眼鏡を買ったらメンテナンスを(2)
依頼人は一旦コーヒーを一口飲み、ため息をついた。
主人は事件の日、久々に散歩してくると言い残して一人で散歩に行きました。私は黙って見送ったんですが、内心驚いていました。あの引きこもりの主人が外出することなんて、太陽と地球が今から一分後に衝突する可能性より低いと思ったからです。
時刻は午後七時で、満月こそ出ていましたが、何しろ別荘は山の中にあるため、夜の散歩は危険でした。止めるという手もあったのですが、引きこもりの主人が外出した驚きが大きかったため、とりあえず散歩を認めて、夕ご飯の準備に取り掛かりました。
夕ご飯の支度は終えたのですが、いつまでたっても主人は帰ってこないんです。私は少し心配になって、午後十時ごろに別荘を出ました。
山の中は一本道です。運動不足の主人がまさかわざわざ森の中に入って何かするとは思えず、また道によろよろ歩いたような足跡が付いていたので私は小道に沿って行きました。しばらくいくと、足跡が急に途絶えていたんです。不審に思ってそのすぐ前の闇に眼を凝らすと――。
「そこは崖だった、とか?」
「はい、その通りです。」
依頼人はコクリと頷いた。
僕はとりあえず依頼人がコーヒーを全て飲み終わるまでに、状況を整理してみた。
「…一つ、質問していいですか。」
「何ですか。」
「最近、その金持ちボンボン息子に、その事件が起こる前に変わったことはありませんでしたか?」
「ええと…。」
頭をコツコツ叩きながら思い出そうとする依頼人。
「…そうだ!」
突然思いついたようで、手を机に叩きつけた。…余程ストレスが溜まっているのか、依頼人は。
「そういえば、最近眼鏡を買ったみたいなんです。レンズがすごく厚いんですけど、主人がコンタクトレンズだったなんて知らなくて…。」
「成程、その眼鏡は事件当時、遺体発見後に見つけたんですか。」
「いいえ、そもそもこの事件は事故扱いだったし、眼鏡も多分どこかに飛んで行ったんだろうと思っていたので、特に気に留めていませんでしたが、見つかっていないと思います。」
「ふむ…。そういえば、なぜあなたはこれが事件だと思ったのですか。」
「主人は、自分から歩こうとしないという確信があるからです。きっと何かがあるはずだと思い、警察にも相談しましたが笑い飛ばされたんです。」
こぶしを固める依頼人。
「そうでしたか…、まあ、これ以上は分かりそうもないので、また後日うちに来てください。容疑者のチェックもお願いできますか。」
「分かりました。」
そこで今日の所は別れた。
店を閉め、一人で事件について考えてみた。一応の考えはあるものの、確証がない上にある意味机上の空論だ。彼女からの情報を待ってから考えないといけない。
今日の所はこれまでとしようか。
僕は立ち上がり、またコーヒーを淹れた。
ここには(1)ほどのヒントはありませんが、参考になる手掛かりはあります。主人公はある程度推理できたようですが、読者の皆様はどうでしたか?