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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
SOD事件
7/51

事情

「あんた、本当に無茶するわね…」

「…ッ痛!? まあ、仕方なかったんだよ……とにかく、逃げられるような状況じゃなかっただから……」

 泉は、保健室もとい治療室とも呼ばれている部屋に来ていた。燐から受けた傷の痛みが酷いからだ。泉が使った術は本の気休め程度にしかならない。 あまり、派手な動きをすると傷口がまた開き今度こそ全身から力が抜ける様な激痛が駆け巡る事だろう。それに、あの二人にはあまり不必要な心配を掛けたくない。

 だから、真人達は先に教室に行ってもらっている。

「私からすると、どうすればこんな傷が出来るのか不思議何だけど?」

 目の前にいる三十過ぎの女性はこの辺りでは有名な治療師である。だからこそ、学院向かおうと提案したのだ。

「だから、殴られたって言っているんだけどな……」

「…はい、これで良し!!」

 行ってらっしゃい。と、背中に強烈な叩きを喰らい、嫌そうな顔をしながら一応、礼を言って部屋を出ようとする。

「あ―、それとあんまり無茶しちゃ駄目だから!! 治したとは言っても三日は無茶な運動は禁止だからね!!」

「はい……」

 泉はそうは答えながらも無理だろう感じていた。多分、状況はそんなに良くない筈だ。あの様子から向こうもいつまでも待っていてくれる訳ではなさそうだ。早ければ、今夜にでも強襲を実行に移すだろう。


「泉君?」

「二人共どうしたんだ?」

 気が付けば、背後に愛と優の二人がいた。

「う――、つまんないな……」

「うん。そうだね…泉君ってあんまり慌てる事しないよね。…時雨と戦った時も飄々として感じだったし……」

 二人して理不尽な事を言い始める。

「……はぁ~。理不尽な要求は放って置いて、何で二人がここにいるんだ? 真人と一緒に教室で待ってる筈じゃあ無かったっけ?」

「それなんだけど……」

 鬼宮が険しそうな表情で切り出した。


「さあ、浅海さん。ここが俺達の教室何だけど……何これ!?」

 鬼宮達が教室に入った時に雷撃がクラス全体に走った。

 泉達が十一時頃に任務に行く為に抜け出してから、三時間と経っていない。その所為かクラスには思いの他、大勢の生徒が残っていた。

「……おい、真人!! 抜け駆けは止めて貰おうかな?」

 笑顔で数人の男子が真人の肩に手を掛ける。

「ははは良いだろ……? って、痛いからやめっ!!」

 魔力によって補正が掛けられた握力によって肩が圧し潰される程の力が込められている。


 この時ようやく三人は事態の深刻に気が付いた。男子だけではない、女子まで新たに現れた美少女を可愛がってあげようと四十路のおっさんの様に不気味に目を光らせている。

「「「ひっ!!」」」

 三人が急いで教室から飛び出そうとするが人数の壁は大きく………

「浅海さん、鬼宮さん! ここは俺が抑える!!」

 真人に多大な重圧が掛かり今にもバリケードは倒壊しそうだ。

「じゃあ、真人くん頑張ってね…?」

「何故に疑問系!?」

「真人くん、じゃあ後で……また?」


「という訳なの……」

 愛や優は疲れたという風にため息を返す。

「はぁ~、うちのクラスには変態と阿呆しか居ないのか……」

 泉は酷く疲れた時する様に片手で頭を押さえる。

「教室は駄目となると……よし! 俺は、真人を途中で拾って行くから二人は先に第三会議室に行って置いて! あそこなら人がいないし。話し易いだろうから」





 泉は四人全員が会議室に集まると自分が見た事を話す。

「そうだったんだ……」

「こりゃあ、本腰いれてかねぇとな …」

 第三会議室は第一、第二と比べると格段に小さく、極秘の任務の時以外は使われない。それ以外なら殆ど人が寄って来ない。


「優、三日前に研究所で何があったんだ?」

「……うん…」


 これは、今から数十年前の過去に遡る。その当時はまだ転移魔法陣が開発されて直後だった。だからこそ、研究所は転移を活用した魔道具を数々に生み出した。そこで研究所の人達は大きな過ちを犯してしまった。

 今では重要な場所には転移出来ない様に結界用の魔道具を設置する。それは、転移魔道具を使った要人暗殺を防ぐ為でもある。転移とは物質を一時的に魔道具に圧縮して復元するという量子化とほぼ同じ力である。だからこそ、一定の空間に目には見れない結界を張り巡らせる事で転移を防ぐ事が可能である。

 けれども、彼等が創造の末に辿りついた力は留まる事を知らなかった。

 転移がこの世界を中心とする力ならば、彼等が考えた力は次元を超越した力である。

 研究所は、二百年前に勃発した戦争からこの思想が始まった。

 彼等、人外の存在は次元を越えてやって来たという推測だ。この仮定から研究は秘密裏に進められていた。

 研究は思ったより簡単に動き出し、次第に推測が確信のものとなっていった。

 ただ、この研究が実現すれば多大な金が入る。

 その誘惑に勝てなかったのだろう……研究はごく少数の人間で行われる様になり、次第に研究所の人達の記憶からも薄れていった。

 また、研究の事を知っていた人達は二十年前に起こった火災で皆焼けてしまい、研究は完全に消えてなくなった筈だった。

 そう、一年前の優が見つけるあの時まで。

 優は教授クラスの才能は持っているのだが、歳の所為もあり助手という立場に置かれている。その為、研究室の掃除を頼まれる事が多々ある。優自身も掃除はそれ程嫌いでは無い。逆に清潔にする事に清々しさを感じるのでその日も快く承諾して掃除に取り掛かっていた。

 部屋は、所々にワイヤーやら機材やらが乱雑に置かれている。優はそれらを的確に片付けていく。しかし、偶然に足に絡み付いたワイヤーによって使われていないダンボールに激突して中身が零れ落ちる。

 それは、何枚かの紙束であった。興味を注られて何かについて纏められたレポートを眺める。


 もし、その時にその紙を見つけたのが優では無くただの研究員ならば、何だこの紙屑!! と棄てられていたに違いない。

 それ程までに複雑怪奇であったレポートを読み、優は頼まれていた掃除さえ放り出してレポートの解読に集中した。

 それまで優が考えた事が無かった様な力について公式が纏められ、理論上は完成出来ると理解するまで、そう時間は掛からなかった。

 ただ、優の力を持ってしても現象にするのは難しく、様々な実質的な困難を乗り越えて一年を費やし、ようやく完成に漕ぎ着けたのだ。

 ―――しかし、魔道具を完成させた時に優はもう気が付いていた。これは、今、この世界には必要無い物である。

 もし、この魔道具を裏ギルドの連中が持てば、世界中の主要人物を暗殺する事が可能になる。いや、数時間で世界を制圧する事だって、不可能では無い。

 優はすぐさま、その魔道具を壊そうとした。この魔道具の所存が知られない内に、壊さなければいけない。そう本能が告げていたからだ。

 けれども、優自身が完成させた魔道具はどんな圧力を掛けようとも壊れるどころか軋む事さえしない。


 それは、魔道具がこの世界の思惑を越えて、あらゆる次元の狭間に位置する存在となってしまったからだ。例えば、ここに存在しない物を壊そうとしても壊すどころか傷付ける事さえ不可能だろう。そんな不確定因子になっていたのだ。


 優はそれまで研究に協力してくれていた人達と話し合った結果。厳重な封印を施す事に決定した。

 当然、それに反対した者達も居たが、こればかりは理解してもらうしかなかった。


 封印決行の前日。まるで、狙った様なタイミングで国が誇る研究所が襲われる。

 研究所と騎士隊の上層部しか知らない裏ルートを使用した強襲。誰もが驚き、急な事に戸惑っていた。


 ただ、優はその日にその事件が起こる事を知っていた。それは、事件が起こる二日前に送られて来た。騎士隊に所属している父親からの伝言である。内容は、裏ギルドの強襲。そして、あの魔道具を持って逃げろという事。騎士隊内に裏ギルドと繋がりを持つ人物が居るかも知れないという可能性が出没したからだ。


 予定通り、優は裏ギルドの強襲と共に行動を開始した。ただ、研究所の避難の誘導に思ったより時間を盗られてしまい、敵に見つかる羽目になってしまった。

 何とか振り切ったは良い物の父親からの伝言で学院があるこの街に来た。

この城咲は学院があるお陰で治安は平穏といった街だ。だからこそ、その街にいれば少なからず奴等は大きな動きを見せる事を躊躇い、時間を稼ぐ事が出来る筈だった。

「…でも……見つかった…」

「……なら、直ぐにでもこの街から逃げないといけないじゃないか! もう、この街にいる事は暴露たんだからさ……」

 真人が真剣な顔付きになり、自分なりに考えた上で正論を説く。

「元々、この街にいる事は暴露ていたんだと思うの……だって、相手は騎士隊内にもスパイを潜入させている様な奴等だから、国際ネットワーク機関。 通称INAに潜入している仲間にでも連連絡して私の居場所を突き止めたのよ。そして、敵側は私が逃げられない様にこの街の外側に結界用魔道具と人員を設置した筈……まさに、袋のネズミって訳ね。」

「なら、さっき言っていた次元を越える魔道具? ってのを使えば良いんじゃないか? それなら、結界を無視して何処にでも逃げられる筈だろ!」

「本当ならそうしたい所何だけど……私が作ったのは転移を応用した戦闘用魔道具なの……だから、自分自身を転移させる物とは全く別の事なる魔道具だから……設計図は私の中に入っているとは言え、機材や道具が圧倒的に足りない。作製出来る様な広大な場所も無いから……」

「悪条件ばかりが揃ってやがるな……」

 真人が掠れ消える様な声で呟きながら顔を顰めて、鬼宮は辛そうに眉を潜めていた。

「そうだったんだ……優ちゃんは今からどうするつもりなの?」

「えっと……」


「じゃあさ、―――俺の家に来ない?」

 複数の問題を含んだ発言は周囲を驚かせて、沈黙を創り出す。

「……そ、それって―――どういうこと!?」

「い、泉君?」

「泉、お前!?」

「はい? 何でそんなに慌ていてるんだ?」

「だって、一つ屋根の下に男と女が二人なんて……」

「真人じゃあるまいしあるわけないし、それに結局、誰かが優の事を護らなくちゃいけないしさ。俺の家なら敵側に見つけられてもそれ相応の準備も出来るしさ。」

 泉は三人が何を意図して驚いているのかに気が付き、手を振りながら心底可笑しそうに笑う。

「でも……それなら、私も泉くんの家に泊まる!!」

 鬼宮は勢いで言いきった後に自分が言った事に気が付いたのか、顔を真っ赤にして俯く。

「えっ、鬼宮さんまで?」

「……駄目?」

「まぁ、構わないけど…真人、お前はどうする? 人員は多い方が色々と敵が来た時に作戦が立て易いけど…お前も来るか?」

「えっ、行って良いの?」

 欲望丸見えの表情にこいつ、大丈夫か……という不安が過る。

「じゃあ、二人は用意したい物が有るだろうし、家に帰ったら? 家の場所はメールで送信して置くから。」

「「分かった」」

「あの……泉君! この後に……さっき、言っていた用事があるから、一度、私の家に来てくれない?」

「ああ、良いよ。」

 それから一度解散して次は俺の家で集合となった。




「失礼だとは思うんだけど…優って今、幾つなの?」

「構わないよ。えーと、十五だから丁度…学院なら五年生ぐらいかな。泉君は?」

「俺は十六だよ。でも、誕生日が早いだけで、優と同学年の五年生……それにしても、いつから研究所で働いていたんだ? まだ、俺と殆ど歳は、変わらないのに魔道研究所でもエースなんだろ?」

 優に道を案内してもらいながら、ふと頭に浮かんだ疑問を問う。

 先程聞いた話では最低でも一年前から研究所に勤めていた筈だ。その事で気になったからだ。

「ははは、エースなんて……え~と、十歳の頃からだから…五年ぐらいかな。」

「…凄いな……その頃だと、俺がこの学院に入学した直後ぐらいか…」

 改めて、天才少女の実力を思い知らされて感激に浸る。

「そう言えば、泉君って超が付く程の戦闘特化型だけど、小さい頃から戦闘訓練でも重ねていたの? あの、時雨の斬撃もしっかりと捌いていたから…」

 泉は軽く微笑すると何処か遠い所を眺める。

「―――あぁ、そうだよ。両親は凄く強い人達でさ……息子の俺も自分の身は守れる様に小さい頃から戦闘訓練させて貰っていたんだ……」


 その時、優は先程までと、泉の雰囲気が一変している事に気が付いた。出会ってまだ数時間、たったそれだけしか一緒に過ごしていないけれども、泉君は本当に人に優しい人だと感じていた。他人が困って居る時には手を差し伸べてあげられる人だ。そんな彼が、自身が闇を抱えているなど微塵も思ってもいなかった。いや、彼も囚われている闇があるからこそ、他人に優しく接する事が出来るのだろう。

「………っ!」

 もしかして、彼の両親はもうこの世には居ないのだろうか……

「―――両親は二人とも仕事で日頃から家を空ける事が多かったんだ。それに、俺が七歳の頃に事故にあって亡くなっちゃって。一緒に過ごした記憶なんて殆ど無いんだよ……」

 辛い過去を話した泉の表情には逆に清々しさがあった。

「……泉君…」

「暗い話してごめん。」

「ううん、大丈夫。私も……」

「―――えっ!?」

「ううん、なんでもない。泉君は、辛いって思った事は無い?」

 何を聞いているんだ、私は!! 無神経にも程が過ぎる。辛いに決まっている筈だ!! まだ幼かった頃に突然に両親を亡くしたのだ。私なら、何日も泣いて。ただ、毎日を泣き喚くだけの苦痛に地味た生活になってしまうだろう。

 けれども、彼の答えは違った。

「大丈夫、辛いって思った事は無いよ。最初は色々と混乱して、色々と塞ぎこんだ時期もあったけど……俺には両親が遺してくれたこの刀や、新しい家族、大切な仲間が居るからさ。」

「泉君………」

「さっきの大切な仲間ってのは優…お前の事も入れているつもりなんだけどな。」

「えっ―――い、泉君っ!?」

 こんな感覚に囚われるのは初めだった。全身が熱くなり、頬に夕日の様な赤みが浮かぶ。

「もう、優は俺達の仲間だよ。だからこそ、誰にも君を傷付けさせやしない。」

 泉の原動力はもしかすると単純明快なのかもしれない。ただ、仲間を守りたいという意識の強さ。それが彼の強さ理由なのかもしれない。


 ただ、優にそんな事を考える理由は無く。高まる胸の動悸をどうにかして沈静しようと真っ赤になった顔を隠す様に俯いていた。





 鬼宮と真人は、横に並んで帰路についていた。

「鬼宮さんの家と同じ方角だと思ってなかったよ!!」

「私も。この方角って住宅地も少ないから、あんまりクラスの人達と帰る事が出来ないのが欠点なんだよね。」

「そうそう、女子の追っかけをしていると、帰るのが遅く………って、ちょっと!? そんな変質者を見る様な目で見ないで!!」

「いや、犯罪者だとは思っているから大丈夫。」

「余計に酷くなっている!?」

 二人が向かっている先は集合住宅地から少し離れた城咲の北東に位置する。その為、学院通いの学生には不評であるが、買物には便利であるという何とも言えない利便性を持っている。ただ、その為だけに不都合が多いのを覚悟する人は少なく、ここら一帯は集合住宅地に比べると幾分か人気が少ない。

「……あのさ…泉くんの事なんだけど…」

「んっ? 泉がどうかしたのか?」

「泉くんって、どんな食べ物が好きかな? 向こうに行った時に作ってあげようと思って……」

「……もう、積極的だな。鬼宮さん…」

「だって泉君って、女子の中でも結構、人気が高いし…」

「あー、はいはい。分かりましたよ。でも、そういやあいつの好きな食べ物って何だろうな? あいつ、自分の事あんまり話したがりないしな……でも、日頃のあいつから見て甘い物が良いんじゃないかな? よく、糖分摂取しているしさ。」

 泉くんと一番仲の良い真人くんでさえ、泉の事を余り知らない。そう言われてみると、泉くんについて、知らない事が多い。

 思い切ってチームを組んだ今だからこそ、泉くんの事をもっと知ろう。そう自分の心に銘じた。

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