「体が……あったかい……」
ジェイがそう呟く。
「おっけい、じゃあ次の子ね」
そして、一人、また一人と魔力の枷を外して行く。僕もそれに続いて、手をかざす。
「……」
しかし、何も起こらない。
「あれぇ?故障かな……」
先生がそう言った直後、僕の指輪が瞬いた。だが体には何も起こらない。
「先生、これって……?」
「何かしら?他の子で試してみましょう」
その後、他の生徒全員が無事に終わった。
僕だけが失敗したのかもしれない、そう思うと気持ちが落ち込んだ。
「まだわかんねぇだろ?魔法が使えればいいんだよ」
ジェイはそう慰めてくれる。
「その指輪が光っているのをみたわ」
ナナが指摘する、僕も指輪に影響されたのかと思った。この指輪は気がついたころから付けたままだったし、気にもとめてなかったが何かあるのだろうか。
「指輪を外してやってみたら?」
ナナの言葉に頷き、もう一度試すが何も起こらない。
「日を改めれば変わるかもしれないわ、また明日試してみましょう」
先生の提案に頷くしなかった。
「じゃあ今日はユースケくんは見学ということで。みんな、魔法の初歩を学んでいくよ」
その日、僕は気分の晴れないまま他の生徒たちが魔法を学ぶのを見ていた。
その夜、数十人の武装した集団が密かに村に近づいていた。
「反応はここか」
そのうちの1人、特に大きく体格のいい男が言った。
「はい、こちらで間違いないです」
隣に立つ部下の男が答える。
「そうか、ならば村ごと潰す。何としても証を見つけるんだ。誰1人逃すな。よし、行け」
大男の号令に従い、その集団は村を襲い始めた。
地獄だった。
ただ人が殺されていく。
泣き叫ぶ村人たち、物言わぬ死体。
その突然の襲撃に村は阿鼻叫喚の図と化していた。
「逃げろ!」
アンドリューが叫ぶ、騎士である彼は家族を守ろうしていた。
冒険者として戦いに身を置いていたメイもまた家族を守っている。
「なんで……!こんな村に黒騎士どもが!」
キャリーはナナとユースケを連れ家の裏口から逃げ出そうとする。しかし村は全方位から囲まれて逃げ場はなかった。
ふと気づくと指が熱い。いや、指輪が光と熱を放っていた。集団のうちの1人がそれに気づいた。
「見つけたぞ!」
そいつがそう叫ぶと、すぐに大きな男がやってきた。
「ようやく手に入る……これで俺が……」
大男はブツブツと呟きながら襲ってくる。大きな斧を振るい、その迫力は人のものとは思えない。
僕たちは足がすくみ、避けることもままならない。
「何やってるんだ!はやく逃げるんだよ!」
アンドリューが剣で斧を弾く。しかしその衝撃で彼の剣は折れてしまった。
さらに後ろから別の男が襲いかかる。アンドリューの腕が切られた。その切断面はあまりに汚く、僕の胸が疼いた。そしてアンドリューは肩を押さえ蹲る。
大男が斧を振りかぶる。アンドリューはこちらを振り向き、何かを呟いた。
直後、彼の頭と体は別離する。
ナナも僕もまだ見ていることしかできない。僕らは目の前の現実を受け入れられなかった。時間 が、止まったかのように思えた。
すぐ側からも呻く声が聞こえる。重いものが地面に倒れる音がした。
目の前にあるのはキャリーの遺体だった。ナナはとうとう泣き叫び始めた。
ナナの叫ぶ声を聞いて別の場所で戦っていたメイが駆けつける。
「どうしたの!?ナナ、だいじょ……」
大丈夫?、と言おうとしたのだろう。メイは両親の遺体を見て口をつぐんだ。そして、魔法を発動する。
瞬間、僕とナナは赤い光に囲まれた。その光は炎となり、周りの男たちを襲っていった。
数秒。いや、体感では数分ほどの時間が経った後ようやく炎はなりを潜めた。襲撃者たちはみな黒く炭のようになっていた。アンドリューとキャリーの遺体さえも。
メイは無言で僕たちに近づき抱きしめた。
「ごめんね……」
そう呟く彼女。ナナは咽び泣いたままで、僕は何も言えなかった。