事情 2
「―――じゃあ、泉君。服脱いで!」
優の家に着き、ソファーに座っている泉はよく分からない機材を両手に抱えた優に恐怖を憶えていた。
優の家は何処にでもある普通の民家と変わりなく外から見ればただの住宅にしか目には映らない。
しかし、一歩中に足を踏み入れると専門機材の山々が置かれていた。
まだ、良かったのは優に案内された部屋が普通に片付いていたからだ。
本人が言うには三日でようやく片付いて来たという。それだけの機材の多さに驚きながら、優が俺にお願いしたい事が疑問になり尋ねてみた。
―――そして。
「―――じゃあ、泉君。服脱いで!」
この状況に追い詰められる訳だ。服を脱がされ、優は機材の中からオモチャの様な大きさの物を取り出す。
「………はっ?」
「だーかーら」
「いや、伝わっているから。本当に………脱がなきゃいけないの?」
「………うーん、まあ誤差が大きくなるかもしれないけど……うーん、良いよ。服を着ていても。」
「………はあぁ~」
「でも、あの時の漆黒の魔力の鎧を出してくれないかな? 全力全開で!」
「あぁ、黒衣の鎧の事だよな?」
「黒衣の鎧?」
初めて聞く名前に優は自身の記憶と照らし合わせ始める。
「あぁ…昔にそう呼んでいた奴がいるんだ。魔道書から会得した魔法じゃないから、俺もそう呼んでいるんだ。」
泉は言い終わると、同時に魔力を全身に循環させていき、制限を解除する。
辺り一面が黒色の魔力に囚われた様な錯覚に陥った瞬間には、泉は全身に黒色の魔力の粒子を鎧の様に纏っていた。
優は即座に瓶の中に粒子を採取すると出ない様に瓶の蓋をする。
次に魔力測定用の測定器を泉の身体に付ける。測定値を取った後、専門的な機材を取っ替え引っ変えしながら能力を様々な数値に置き換えていく。
「瞬間放射濃度25%放射圧力35kp魔力持続性不明…外界と内界での差0.0004%魔力増幅度250%……」
もう、泉には理解出来る範囲を越えていた。時々、学院でも魔力の質や総量の検査時に調べられることがあるが、これはもう一般人では理解し合えない専門用語でしかない。
様々な数値をレポートとして書き纏めていく。そして、次第に表情が暗くなっていく。
「あり得ない…そんな事……現実に実現する訳が……無いのに…」
「優、どうかしたの?」
「えぇ…粒子結合率はほぼ変わっていないのに魔力の耐えられる訳がない。それに、他にも色々と問題はあるけど…どうやっても今の私では急激な魔力の増幅を証明する事は出来ないみたい…分からない事だらけ……いや、待って……泉君は普段の状態でも魔力の消費を抑えているの?」
「ああ…俺が魔力を放出すると、周囲に人的被害が起こるから普段は最低限まで質や量を抑えているよ。」
「それなら―――いや、違う!? やっぱりその漆黒の鎧の発生理由が分からないよ。もう、特異体質持ちは本当に謎だらけだね。」
当然に理解不能な事を言い出した優に、泉は困った表情を浮かべる。
「じゃあ、次に泉君の魔道具見せて貰おうかな?」
「あぁ。良いよ。」
「そう言えば、優が言っていた―――次元を越える魔道具ってどんな物なんだ?」
「えっ!? あぁ。あの、魔道具ね……ちょっと待っていて!!」
優はバタバタと音を立てて走っていくと同じ音を立てながら部屋に戻って来た。
「この箱の中に入っているんだけど……これって私の魔力認証でしか開かない様に改造してあるんだ。」
細長い赤いラインが入っている箱を取り出して来る。縦幅は五十センチ程度だろう。縦幅はその二倍近くある。
「何それ!?」
指紋を使った認証は知っていても、魔力を活用した認証等今までに、聞いた事がなかった。
「これは、最近開発されたまだ、実験段階の魔道具だよ。元々、魔力っていう物は指紋と同じで人それぞれで性質が違うの。だから、こうやって、表面に触れて魔力を循環させると…」
突如として発光した光に目を逸らす。光が徐々に強さを弱めていき、箱の蓋が開いていた。
「これって―――?」
箱の中に入っていた魔道具は一本の刀であった。優に許可を貰い握ってみると、そのひんやりとした冷たさに驚かされる。
刀は全長七十センチ程の刃渡りであるが、切れる事はないだろう。刃渡りは丸みを帯びており、金属が今にも壊れそうな亀裂が幾つも入っていた。
「名前はまだ決めてないけど…う~ん。次元転移型魔道具かな?」
「こんな魔道具じゃ、一度振っただけで壊れない?」
今は慎重に魔道具を抱えているが、これでは相手に向けて振った瞬間にバラバラに破壊してしまいそうな程である。もしくわ、精密な魔道具であるから故の形態なのかもしれない。精密な物程、取り扱いに注意する様になっているのかもしれない。
「え~と、これはバラバラにならなきゃ使えないの!!」
どういう事だ? バラバラにならなきゃ使えないというのは………全く見当もつかない。
「実際に、私が使って実演してあげたい所だけど……この魔道具、気難しくて…理論上では完成しているんだけど……研究所でも動かせる人が少ないの……多分、魔力の制御が難しいからだと思うけど……騎士隊クラスの人なら行使出来ると思うんだけど……」
泉は何か考えた様に視線を魔道具に持っていく。
「じゃあ、俺が使ってみても良い?」
「えっ!? 泉君、聞いていたの? 確かに、泉君は凄いけど……多分、初期動作も起こさないと思―――って、えっ!?」
泉が魔道具に触れた瞬間に、光り輝く。魔道具は煌めく淡い光を放ちながら亀裂に光が駆け巡る。
―――刹那。
「やっぱり、優の言うとおりだな……本当に制御が難しいや………それに、あと一つのピース。そいつの本質が分かってないからどうやって動かせば良いのか……」
そう言って魔道具を優に差し出す頃には光は消えて元の状態に戻っていた。
その姿は、まるで使い手を選ぶ。意思を持った刀の様であった。
「目標の魔力を確認した……」
「なら、さっさと決めて帰ってこいよ!!」
風が通り抜ける雑音が邪魔で聴こえにくい。耳に付けてある小型通信機を切り、焔を強めて加速していく。
一層に強くなった向かい風を切り裂き、流星の如き速さで対象に向かっていった。
「はあ~、疲れた。」
泉は硬直した筋肉を解こうとする様に両手を精一杯伸ばす。
優の荷物を旅行用のトランクに詰めていくのにはそれ程時間が掛からなかった。ただ、優が目当てとする器具を探すのに物凄く時間を喰ってしまった。
家の中が専門器具だらけである。こんな家の中から必要な器具を見つけ出すのは至難の技ではない。
途中、器具の山が崩れて来たり、突如として電撃を放ったりと驚かされる事ばかりであった。
そして探し始めてから一時間でようやく、全てを見つける事が出来た。
泉は自身の疲労を取ろうとしてソファーにぐったりと持たれ掛かっている。
「ははは…泉君。大丈夫?」
奥から現れた優は泉に飲み物を渡しながら泉の隣に座り込む。
「あ~、ありがと~」
フラフラしながら起き上がりグラスに注がれた麦茶を一気に飲み干していく。
「良かった~。ここで、炭酸とか出されなくて良かった……」
「私も! 一杯動いた後には炭酸とか飲みたくないよね?」
そして場に沈黙が包む。
優は泉の肩に自身の首を預けようとして傾ける。
―――そして
優は突然立ち上がった泉に驚きながらソファーに倒れ込む。
「痛たた……どうしたの? 泉く―――ッ!?」
優は、泉が先程までの温かい表情とは異なり、深刻そうに張り詰めた表情になっている事に気が付いた。
「優、急いで逃げるぞ!! これは、厄介だ……」
「分かった!!」
優がトランクを持つと同時に泉が裏口から飛び出す様に道に転がり出る。
「まだ、大丈夫だ……っ―――!?」
道の中央に悠々と着地する少年の姿があった。それは、先程に時雨を連れ帰った少年であった。
白銀のグローブにまるで、太陽の様に輝きを灯す焔。学院の生徒である事を証明するライオン。
特徴的なオレンジの髪に紅の焔模した瞳。そして、何処か苦痛に耐えている様な表情。
「学院に戻った時にデータベースに侵入して情報を洗っておいたぜ。本名は佐々木燐。学院五学生の生徒であるが魔力の制御の為に療養中……その実態は、裏ギルドからの工作員って所か……」
「…南座泉。幼少期に両親を無くして様々な師を持ちながら、人並み外れた洞察能力と魔力を持つ。ただし、原因は不明。特異体質持ちか……!?」
「優…離れてろ……」
互いに言葉を紡いだ瞬間に姿が描き消える程の速度で距離を縮める。
焔で推進力を得た燐は爆発的な速度で突き進む。
グローブが瞬く間に輝きを強めて炎圧が上昇する。右手を大きく背後に引かれる。
射程圏内に到達した侵入すると共に勢いよく拳を放つ。泉は甘く見ていたのかもしれない。燐が持っていた印がライオンであったことから心の中でそれ程の実力者では無いのかもしれないと勘違いしていたのだろう。最初に感じた身が削れる様な魔力を感じた。それを自身の感覚の誤解だと思っていた。
その理由は、初めて出会った時に腹部に喰らった一撃は、身を捩らせる程に十分な脅威だった。けれども、それは泉が当然の事に驚かされて、一瞬の隙を相手に与えてしまった為に招いた結果だ。今は、肉体、精神共に安定している。この状態なら負ける事は無い筈だった。
―――しかし
放たれた拳を刀で受け止めた瞬間に肩に激痛が通る。
衝撃が全身を駆け抜けて爆発的な威力となって後ろに吹き飛ばす。泉は、まるで燐に反発した様に後ろに滑る。
「……やばいな…」
顔に一適の冷汗が流れ落ちる。
佐々木燐は、もしかすると俺と同じなのかもしれない。世間離れした圧倒的な力は周囲に恐怖を及ぼす。
それは、周囲からの隔絶に繋がる。俺自身は、自分の力を抑えるといった形で受け止めている。燐自身もそれを解っているからこそ、力の制御に集中しているのであろう。
だからこそ、学院での彼の力は中級程度に収まっているのだ。
もし、彼が本気になればどれ程の力を発揮するか予測不能である。
「…ボスにはお前を殺せ。と命令されているが…浅海優! お前の魔道具を俺に渡せば見逃してやる…」
泉は瞬間に刀を引き戻して、跳躍する。
魔力によって補正された腕力にものを言わせて左肩から右腰に向けて強烈な一撃を叩き込む。
燐はグローブの甲を刀に当てて衝撃を止めると焔を灯す。次第に刀がじりじりと音を立てて押し返される。
パッと力の釣り合いを終わらせる様に右手に焔を必殺を含んだ力が泉に襲う。
ドゴオオォッ!! それは、先程までの威力とは比較にならなかった。泉は光の如き速度で吹き飛ばされ、地面で数回バウンドしながら数メートルの距離を移動する。口から血が止めどなく溢れ出し、堪える事なく吐き出す。コートが所々破れ、血が滲み出ている。
「っ泉君!!」
「分かったか…そいつはお前にとっても大切な人なのだろう? 彼を殺してその魔道具を奪われるか、命を守る為にその魔道具を渡すか、どちらが頭の良い考えか…お前なら、分かる筈だ…」
「……駄目!! これは、皆が頑張って守ってくれた。だからこそ、私の我儘な想いで皆の一存を無駄にしたくない!!」
「そうか………残念だ!」
燐は両手を背後に持っていき、焔を逆噴射する。
焔の推進力を得て加速した燐にとっては優など赤子の手を捻るものと同じだ。
そして、燐は優を貫く様に速度を上昇させていく。
そして、優は恐怖に涙を溜め、魔道具だけは渡さない様にしっかりと抱き抱える。
―――刹那
身体の何処にも痛みは無かった。焔の熱だけが優に伝わってくる。
けれども、焔の粒子が優の瞼に当たる前に、雪の様に消える。優がそっと瞼を開く。
「…っ!? 泉…君……?」
優の目の前に、泉が燐の拳の軌道を止めていた。
泉は全身に闇に惑わせる魔力の粒子を纏っていた。泉の粒子が優に焔が届く寸前で阻み相殺している。
「殺らせるかよ…優を殺らせはしない!!」
キッと燐を睨みつける。
「勝てると思っているのか?」
ただ相手を威嚇する冗談などでは無く、自分の実力に絶対的な自信があるからこそだろう。
『業紅蓮』
『斬影』
燐のグローブを中心に焔の魔力が集中していく。焔は直系30cm程の大きさにまで膨れ上がっていく。ジリッと泉が炎圧に弾かれて後ろに追いやる。
泉は魔力を循環していく。魔力の上昇が勢いを増して鞘に黒い粒子が結合していく。
そして黒い高密度の粒子から龍の姿が形取られていく。黒龍と紅蓮の球体は互いに反発し合い魔力は膨れ上がりながら均衡を保っている。
燐は自身の手の甲が軋む程にまで強烈な魔力を上昇させる。泉も全身の粒子が彼に協力する様に力を増幅させる。
互いの魔力が限界領域を超えて強風となって爆発する。
「わっ!?」
あまりの強風に優は身体が浮くのを感じた。優は決して離さない様にしっかりと箱を抱える。
泉は、空中に浮いた優を抱えると燐から距離を開ける為に後ろに跳躍する。
けれども、燐はそれを読んだ様に土煙を切り開き襲い掛かってくる。目にも止まらぬ速さで放たれる焔を泉は的確に処理していく。
「優、しっかり掴まっていろよ。」
燐は焔を溜めると薙ぎ払う様に横に振るう。焔の膜が襲い掛かり、咄嗟に優は顔を泉の胸元に埋める。
燐は泉も優と同じ様に顔を背けると思っていたのだろう。案の定、泉は顔を下に向けて光から目を逸らした。
その空いた隙を埋める様に拳を振るう。拳は確かに泉を捉えていた。けれども、吹き飛ばされる事はなかった。泉は全身に駆け巡る様な痛みを感じながらも左手で拳を受け止めていた。腰を屈めて丸腰となった燐に刀の先を向ける。
刀の先に大量の粒子が集まり、一点の魔方陣を創り出す。魔方陣はそれ程まで巨大な物ではなく、直系5ミリの大きさである。しかし、驚くべき所はそんな所ではない。
通常の魔方陣であれば、が巨大になる程威力を増していく。それは、魔方陣に描かれる文字の量に比例するからである。その分、大規模になり使いにくくなる。
けれども、泉が創り出した魔方陣は巨大な魔方陣を縮小した物である。それは、巨大な魔方陣では威力が分散してしまう為、強烈な一撃を放つ為に一点に絞ったのだ。
粒子が閃光を放ちながら燐を貫く様に吹き飛ばす。燐は叫び声をあげて吹き飛ばされ、数メートル離れた所まで飛んでいく。
燐は地面と激突する寸前で焔を噴射して勢いを止めると傷口の腰を抑えながら地面に膝を付く。
けれども、それは泉も同様であった。
互いに呻く様な声をあげてその場に崩れ落ちない様に刀を、拳を地面の支えとする。
「泉君!!」
膝から力が抜け、倒れそうになる泉を優がしっかりと抑える。
「……ありがと…優」
そう言いながらも不安定な身体に鞭を奮う。
それは燐も同じだったのかもしれない。身体が麻痺し、小刻みに震えている。
互い地面を、空中を滑べる様に駆ける。
『瞬焔刃』
『瞬神進鋼』
燐はグローブから焔を圧縮した刀を創り出して構えを取る。
泉は魔力の補正を受け止め、凄まじい速度で漆黒の彗星の如き速さで燐に斬りかかる。
「はあああぁぁぁぁ―――ッ!!」
互いの全力を出した一撃は周囲を巻き込み、閃光を放つ。光と闇の狭間で力は増幅し、相容れぬ魔法が弾け合う。
次第に光は消え薄れていき、同じ様に魔力も消えていった。
光が消えた後、燐が放っていた刀は消え去り、拳が辛うじて泉の服を掠っていた。
漆黒を想像させる鞘は、―――果たして。燐の腹部に喰い込む様に直撃していた。




