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 俊介。どうしてだ?

 あんなに苦しそうだったじゃねぇか、あん時。ちょっと俺に近付くだけでも、ほんのちょっと腕を動かすだけでも、あんなに……。

 ――お前も、大バカだよ。

 横たわる影に駆け寄った彬は、その傍らに(ひざまず)いた。

「俊介」

 うつ伏せに倒れている俊介に、小さく声をかける。ピクリと動いた手を取って、仰向けに抱き起こした。

 酷い、有様だった。この前視た時よりも、もっと……。

「バカ……野郎……! 二回も轢かれてんじゃねぇよ。俺なんかの、為に……」

 薄っすらと目を開けた俊介が、微かに口許を緩めた。掠れた声で何かを言って、ゆっくりと血塗れの手を持ち上げる。

「何? 聴こえねぇよ」

 パタパタと、彬の頬を伝った涙が俊介の顔に零れ落ちた。持ち上げた手で彬の腕を掴んだ俊介は、それに力を入れて起き上がろうとする。

「俊介」

 体を引き起こした彬に、笑いを含んだ声が小さく囁く。

「遅ぇ…よ、バカ。どんだけ……待ってたと、思ってんだ」

 彬の腕を掴む指に力が込められる。彬の肩にぐったりと頭を乗せた俊介の背中は、小刻みに震えていた。

「ワ、リィ。待たせて……ごめんな」

 血に濡れた体を抱き締める。ゴホゴホと、俊介の唇が血を吐き出した。

「俊介ッ!」

「……大、丈夫だよ。俺は…もう、死ん……でるんだ…から……」

 彬の頬を掌で伝いながら、笑いを含んだ声で苦しげに囁く。

「バカ野郎!」

 彬はこれ以上ないくらいに、もう一度強く親友を抱き締めた。

 こんなに、しっかり抱けるのに。

 懐かしい、あいつの匂い。そのままなのに。

 ――首にかかる息は、こんなに温かなのにッ……!

「バカ野郎! 死ぬなよッ!」

 叫んだ彬に、やっと言えたその言葉に、首に顔を埋めていた俊介が笑いを零す。

「それは、……やっぱ、無理だろ」

 クククッと生前と変わらぬ笑い方をして、「バカだな、相変わらず」と言葉を足した。

「うるせえ! なんと言われようが、俺は認めない。お前が死ぬなんて、この手で触れるのがお前の死体だなんて、俺は絶対にご免だ!」

「我儘なヤツ」

「だって! どーすんだよ、『約束』しただろッ。忘れたなんて言ったら、ブン殴るぞッ!」

「……忘れてないよ」

 静かに言った俊介が、首を捻って空を見上げた。

「あの時もこんな、いい天気だったよなぁ。なぁ、彬。――そういやさ、あの公園。俺が寝転んでた場所にある公園さぁ。昼間、子供が遊びに来んだよ、いっぱい。そん中にさ、幼稚園ぐらいの男児(ガキ)が二人、サッカーボール持って毎日のように遊びに来んの。最初は仲良く遊んでんだけどさ、結局いつもケンカになって、お互い怒って帰って行くの。でもまた次の日になったらさ、二人当然のように一緒に来て……。まるでさ。昔の俺達を、見てるみたいだった」

 フッと目を細めた俊介が、グッタリと彬に凭れかかっていた体を起こす。顔が離れる寸前、彬にだけ届く小さな声で囁いた。

「大丈夫。……遺して…くから……」

「え……」

 彬の前髪に愛しげに触れてからギュッと抱き締めてきた俊介が、後ろを振り返った。佇む隆哉に、ゆっくりと手を伸ばす。それに近付いて来た隆哉が俊介の前に跪き、そっと伸ばされた手を握った。

「もう、いいの?」

「ああ。……もういい。――充分だ」

 隆哉に頷いた俊介が、もう一度彬を振り返る。

「じゃ、また…な」

 彬から手を放し、その手を振った。

「しゅ……」

 伸ばされた手を、俊介がバシリと弾き返す。一瞬強く睨んでから、呆れたように顔を綻ばせた。

「なぁ、彬。俺思うんだけどさ、『親しい友達』は一人じゃなくたっていいし、隣にいるのは『恋人』じゃなくたって、構わねぇよなぁ?」

「え……」

 彬と隆哉が、同時に反応する。ククッと肩を揺らした俊介は、隆哉の後ろに立つ、自分の姿が視えていないだろう秀行へと目を向けた。

「一番大変なのはあんただろな。――我儘な奴等だから」

「ハッ。でっかいお世話だよ」

 ベッと舌を出した彬に「ほらな」と笑う。その笑顔のまま、俊介は隆哉の両腕を掴んでゆっくりと顔を埋めた。

「送ってくれ。空がまだ、蒼いうちに」

 それに頷いた隆哉の口から、聞いた事もないような言葉がゆっくりと流れ出る。

「ひふみよいむなや、こともちろらね、しきるゆゐつ、わぬそをたはくめか、うおゑにさりへて、のますあせえほれけ」

 歌うような隆哉の言葉が終わると同時に、俊介の体が消えていく。彬は声も出せず、只その光景を見つめていた。

 ――決して忘れぬようにと、心に刻んで。


 俊介が消えた後も、抱きかかえる恰好のまま暫く動かなかった隆哉がゆっくりと顔を上げた。無表情な顔で彬を見つめ、首を傾げる。

「彼、置いて逝った……?」

「へ?」

 意味不明な言葉を吐いて、胸を押さえる。

 訳が解らず視線を交わし合った彬と秀行が、その両側にしゃがみ込んだ。

「何? どうした?」

 二人の問いかけになんの反応も示さない。根気よく待っていると、暫くしてやっと隆哉が呆然と言葉を吐き出した。

「嘘。――置いて、逝った」

「だから、何を?」

 イラついた彬の声音に、硝子の瞳を向けて隆哉が低く呟く。

「あんた。何か『約束』してただろう、時任と」

「は?」

 奇妙な空気が流れた後に、「いや、してたけど……」と彬は答えて怪訝に眉を顰めた。

「だから、何?」

「その約束の内容って――ああ、やっぱりいい。無理」

 手を振った隆哉が額を押さえ、ブツブツと言葉を綴り始める。

「確かに高橋を助けたのは俺じゃなく時任だ。彼が押してくれなかったら死んでた訳だし、俺達も……。俺が『依憑』を叶えれたとは言えないけど。でもこれって、無謀……」

 あからさまな動揺を見せた隆哉に、彬は「まさか」と引き気味に声をかけた。

「新たな『依憑』を、受けたんじゃ?」

 それにチロリと目を向けた隆哉が、ゆっくりと否定を示して首を振った。

「いや、もっと酷い。――彼、置いていったんだ。自分の『心』の一部を。俺の空いた部分に」

「げっ……」

 さすがに驚いた彬が、呆然と隆哉と見つめ合う。

「どーすんだよッ! それって、あいつはお前ん中にいるって事か? 成仏したんじゃねぇのかよッ。――ってか、体に負担はねぇのか!」

 捲くし立てる彬に、隆哉が「まぁ、落ち着いて」と手を上げる。

「言ったように、置いていったのは『心の一部』だよ。『想い』と『夢』――つまり」

 ――『大丈夫、遺してくから』

 彬の耳に、俊介の微かな囁き声が蘇る。それは苦しげだったけれど、確かに笑っていたのだ。

 あれは『悪戯』を思いついた時に出す、あいつの笑いを含んだ声、そのものだった……。

「託したのか、お前に! 俺との『約束』をッ」

 ウソだろ、と言いながらも可笑しくてアハハッと笑ってしまう。

「笑い事じゃないでしょ」

 腹を抱えて笑い転げる彬に、呆れた隆哉の声が降り注ぐ。

「無理だよ。無謀」

「いや、わっかんねぇぞぉ。俊介が見込んだ程のヤツだかんなぁ。俺も、うかうかしてっと」

「冗談。嫌だよ、絶対無理」

 じゃれ合う二人に、「ちょっと悪いけど」と秀行が割って入る。

「話がよく見えないんだけど、その『託していった約束』ってなんなの?」

 訊いた秀行に、二人の視線が向けられる。「よくぞ訊いてくれた」と目をキラつかせた彬が両手を広げ、宣言した。

「もう一度行くんだ、『全国』! 二人でッ!」

「は?」

 興奮した彬では話にならないと、隆哉に視線を向ける。重い溜め息を洩らした隆哉は、普段より更に低い声で秀行に告げた。

「サッカーの全国大会。中学の時に一度だけ出場したのが酷く楽しかったらしくてね。『高校でも二人揃って全国に行こう』ってのが、二人の夢だったらしい」

「げッ、それをお前に? ちなみに、サッカーのご経験は?」

「やってないから、こんなに落ち込んでるんでしょ」

 見合わせた顔を引きつらせる二人などお構いなしで、彬が身を乗り出してくる。

「スッゲー、楽しいんだぜ。グラウンドの空なんか、『これでもかッ』ってくらい蒼くてさ、広くて。ワーワー歓声が聞こえて、まるで『お祭り』騒ぎなの! そん中を走ったらさ、風が遊ぶように体に絡まって、飛んでるみたいな感覚なんだぜッ」

 なぁなぁ、と隆哉の袖を引っ張る彬に「知ってるよ」と呆れた声が返る。その二人を眺めて、クスリと秀行が笑みを零した。

「いいじゃん、行けば。全国」

 言った秀行に、彬が「だろ?」とはしゃぎ出す。硝子の瞳で秀行を見遣った隆哉が、不満げに呟いた。

「俺に、サッカーやれって言うの?」

「だって。遺して逝ったんだろ? お前等二人の『命の恩人』が、夢をさ」

「まあ、そうだけど」

「じゃあ……」

 微笑んだ秀行の言葉を継いで、彬がグッと拳を突き出す。

「じゃ、やろう。全国行こうぜ!」

「一緒に?」

「ああ! 当然」

 そうさ。一緒に行こう、二人、いや三人で。行けない訳がねぇ。だって俺達は、黄金(ゴールデン)なんだから。

 ――なぁ? 俊介。

 見上げた空が淡く輝く。この空のような『親友』との約束を、必ず守りたいと思った。目を閉じたその瞼の裏で、俊介が笑っている。

 俺の気持ちを、見透かすように。

「親しい友達は一人じゃなくたって……か」

 立ち上がりポツリと呟いた彬の声は、風がさらって隆哉と秀行には届かない。『友達』以上にはなるなと、釘を刺された気もした。

「――なら。一人で逝くなっての」

 俯いて、呆れ気味に微笑(わら)ってみせる。

 だけどあいつにちゃんと、「好き」と伝えたかったな、と今更ながら思ったりした。

「一度学校に戻らないと」

「学校抜け出したの、絶対バレてるだろうな」

 後ろの二人が、現実的な問題に頭を抱えている。チロリとそれを眺め遣って、彬は楽しげに肩を震わせた。

「なんとかなんだろ、そんなモン」

「適当に言い訳見つけて、言うしかないよね」

「三人同時なのに? どー言い訳するんだよ、高橋」

「知らねぇよ」

 ――『蒼い約束』

 それはきっと。俊介が最後に遺してくれた、俺達への『贈り物』なのだろう。俺達がちゃんと、『親しい友達』になれるようにと。

「無駄に、しねぇからな」

 空の向こうにいるたった一人にだけ呟いて、彬は笑いながら歩き出した。



最後までお読み下さり、誠に有難うございました!

とにかく元気な主人公を作りたいな、と思い書き始めた作品でした。

あれ? あまり元気じゃない? かな?


何年も前に書いたお話ですが、今でも「ああ、彬達は今日も騒がしく走り回っているんだろうなぁ」と思ったりする事があります。


最初から最後まで全て読んで下さった方って、どのくらいいらっしゃるのでしょうか?

彼等の物語はこれで終わりです。

「3人の話が読みたい!」なんて言って下さる方がおられたらまた書くかもしれませんが、一応は、これで完結となります。


書いててとても楽しかったです。

本当に有難うございました。

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