謎の模様3
弁当を食べ終えた僕は見張りに戻った。
一応確認しておいたが、当然まだ謎の模様は描かれてはいない。
まだ数時間後のような気がするが気は抜けない。
いつその模様が出来上がるのかまったく予想できないのだ。
老人はというと僕が見張っている間、ソファーでいびきをかきながら熟睡している。
本当は模様なんて気にしていないんじゃなのかと疑ってしまうほど気持ちよさそうに寝ている。
部屋は念のため明かりを消している、もしその明かりに警戒して模様を描かないとあっては時間の無駄になってしまうからだ。
そのためこの部屋は暗く、月の光を頼りに外をうかがっているというわけなのだが。
全くと言っていいほど気配がない、本当に模様は描かれるのだろうか?
この老人の見間違いっていう方の可能性が高い気がする。
まあ模様ができなかったらできなかったで別にいいのだが、もちろんそれでも依頼料はしっかりともらうけど。
***
5時間ほど待っただろうか、そろそろ僕の体力も尽きてきた時、外に人影が見えた。
暗くて見た目はよくわからないが、身長が低くどうやら小学生くらいの子供のようだった。
その少年はカバンの中からペンキのようなものを取り出し、おもむろに地面に模様を描き始めた。
どうやら謎の模様の正体は子供の落書きだったらしい。
僕はすぐに立ち上がり、急いで外に出た、すると少年は驚いた表情をし、すぐにその場を逃げ出した。
僕はその少年を追いかけ捕まえると、
「あの模様の犯人はお前だな?」
僕がそう言うと少年は空を見上げながら、
「な......何を言っているのか分からないんだけど」
「そんなのでごまかせるか!」
どうやらこの少年は現行犯逮捕のくせに知らんぷりをするらしい。
いくらなんでも無理があるだろう。
「お前が模様を描いているところはばっちし見ていたんだよ!」
「それは残像だ」
「なわけあるか!!」
どんな言い訳をするかと思ったら......案外面白いことを言うではないか。
しかしそれで許すわけにはいかない。
「さて、事情聴取といきますか」
僕は少年の腕を掴みながら質問をし始めた。
「なんであんなものを描いていたんだ?」
「あれは......呪文の練習をしていて......」
「呪文の練習?」
確かにこの世界では呪文を使える人がいる。
もちろん新参者の僕は呪文を使えないのだけれど、ギルドのメンバーの3人は使えるらしい、まさかのサキまで使えるのは意外だった。
一度も使っているところを見たことがないから本当かどうかは定かではないのだけれど。
まあわざわざ嘘をつくこともないだろう。
「それでなんでわざわざあんなところに描いたんだ?」
呪文の練習ならわざわざあんな所でやる必要はないだろう。
もっと広いところでやった方がいいに決まっている。
「あの呪文は老人にしか効かないやつなんだ」
「老人にしか効かない?」
そんな呪文があったのだろうか?
僕は呪文の知識に乏しいためあまり分からないが、まああってもおかしくはないだろう。
「それは一体どんな呪文なんだ?」
「ボケている人を元に戻す呪文なんだ」
「その呪文失敗してるよ」
間違いなくその呪文は成功していない、それは僕が身をもって体験している。
お茶と間違えて酢を出すような人だからな。
その呪文はもしかするとボケを治すんじゃなくてボケを悪化させる呪文なのではないのだろうか、それなら大成功しているのだが。
それにしても今回の依頼の犯人がこんな子供だとは......やっぱり来るんじゃなかった。
ただの子供のいたずらのためにはるばる遠くから来たとなったらただの笑い者だ。
多分ルナが聞いたら大爆笑してかなりの悪態をつくに違いない。
「それじゃ、とりあえず来てもらおうか」
模様の原因を老人に説明する必要がある。
こんなんで納得してくれるのだろうか?
僕は少年の腕を引っ張り家の中へと連れて行く。
***
僕はソファーで爆睡している老人を全力で起こすと、
「こいつが模様の犯人でしたよ」
そう言うと老人は寝ぼけた頭をフル回転させて、
「なんの話じゃ?」
「だから依頼のやつだって!!」
もはやわざとやっているようにしか思えない。
老人は自分の白髪をわしゃわしゃと掻きながら、
「あー、あの模様がなんだったのかわかったのか」
どうやらやっと頭が働いてきたらしい。
僕は少年を老人の前に突き出し。
「どうやらこの子が毎晩描きに来ていたみたいで」
老人はそれを聞くと目を凝らして少年を凝視する。
少年はそれにうろたえて老人から目をそらす。
「なんじゃ、こんなに小さいモンスターがやっていたのか」
「いやモンスターじゃねーよ!!」
さすがの少年もこれには突っ込みざるおえないようだった。
この老人は本当に現状を理解できているのだろうか、甚だ疑問である。
「だからこの人間の少年が毎晩描いていたんですよ」
仕方なく僕がもう一回説明すると老人は納得したような表情になり、
「なるほど、そういうことじゃったか」
老人の反応は案外軽く、さして問題とは思っていないようだった。
もとからこの模様には興味が薄かったのだろうか?
それならわざわざ依頼してきてほしくないものだが。
老人は立ち上がり少年の頭の上に手を置きながら、
「まあ理由はともかく、こんな子供のやったことなら仕方がないじゃろ、何はともあれモンスターの呪いとかじゃなくてよかったわい」
そう言うと老人はソファーに腰を下ろして、
「もう時間も遅い、帰りなさい」
それを聞いた少年は少し驚いた表情をしていたが、すぐさま状況を理解したらしく颯爽と外に姿を消してしまった。
僕はそれを見届けた後で、
「よかったんですか返しちゃって」
「子供のやったことじゃ、怒る気にもならないわ」
そう言う老人の顔をはどこか明るい表情だった。
僕は小さくため息を吐きながら、
「それじゃあ僕は依頼料をもらったら帰りますね」
「依頼料?まさか金を取るんじゃないだろうな」
この人は何を言っているのだろうか?
まさか『何でも屋』の仕事はボランティアとでも思っているのか?
「これは仕事なんですからお金は頂くに決まっているでしょう」
僕がそう言うと老人は呆れたような表情をして、
「こんな老いぼれから金を取っていくなんて恥ずかしいとは思わないのか」
「思わないね」
これは商売なのだからもらって当然だろう。
全くこの老人はどんだけボケているのだろうか。
ちょっと心配してしまうほどだ。
「まったくこれだから最近の若者は、もっと年寄りをいたわらないか」
「いいから早く料金出してくださいよ、5000ゴールドですからね」
「そんなに払うのか!?この詐欺師め!!」
老人はそう言いながらもカバンの中から財布を取り出し、その中から5000ゴールドを出した。
老人はそれを無造作に僕に投げ、
「持ってけ泥棒」
どうやら文句は言いながらもしっかりと払ってくれたようだ。
年寄りなのに案外お金持ちなのかもしれない。
「それじゃ僕は帰りますね」
そう言うと僕はこの平屋を出て行った。
今から帰れば朝の7時くらいには着くだろうか?
今は夜のため結構夜風が気持ち良く、眠たくなってしまう。
かなりの睡眠不足のため途中で歩きながら寝てしまわないか心配だ。
帰ったら個性豊かなギルドメンバーが待っている。
相手をする前に睡眠をとりたいところだが、そうは問屋が卸さないだろう。
僕は疲れ切った足に鞭を打ち帰りの道を歩き出した。