西海の気持ち
玲との出会いは衝撃だった。
あの日は妻の命日だった。
特に好きでもなかった可もなく不可もなしの妻、妻というより病気で余命半年と言われた妻の両親に泣きつかれて夫婦のふりをした。
結婚式をあげて、茶番だった。
代わりの契約として俺は学費を工面してもらった。
割りのいいバイト。
若い俺はそんな気持ちだった。
けれど、逝く前…逝った後の俺に向けて宛てられた手紙を見つけた。
ありがとう、ごめんなさい。
あなたは幸せになって。
割りのいいバイトと思った自分に罪悪を感じた。
だから籍を入れた。
向こうの両親はそこまでしなくていいと言ったが…せめて俺の妻になりたかったなら妻としていかせてやりたかったから。
ただの感傷だ。
けれど結婚届を提出した時の顔を見てこれで良かったんだと思った。そして日に日に痩せ衰える妻と痩せる肉と反してギラつく瞳。妻の中に生きる力の強さを見た。
妻は穏やかに逝った。
妻が逝ってから何人もの女と寝た。
けれど性欲を満たすだけの行為、妻の両親は気に病んで見合いも持ってきてくれたが心は動かない。顔も思い出せない妻のあの生きる強さを宿した瞳だけが忘れられない。
妻は逝ったが、生きていた。
俺は妻ほどしっかり生きていない。
毎年のように、その日は飲んだ。
「よーおっさん。暗い顔してんな」
カッチとした質のいいスーツに身を包んだ女がそんな時こえをかけてきた。明らかに絡み酒とわかっていた出会い、ただ他人との距離をとることに慣れ切っていた。面倒なことには関わりたくなかった。
席を立ちお金を払う。
そんな俺に絡み続けた玲、BARの帰り際抱きしめられた柔らかさに思わず酔った。ただの酒乱のはずが、見上げる瞳の強さに心を掴まれた。
柔らかい肉と心地のいい香り。
今まで抱いた女とも妻とも違う。
生気のあふれるかおり。
掴まれた腕を、ふりはらえない。
そして…大衆食堂。
あんまりたべれないのー。
ダイエットしなきゃ。
周りの女が口にする言葉を彼女は知らないようだった。
気持ちよく食べる。
しばらくしてトイレではいている彼女をみつけた。
「兄さんにすまない。宴は終わりだ。いいから帰ってくれ」
女性らしい姿とは裏腹に、変な言葉の彼女を抱き上げタクシーにのる。
部屋に送るため住所を聞かれたけれども教えなかった。
見知らぬ男だししからがないかと思うと不思議とさみしさが湧いた。
とりあえず近くのホテルに泊まって彼女が横になったのを見計らって彼女の吐物がついた上着を洗うためシャワールームにはいる。
洗っているとすごい音がした。
またホテルの一室で飲んでいた。
「にいさんものめよ」
ホテルの冷蔵庫からビールを出していた。
面白いぐらい破天荒な姿に一緒に飲んだ。
「にいさんも頑張ったな。」
同じように酔った俺は妻のことを話していた。自分から今まで話したことはなかったのに。
「寝れないなら寝かせてやるよ」
そう言って服を脱ぎーー
成人男性であれば当然期待するが拒否しようとすると抱きしめられた。
「おーーよしよしあかちゃーん。ねんねんねーー」
子守唄。
手を出したい気持ちは十分だったが毒気を抜かれて何時の間にか寝ていた。暖かい人肌が気持ちよかった。
起きた時には吐物とハンカチ。
あんな女がいたなんて。
もう一度会いたい。
女にこんな感情を持ったのは
初めてだった。
名前も知らない女を手に入れたいと思った。
生きていると感じた。
お気に入り登録ありがとうございます。
拙い文章ですがこれからもよろしくお願いします。