湖の氷
ドリルで開けた氷上の穴にむかい、小さな竿で釣り糸を垂らしている。
分厚い氷と雪におおわれた湖の上は、防寒対策を万全にしていても骨すら冷やすほどに寒い。
だが、それに見合うほどの価値がこの場所にはある。
そう自分に言い聞かせながら、数時間以上経っている。
そうしてようやく本日三匹目の魚を釣り上げることに成功した。
釣った魚を雪に埋め、餌をつけなおしてもう一度穴へ戻す。
それからまたしばらく時間が過ぎた。
食いが悪いのか、それとも場所が悪いのか。
冷たい風にさらされながらそんなことを考える。
しばらくして、穴の水の表面が凍り始めた。
氷をさらおうと網に手を出したとき、今までにないほどの強い反応を竿先に感じた。
タイミングを計り、引っ掛け、そして釣り上げる。
針には、手のひらほどの魚とともに小さく丸い『球』が付いていた。
ゴルフボールだ。
釣り針を食った魚がボールに巻き付いて、そのまま釣りあがってきたという形だ。
珍しいこともあるものだと思いながら、針から魚をはずし、魚からボールをはずす。
ボールを手に取り眺めていると、氷にひらいていた穴から、腕の、ひじから先が音もなく生えてきた。
腕は、ひじまで出たところで、氷と雪の地面に対して水平に折れ曲がった。
出てきた穴を中心とした全方位を激しく動き回っている。
雪の中に積んで凍らせていた魚をつかむ。が、すぐに放した。
この腕は、なにかを探しているのかもしれない。
荷物と椅子を持ち、腕から距離をとって様子をうかがう。
もしかして――
暴れまわる腕の手のひらにゴルフボールを乗せてみる。
二、三度手のひらでボールの感触を確認すると、満足げに硬く握り締めて穴の中へ戻っていく。
ひじからゆっくりと沈んでいく――が、ボールを握った手が引っ掛かり手首から先が戻ることができなくなっていた。
ボールを握り込んでいるぶんコブシが大きくなっているのだ。
『ボールを放せばもどれる』と伝えてあげたいが、氷上にはボールを握ったコブシしかないのだ。言ったところで相手には聞こえないだろう。
そうしているうちにも手の動きが鈍くなってきた。
周辺から凍り始めているのだ。
――いったいどうするのだろう。
そう思いつつ、同時に『この穴はもうだめだ』と悟った。
すこしだけ離れたところにドリルで穴を開けた。
釣った魚と荷物を持ったところで、もう一度手を見る。
手はわずかに動き続けているが、指に付いていた水が凍りつき完全に固められてしまった。
もう握ったコブシを放すこともできないだろう。
ボクは手の穴へ雪をかぶせた。
そして、新しく開けた穴に移り、釣りを再開した。
ちょうど群れが来ていたのだと思う。糸が凍るヒマがないほどに釣れ続けた。
魚をはずして餌をつけ糸をたらすと魚がかかる。
それを繰り返して、最終的には五十尾以上釣り上げることができた。
帰り支度をして車に乗り込んでエンジンをスタートさせたとき、いまさらになって凍った手の事を思い出した。
季節が変わり春が来たら、湖の氷も解ける。
あの手も穴と一緒に消え落ちてしまう気がしてならない。




