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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
ベルギス編
51/51

封印魔法

断続的に金属音が反響し、その度に音が鳴る間隔は短くなっていき、連続的な一繋がりの音となっていた。

その空間には無数に青竜刀ーー正確には青龍偃月刀が存在し、それぞれが自律的に動き、対象を追い詰め様と数多くあるフェイントの中に本命を混じえて連続攻撃を続けている。

朝海優は猛攻を受けながらも、それ等全てを受けるのではなく、自律的に飛翔する青竜刀の内、本命だけを的確に打ち墜としていく。

一瞬でも気を抜けば殺られる。と、ヒリヒリする危険を肌で感じ、バックステップして真上、左右から弓矢の様に突き抜けて来る刃を避ける。

今、この無数にある青竜刀を創り出し、自律的に動かしている様に見えるのは、理沙のーー魔道構築による効果であり、実際には青竜刀はそれぞれが意思を持って優に襲い掛かって来ている訳ではない。理沙が動きを掌握し、全てを自分一人で動かしているのだ。その分荒い所もある為、ゲームなどに存在する技の様な美しさはない。しかし、不格好ながらも彼女に突け入る隙が全くと言って良いほどない。

青竜刀が一閃に薙ぎ払って来たかと思うと、彼女が両手に携えているベレッタPx4が火を噴射し、二人の間にある青竜刀の刀身が弾丸を反射してーー跳弾の雨が降り注ぐ。それと同期して頭上からは三つ、背後からは二つ、左右からは四つそして下から一つの青竜刀が同時に彼女に襲い掛かる。

逃げ場を消されたと自覚した。気付いた時には遅く、今まさに優に突き刺さろうと見て取れる。

ーーだけど、理沙は気が付いていなかった。

その時、この訓練を始めてから初めて優の細剣が眩い閃光を放射していた事に。

逃げ場の無い多角的攻撃が優と接触する寸前ーー右手に持った細剣が白光りするかと思うと、彼女の身体がコマ落ちの様に霞む。それと同期して、辺り一面に澄んだ鐘の音が反響する。

何が起きたのか理解出来なかった。ただ、理沙が放った弾丸二十発と青竜刀十本は穿ち、裂かれ、粉々に粉砕されていたのだ。

理沙は驚きのあまりに瞼を見開き、対処が一瞬遅れてしまう。その隙に、優は弾丸の如く弾かれる様に閃光を棚引かせながら、直進して来る。

理沙はこれまでの訓練でのイメージを何とか取り戻し、残った青竜刀を引き戻して咄嗟に、青竜刀を縦に三つ、横に四つ並べた防御壁を構築する。

『二重結界魔法』と比べると、魔法属性の耐性が少ないが、物理耐性はそれを凌駕する堅さを誇る。

優の攻撃を受け止めた後、攻撃の反動時に生じた隙を突くつもりで、空になった両手の拳銃のマガジンキャッチを押して弾倉を地面に落とす。続いて、腰に巻いたベルトに付けてあるポーチの蓋を開けて、中から予備の弾倉を取り出すと装着する。

ーーだが。

優はそんな理沙の思考さえも超越した速さで防御壁へと迫り、魔力を細剣の先端に集中して槍の如き一突きを繰り出す。

多彩なエフェクトを散らしながら、防御壁は細剣を受け止めようとするのだが、細剣の先端が触れたと同時に、またも、澄んだ鐘の音が響く。

理沙はたとえ防御壁が破壊されたとしてもーー何が起きても即座に対処出来るように身構える。

「ーー甘いよ」

優の凛とした声が澄んだ鐘の音と共に聴こえて来た。たとえ防御壁があったとしても、優の速度は削がれることはなく、寧ろ速度が上昇していた。それは不可視に近く、気が付けば理沙の喉元には優の細剣が突き立てられていた。

「……凄い…」

理沙は両手からベレッタPx4を落として頭上に上げて、降参の意を示す。優はふぅ、と乾いた吐息を吐き出すと、細剣を引き戻して腰に下げた鞘の中に戻す。

理沙も魔道構築の能力を解除して、辺り一面に散らばっている粉屑と化していた魔道具を消去する。魔道具は淡い光の粒子を発しながら形を崩して後には何も残らない。

「理沙ちゃん、さっきよりずっと上手くなってる。この調子なら、本番でも使えそう。」

「ありがと……でも、26戦26敗だよ…なんか、自信無くすなぁ」

「そんなことないって!! 魔道具を反射させて銃弾を跳弾してきた時は凄くびっくりしたよ!!」

「……う、うん。それよりも、優の魔法の方が驚きなんだけど。アレ何なの?」

「魔法…何の事?」

何の事か分からないとばかりに首を傾げる優に、理沙は笑いながら説明する。

「全方位攻撃を弾いたアレの事。どんな結界魔法を使ったの?」

優は何か思い付く事があった様で、思考の海から戻って来ると、困惑した様に話す。

「……あれは魔法じゃないよ」

「ーーへー、そうなん……ちょっ、待って!! 魔法じゃないってどういう事!?」

「あれはーーー」

優が簡単に説明しようと、口を開いた瞬間にーー声を発するのを止めて、綺麗な指を揃えて伸ばすと理沙に向けて片手を上げる。

「? どうかしーー」

ーーたの? 優に対して疑問の声を上げようとしたのだが、その疑問は真後ろに人がいたという事実で、直ぐに解消される。

「おそよう」

「お二人とも、お疲れ様です。」

泉が片手を上げて、二人の元まで来ていた。肩には収縮魔法で身体を十センチ程度に縮めたレビンが座っており、彼女もまた二人に手を振っている。

「あっ、泉君。おそよー」

「おそよう? ……あぁ、もう遅いからか。」

「理沙も、おそよう」

「……あっ、うん。えっと、おそよー」


「優、理沙はどう? いけそう?」

優の創り出した訓練を受けていた泉だからこそ、その辛さは理解出来る。血反吐を吐き出し、瀕死状態の身体に魔法薬を無理矢理投与して何度練習した。理沙もまた、そんな状態になっていないか心配になっていた。

「うん。そこそこ使い熟せるようになってきたよ。そっちはどうだった?」

よかった、と心の底から漏れてきた安堵をため息と共に吐き出す。

「うん。ちゃんと貰ったよ」

「貰って……何貰ったの?」

うんうん、と理沙も気になっているらしく、首を縦に振って追求して来る。

「それは、また後で話すよ……それよりも、久しぶりに勝負しない? リハビリ兼ねて少し動いた方が良いかなって。」

「うん。良いよ。」

「わ、私はどうすれば?」

「じゃあ、理沙は優と組んで。」

「えっ!? まさかと思うけど、また二対一?」

二ヶ月前。SOD事件の際に、優は愛と組んで泉と闘った覚えがある。あの時は、最後の最後で彼に手加減をされ、結果実力などという言葉は程遠く、運良く勝てたという事実が残った。

しかし、アレから優は本格的に技の修練を積み上げ、ありとあらゆるパターンの戦術を叩き込み、今では並大抵の魔道士では太刀打ち出来ない程の実力を兼ね備えていた。

たとえ泉であろうとも、二対一で対等に闘えると思われているのなら心外だと言わんばかりに、優は頬を膨らませる。

「い、いや無理だって。理沙も優も強いのに、俺一人だったら速攻で負けるって。」

泉は慌てた様にたじたじになりながら、優や理沙の気に圧され後ろ退さる。

「じゃあ、どういう事なの?」

理沙は泉との距離を詰める様に近寄ると、対した泉は平然とした動作で、肩に乗っているレビンを手のひらに載せて、理沙の目の前に持っていく。

「俺は、レビンと組むよ。」

手のひらに載ったレビンは、手のひらから飛び出す様にジャンプすると、全身から膨大な漆黒の粒子が放出され、漆黒のカーテンが晴れた時には、元の姿に戻ったレビンがそこには居た。

身長140センチ程度の12、3歳を思わせる外見とは裏腹に、実年齢は15歳近くだという。

漆黒の黒髪は泉と全く同じ色彩であり、闇に紛れる程に黒い。肩に青のラインの入ったフード付きのコートを袖に通し、下はショートパンツをはいている。また、ショートパンツに付けられたベルトには、ポーチやホルダーが付けられており中には曲刀が提げられている。

本人の身軽な動作から、思っていた程怪我の後遺症はないらしく、心配する必要は不要だったと認識する。

「うん。いいよ」

「分かったわ」

優と理沙、二人はお互いの魔道具を取り出すると、優は腰の位置を落とし、手首を裏返して細剣を泉に向ける。理沙は、空間に二、三本の青竜刀を構築、両手にはベレッタPx4の両丁を構える。対する泉やレビンも同様にして直刀、曲刀を抜くとレビンは上段、泉は下段の構えを取る。

「じゃあ……いくよ」

開始の合図と共に、直進的に優が泉の前に踊り出て来る。

細剣の先端が白細く光を射出し、優の姿が霧の様に掠れ、高速移動が開始する。

対する泉は、五感に惑わされない為に瞼を閉じて、周囲に飛び散った漆黒の素粒子を通して的確な情報を得る。

優は、細剣を泉の心臓に向けると、躊躇う事なく強烈な突きを繰り出す。

細剣は白銀の光を棚引かせながら槍の如く距離を縮めていきーー

ガギィッーー金属同士が激突する鋭い音が鼓膜に響き、漆黒の刀は細剣の軌道を止める為に立ち塞がっていた。

通常の相手ならば、この時点で攻撃性と防御性の高い泉の技術によって動き止められ、大きく背後に弾かれているだろう。

ーーしかし。

「はあぁぁぁッ!!」

細剣の先端から柄の中間地点にライトブルーの魔法陣が出次々と重なり合って顕れる。タイムラグはコンマ0.1秒、その合間に存在する隙さえも、優は状況を生かしたーー勢いを借りて何とか泉を抑え込む。

僅かな隙を掴もうにも、押され気味の泉は攻撃を防ぐ事に手一杯で、手が回らずに遠ざかる。細剣から発せられたライトブルーの魔法陣は、突き刺さる様な鋭い閃光を生じさせ、内側から水が放出される。大量に流れ出した水は、まるで宇宙空間であるかのように、地面から一定距離を浮遊する。ある一定の量の水が放出された瞬間、水は泉の眼前で互いに結合していき、ある伝説上の生き物を象る。

「ーーなっ!?」

泉は理解不能な光景に僅かに後退さってしまい、優の勢いに圧されてしまう。

この状況から持ち返す事は出来ないと、咄嗟に後方へ飛翔しようとするが「ぐっ、理沙か!!」泉が退避しようとした軌道上に紅の閃光が貫通し、その場に踏み止まってしまう。

その間にも優の魔法構築式は完成し、優の手元にまで引き戻された細剣が、ある生き物を纏いながら加速する。



『斬影』


優の唇が微かに動き、あの魔法名を発する。いや、違うと直ぐに頭を振る。

確かに、見覚えがあった。触れただけで皮膚が避けてしまいそうな程に鋭利な鱗、何者でも噛み砕かんとする牙や顎、対象を視線だけで怯えさせる程凶悪な瞳は俺のとそう変わりない。

しかし、何処か根本的に違う。俺のにはエラなど付いていない。空を飛翔する為の両翼が無く、変わりに指や腕や肩には水中を泳ぐ為のヒレが付いている。何よりも、大きさが違う。大きいなんてレベルじゃない。自分のが可愛く見えるレベルだ。

……コレは俺のとは違う。

例えるなら、こいつは…

ーー海龍



たとえ、今まで自身の得意魔法として扱って来たこの魔法だが、泉は改めて自分が扱っていた魔法の怖さを身に染みた。今までこの魔法を向けた相手は、これ程までの恐怖を味わっていたのだろうか?

一瞬たりとも目を逸らせない。

その危機感、恐怖が、泉の全身の感覚をボロボロに蝕んでいく。そんな中、左手に握り締めた黒刀だけが唯一理性を取り戻してくれる。

この感覚は恐怖によって生じた錯覚か何かなのだろうか?

ーーだけど、刀が何かを伝えようとしているかの如く鼓動する。腕を流れる血流の鼓動と同期して、刀はその鼓動に思いをのせて何かを伝えて来る。

恐怖を感じ、全身が竦んでいた泉を勇気付けるかの様に、刀を握り締めた左手を通じて、泉の全身に溜まった熱い何かが、全身の至る所を駆け巡る。

緊張、恐怖が気付かない内に解けており、通常以上のポテンシャルを引き出せるであろう好調感を覚える。

この身に覚えのある感覚ーー例えるなら、ありったけの魔力を全身に循環させた五感が鋭くなっていく感覚と酷似していた。

しかし現実は全身に漲る熱さは、魔力とは別の何かなのだと本能いや、自分自身の直感が告げている。

魔力とは違う。

質量が、密度の次元が異なる。

ーー鞘が灰色の粒子を纏う。

泉が驚きのあまりに瞳を見開く間にも、本能が的確に身体を動かしていく。

鞘から放出された粒子は、練り込む様に形作りーー優とは違う。そして一瞬前の泉とは違う。龍を創り出していた。


全身に火山灰を被ったかと思う程に一面が灰色となり、伸びた手足から生えた鋭利な鉤爪、小さな頭と相応に小さくそれでいて前よりも密度が膨れ上がった堅い牙、全長が縮み、肩や腹の部分が僅かに膨らんだ胴体と同等程度の長さの尻尾。

コレは灰龍ではなくーー灰竜。

確かに、漆黒の龍と比べたならば、全長は二分の一にも満たないであろう。むしろ、その漆黒の龍の数倍の大きさを誇る海龍と比べたならば、赤子の様な物である。

しかし、泉はハッキリと意識した。

(ーーこいつはヤバイッ!?)

密度が違う。魔力を使用した時とは比べ物にならない程の高密度の粒子が灰竜を創り出していたのだ。このままいけば、間違いなく灰竜は海龍を容易く破り捨てて、その先にいる優までもが被害にあってしまう。

ーーだけど、泉は灰竜を扱い切れていない。いや、最早こいつは自身の命令さえ聞いてくれない。まるで、一度狙った獲物は必ず仕留める意思を感じた。

灰竜と海龍は相対し、海龍が口から圧縮した水を放出して、一瞬、灰竜が怯んだかと思い気や、翼を広げて身体を捻じると、捻った回転方向と逆方向に霞み掛かる程の速度で高速に回る。

竜巻いやサイクロンの様な暴風が巻き起こり、風圧の壁だけで水が弾き返され、水龍を叩く様に巻き込むと、一瞬の間もなく崩壊させた。

灰竜は水龍を撃破すると、自律崩壊する事なく次なる目的を探し、最も近くにいた優に焦点を据える。優は何が起きたのか理解出来ずに、呆気に取られて無防備にも細剣を構えてすらいなかった。

その事実に気付くや否や、泉は咄嗟に灰竜を抑え込もうと、エネルギーの放出を無理矢理抑え込み、鞘から灰竜を切り離す。それでも高密度の灰竜が発する威圧は全く衰える事なく、自然消滅するのは望めそうにない。

右腕を自身の魔力を糧に生成した漆黒の布が覆い隠し、地面と垂直に一閃する。途中、手首の辺りから漆黒の布が空中を駆け抜け、まるでロープのように首、胴体、手足、尻尾を締め付ける。

強烈な勢いで引っ張られる縄を必死に手繰り寄せながらも、辛うじて海龍と激突する寸前で勢いを止める事に成功するーー

ーーが、灰竜は身を捩らせると甲高い咆哮を泉向けて放ち、同時に空気が圧縮した衝撃波が生じさせる。鎌鼬状の無数の空気圧が、雨の如く泉を中心とした付近に降り注ぐ。

左腕に握り締めた刀が、目にも留まらぬ速度で鎌鼬の軌道上を描き、一つの線となって全てを薙ぎ払おうとする……

が、逃げ場のない広範囲、高密度の攻撃一つ一つに対処して刀を振るっている間に、目に見えて速度は落ちていき、軌道を逸らせきれなかった鎌鼬の一つが泉の身体を掠れる。

「……ぐぅッ!!」

泉は顔を歪めながら、痛みに耐えながら未だに続く鎌鼬を何とか防いでいく。元々、戦闘を専門とした魔道士は痛みになれており、脇腹のかすり傷程度に一々痛がっていたのなら、才能云々の問題ではない。その人は戦闘には向いていないと言えるであろう。

だが、鎌鼬が切り裂いた部分はーー数時間前にパラティヌスによって穴を穿たれた箇所であった。

たとえ魔法薬で傷口を完全に閉じているからといって、時間を掛けて治した傷とは違い、以前の健全な状態と比べると脆くなっている。

ただのかすり傷程度であるのに、灰竜を構築しているエネルギーが体内へと入り込み、反発、暴走を繰り返して荒れ狂う衝撃が脳内を真っ白に染め上げる。

灰竜は身体を捻じる様に一回転させると、自分を縛っていた縄を破り捨て、両翼を羽ばたかせて竜巻を起こす。

竜巻のお陰で、鎌鼬の軌道が一瞬一瞬変化し、直線的な軌道から部規則な軌道へと変わる。当然、一部の鎌鼬は全く見当違いの方向へと飛び去っていくのだが、それでも尚軌道を計算されているのか、大部分の刃は泉へと襲い掛かる。

今の泉の精神状態は限界に近い状況にまで追いやられており、思考が働かない上に、さっきまでの直線的な軌道とは違い、部規則な軌道に対応し切れずにいた。頬を、膝を、腕を空気の刃がかすり傷を残していき、見た目には大した傷ではないのだが、その数は一秒一秒に急速に増えていき、少ない血が腕を真っ赤に染めていた。また、脇腹に喰らった時と同様で、傷口からは灼熱の熱が身体を焼き、絶対零度の冷たさが身体を硬直させ、身体を暴れ回る衝撃は思考を毟り取り、身体を蝕む不快感は徐々強くなり、まるで毒を盛られたかの様であった。

「……っ…く…そっ…」

泉は限界を感じて倒れかけた時、灰竜は耐えず動かしていた翼を閉じ、口を閉ざし、空気の刃を乱射するのを止める。

一瞬、何が起きたのか理解出来なかった。今さっきまで、執拗に命を狙ってきた灰竜は攻撃する事を止めたのかと、淡い期待を抱くが……

それは、泡の様に割れて、よりどん底へと叩き落とす為の伏線に過ぎなかったのだと。

身体がまるで拘束魔法バインド掛けられかの様に身動きが出来ず、ただ荒い呼吸を繰り返す。

それでも尚、泉の瞳は攻撃を止めても姿を消さない灰竜一点に集中し、睨み付けるかの様な視線を送っている。

対する灰竜は、睨み付けられた事を気にする様子はなかったのだが、お腹の袋が突如として膨れ上がり、灰竜の口元から灰色の雷粉が飛び散る。

「……っ…生物電気か…」

人間の身体は、脳や脊髄から発せられた電気信号を一次運動野に伝え、そこから全身の筋肉へと行動を起こす命令が伝えられ、結果として腕が持ち上がったり、歩いたりする。そこには様々な伝達機関である運動連合野や行動を起こす理由となる外的誘因や内的導因また、運動の補正を行う三半規管情報や視覚情報が関与している。

ここで最初へと戻るが、恐らく灰竜は微弱な電気を空気の刃内に忍び込ませていたのだろう。その電気は、傷口から体内へと侵入すると、一次運動野に誤情報を伝えた。もしくは、筋肉そのものに電気ショックを与え、一次的な硬直状態にしたのだろう。

それならーー

しゅっ、という掠れた音を上げて、泉の周囲の空間に漆黒の粒子が顕れ始める。それ等は集結、結合していきーー泉を覆い隠す程の大きさの、一つのコートを創り出した。

コートが泉の背中に触れると同時に、布が全身の重要な各部分を巻き付ける。

泉は本能のままに漆黒の布を特異力場の力を借りて引っ張り、動けない身体を起こす。

実際に動けている様に見えるが、事実は違い、本当の所は、泉の身体の自由は全く戻ってはいない。だからこそ、動かない身体の上から束縛性を兼ね備えている漆黒の鎧を装着して、無理矢理にでも身体を動かしている。

確かに身体が動かない為、必要以下のポテンシャルしか引き出せないが、生物電気による介入の持続効果もそう長くはないだろう。灰竜の雷撃のブレスを避けた後ーー

ーー灰竜の首を跳ね飛ばす!!


だが、灰竜もそう簡単には、事を運ばせてはくれやしなかった。灰竜は泉が立ち上がった事に気が付くや否や、鋭利な角に雷撃を纏い、スパークさせると金色の閃光を周囲に放出してーー

「なっ、なんだっ………ーーっぅぅ!!」

意外な攻撃に反応出来なかった泉は、突如重力が数十倍になった様な錯覚を覚え、気が付けば再び地面に叩きつけられていた。

恐らくは、電磁力による重力の増幅であろう。先程のスパークは泉の周囲一帯の磁界を発生させる為のものだと推測出来る。これにより電流、磁力の二つが揃い、フレミングの法則により力が重力となって泉に襲い掛かったのであろう。

ただ今となってはもう遅い、灰竜は一定量の雷ブレスの精製を完了していたからだ。

「ーーっ、マズッ…ィ…」

泉の顔に恐怖の色が浮かび、額から頬に掛けて一筋縄の汗が滴り落ちる。

ーー刹那。灰竜は顎を下げ、灰色に染まった雷を吐き出して来る。

だが、ガギィッン、と灰色は下から何かに吹き飛ばされたかの如く、あごを閉じて背後に仰け反る。

雷ブレスは見当違いの方向へと消えていくが、それでも尚、泉に向かって来る閃光が見えた。しかし、泉の眼前に青竜刀が、六つ重ねて創り上げられた防御壁が構築される。

雷は青竜刀の刀身に直撃すると、斜め45度の向きにしていた為もあり、軌道が逸れる。

結果として、命は助かったわけだが、眼前に敷き詰められた青竜刀の刀身はボロボロに崩れ落ち、雷ブレスの凄まじさを象徴している。

近くで、ガサッという音を立てて、何かが倒れた音が泉の耳に届く。灰竜が電流を流すのを止めたおかげで過剰な重力が止み、何とか立ち上がる。

音のした方向を振り返り「ーー理沙ッ!!」理沙気を失い、レビンが支えながら容体を見ている。泉も、そちらの方へ駆け寄ろうとするが、レビンは首を横に振って直ぐに灰竜へと向かうように促す。

「ーー特異力場の使い過ぎによる負荷で気絶しただけだと思います。泉さんは直ぐに、優さんを助けに向かってください。」

恐らくは、泉の絶対絶命の瞬間、灰竜を吹き飛ばしたのは、優であったのだろう。彼女の力なら、あの灰竜といえども吹き飛ばす程度ならいける筈だ。

ーーだけど……

「ーーはあああぁぁぁァッ!!」

優は灰竜よりも高く、上空から細剣を魔力による《拡張》による効果で、槍の様な長さまで引き延ばすと、自身の三倍近い長さにも関わらず、次々と神速の突きを繰り出していく。灰竜はまださっきの衝撃が抜け切れていないのか、反撃には移ってはいない。

……だが、優の猛攻を受けても、灰竜の皮膚は硬く創られている為、傷一つさえつけられてはいない。

「………ぅっ!!」

優は攻撃の手応えを全く感じず、いつまでも攻撃を続ける事は不可能だと判断すると、最後に灰竜の瞳目掛けて突きを放つと、勢いにのって後方へと跳ぶ。

灰竜は攻撃が止んだ隙を見逃さず、両翼を展開すると、未だに空中にいる優目掛けて突進を試みる。

両翼によって創り出される暴風を纏い、鋭利な風槍となる。

優も遅かれ早かれその事実に気が付くと、細剣を再び、身体と垂直に引き絞る様に構えて、風の槍を相殺しようとする。

槍の射程圏内に入ったと同時に、《拡張》の効果を発動させ、細剣を突き立てる。細剣を包み込むかの如く、白閃に覆われていき、それは神速に近いスピードで長さを伸ばしていく。

槍と槍が激突した時、先にバランスを崩したのは、優の方であった。なぜなら、優は飛行系統を扱う魔道士ではないからであり、また、たとえ空を飛行する事が可能だったとしても、強靭な翼を持つ灰竜と空中戦を繰り広げるのは危険行為であった。

ーー結果、優はバランスを崩し、灰竜がその隙を見逃す訳もなく、再び強烈な突きを見舞うと、優は弾丸の様に地面へと叩き堕とされた。

だけど……

「…いつつっ…優、大丈夫!?」

地面と激突する寸前、泉が優と地面の間に割り込み、泉が緩和剤となった代わりに、優が受ける筈だった衝撃を大幅に激減したのだ。

「……う、うん……ありがとう…」

未だに、灰竜は倒せていないというのに、優は突発的な事故によって起きたーー泉に抱き締められている事に、気付くと顔が真っ赤に火照り、恥ずかしくて俯いてしまう。

泉は優の態度から、自身がいつまでも優を抱き締めている事に気付き、両手の拘束を解いて、先に優を立たせる。

続いて、泉も立ち上がると、直刀を何回転か手首でさせて、柄を握り締めると同時に、灰竜へと先端を向ける。


「……っ」

改めて対峙してみて判る。灰竜の怖さ、底しれなさが自分の闇を広げていくのを。

例えるなら、これは終わりのない全力疾走。止まれば殺される。だから走り続けなくちゃいけない。だけど、この道には終わりがない。いつまで走っても、どこまで行っても終わりには辿り着かないそんなイメージを引き出す。

明確な勝機が見つからない。何をやっても、意味がないそんな風に思えて来る

泉の腕が、震える。それは身体の何処かで、恐怖という闇に呑み込まれ、屈してしまっている証拠なのだろう。

だけど、どうする事も出来ない。一度、負のスパイラルに取り込まれた限り、そう容易く抜け出せることは……


「…大丈夫だよ。泉君。私が付いているよ。」


そっと優の手が、泉の震える手を掴み、暖かく包み込んでくれる。

泉は、驚いた表情を浮かべて優を見つめると、優は心を穏やかにさせてくれる温かい笑みを浮かべる。

気が付けば、腕の震えは止まっていた。

泉もまた、か細い指の一つ一つを壊さない様にしっかりと優の手を握り返す。

温かな気持ちが全身へと行き渡り、泉の瞳に光が奔り、再び変色していく。

優は固唾を飲んでそれを見守っていた。普段の彼女、泉なら、理解不能な現象に頭を抱えていたに違いない。

だけど、伝わる。

双方の手から怖さではなく、想いというなの紡がれていく力。

願いは過去から伝わり、勇気は現在を構築し、希望は未来へと紡がれようやくていく。

「「ーー終わらそう」」

優の細剣にライトブルーの閃光が迸り、泉の黒色だった鞘は、色が脱色して灰色の鞘へと変化していく。

それは今まで以前の様に、刀が粒子を纏った状態ではない事は、直ぐに判断が付いた。刀の塗られていた漆黒の色は、突如粒子となって自然界へと帰化し、内側から灰色の刀身が半分程顕れる。残り半分はまだ、漆黒のままである。

「……ぇっ……まさか、封印魔法?」

隣に居た優が、物珍しいそうな見た時に発する様な声を上げた。


封印魔法ーーその名の通り、魔道士が特定した物の力を一時的に低下させる魔法である。

使い道としては、強烈に力が強い生物や魔道士自身が使い熟せない程に高度な魔道具などに使用される。しかし、現実にはそうそう使う機会が少なく、現在では封印魔法自体が廃れており、行使出来る人も少ないという。

ここで話を戻すが、封印魔法解除には幾つかの方法が存在する。一つ目は、魔法を掛けた魔道士本人によってその魔法を解く事。二つ目は、封印魔法解除の条件を使用者が満たした時である。

この刀の状況から判断するに、恐らく俺は、後者ーーどういったものか判断出来ないが、条件を半分満たしているといった位置にいるのだろう。

泉が現状把握している内に、突如として柄が五ミリ程度程浮き上がり、ガタガタと揺れていた。

「鞘が動いた!?」

優の驚き声と同様に、泉もまた驚いたまま声をあげられずにいた。

どうして動いたのか?

そんな不可思議な現象よりも先に、今まで抜くことが不可能だった刀が鞘の内側から動くことに感動を覚えていた。

今の今まで泉の直刀は、鞘から抜く事が出来なかった。当初、泉や優達も様々な実験を繰り返して本当に抜けないのか検証したのだが、それてもこいつは抜けず、結果的に優や俺の見解は、鞘が外れない仕様なんだろうと考えて、諦めていた。

ーーしかし、違った。

こいつにも、刃はあったんだ。

ただ封印魔法によって封じられて、刀を抜く事が許さなかっただけなのだ。

だけど、どうしてこの刀が抜けなかったのか?

その理由を俺の心の奥底ではきっと理解している。

……友達を傷付けた。あの時から、俺は誰も信じられなくなり、気が付けば上辺を繕いながら笑う様な最低な人間へと成り下がってしまっていた。

優と出会った時もそうだった。レビンや理沙や彩の時だって……いつだって、自分の本音は深い闇に隠して、罪の意識から逃れたいばかりに誰かを助けようとして……

きっと、師匠はそんな情緒不安定な状態を見抜いていたんだ思う。俺が白と黒の回廊、泉で見せられたもう一つの記憶ーーきっとあれは、俺の刀と記憶も一緒に封印魔法を掛けたんだと思う。心の奥底から信じられる人を絆を創り、本音と向き合える様になった時、魔法が解ける様に……


泉は鞘を左手に持ち、柄を右手で握り締めるとーー引き絞るイメージを脳内で描く……


……腕力でなければ握力でもない。ただ単純な身体能力だけでは決して抜けない。

……必要なのは仮想を現実へと変換する意思。この直刀ーー刃を封じ込めていた鞘から開放するという強いイメージ。

……失敗は許されない。もしも、ここで失敗してしまえば、俺はもう二度とこの刀の封印を撃ち破るに足りる意思の力を引き出す事は叶わないであろう。

掌から伝わる重苦しい冷たい柄、鞘はより重圧に拍車をかけ、腕から冷や汗が滴る。


……だけど、俺には…

「ーー泉君」

……背中を押してくれる人がいる。立ち止まりそうになった時、手を引いてくれる人がいる。挫けそうになった時、支えてくれる人がいる。

「ーーありがとう。優」



ーー疑うな自分の存在を。




凛とした音が反響し、鞘が急激に灰色へと変化する。それと同期して、柄を握る腕は真横へ薙ぎ払われる。身体と垂直に灰線が視界を染め上げ、空間が裂くかの如き高密度の粒子が駆ける。

気が付けば、左手には鞘だけが握られており、ゆっくりと視線が右腕へ移り……

……一本の灰刀が握られていた。


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