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一週間の魔法  作者: 海水
5/7

五日目

「へっきし!」


 翌朝、あたしの鼻からは、みっともない汁が垂れていた。


「あー、あたしも風邪ひいたかな」


 ずずっと鼻をすする。

 毛布がモコモコと盛り上がって、クロが顔を出した。


「俺の風邪が移ってしまったか……」

「んー、どうだろうね」

「すまん」


 クロがあたしの頬にぷにぷにと肉球を当てて来た。ちょっとヒンヤリして、気持ちいい。


「今日は研究所は休みだね」


 無理に研究所に行って、周りに風邪を移しても迷惑だ。

 病気テロになっちゃう。


「おかげで俺はすっかり元気だ」


 そんな事をのたまうクロの髭はピンとしていた。

 風邪は移せば治る。そんな伝説が、ココに実証されてしまった。





「朝食は作らないとね」


 覚束ない足でふらふらと台所に向かう。パンと昨日のスープ、それと肉詰めでも焼こう。クロは肉詰めが好きみたいだし。


「む、代わりたいが、この体では何も出来ない……」

「気持ちだけ、受けとっておくね」


 魔法で火を灯して、フライパンで炒める。頭がぼーっとするけど、これはしょうがないよね。


「おい、火!」


 火が強すぎてフライパンからはみ出してる!


「おっと、あぶなかったー」


 気を抜くとダメねー。


「寝てた方が良いんじゃないか?」

「クロの食事だけでも用意しないとさ」

「俺のはいいって!」

「もう出来るから」


 肉詰めはちょっと暖める程度でいいんだから。これとパンだね。スープは厳しいかな?


「できたー」


 ふらつく足でテーブルまで料理を持っていく。パンと肉詰めだ。肉詰めは切って少し冷まそうね。


「分かったから寝てろって!」


 クロがあたしのズボンのすそを噛んで、必死に布団に引っ張って行こうとしてる。でもクロの体格じゃびくともしない。


「くそっ、この体じゃどうにもならん!」

「んー、気持ちだけ受け取っておくよ」


 憤慨してるクロをそっと抱き上げて、テーブルに乗せる。あたしはそのまま布団へ一直線だ。


「お皿はそのままで良いからねー」


 どさっと布団に倒れこむ。間に合ったセーフ。


「魔法が使えたら!」


 クロが何か怒ってる。おかずが足りなかったかな?


「ごめんねー。風邪が治ったら、美味しいもの、作るからさ」


 クロがテーブルから飛び降り、ヒタヒタとこっちに歩いてきた。お気に召さなかったかね。


「そうじゃない!」


 クロがあたしの顔の前に来た。でも髭に元気がない。

 あたしの額にぷにっと肉球が当たった。ひんやりして気持ちいい。


「熱いな。薬はないのか?」

「薬は高いから、買ってないの」

「そうか……」


 クロは薬を買えるくらいの、お金持ちさんの猫なんだね。


「シーラ、『永久(とわ)の氷』は唱えられるか?」

「へ?」

「出来るか?」


 青い瞳が真っ直ぐ見てくる。


「調子悪いから、大きいのは出来ないよ?

「小さくて良いんだ」

「えっと……【永久(とわ)の氷】」


 床に小さな氷の板がポトンと落ちてきた。溶けることの無い、氷の板だ。


「よし、上出来だ!」


 クロがあたしのほっぺに、ちゅっとキスをしてきた、くすぐったいなあ。

 クロは、器用に棚からお皿を取り出した。咥えて運んで床に置くと、作り出した氷を前足で挟んで皿にのせた。


「つめてー!」


 クロは叫びながら、今度は布を持ってきた。布を氷に乗せて冷やし始めた。


「シーラ、ゆっくり休むんだ」


 クロは冷やしていた布を咥えて、あたしのおでこまで運んできた。


「あー、冷たくて気持ち良いね。ありがとね、クロ」


 クロはほっぺに肉球をぷにぷに当ててきた。


「すまん、これくらいの事しか出来ない」


 青い瞳には元気がない。気にしなくて良いのに。


「猫でこれだけ出来るのは、凄いんだよ」


 ふぅ、安心したら眠くなってきた。寒いから毛布をしっかり被る。


「出掛けても、良いからね」


 あたしの瞼はそこで落ちた。





 コンコンコン。

 玄関のドアを叩く音がする。


「シーラちゃん、いる?」


 あれ、アカネちゃんの声がする。なんでだろう?


「にゃー」

「あ、君がシーラちゃんの彼氏君かな?」

「にゃー」

「ふふ、そうなの?」


 アカネちゃん、誰と話してるんだろう?


「シーラちゃん、お邪魔するねー」


 玄関から赤い髪のアカネちゃんが、ヒョイと顔を覗かせた。


「アカネちゃん。どうしたの?」

「どうしたのって、シーラちゃんが研究所に来ないから見に来たの」


 アカネちゃんが買い物袋を下げて部屋に入ってきた。


「大丈夫~? あ、寝てて良いからねー」

「う~ん、なんとかねー」


 頭がぼーっとするのは続いてるけど、汗をかいたからか、熱っぽいのは大分収まった感じ。


「にゃー」

「ふふ、彼氏君が心配してるよ」


 クロが【永久(とわ)の氷】で冷やした布を口に咥えて、あたしの額にぽすっと置いた。


「器用な猫ちゃんだねー」

「にゃー」


 あれ、クロが普通の猫になってる。どうしちゃったんだろう?

 

「何か食べられそう?」


 アカネちゃんが買い物袋から色々取り出しながら、あたしに聞いてきた。

 お腹は空いてないなあ。でもクロの食事は用意しないと。


「お腹は空いてないんだけど、クロに夕食あげないと」

「んー、彼氏君はクロ君っていうのね。クロ君には何をあげれば良いのかな?」


 クロは頭を左右に振ってる。


「へぇ、クロ君は言葉が分かるんだ」


 アカネちゃんが目を丸くして感心した顔してる。クロはあたしの方に歩いてきて、頭の脇にコロンと丸くなった。


「俺がしゃべれる事は言わないでくれ」


 クロが小声で囁いてきた。

 バレたくはないのね。じゃあ黙ってよう。クロがいなくなってダメージが大きいのはあたしだしね。

 分からない程度に小さく頷いておく。


「クロ君、食事が出来たよー」


 アカネちゃんがクロを呼んだ。でもクロは動かない。あたしに遠慮してるのかな?


「あたしはまだ本調子じゃないからさ。クロは食べて良いんだよ?」


 クロはあたしをジッと見てきた。青い瞳が悲しそうだ。


「我が身ながら、情けない……」


 クロが悔しそうにぽつりと呟いて、トボトボと歩いていった。

 尻尾が寂しそうに、垂れていた。





「不思議な猫ちゃんね」

「ちょっと、変わってるかな」


 アカネちゃんが、明日の朝食の用意もしてくれてる。あたしは布団に座ってるだけ。申し訳ない。


「色々やってもらって、ごめんね」

「いーよー、一人暮らしで病気すると大変だもんねー」


 アカネちゃんは明るく答えてくれた。

 クロはあたしの横で丸くなってる。知らん振りして聞き耳だててるんだ。


「そういえば、ランドの魔法って解析終わった?」

「まだ終わってないの」

「警察が早くって急かしてるみたいなのよ」


 警察と聞いてクロの耳がピクリと動いた。


「ランド失踪の唯一の手掛かりなんだってさ」

「へー。あとちょっとで終わるかなー」


 クロの尻尾がパタパタ動いて、随分と落ち着かない様子だ。脇にいるクロを抱き上げて膝の上にのせる。


「賞金稼ぎとか動き出して、結構物騒な感じなのよ」


 クロの毛が逆立ってきてる。背中をナデナデして何とか落ち着かせる。まったく、どうしたのかしら。


「明日は研究所にいけそうだから、頑張って解析終わらせるよ」

「まーでも無理しないでねー」


 クロは話をしている間中、ずっと落ち着かない感じだった。 





「じゃあ帰るねー」

「うん、ありがとー。気をつけてねー」


 アカネちゃんは杖に腰掛けて帰って行った。

 助かっちゃったな。持つべきものは友達だね。


「アカネちゃんは帰ったよー」


 クロにもう大丈夫のサインを送る。冷えるから、あたしも部屋に戻る。うー寒い。


「クロ?」


 クロはジッと窓の外を見ていた。青い瞳は険しい気配を孕んでいて、あたしは声を掛けることが出来なかった。





 今日は調子が悪いからお風呂は無しだ。明日の朝、入ろう。


「クロ、今日はもう寝ようよ」


 窓から外を眺めてるクロを手招きする。天然モフモフ湯たんぽは、もう一時も欠かせない必需品になってしまった。

 呼べばクロはヒタヒタと歩いてくる。毛布を上げて空間を作れば、スッと入ってあたしの胸のあたりにぴたっと収まる。もう言わなくても定位置になった。


「……なぁシーラ」

「ん? なーに?」


 胸元のクロが、ぼそっと話を振って来た。


「……俺が、人間だったとしたら、どうする?」


 クロはあたしと同じ向きだから顔は見れない。どんな顔してるんだか。


「人間だったら? そうねぇ……カッコイイ男の人だったら、責任とって貰おうかな」

「カッコイイ、ねぇ」

「裸見たんだからね。でもカッコイイ人じゃなきゃ、いいや」

「現金だな」

「魔女ですのでー」

「なるほどな」

「あたしは、クロはクロのままでいてくれた方がいーなー。一緒に話をしたりするのは、楽しいもんね」

「そうか……」


 それっきりクロは黙っちゃった。色々考えすぎだよ、クロは。クロはクロなのに、ねぇ。





 その夜も夢を見た。あの青い目の男の人は、今日はあたしの隣にて、難しい顔をして何か考え事をしていた。時折あたしを見てくるけど、すぐに前を向いて険しい顔をしていた。

 あたしは見ている事しか出来なかった。

お読み頂き有難う御座います。

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