表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一週間の魔法  作者: 海水
2/7

二日目

「ん~、朝かぁ」


 また一日が始まる。東から昇ったお日様が西に沈むだけなのに、人間は大忙しだ。


「なかなかカッコイイ男だったなぁ」


 夢に出てきた不思議な男は、空ばかり見ていた。憧れなのか、何なのかは分からないけど。





 今朝も雨だ。昨晩からシトシト降っている。


「雨だねぇ」

「雨だなぁ」

「出て行けないねぇ」

「出て行けないなぁ」


 あたしとクロは窓から外を見た。灰色の雲からは、とめどなく雨が零れてる。


「ま、その内やむでしょ」


 クロを抱っこしてテーブルにつく。朝食はパンと昨日のスープと玉子焼。小皿にクロの分を載せる。


「あちっ!」


 クロはやっぱり猫舌だ。スープは冷ましてスプーンであげる。


「はいアーン」


 クロがペロペロすると、スプーンのスープは無くなっていく。


「……旨い」


 ん? クロから何か聞こえたけど?


「なんか言った?」

「……いや、何も」


 クロはぷいっとソッポを向いた。


「ふんだ、どうせ美味しくないわよ」

「……」


 あたしは口を尖らせたけど、クロは黙ったまま。


「なによ!」

「……旨い、と言ったんだ」


 クロはソッポを向いたまま、ふてくされた声でそんな事を言った。尻尾がうにょうにょと揺れていた。


「へ~」


 あたしはニンマリとしながらクロの尻尾を握った。クロはビクッとして、あたしを見た。


「治療して貰って、一晩世話になってるんだ。世辞くらいは、当然だろう」


 クロはまたソッポを向いた。あたしはクロをひょいと持ち上げて、すりすりと頭に頬刷りをする。

 頭のモフモフが気持ち良い。


「くっ、勘違いするな!」

「しないわよ~」


 猫からでも言われたら、嬉しいのよ。





「あたし仕事に行くから。お昼はこれで、ミルクはここに置いておくからね。雨降ってるんだから、外に出ちゃダメよ!」

「委細承知した」


 玄関でクロに手を振ってお見送りをされて、あたしは杖に腰掛けた。

 今日は雨だから、大きなポンチョを被っていく。等身大のテルテル坊主ね。傘をさして出勤よ。

 雨の中、杖は水しぶきを上げながら進む。傘を差した魔女って、様にならないのよね。下から子ども達があたしを指さしてるし。


「やーっとついた」


 時間ギリギリになっちゃった。でもセーフ。


「おはよーございまーす」


 挨拶をして研究所にはいる。みなは揃っていて、あたしが最後みたい。


「シーラちゃんオハヨー」

「アカネちゃんオハヨー」


 アカネちゃんは昨日と同じ服だ。

 お泊まりかぁ、いいなぁ。でもそんな事を聞くほど野暮じゃない。人の恋路は邪魔しちゃダメよね。


「あれ、シーラちゃん、毛が付いてる」


 アカネちゃんが、あたしの襟から黒い毛を指で摘まんだ。多分クロの毛だ。


「あー、猫の毛だ」

「シーラちゃん、猫なんか飼ってたんだ!」

「昨晩落ちてきたの」

「へ?」


 アカネちゃんが固まっちゃった。

 まぁ、落ちてきたとか言われても、何のこっちゃ、ってなるよね。


「あれ、もしかして、恋人?」


 アカネちゃんが、にやっとした目になった。


「なら良かったんだけど。雌猫なのよね」

「シ、シーラちゃん、百合なの?」

「あたしはノーマルよ!」


 何か勘違いされてる。ただの、しゃべる猫がいるだけなのに。





「あー、シーラ君、この魔法の解析をしてくれたまえ。これはかなり重要な魔法だ。心して取り掛かって欲しい」


 禿上司があたしに仕事を持ってきた。手入れが楽そうな頭で良いわねぇ。


「えーと、この魔法ね」


 お、凄い。緻密に組まれてて、無駄がない。


「この魔法を創った人は凄い!」

「その魔法は、ランドが創ったらしいの」


 アカネちゃんがコッソリ教えてくれた。

 ランドって言うのは、若いのに凄腕の魔法使いで、しかも貴族様だったりする、凄い存在。確かあたしよりも歳は下なのよね。才能の差って奴よ。


「へ~、すっごいなぁ~」


 一度で良いから会ってみたいなあ。





 今日解析を頼まれた魔法は、かなり特殊な魔法だ。まだまだ解析出来てないけど、どうやら変身の魔法みたいだ。


「巧妙に隠されてるわ。まるで芸術ね!」


 あたしもこんな魔法を創ってみたいな。


「でも、そのランドが一昨日から行方が分からないんだって」


 アカネちゃんがそっと耳打ちしてきた。アカネちゃんのお父さんは新聞社に勤めてて、情報には強い。


「まじ?」

「自由が欲しい、って書き置きがあったらしいの」


 アカネちゃんの顔が曇った。あんまり良くない情報なのね。


「自由、ねえ」


 お金も地位もあったら、自由だってあると思うんだけど。偉い人は考えも違うのね。





 定時の時間になればダッシュで帰る。クロがいるから夕食を作らないと!


「シーラちゃん、今日空いてる?」

「ごめーん、猫が待ってるの!」

「なんだぁ、やっぱり恋人なんじゃないの~?」

「物申す猫なのよ!」

「ナニソレ?」


 ハテナ顔のアカネちゃんを置いてけぼりに、あたしは杖を持った。


「お先に失礼しまーす!」


 雨は小降りにはなっていたけど、杖で飛ぶと粒が痛い。でも傘をさすと速く飛べない。


「あ~もう~じれったぁい!」


 傘なんか閉じてポンチョだけになる。


「雨粒なんか避ければ良いのよ!」


 訳の分からない精神論を盾に、あたしは家路を急いだ。誰かが家で待ってるなんて、今までなかった事だ。何となく、あたしは嬉しかった。





 矢よりも速く飛んでボロアパートに着いた。アワアワしながらも急いで鍵を開ける。


「ただいま!」


 あたしを迎えるように、クロが頭にタオルを乗せて、ちょこんとお座りしていた。


「びしょ濡れだなぁ」

「急いだもん!」

「ほら、タオルだ」

「ありがとー」


 クロの頭の上のタオルを取って、わしわしと顔と頭を拭く。


「はぁ、すっきりした」

「おかえり」


 ぶっきらぼうなクロの声に、顔が緩んでいく。


「わーい」


 クロを抱き上げてお腹のモフモフに顔を突入させる。


「ちょっ、やめっ、くすぐっ、あのっ」


 クロの悶える声が聞こえるけど、モフモフは止まらないのだ!


「モフモフは後でさせてやる。風邪をひくから着替えてこい!」


 クロの怒号が狭い玄関に鳴り響いた。





「傘を持って行ったろう」


 クロの呆れた声があたしを責める。


「だって、クロが待ってるって思ったら、急がないとってなるじゃない!」


 あたしは夕食を作りながら応戦する。今日は野菜炒めだ。


「そりゃ有り難いけどな。化粧は崩れてるわ、頭は鳥の巣になってるわ。シーラは女の子だぞ?」


 クロは器用にも皿を用意してる。クロの分だけど。


「わーい、女の子扱いされたぞー」

「そこ、喜ぶとこじゃない!」


 今まで家でこんな会話をした事は、ない。なんだか楽しい。


「そう言ってくれる人もいないしさ~」


 恋をしたことが無いって訳じゃないけど、大分前の事だしね。


「まぁ、人の事は言えないけどな」

「何か言った?」


 炒めてる音がうるさくて良く聞こえない。


「あー、何も言ってないぞ」

「ふーん」


 ちょうど炒め物も出来た。

 味良し、見た目良し。あたしにしては上出来だ。


「さぁ、夕食にしよう!」





「いただきまーす」

「いただきます」


 うん、我ながら美味しく出来てる。野菜もシャキシャキしてるし。


「あっちぃ!」


 クロはやっぱり猫舌だ。野菜炒めもダメか。


「ほら、冷ましてあげるから」

「……すまん」


 クロは済まなそうに下を向いた。





 未だに雨は止まない。随分長い雨だ。久々に長雨だ。


「クロは昼間は何してたの?」


 風呂の刑を強制執行したあと、膝の上に乗せて毛をふわふわにしている。

 ブラシで艶々の黒毛が完成よ。


「窓から外を眺めてた」

「雨降ってたでしょ」

「それでも見てた」

「……外に行きたい?」


 クロは黙ってしまった。やっぱり出て行きたいのかな……晴れたら出て行っちゃうのかな?


「まぁ、晴れたらな」


 クロはポツリと零した。

 外は未だに雨音が鳴り続けていた。





 また夢を見た。昨日と同じ男の人が、やっぱり空を見上げていた。青い瞳は、羨ましそうに、じーっと空の蒼を見つめていた。彼は誰なんだろう?

お読み頂き有難う御座います。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ