大蛇発見
「玲。」
………完全無欠の兄だった。思わず後退しそうになるのを踏みとどまる。
「兄さん。」
「買い物か?こんなところで。」
兄の隣にいる、頭は悪そうだが可愛らしい彼女が挨拶をしようとするのを、さりげなく兄は背中で隠す。
ああ、遊びですね。
納得するが、紳士売り場スペースで出会いたくなかった。
「まったく、出かける時は…きちんとした格好をしないと。せっかく俺の妹なんだから。」
せっかく俺の妹って…。相変わらず俺様。
この兄は、親以上にしつこいし理想を押し付けてくる。
35にもなって、未だに理想の女の子像を私に押し付ける面倒なやつだった。
「化粧もしてないのか。まったく。」
「彼女が退屈してますよ。」
「彼女?ただの知り合いだよ。せっかく玲に会えたし、一人で帰れるよな。」
知り合い…友達以下ですか。しかも、帰らされるの決定ですか。
相変わらず自分勝手。
というか、この流れ私についてくる気ですね。
相変わらず、うっとおしい。
「玲の彼氏みないとな。玲はおかしな奴を見つけるのが得意だからな。」
私とよく似た風貌の…整った顔立ちの兄がにっこり微笑んだ。
確かに男運はないですが、そこまで言うなんて。
「一人ですよ。」
「こんな男物売り場で?」
「父様のプレゼント買おうと思って。」
買った袋をさり気なく隠す。
上からしたまでゆっくり見られる。
蛇に睨まれたカエルだ。
いや、大蛇だ。
「この寒いのにコートなしで?」
「同僚に持ってもらってるんです。」
「じゃあ、仕事場の方に兄として挨拶しなきゃな。」
人のいい顔で肩を叩く。後ろにいる女の子は無視。背中で興味がないことを示している。
「いえ、大丈夫です。彼女さんが待ってますよ、じゃあ。」
とりあえず、あの女の子に足止めができるとは思わないが時間を稼いでもらおう。さっと兄の前を通り過ぎる。
今はさっさと兄から逃げるのみ。
…家に帰ってからの電話、メール攻撃が目に見えてうざいが。
まず先輩と西海と別れた階にたどり着く、女性もの売り場で長身の男性二人はあっさりとみつかった。
「出ましょう。」
思わず二人の手を取る。
「おや、まさか西海くんに会うなんてね。しかも北川さんまでいるなんて、玲に振られたんじゃなかったのか。」
嫌な声、振り向かなくてもわかる。
ー兄だった。
「お久しぶりです。東山さん。やっと妹さんに僕の気持ちを気づいてもらったところなんですよ。」
先輩がまず声を返す。どうやら先輩も兄を知っているらしい。
同業者だし当然かもしれないが。
「聖さん、珍しいですね。こんなところで会うなんて。」
兄が名前を呼ばれても嫌な顔をしないところをみると、西海は気に入られているらしい。
「玲、ダメじゃないか。こんないい男連れているのに、そんなきたない格好で。手まで握って、兄さんは悲しいぞ。」
そう言って兄は二人に手を握っている手を離すように肩を抱き寄せ耳元で囁く。
意味がわからない。
別に私が二人を誘ったわけでもなく、恋人でもないのに。
種類は違うが、三人の男が私を挟んで、私の頭の上で視線を交わす。
やめて欲しい。
「仕方ないな。せっかくだから玲好きなもの買ってやろう。」
何が仕方ないのか、兄が言う。
「悪いね君たち、玲に買い物もさせてもらえない関係みたいだからね。」
まったく、この兄はいつも、いつも変な事ばかりいう。
「俺が玲を可愛くしてやるよ。」
何が可愛くだ、一体私をいくつだと思っているのか。この兄は。
「お願いします。玲は遠慮ばっかりしてるから…せっかくだから、次遊びに行く時の服を買ってもらったらどうだ。」
西海が切り返す。
遠慮ばっかりって、別に買ってといった覚えはないのですが…。
「次?玲?」
兄の笑顔が私に問いかける。
蛇ですね。
「この前、西海さんには海に連れて行って貰ったんです。」
渋々答える。
「西海さんには?」
失言をしたことを悟る。
「楽しそうだな、で、北川さんとは?」
黙秘はなしの誘導尋問に引っかかりました。
「山に連れて行って貰ったんです。」
「玲、こんないい人たちだからいいものの、何かあったらどうするんだ。次からは心配だから俺を呼びなさい。」
何かあったらって、しかも兄を呼べって…相変わらず無茶苦茶です。
「まあ、いい。来い。」
あの兄さん、いい加減耳元で話すのやめて下さい。
うるさいです。
結局、三人を引き連れて私の買い物がはじまった。
何だか周囲の視線が痛いです。




