1話 北の大森林
夢を見た。悲しいけれどとても繊細で、現実を突きつけられる夢だった。
目を覚ますと僕は森の中にいた。
「ここはどこだ?」
返事は期待せず、独り呟く。
意外なことに答えが返ってくる。
「北の大森林よ」
「えっ?どこ?」
「だから、北の大森林よ」
そう言われても知らないものは知らない。
「こっちからも聞きたいんだけど、なんであんたみたいな子供がこんなところにいるわけ?」
わからない、僕が知りたい。
「何故だろう?」
「質問に質問で返さないでよ。記憶喪失か何かなの?」
言われて気づく、自分のことを何一つ覚えていなかった。
「たぶん、そう」
「たぶんなんて曖昧ね。まぁいいわ、記憶が無いんだったら私の仲間にしてあげる。記憶が戻るまでね」
彼女はどうやらいい人なのかもしれない。
そして、僕は単純な人間なのかもしれない。
それは一目惚れと言うのだろう、僕の心は彼女に囚われたのだった。
彼女に連れられて移動する間に、頭の中で整理していた。身につけているものは簡素な服に右手の中指の錆びついた指輪、後はところどころ欠けた短い剣だけだった。
今は何もわからないので、ただ彼女について行くしかなかった。
「着いたわ!ようこそ、わが家へ」
森の外れ、木造りの家があった。僕は彼女に続き家に入った。
「おかえり。おや、どうしたんだいその子は?お客さんなんて珍しいじゃないか」
年の離れた女性が穏やかな笑みを浮かべ言った。
「ただいま!森で倒れてたのよ、記憶もないみたいだし可哀想だから連れてきたの」
「そんなことがあるのかい。そんなに小さな子がねぇ……。よし、いいじゃないかうちで面倒を見てあげるよ」
「さすがママ!わかってるぅ」
「それで、名前も覚えてないのかい?」
「あ、そうだった自己紹介もまだだったわね。私はメイよ、メイ・ムース。ママはキャリーって言うの」
言われて考える。名前、名前は……ユースケ、そう。ユースケという名前だった筈だ。
「僕は………ユースケ、だと思う」
「へぇ、珍しい名前だねぇ」
「聞かない名前よね」
2人と話していると階段を下って小さな女の子が降りてきた。そちら目をやるとメイが教えてくれた。
「あの子はナナ、私の妹ね。年も近いだろうし、仲良くしてね」
ナナは訝しげに言う。
「あなただあれ?なんで私の家にいるの?」
僕が答える前にメイが代わりに説明してくれる。
「ふーん、そうなんだ。じゃああなたは私の弟になるのね」
「いやいや、家族になると決まったわけじゃないし年もわからないんだから兄か弟かわからないわよ」
メイがそう言うとキャリーはクスッと笑った。
「いいの!弟なんだから!」
ナナは顔を赤くして言った。しかしメイとキャリーは笑っている。
「じゃああなたは私の妹の弟ってことで」
「よ、よろしくお願いします」
僕は暖かい雰囲気に照れながらそう答えた。