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ツイート・ストーカー

作者: たる。

 なんとなくSNSを眺めていたら、偶然このアカウントを見つけた。

 きっかけは、フォローしてるが会話している相手を横から覗いたことだったか、はたまたおすすめユーザーの中からだったか、とにかく僕は、こうして彼女のアカウントを開いている。

 実名を出していたわけでもなければ、顔写真を貼っていたわけでもない。ただ、ハンドルネームとか、自己紹介文とか、そんなところから、あの人だってわかった。

 断定できる証拠はない。ただ、なんとなく。だけどそれだけに、間違いなく。

「フォロー、しようかな……」

 指先が画面に伸びる。このボタンをタッチすれば、僕のタイムラインに、彼女のつぶやきが流れるようになる。

 けれど、それは同時に、僕の存在が彼女に知られるということ。僕のつぶやきが、彼女に見られるということ。

 別に、僕は実名とはかけ離れたようなハンドルネームを使っているし、アイコンだってなんでもない風景の写真を使っている。自己紹介文もいい加減なものだし、僕が僕だとわかるようなモノは何一つだってない。けれどどうしてか、そんな、必死に自分を隠そうとしているこのアカウントを彼女に知られるのが、ひどく怖かった。

「……やめよう」

 触れかけていた指は行き場を失って、なんとなく画面を下へスクロールする。

 どうやら誰かとメッセージでおしゃべりしていたらしい。彼女らしい、顔文字を多用した明るいつぶやきだった。

 それに比べて、僕のつぶやきのなんと醜いことか。このつぶやきをしているのが僕だと知られたくなくて、必死に中身を偽っている。もしも、リアルの知り合いが何かの間違いでこのアカウントを見つけても、決して僕だと気づかないように。

 嘘と曖昧さでべたべたに固められた、僕から最もかけ離れた、嘘吐きの僕。

 それでいて、普段口に出すのがためらわれるような汚い本音をぶちまけている、最も僕に近い僕。

 リアルの知り合いにアカウントを教えることは絶対にしなかった。嘘の僕も、本当の僕も、知られたくなかったから。

「なんだか、いけないことをしているみたいだな……」

 半ば惰性のようなもので、画面を下へ下へとスクロールし続ける。相手に見つからないように一方的に投稿内容を見るなんて、まるで覗き見みたいで、ストーカーみたいだった。けれどその背徳感を自覚してしまうと、今度はそれが僕の指を動かすようになってしまう。

 知らない誰か……もしかしたら知っているかもしれない誰かとのおしゃべり。今日食べたご飯。ハマっているアプリ。新しく買った服。こうしなければ知りえなかったことを、どんどん知っていく。いよいよストーカーらしくなってきた。

 構わない。どうせSNSなんてそんなものだ。見られて困るなら、そんなことをこんなところに投稿している方が悪いんだ。そんな風に自己を正当化して、画面を流す。

 そうして数日分の投稿を流し読みした頃、そのつぶやきが目に写った。それは、どうやら深夜頃に投稿されたものらしい。

「……え」

 そこにあったのは、普段の彼女からは思いもよらないような、暗く、重たい言葉だった。

 今の友達と上手く付き合えない。あの人達が好きになれない。本当は嫌いだ。でもそんなこと言えない。本当はきっと嫌われている。笑われている。嫌だ。一人になりたい。なのに、なれない。

 淡々とした叫びの羅列。記憶に残る彼女の笑顔に、影が落ちていった。

 僕と同じだった。リアルでは自然に振舞って目立たないようにして、この空間で、ありったけの本音を吐き捨てる。

 ここなら誰も見ないから。それでいて、沢山の人が見ていてくれるから。

 濁った言葉を吐き出すにはちょうどいい場所だったのだ。答えてくれなくてもいい。ただ、見ていてくれればよかったから。人を頼るより、物に当たるより、ずっと気楽で、迷惑をかけない淀みの解消法だった。

 静かな金切声。無音の悲鳴。

 彼女は、僕と違ってみんなの中で明るく笑っている人だった。だけど、中身は同じだったんだ。

「…………」

 なおさら、フォローできなくなった。だって、誰にも知られないことの気楽さを、僕も知っているから。

 僕をフォローしている、何十人もの知らない人。見られているのに関わってこない、関わらないけど見てくれている、その安心感が、僕に淀みを吐き出させてくれるのだ。

 だけど、このまま立ち去ることもできなかった。彼女のつぶやきが気になってしまう。これまでも、これからも。

 彼女のつぶやきを見たい。それは惰性の続きのようなもので、背徳的な好奇心。

 だけど、知られたくない。フォローして、僕を知られるのが恐い。お互いに関わることになるのが恐い。

 そうして気がつくと、僕は彼女のアカウントへのアドレスを、ブラウザにブックマークしていた。

 ……こうすればいつでもここに来られるし、彼女にも気づかれない。

「……はは。気持ち悪いな、僕」

 一方的な覗き見。完全にストーカーになってしまった。

 罪悪感よりも好奇心が勝った。ただただ、時々彼女のつぶやきを覗いて、彼女の何気ない日常に笑い、そして、誰も知らない彼女の叫びを聞いていたい。

 僕は自分のマイページに戻ると、投稿画面を開く。

『気持ち悪いな。ストーカーじゃん』

 何がとは言わず、事実をぼかしたつぶやきを投稿する。僕が何をしたのか、そもそもこれが僕のことなのかすらわからない、卑怯なつぶやき。

 意味不明な言葉に罪悪感をなすりつけて、ネットの海に垂れ流す。それはいつもと変わらない、僕の淀みの排出作業。

 どの僕よりも嘘吐きで、どの僕よりも本物。そんな歪んだ僕を、青い小鳥が嘲笑っていた。

 言っておきますが私のことではありませんよ。そんな時期もありましたが。

 さてさて、お付き合いいただきありがとうございました。

 SNSの使い方って千差万別ですよね。情報収拾だけを行う人もいれば、リア友だけをフォローしてチャットみたいに使う人もいる。ぶつぶつと延々独り言をつぶやく人もいます。

 今回は、まあ私のことだと言えなくもない全くの嘘だと断言したらとりあえず嘘をついていることになる程度の体験を元に派生しまくった先に生じたフィクションです。

 共感できる方がいるかはわかりませんが、なんとなく解る気がするって人もいるんじゃないでしょうか。なんせSNSユーザーなんてこの世にゴマンとおりますし。ひとまず過去の私はまあこれに近いと言えなくもない全くの(以下略)


 さてさて、これ以上は何か余計な墓穴掘りそうなので、このへんにしておくとしましょうか。

 読んでいただいた皆様と、公開の場を提供してくれた運営さん達に多大な感謝を。

 ありがとうございました。

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