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一週間の魔法  作者: 海水
6/7

六日目

 今日は曇天模様だ。まるであたしの頭の中みたいだ。カーテンを開けても空には灰色の雲が垂れこめていた。

 体調はまぁ、悪くはないかな、って感じだ。


「うーん、一雨来るかなぁ?」

「身体は良いのか?」


 寝床から声がすると、天然モフモフ湯たんぽは、ヒタヒタ歩いて来て、あたしの横に座った。


「心配してくれてる?」

「当然だ」


 青い瞳が見上げてきた。


「えへへ~」

「飛んでる最中に杖から落ちたら、死ぬぞ?」

「気を付けるよ」

「そうしてくれ」


 そんな事を話しているとポツリと雨粒が落ちて来た。


「チッ、風邪ひきには辛いな」


 クロが珍しく舌打ちした。

 あらあら、どうしたのかしら?

 クロを抱き上げる。


「クロがあたしを心配したから、雨が降ったんじゃないの?」

「俺が心配したら槍が降るんだ。気にするな」

「あはは」


 やっぱりクロはクロのままがいい。




 

「行ってくるね」


 怪我しないようにクロの額に唇を落としておまじない。これもクロが来てから日課になった。


「シーラの得意属性はなんだ?」

「あたしの? あたしは水属性だね」

「そうか。じゃあ『シャボンの泡』を使うと良い。雨避けになる」

「えー、でもすぐに破けちゃうよ」


 『シャボンの泡』は体に膜を張る魔法なんだけど、イマイチ弱いのよね。


「二重に唱えると強度が十倍になるんだ」

「へぇ、知らなかった!」

「極一部の魔法使いしか知らないからな。今濡れると治りかけの風邪がぶり返す」

「ふふ、クロは優しいね」

「今までの恩を返さねばならんからな」 


 あたしが出る時は、クロが手を振って見送ってくれる。

 これが、いつまでも続けばいいなぁ……





「【シャボンの泡】【シャボンの泡】」


 あたしが魔法を唱えると、身体に薄い膜が張られる、二回唱えたから、クロの言う事が正しければ、ポンチョも要らないんだけど。


「クロを信じてみるかな!」


 あたしは、えいっと掛け声を出して杖を上昇させた。雨粒が襲ってくるけど、身体には当たらない。


「わぁ、すっごーい!」


 クロは凄い魔法使いだ!


「よーし、いっくぞー!」


 魔法研究所に向けて一直線だ。水しぶきを上げて、杖とあたしが滑空していった。





 研究所について、すぐさま席に着く。アカネちゃんはまだ来ていない。


「さって、早いとこ終わらせないと」


 ランドの魔法の解析に取り掛かった。


「此処がこうなって、で、そこにかかる、と。で、あそこに繋がる」


 複雑に絡み合って、でも合理的に出来てる。美しいといえる芸術品。


「む……一週間で解ける変身の魔法で、変身対象は……飼い猫」


 ランドが失踪したのが七日前。魔法の期限も七日。で、飼い猫は黒猫、と。


「はぁ、知りたくなかったなぁ……」


 ため息しか出ない。

 この事は、クロとのお別れも意味してるから。





「すみません、用事が出来たので、早退します! 魔法の解析は終わりました!」


 禿上司に報告だけして、返事も聞かずに研究所を出る。雨は止んでいたけど、灰色の雲が空を占領してる。あたしは杖を飛ばしてボロアパートに向かった。

 賞金稼ぎとか、物騒な連中も動いてるって話だ。魔法の使えない猫のままじゃ、クロだってどうしようもない。


「間に合ってよ!」


 神様神様。いるんなら、クロを助けてやってよ!

 でも杖は、これ以上速くは飛んでくれなかった。





 ボロアパートが見えた。特に変わった所はなさそう。急いで玄関前に行く。

 鍵を開けて中に入れば、クロが丸いクッションになって寝ていた。


「よかった……」

「……やっぱり、此処にいらしたのですか」


 あたしが安堵の言葉を漏らした瞬間、後ろから男の声が聞こえた。

 バッと振り返れば、いつぞやの黒い服の怖い男が玄関にいた。


「ちょっと、人のうちに勝手に入らないでよ!」

「ここの大家には許可を得ました」


 ちっ、大家め! 覚えてなさい!


「そろそろお時間です」


 黒服の男は、あたしを無視してクロに話しかけた。クロがむくりと起き上がる。


「俺は、帰らん」


 聞いたことの無い、不機嫌なクロの声だった。


「俺は、此処にいる。此処が、帰る場所だ」


 クロがあたしをチラッと見た。

 よし、逃亡だ!

 変身が解けるまではまだ時間がある。元の人間に戻れば、クロに敵はいない。それまで時間を稼げれば良いんだ!


「行くよ!」

「あぁ!」


 あたしが叫ぶとクロが飛びついてきた。窓から飛び出し、杖に乗る。


「空の果てまで、飛んでいけ!」


 あたしとクロは曇天模様の空に飛び出した。





「クロ! あんたの魔法が解けるのは何時?」

「あと二時間って所だ」

「その間逃げ回ってれば良い?」

「上出来だ!」


 あたしの腕の中のクロが背伸びをして、ほっぺにキスをしてきた。勝手に顔が緩んできちゃう。

 よーし、おねーさんは頑張っちゃうぞ!


「やっぱり追って来るかー」


 後ろから黒服と、その他にも怖い顔の男たちが鳥に乗ったりペガサスに乗ったりして追いかけて来る。十人はいる。


「魔法使いは、いないんだな」


 クロが後ろを見て呟いた。どうやら杖に乗っている奴はいないらしい。

 まぁ、魔法使いの数が少ないからね。大抵は研究所とか、国の機関に入れられちゃうから。


「結構ラッキー?」

「あぁ、ラッキーだ!」


 クロといると、あたしの調子は良い。





 杖の速度はそんなに速くない。ペガサスには追い越されて回り込まれた。


「『永久の氷』をぶつけてやれ」


 クロから指示が飛ぶ。


「【永久の氷】!」


 魔法を唱えれば、目の前に氷が落ちて来た。


「馬面の前で粉砕しろ!」

「あいさー!」


 クロの指示であたしが動く。

 氷を投げつけ、避けようとする前に粉々に【空気砲】の魔法で粉にして煙幕をたく。

 ペガサスはいきなり目の前がホワイトアウトして驚いたのか、急降下していった。


「やったぁ!」

「良い腕だ」

「あたし達って、結構いいコンビね」

「はは、そうだな!」


 クロが愉快そうに笑った。





 曇天の空を逃げども逃げども、黒服と賞金稼ぎは追いかけて来る。


「しつっこいねえ」

「まぁ、あいつらも生活かかってるしな」

「悠長な事言ってないの!」


 何てこと言ってる内に囲まれちゃった。あたし達を遠巻きにして、様子を窺ってる。


「結構ピンチねぇ」

「まぁ、そうだな」

「あら、余裕ね」


 腕の中のクロは呑気だ。


「お前といると緊張しないからな」

「あたし、褒められた?」

「あぁ、褒めたぞ!」

「わーい!」


 とはいえ、囲まれている事には変わりがない。

 でもクロといると、なんとかなっちゃうって思っちゃうのよね。何でかしらね?


「『シャボンの泡』を三重に張れ」

「そうすると?」

「効果百倍だ!」

「あいさー! 【シャボンの泡】【シャボンの泡】【シャボンの泡】!」


 あたしとクロに膜が三枚張った。視界がちょっと虹がかってて綺麗なのよね。

 それを見た賞金稼ぎ達がナイフを構えて、投げて来た。


「だ、大丈夫よね」

「俺を信じろ!」

「信じるわよ!」


 投げられたナイフは、膜に当たって、ぽよーんと跳ね返された。ぽよーんという感じでナイフは落ちていった。

 賞金稼ぎ達が目を丸くして驚いてる。何度投げても、何を投げても、ぽよーんと跳ね返した。


「ははは! シーラは最高だ!」


 クロは肉球でペシペシとあたしの腕を叩きながら、嬉しそうに笑ってる。あたしも嬉しい。


「よし、今のうちに上に逃げるぞ!」

「あいさー!」


 賞金稼ぎ達が茫然としている隙に、更に上空に逃げる。





 あたし達が逃げれば、当然あいつらも追って来る。


「なんかないの?」


 上空は大分寒い。上着を着てるけど、それじゃ効かない。風が強くて冷たい。


「ふむ、『迷い霧』と『氷温庫』は出来るか?」

「それならなんとか。でもそろそろ魔力もやばいかも」

「うむ、大丈夫だ」

「ホントー?」

「本当だ」


 クロの自信はどこから来るんだか、あたしにゃ分かんないけど、ここまで来たら徹底抗戦じゃー!



「まずは『迷い霧』だ」

「あいさー!【迷い霧】!」


 あたしが魔法を唱えると、あたりには濃い霧が立ち込めて来た。ちょっと先も見えないくらいだ。

 賞金稼ぎ達も霧の中に閉じ込めた。


「次に『氷温庫』だ」

「あいさー!【氷温庫】!」


 あたしの魔法で、霧が凍り始めた。凍った霧が風に吹かれてカチカチ音を立ててる。


「あと三十秒!」

「何が三十秒なの!」

「時がくりゃ分かる!」

「何なのよー!」


 凍った霧同士がぶつかり合い、あちこちでバチバチと音がし始めた。ピカピカと光ってる。


「ちょ、これって!」

「ふはは! 喰らえ!」


 周囲が強烈に光って、空気を裂く轟音を響かせた。さっきの『シャボンの泡』が雷も弾いちゃった。

 稲光が四方八方散り散りに走り、どこからともなく悲鳴が聞こえて来た。


「やっほーい! だーいせーいこー!」


 クロは尻尾を立たせて、楽しそうに叫んでいた。

 そのクロの体が急に光りだした。同時にあたしの体は急激に重くなった。魔力切れだ。


「あ……やば……」


 魔力切れで落ちそうになったあたしの体を、がっしりとした腕が支えてくれた。


「おっと、ギリギリセーフだな」


 あたしは、青いローブの体に、しっかりと抱き締められていた。

 顔を上げれば、そこには夢に出て来た、あの黒髪の男がにっこりと笑っていた。

 夢の中では見なかった、笑顔に、ちょっぴり見惚れた。


「上出来だ」


 そういうと、その男の人はあたしの頬に唇を押し当てた。


「ク、ロ?」

「まぁ、そうだ」


 その男は、ちょっと微妙な顔をした。

 この人が、ランド、なんだね。夢で見てる時よりも、実物はカッコイイなぁ……

 時間切れ、か。楽しかった、なぁ~。





 雷が収まって小さな氷が全部地上に落ちた後に、空に残ってるのは、あたし達だけだった。あたしはクロにお姫様抱っこされて空中に浮いている。杖はクロが捕まえてるから、浮いているのは彼の魔法なんだろうね。

 魔力切れでへとへとのあたしは、くったりとクロの肩に頭をのせてる。


「クロは、帰っちゃうん、でしょ?」


 あたしは、よく働かない頭で、言葉を繋ぐ。


「帰るが、帰って来る」


 クロは、よく分からない言葉を発した。今のあたしじゃ理解不能だ。


「クロには、人間の生活が、あるもんね」

「まぁ、(しがらみ)しかないけどな」


 クロは詰まらなそうな口調だった。嫌だから、猫になって逃げたんだもん、戻りたくはないよね。


「でも、良い事はある」

「そう、なんだ」

「気が合う奴はいるんだと、知った」


 クロは嬉しそうに言った。顔を見たかったけど、あたしには上を向く力も出ない。


「魔力切れは休まないと治らない。ゆっくり休め」


 クロはあたしの額にちゅっと音を立ててキスをしてくれた。おでこが嬉しくて悲鳴を上げてる。


「早く良くなるおまじないだ。ちょっとだけ、待っててくれ」


 その言葉を最後に、あたしの瞼は抵抗しきれずに、落ちた。

お読み頂き有難う御座います。次回最終話です。

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