運命 3
「理事長!!」
城咲西区に位置する魔道学院。その中の一角に位置する部屋に30代前半だろうか女の人がいた。この学院で理事長を務めている女性だ。
「どうしたの? そんなに慌てて?」
落ち着いた表情をしながら慌てて走って来たやっと成人したばかりだろう女性に軽く微笑む。
「もう、どうしたのじゃあありませんよ!! 理事長も気付いていらっしゃったんでしょ?」
先程までこの城咲は埋めつくす様な巨大な魔力に囲まれていた。
その事を差しているのだろうと簡単に予想がつく。
「物凄かったわね~。生徒達に被害はなかった?」
「もう! そうじゃ、ありませんよ。生徒達に被害は全くなかったんですけど…あれは、どういう事何ですか?」
理事長は赤いソファーから立ち上がると魔力の発現地である方角を眺め、ニッコリと微笑む。
「理事長……?」
「そう言えば、貴方は灰刀の伝説を知っているかしら?」
「えっ……灰刀の伝説ですか……? えっと……灰き刀はその身を持ってし、全てを救いて新たな時代へと導く…でしたっけ? それが、今回の事と何が関係があるんですか?」
「その内、貴方にも本当の意味がわかる様になるかも知れないわね……灰き刀の本質は――」
「あーあー。こんなにやられちまって、ダッセェなァ、時雨よォ!!」
「あァ!! うるせェんだよ、人の真似事すんじゃねェ、楓!!」
「まあー、まあー。喧嘩は止しとこうぜお二人さん。ウチのボスが怒らない間にさ。」
その一言で歪みあっていた二人が子犬の様に静かになる。
「で、対象は?」
「―――南座泉とかいう奴に護られいてる。」
「お前が撃退されたという事は……ボス。俺が行かせて貰っても構わないだろ? 並の使い手じゃ相手にならない事はハッキリしている。」
暗闇の奥から鋼炎が進み出て来る。
「いいや。燐に行ってもらう。」
「っ!?」
両手にグローブを装着した少年が動揺を隠しきれないようでいた。
「だが、俺は―――」
「断るとこいつがどうなっても良いのか? ―――また、あの時の様に。」
一枚の写真を取り出す。
そこには泉がハンカチを貸して上げた一人の少女の写真が写っていた。
「………分かった……くっ!!」
燐が泉殺害を命じられる数十分前。
泉は、地面に仰向けに倒れ込んでいた。全身の疲労が駆け巡り、指先さえ動かす事もままらない。
どういう事なのか全く理解出来ない。
何で、相手側に学院の生徒が居るんだ。あの少年を見つけるのは容易い。けれども、あの時苦痛を懸命に堪えた表情は何か裏が有るのではないか? そう思えてしまう。
これからどうすれば良いのか?
それらを結び付ける為のヒントは彼女が持っているに違いない。
俺は、偶然通りかかって助けただけだ。だからこそ、彼女に話を聞くしかない。
そう思って、疲労が溜まった身体を無理矢理に起こして立ち上がろうと瞼を顰める。
「大丈―――わぁっ!?」
泉はほぼ耳元で上げた奇声に驚き、動きを止める。
閉じていた瞼を開けると………目の前数センチの所に顔があった。
卵型の顔付きに、自身の髪と同じ色をした栗色の瞳に薄っすらピンクに彩られている唇。
泉は先程まであまりハッキリと顔を見ていなかった所為もあり、今更、彼女が美少女と呼ばれていても差し障りないと感じた。
「ごめん、ごめん。今、退くから」
そう言って、退こうとした瞬間に腕の力がフラッと抜けてしまい、地面に頭を打つ。
「っわぁ!!」
えっ………?
バタッという音を響かせて優が泉に抱きつく形で倒れる。
泉は傷口が美少女に抱きつかれるという形で開き、喜べば良いのやら激痛に苦しめば良いのやらという………いや、もう無理かも……
「あっ泉君、居た!! えっ? えぇ―――!?」
「ジュース買って来るのに何分待たせる気だよ!! って何!?」
最悪なタイミングで鬼宮と真人が現れた。
二人は自分が見ている現実に折り合いを付けるのに必死になる。時々、眼を擦っているのは現実と認めたくない、もしくは、あり得ない。信じたくないといった所だろう。
「えっ、何その可愛い女の子!? 俺達からたった数分離れただけで女の子の方から抱きつかれるとか……えっ?―――ぐはぁっ!!」
「ちょっと黙っていて!!」
鬼宮のアッパーが真人の鳩尾を貫き、高々と弧を描き不気味な音を立てて地面に頭から激突する。
「痛たたた……あっ、大丈夫ですか!?」
自分が上に乗っていた少年は来るしそうに唇を噛み締めていた。
「くっ…大丈夫だけどちょっと何処か座れる場所に運んでくれない………あれ、鬼宮さん?」
突如現れた鬼宮に驚きながらも、二人は肩を貸して、近くのベンチまで運ぶ。泉は安定したベンチに座ると、黒色のコートと中に着ていた服を脱ぎ捨てる。
肌色の皮膚が見えるものと思いきや、現実には青紫に変色した皮膚が見える。幾閃もの切れ筋があり、止めどなく血が溢れている。
「酷い……」
ここまで、酷いものとは全く思っていなかった……
「えっ……どうなっているの?」
泉は自身の手に魔力を集中させて、漆黒の粒子を傷口に翳していく。
弱々しい光が発光していく。傷口から溢れていた血は止まり、変色した色も先程と比べると幾分かは治っているようだった。
「……泉くん…」
「もう、大丈夫なの?」
泉は脱ぎ捨てた服を着ながら、二人を安心せる為に笑顔を向ける。
「―――あぁ。これで、もうしばらくの間は保つ筈…」
泉は重たい身体に鞭を振るい、立ち上がると、放り投げられていた刀を拾う。
あの時雨の一撃を受け止めていたというのに、欠けてすらいない。最初に見た時は、貧相な魔道具だと思っいた。しかし、時雨の剣撃を捌き、受け止め、弾き返した事実を優は自分の目で確認している。一体、何処にその様な力があるのか、もしくはこの少年に何かがあるのか全く分からない事が多過ぎる。
生まれて初めてこんなにも研究意欲を寄せられる人は初めてだ。いつも研究意欲は持って取り組んではいるのだが……最初から答えとなる構想の大体が理解出来てしまい、あまり真剣にならなくても解析出来てしまう。
全く規格外な彼に私はム~~~と唸りながら構想の世界に入り込んでしまう。
「学院に一度戻るって事で、良いよな?」
「……OK」
いつの間にか引き攣った顔で来ていた真人に驚く。
「お前、いつから来ていたんだよ!?」
「お前とその子が抱きついている―――ってタンマ!? もう、無理だって全身が痛いからやめて、本当にやめてください!! 二人そろって魔道具を構えないで!!」
「私も良いよ。それで、詳しく話も聞きたい所だと思っていたし……どうして時雨が学院がある街に現れたのかも気になるしね。」
「えっと、それって私も?」
「…まあ一応、時雨は君を狙っていたみたいだし、俺達は所属絡みでそういう事は見過ごせないんだ…それが良い事であれ、悪い事であれ………もしかしたら、君の力になれるかも知れないし……」
「…うん…わかった……」
通常ならば、関係ない人を巻き込む事を優はしたくはない。しかし、優はこの時、そう答えられたのは、幾つかの要因があった。
一つ目はあの時雨を撃退したという事実。いや、目の前に佇む少年――泉の実力。
二つ目は、彼の優しい性格。いつでも、どんな時でも思い遣れる器量の広さ、暖かさ。
そして、三つ目は天才天才と言われている優でさえ分からなかった。ただ、彼と離れる事を考えると、きゅうに胸が締め付けられるような痛みが奔ったからだ。
「それとは全く関係無いんだけど、後でお願いしたい事があるんだけど…良い?」
「「えっ!?」」
真人と鬼宮が二人そろって呆然とした顔になる。
「まぁ……俺に出来る範囲なら…良いよ」
あっ、そうだ!! と泉が何かに気付き、再び優に向き直る。
「そういえば、名前…聞いてなかったかな。俺は、南座泉。君は?」
「……そうだったね。私は、浅海優。よろしくね、泉君」
ご都合主義な世界ですが、貴方様が少しでも楽しんでくれる事を望んで。




