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一週間の魔法  作者: 海水
3/7

三日目

 翌朝、カーテンの隙間から差し込む光で目が覚めた。


「……晴れちゃったか」


 クロはまだ布団の中で湯たんぽになってる。


「天然モフモフ湯たんぽも終わりかぁ」


 もうちょっと、いて欲しかったなぁ。でも外に行きたいんじゃ、仕方ないか。

 クロを起こさないようにそっと布団を出る。カーテンを少し開けて外を覗けば、水滴が朝日を反射させて、キラキラと光る世界が見えた。


「綺麗だけど、嬉しくないなあ」


 キラキラの世界が、あたしには素直に喜べなかった。


「う~ん、朝か」


 クロが尻尾を立ててヒタヒタ歩いてきた。見て欲しくはないけど、望んでたもんね。


「おはよー」


 挨拶をして、クロを抱き上げ、カーテンを開ける。日の光が一斉に部屋に差し込んだ。


「おぉ、美しい!」


 クロは嬉しそうだった。


「晴れたね」

「晴れたな!」

「外に行けるね」

「外に行けるな!」


 クロはやっぱり嬉しそうだった。





「そこの窓の鍵は開けてあるから」

「分かった」


 クロの体を抱き上げて額に唇を落とす。怪我をしない、おまじないだ。

 出て行ったら帰ってくる事はないんだろうって思うと、寂しくなる。

 けど、クロにだってそもそもの生活があるんだ。名残惜しむと別れが辛い。


「じゃぁね」


 クロを降ろして頭をポンポンと叩く。


「気をつけてな!」


 クロはそう言ったけど、それはこっちの台詞だ。





 肌に刺さる澄んだ空気をかき分けて、杖とあたしは研究所に急ぐ。キラキラ光る世界はあたしには眩しすぎる。なるべく見ないようにした。

 研究所につけば、いつもの風景だった。


「おはよーございまーす」


 元気に挨拶をして席につく。

 今日も昨日の続きで、ランドの魔法解析だ。上手く隠蔽されてるから、結構手間かかりそう。


「ランド、まだ見つからないんだって」


 アカネちゃんが最新情報をくれた。凄腕の魔法使いが本気で逃げているからか、足取りも掴めないんだって。でもあたしの頭はこの魔法解析とクロの事で一杯だ。これ以上は容量制限で入りませーん。


「自由、ねえ」

「凄い人でも、そんな事思うのかな?」

「家の猫も、外に出たがってるもんね」

「その猫ちゃんて、大きい猫?」


 アカネちゃんはまたニヤニヤし始めた。しゃべれる変わった猫だけど、猫だもの。しかも雌だし。


「小さくて黒い猫よ。野菜が嫌いで、猫舌で、風呂が苦手な猫ね」

「ホントに猫みたいね」

「だって猫だもの」


 アカネちゃんはキョトンとした。


「恋人じゃないの?」

「ちょっと変わった、猫よ」


 あたしがキョトンとした。





「シーラちゃん、今日空いてる?」


 そろそろ定時、というところでアカネちゃんからお誘いがあった。クロも出て行っちゃったろうし、時間はある。


「い~よ~」

「じゃあ飲みに行こう!」

「行こう~!」


 女二人でちょっと洒落たバーに繰り出した。

 あたしもアカネちゃんも魔法使いだ。二人とも杖を持参してる。

 魔法使いの絶対数は少ない。だから適正があれば優先的に魔法使いにさせられる。でも魔法は役に立つ。魔法は攻撃魔法ばっかりじゃない。むしろそっちは少数派。生活に役立つ魔法の方が圧倒的に多い。あたし達『女』にとっては助かることが多い。

 普通の人は、あたし達女性の魔法使いを『魔女』なんて呼んだりもする。杖に乗って空を飛んでるしね。


「彼からねー、結婚しようって言われたのー」


 ほろ酔いのアカネちゃんが惚気始めた。先日のお泊まりはそーゆー事でしたか。


「良かったじゃない!」


 魔法研究所に就職する魔女は、所謂魔法オタクだ。あたしもだけど、アカネちゃんもそう。アカネちゃんは比較的身嗜みに気を配るからそうでもないけど、あたしは違う。化粧はするけど、色気はない。世間では「残念」なんて言うらしい。

 うっさい、楽で良いんじゃ!


「来月に式をあげるの。今度の休みの日に籍をいれちゃうんだけどね」

「じゃあ、一緒に住むの?」

「来週に引っ越しー」

「へー」


 あたしの横のアカネちゃんは、幸せ一杯な顔してた。





 幸せ者のアカネちゃんと別れて家路につく。今日はお月様も陽気に顔を覗かせてるけど、あたしの気分は正反対だ。

 ボロアパートには誰もいない。クロがいただけで、一日があんなに楽しいとは思わなかった。


「また、一人かぁ」


 一人は気楽だけど、寂しくもある。


「猫でも飼うかなぁ」


 残念ながら、お月様は答えてくれない。ただ優しく照らしてくれているだけだ。


「まぁ、いいか」


 酔った頭じゃこの程度。酔っ払いの戯言さ。





 ボロアパートが見えたけど、当然明かりなんてついてない。ま、当然なんだけど。


「明かりがついてるだけでも、ホッとするのね……」


 そんな事を思いつつ空から降りれば、傷ついて血を流してる黒猫が、玄関前にちょこんと座ってるのが見えた。

 一瞬で酔いが醒めた。頭に血が上った。


「ちょっとクロ! 何よその怪我!」

「おかえり」

「おかえりじゃないわよ!」


 あたしは駆け寄ってすぐに治癒魔法をかける。クロの体が水に包まれて、血が出ていた傷が無くなっていく。

 クロを抱き抱えてドアを開け、部屋に飛び込む。


「窓が開いてたでしょ!」

「いやぁ、このまま入ると部屋が汚れる」

「アホなこと言ってるんじゃないわよ!」


 確かにクロは血は出てるし泥だらけだけど、秋の寒空の下で待ってる事は無い。身体も冷えきってる。


「まずは風呂よ!」

「嫌だー」

「聞こえなーい」


 クロの悲鳴をBGMに風呂で戦争だ。ついでにあたしも綺麗さっぱりになる。





「まったく、何したのよ?」


 膝の上でクロを魔法の温風で乾かしながら尋問だ。


「喧嘩で負けた」

「はぁ?」

「歩いてたら猫に喧嘩を売られた。あっさりと負けた」


 悪びれずにクロは淡々と語る。


「あんたも猫でしょうよ」

「まぁ、そうなんだけどな。猫も世知辛いな」

「何言ってんだか……」


 ブラシで整えたら、艶々の黒猫の出来上がりだ。


「……すまんな。よく考えたら、俺の帰る場所って、ないんだ」

「家なき子?」

「家出猫、かな」

「ふーん」


 クロはあたしの膝の上で訥々(とつとつ)と語りだした。


「行くあてもなく飛び出したからな……」

「無計画だね」

「胸に刺さる言葉だ」

「何処かに行きたいの?」

「……空が見たかった」

「空?」


 それっきりクロは黙ってしまった。あたしも敢えて聞かなかった。ずっとクロの背中を撫でていた。


「何かあったら(ウチ)に来れば良いよ」

「……迷惑がかかる」

「昨日はクロがいて、楽しかったもん。家で誰かと話をするなんて、なかったしね」

「……まぁ、その気持ちは分かる」

「ふーん、クロは一人なの?」

「一人というか、孤独、だな」

「寂しいね」

「寂しいさ」


 クロは小さくため息をついた。猫の癖に生意気だ。


「シーラって魔法使いなんだな」

「そーよ。杖に乗ってたでしょ」

「そっか。そうだよな」

「国立魔法研究所に勤めてるの」

「ほー、一流じゃないか」

「まぁ、平だけどさ」

「何やってるんだ?」

「今は魔法解析。ランドの魔法を解析中」

「ランドの?」


 クロが向くりと起き上がった。


「うん、急ぎなんだって」

「急ぎ、ねえ」

「複雑に組まれてるけど、無駄がなくて綺麗なんだ。やっぱり才能ある人は違うなあ」

「……才能、ねぇ」

「才能だよ」


 クロはまた膝の上で丸くなった。


「そろそろ寝ようかね」

「うむ。俺はまた湯たんぽか?」

「その通りだ!」

「うへぇ」

「うら若き乙女の柔肌を堪能出来るのだ、光栄に思いたまえ」

「へーへー」

「その前にモフリタイムだ!」


 クッションのクロを持ち上げて、お腹に顔を突っ込んだ。


「極楽じゃぁ~!」

「に"ゃー」





 布団に潜り込み、天然モフモフ湯たんぽを抱き寄せる。


「明日も晴れるかなぁ?」

「さあなぁ」

「クロは冷たいなぁ」

「冷たかったら湯たんぽにならんぞ?」

「うむ、では暖めて貰おう」


 クロをさらに抱き寄せる、むにむにと胸に押し当てる。


「もう少し恥じらいを覚えろ」

「雌猫に言われても」

「ぐぬぬぬ。俺は男だと!」

「玉がないぞー」

「はぁ、失敗したなぁ」

「何か言った?」

「いや、何も」


 クロはすぐに静かな寝息を立てた。あっさりと寝た。まぁ、猫だしね。


「あんたは何者なんだかねぇ」


 クロの頭を撫で、あたしも目を閉じて、意識も閉じた。





 夢に出てきたのは、またあの男だ。黒い髪に青い瞳の男だ。空を見てないであたしを見てる。あたしは、何で空を見ていたのか聞こうと思ったけど、声が出ない。そのうちに、彼の姿は霞のように消えた。

お読み頂き有難う御座います。

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