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 角を曲がった隆哉は、そこに人影がない事に愕然として足を止めた。

 いや。本当は判っていた事なのかもしれない。心のどこかで「ああ、やっぱり」と、思っている自分がいるのだから。

「……時任。…時、任……」

 呆然と呟きながら、あの場所に近付いて行く。しゃがみ込み地面に触れてやっと、彼はその姿を現した。

「どうした?」

 視線だけを上げて訊いてくる俊介に、隆哉が一瞬言葉を失う。最初に「どうした」と訊かれる程、何かがあったと勘付かれる程、彬がいないという事に自分が動揺しているのだと思い知らされた気がした。

「高橋が、姿を消した」

 隆哉の低い呟きに、ピクリと俊介が反応する。しかし目を伏せた俊介は意外にも、「そうか」と短く答えて苦笑を浮かべただけだった。

「案外と、冷静だね」

 皮肉とも取れる隆哉の言葉に、俊介はククッと肩を震わせると相手の口調を真似て返した。

「そっちこそ、珍しく動揺してるね」

 見透かすように細められた目に、隆哉が口を噤む。フイッと真顔に戻った俊介が、沈むような声を出した。

「近いのか? その『瞬間(とき)』が」

「ああ」

 短く答えた隆哉が塀に背中を預け、吐息と共に蒼い空を見上げる。

「どこに行くんだ、俺を置いて」

 その呟きに目を向けた俊介が頭を擡げ、正面から隆哉を見据えた。その瞳には、微かながらも確かに嫉妬の色が浮かんでいる。

「あいつ言ってたのに。『俺が死ぬ瞬間(とき)には、お前は傍にいなきゃなんねぇだろ』って」

「――ってか。なんでお前、ここに来たの?」

「…え……」

 見ると、呆れた目をした俊介が自分を見つめている。それを見返した隆哉は、抑揚なくゆっくりと声を出した。

「あんたに会いに来てると思った。残りの時間を、過ごす為に」

「んでそれを、邪魔しに来たってワケ?」

「………」

「ウソつけ」

 クスクスと俊介が笑う。

 ――『彬を助けてくれ』

 変更後の、俊介の依憑。それを叶える為に隆哉は彬に忠告し、共に過ごしてきた筈だった。

 なのに――。

『でも俺は、お前で充分だよ』

 あの台詞。あれを聞いた時から、隆哉は『疑惑』を抱いていたのだ。そして彬が姿を消したと聞いた時、『疑惑』は『確信』へと変わった。

 ――あいつ、『死ぬ気』だ。

「俺は只、あんたの依憑を叶える為に」

「あいつが死にたがってるのはな」

 突然の俊介の言葉に、隆哉がビクリと反応する。地面に頬を乗せた俊介は目を閉じて、薄っすらとその口許に笑みを浮かべた。

「俺の所為だな。――あの時。彬が自分を責めるあの表情を見せた時、俺、一瞬思っちまったから。『このまま彬を、連れて逝っちまおうか』ってな。あいつにはそれが、判ったんだろう」

「でも高橋は、あんたの声は聴こえなかったって」

 隆哉の台詞に、チロリと俊介が瞼を開く。

「前にも言ったろう? 声に出さなくても気持ちは伝わるって。あいつには、隠し事なんか出来ねぇよ」

 この場面に不似合いな、ニヤリとした笑み。

 それはきっと、俊介の心の奥底にある本当の『望み』だったのかもしれない。一瞬だけではなく、死んでからずっと抱いていた『想い』だったのかもしれない。  だから、隆哉には聴こえず、『親友』の彬にだけその『声』は届いた。

「それでも」

 その笑顔から視線を逸らせた隆哉は、いつも通りの抑揚のない低い声で言った。

「俺はあんたの『親友』でもなければ『恋人』でもないからね。あんたの表情や態度から気持ちを汲み取るなんて、出来やしないよ」

 だから俺は、聴いた『依憑』を叶えるまで……と頑なに、そう思う。

「そうか」

 クスリと笑った俊介は、呆れた瞳を隆哉に向けた。

「だがなぁ、判ってんだろ? ここにいても彬は来ないぞ。いないと判ってんのにどーして来たんだ。死ぬ気のあいつが俺に会いに来る訳がない。死んでから幾らでも会えるんだからな。だろう?」

 俊介の言う通り、疑惑が確信へと変わった時点で、隆哉には彬がここにはいないと判っていたのかもしれない。だが、それでも心の隅では少しだけ、隆哉は望みを持っていたのだ。

「俺とお前。あいつがどっちを選んだか、確かめたかったの?」

 揶揄(からか)うように細められた目を無視して、無表情に口を開く。

「こんな時、高橋はどこに行くと思う? あんたなら判るでしょ」

 その問いに唸りながら首を傾げた俊介は、暫く考えてから「ああ、きっとあそこだ」と呟いた。

「どこ?」

「――俺の墓」

「は?」

 暫くの沈黙の後、「いやマジなんだって」と俊介がユラユラと手を振った。

「あいつきっと、俺が死んでから一度も墓参りしてねぇんだぜ。だからしてねぇままじゃ『俊介に合わす顔がねぇ』とかって今頃アセッてやんの。ゼッテーそう。――あいつは、そんな奴だ」

 うんうんとやけに自信あり気に俊介が頷く。

「で、その墓の場所は何処なの?」

 隆哉の吐息混じりの言葉に、俊介が顔を顰める。

「場所は判るけど、説明しにくい」

「でも場所を聞かないと行けないよ。急がないと、間に合わないかもしれないし」

「そうは言っても、マジややこしい場所にあんだよなぁ。説明してる間に、彬死んでるかも……。なあ。なんとか俺を、ここから動けるように出来ねぇか?」

「――出来ない事も……ないけど……」

 言いながらも渋る隆哉に、俊介は「じゃあいいや」とのんびりとした声で返した。

「俺。実はどっちでもいいんだ。あいつが死んで二人で逝くなら、それもいいかなって思うし」

「……あんたの依憑はどーすんの。烙印が、残ったままなんだけど」

「ああ、それね。――いいよ、痛みは取り除いて逝くよ。安心しな」

「痛みは? じゃあ痣は……」

「勿論、残ったままさ。当然だろ。依憑は叶わなかったんだから」

 やっと俊介の言いたい事が解ってきた隆哉は、額に手をあて溜め息と共に首を振った。

「で? 俺は毎日その痣を見て高橋の事を思い出すワケ?」

「そうそう。『ああ、あいつは俺が、見殺しにしたんだよなぁ』ってな」

 ニヤリと笑った俊介に、隆哉がチロリと天を仰ぐ。

「ほんと、厭なコンビだ」

 ボソリと呟いた隆哉は視線を落とすと、地面に横たわる俊介へと手を差し伸べた。


 桜ヶ丘の公園に向かって走っていた秀行は、「こっち」と手をひっぱる小さな手の感触に足を止めた。掴まれた手を見るが、当然何もない。

「こっちだって?」

 その路地に顔を向け、訝しがりながらも足を進める。その先を横切る人影に気付き、秀行は慌てて声をかけた。

「おい、相沢」

 一度は通り過ぎた相手が、ヒョコリと角から顔を覗かせる。

「いたか? 高橋」

 駆け寄りながら訊いた秀行に「いいや」と首を振る。そしてニッコリ笑むと、「でも」と言葉を続けた。

「彬の居場所なら、俺が知ってる。大丈夫。間に合うよ」

 ――『彬』?

 急に馴れ馴れしくなった相手に、怪訝な目を向ける。その秀行の反応に可笑しげに肩を震わせた隆哉は、再びクルリと向きを変えて駆け出した。

「兎に角、時間がねぇから行くぞ」

 走る隆哉を追いかけながら、その背中に問いかける。

「それで? 高橋はどこにいるんだ?」

「俺の墓!」

「な、んだってェ?」

 思い切り頓狂な声を発した秀行に、笑いを含んだ答えが返る。

「じゃなくて、あいつの親友の墓」

 ヒラヒラと手を振る背中を見つめながら、秀行は心の中でポツリと呟いた。

 ――更に、不気味になってる。

 前を走る男は、勿論秀行の視線などお構いなしで走り続けている。しかしその瞳は真剣で、はっきりとした決意がそこからは滲み出ていた。

『待ってろよ、彬。お前は絶対、俺が助けてやるから』

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