眼鏡を買ったらメンテナンスを(1)
その日、店の前には一人の女性が立っていた。20分ほどウロウロして、何度か店の中に入ろうとして、そしてためらっている。こういう人は間違いなく不確かな情報を元に依頼しに来た依頼人なので、コーヒーを淹れてから店の中に入るよう勧める。
「あの~、良かったら、コーヒー飲みませんか?」
「あ…ありがとうございます。」
茶色いロングコートに、地味な黒縁眼鏡の女性が店の中に入ってきた。
うちは個人営業だ。この店は元々喫茶店だった店舗に、父が看板を作ってひっかけたものだ。そのため、元からあったカウンターはそのままあり、そこで客と相談したり、コーヒーを飲んでもらったりする。
今回のお客には、唯一特注の仕切りがある、カウンターの端っこに座ってもらった。
「ところで、依頼は何ですか。」
「はい…、実は、うちの主人が事故死したんです。」
「ほう、随分とドライですね。主人が事故死したのに。」
「そりゃそうですよ。私の雇い主ですから。」
「…………。」
一分ほど考えてから、やっと
「…ええっ!?」
驚くことができた。
「主人て普通、旦那さんの事ですよね!?なんでそんな普通に『主人』なんて呼べるんですか!?こっちが勘違いするじゃないですか!?」
「す、すみません…。」
「あ。」
昔から両親に「お前はオーバーリアクション過ぎるんだよ…」と言われていたことを思い出して、苦笑いした。
「こ、こちらこそすみません…。」
依頼人に引かれてしまってはやばい。
「そ、それで、依頼内容をお願いします。」
「はい、実はですね…。」
あれは、主人と一緒に山奥の別荘に行った時の話です。主人はまだ若いのですが、結婚もしていない上に、仕事にもついていないロクデナシでした。そのくせ両親が大企業の社長と秘書なので、30歳を過ぎた今でも、親のすねをかじって暮らしている有様でした。
私はその両親に雇われた家政婦ですが、契約にあたって「息子を主人という事で、働いてほしい」と頼まれたんです。私はその条件を含めて契約したのですが、あとで後悔しました。その息子が大変な面倒くさがり屋で、家事の全ては勿論、「あれを取ってこい」とか「これを捨ててこい」とか、細かいところまでやらせようとするんです。拒否すると駄々をこねだす始末。もうこりごりだと契約破棄のため、その両親の所に行ったんです。そしたら、「あと一週間我慢してくれ」と頼まれたんです。
その一週間の最後の二日間に、主人が急に別荘に行くことになって、それについていったんです。
主人は楽にできる仕事を求めて、毎日パソコンで調べていました。その日、一日目もパソコンを使っていたのですが、よく独り言を呟いていました。それに何だか上機嫌だったんです。まるで、仕事が見つかったようでした。そして、事件はその晩に起こったんです。
一応ヒントはばらまきました。問題は、ストーリーとして成り立つかどうかですね。トリックに自信はあるのですが…。次の話は近日公開という事で、お願いします。