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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
SOD事件
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運命 2

「さてと、そろそろ行こっかな……」

 先程、炎やら暴風や人やらが数百メートル離れた所に見られた。学院に統治されているといっても噂ほど平凡な街じゃないのかも……と感じあまり、外に出て居るのも危険だと思い空き缶を捨てに販売機の側にあるゴミ箱に向かったが、そこには全身黒色の少年の姿があった。

 髪の毛の色から服装、ブーツまで全てを黒一色で揃えられていた。太陽の光を吸収して、内部はかなり暑苦しそうだと思う。少年は優より頭半分高くて見上げる形になるが多分歳はそう変わらないだろう。服は所々、茶色の焦げ目や切り裂かられた跡がある。また、同じ様な傷跡が頬にも見られ、ファッションでは無く、傷付けられた物だと判る。

(炎の中にでも飛び込んだのかな?)

 そう思わせる程に全身に焦げ目があり、心の中で悪いと思っていても軽く微笑んでしまう。

「あっ!?」

 一番私の心を掴んだのは彼が右手に提げていた刀である。刀は彼と同色の色をしており、一見、そこかしろに存在する刀と対して変わらないと思われる。けれども、そんな弱小魔道具に何故か不快な違和感を覚える。色が漆黒なのも関係しているかどうかは定かではないが、少なからずの闇を含んでいる気がするのだ。

その闇がどういった種類の物なのか、どれ程の量が秘められているのかは分からない。

 ただ、気がつけば、優は一人の研究者として、その不思議な魔道具に惹かれ、興味の対象として捉え始めていた。

 ーー研究したいという欲求的衝動をなんとか抑えようと自分の中で奮闘するのだが、どうしてもあの刀から目が離せず、踏ん切りが付かない。

その理由は優自身が一番よく分かっている。あの魔道具の闇を一から百まで研究すれば、これから創り出していく魔道具の数々もより効率の良い物になる筈だという根拠の無い確信が持てたからだ。


「はぁ~…何で、俺って自動販売機の不幸運が高いんだ……」

 鬼宮に頼まれたのは苦い物以外、真人に頼まれたのは炭酸系。二人共、炭酸飲料なら何でも良いと言ってくれた。普通、それらは自動販売機の中では置いてある事が当然であるが、何故か見事に果実系とコーヒー系統の以外には赤く《売り切れ》の文字が光っていた。

いや、まだあった。


一番上の段の右端にあるーー有名なグレープの炭酸飲料が残っていた。泉は、財布から千円札を出して販売機に入れると、ゆっくりと手を伸ばしていきーー

「頼む……」

 二つ以上あってくれ!!

 無かったら、俺が殺されるから!! 願うように目を瞑り、ボタンを押す。

 片目を開いて自分の指先を見遣ると、願いが通じたのか、ぎりぎり二つあり、その直後、自分用のコーヒーを買うと、売り切れの表示がされ、珍しい下段、中段、上段の全てが売り切れとなってしまうという事態に陥った。

 自分も炭酸飲料を飲みたかったが、仕方なく今度は微糖の缶コーヒーの蓋を開けて、一口、口に含みながら、今も待っているであろう二人の為に急いで引き返そうとした時、ドンッと勢いよく背後にいた人と激突した。

「きゃぁっ!」「…ッ…痛……」

同時に声を上げ、体勢を崩してお尻を地面に打ち付ける。少しばかり顔を顰め、缶コーヒーが地面を転がっていき、中に入っていた残り茶色の液体が地面に流れていく。

「……大丈夫ですか?」

思わぬ事態に戸惑ってしまっていた泉だが、自分が誰かにぶつかってしまった事に気づくやいなや、直ぐさまに立ち上がりながら目の前で座り込んでいる少女へと手を差し出す。

「……あっ……」

「……えっ?」

「……ありがとうございます……私の所為なのに……」

「……身体、鍛えているから俺は大丈夫。君は? 何処か怪我した所とかない?」

「………い、いえ大丈夫です………ぁっ…でも…コーヒー…弁償します!!」

「……構わないって、本当に……それにもう売り切れだよ…?」

泉の忠告が聞こえていなかったのか、優は慌てて立ち上がると、自動販売機の前にいきーーガクンと肩を落とす。

自動販売機から目を背け、すぅ~はぁ~と深呼吸した後に、再び現実を直視して、ギギギギィッと錆びたロボットの様に振り向く。

「……本当にゴメンなさい……」

「缶コーヒー程度で、頭下げなくても……」

困惑した様に泉はたじろぎながら、どうしたものかと首を捻る。

「あ、あの……お金は払うんで……その……その…」

いつもの優ならば、本当ならばお願いしてでも、あの正体不明の刀を検査さしてもらいたかったのだが、迷惑を掛けている人に、これ以上の迷惑を掛ける行為をする訳にはいかないと自重する。

 ――しかし。優は気付いていなかった。泉が焦った様な表情で、優の真上を見つめていた事に。

「……何だよ…これ…」

ポツリと呟く泉は、額から流れ落ちていく冷や汗を拭う。

「……きゃぁっ!!」

突然、目の前の少年に手を掴まれ、驚きのあまりに悲鳴を上げてしまう。それは優が男性しかも同じ年頃の男と触れ合う機会が少なかった事もあり、必要以上に驚いたからであった。

「……えーと……どうしたんですか?」

極力冷静を保ちながら、警戒を怠る事はしない。いつでも逃げ出せる様に護身用の魔道具へと手を伸ばす。

優の問いに泉は答えられなかった。いや、答える隙を与えて貰えはしなかったと言うべきだろうか。

 目の前の上空数メートルの辺りで大量の光を放射され、優は瞼を閉じる。光は、熱を放つ等の殺傷能力は持っておらず、ただ強い光を放っているだけである。泉は目を潜めて相手の次の行動を待つ。

 次第に、閃光は色を変化させて白光していた光が次第に形状を変化させ、炎と化していき、熱気を放ちながら大気を燃やす。

 まるで、本物の炎の様に燃え膨れ上がっていく炎に、泉は一睡の恐怖を感じていた。

 それは綱炎と戦った時よりも、先程の男達と戦った時よりも、強く、速く鼓動し、緊張感が高まっていく。

炎を見れば判断がつく。あの時とは格段に敵の力量が違う。目の前の炎の質量から考えたとしても、先程の男達と比べるならば、赤子と大人の違いだ。それ程までに力量が違う。違い過ぎる。

全て炎を操る魔法を使い、十分な資質と経験を持っていた。彼等に勝てたのは半分が運だと感じている。そして何より、あの時と今では、全くもって状況が天と地と言える程に違い過ぎる。あの時は、互いの弱点を補い合う事が出来る真人や鬼宮が居た。しかし、今は彼等はここには居ない。救援を頼もうにもそんな隙が無い。そして、此方には守るべき存在がある。彼女だけを逃がそうとすれば、そこに付け入られる可能性がある。

 良くて捕まえる事、悪くても彼女を守り相手を撃退といった所だろう。

 そこまで考えてから頭のシフトを切り替える。ただ需要な事を頭に残して置き、全神経を戦闘に集中出来る様張り詰めていく。普段の泉ならこんな事はまずする事は無いだろう。余りにも戦闘に集中してしまうと仲間の動きが見えなくなってしまい、仲間との連携が上手くいかなくなってしまうからだ。しかし、相手が放っている炎が実力を物語っている。そして、助けてくれる仲間がいない今は、完全に戦闘に集中しなければ殺られると本能が告げている。


 ――刹那

 膨張していた炎が一箇所に集まり、先程までとは比べ物にならない光を放ち、泉達に襲い掛かった。その密度からは到底人が生きられるレベルの濃さではなかった。

「―――ッ!?」

 数メートル単位を焼き尽くす炎の激流が溢れ出て泉を飲み込む。光が輝きを失った後に一人の人影が現れる。

『灰燼破焔』

 人影は光を放っていた空中から転移した様に現れ、大剣を振り切りながら着地する。

「あー、つまんねぇ~。もっと、俺を愉しませろよ!! じゃないと、グチャグチャのゴミにして、ゴミ袋に詰め込んでやるしか、活用方法がねぇじゃねーか! まあ、どちらにしろ死ぬ方が良いというぐらいの苦痛をこれから与えてやる。それ位しないとつまんねぇもんなァ!!」

 時雨の感情が高ぶるに比例して炎の勢いは止まる事無く激流の如き圧力と熱を放射していく。

 熱により膨張を超えて溶けていくアルミの缶がみえる。

 次第に炎の壁に切れ目が現れ始め、徐々に範囲を広げていく。

「あァ?」

 ドゴオオオォォォォ―――!!

 時雨が不快だと言わんばかりの声を上げた時に耳を破壊するかの様な凄まじい轟音が鳴り響き、辺り一面を覆い尽くしていた炎の壁が風圧によって吹き飛ばされる。

 炎は上空に飛ばされ、落ちて来る間に威力を落とし、地面に到達する頃には粉炎となり殆どの効果を失っていた。


「……気に入らねェなァ!!」

 時雨が見据える先には対象である浅海優を抱えて禍々しいと思う程の威圧感を発する少年であった。


「えっ!?」

 優には何がなんだか全く状況が掴めなかった。強烈な光が二人を襲い、皮膚を焼く様な熱さを感じた。しかし、次の瞬間には炎の壁は破壊され、目の前には決してここに居る筈の無い人間である時雨が此方を睨んでいた。

 そして何より解らないのが、あの時雨の攻撃を防ぎ、吹き飛ばした少年である。少年は通常のルートでは手に入らない特殊戦闘服を着ている事と、歳相当から見て魔道学院の学生である事は分かっていた。

 しかし、対する時雨は表の世界にまで名前を轟かせる程の実力者である。大量殺人鬼である時雨は、聞いた話によると騎士隊の何人かも彼に殺され、要注意人物とまで言われていた程である。

 時雨の攻撃を弾き返したこの少年は一体何者なんだろう?

 一介の学生風情という訳では無い様に感じる。圧倒的な力量、そして全てを抑え込む雰囲気がこの少年がただ者ではないと告げている。

「大丈夫…?」

「あっ、はい!! 大丈夫です。」

 泉は優を降ろしながらキッと自分より一回り大きい体型である時雨を睨み付ける。

「少しはやる奴はいるじゃないかァ!! おい、お前…名前は?」

「…南座泉。お前は?」

 南座泉。優は頭の中で懸命にその名前を探すがそんな人の話は聞いた事が無い。しかし、彼程の実力を持っていれば少なからず噂になる筈なのに……

「俺は時雨幻水。まぁ、時雨と聞けば俺が誰なのか位分かるだろうがなァ!!」

「ああ、こっちでも色々と被害を受けた奴が多かったからな」

「お互い様だろう。以前、お前にウチの隊員を捕まえてくれたお礼がしたい所だと思っていたからなァ!」


 その言葉を、引き金として二人が瞬時に激突する。魔道具同士の激突は重量感のある時雨の方が強いが、スピードは泉に分があるようだ。泉は時雨に向かって凄まじい速度で刀を振るう。しかし、時雨もそれらを躱し空いた隙を埋め尽くしていく様に一撃必殺を秘めた攻撃を打ち込んでいく。

「はああぁァァ!!」

 泉に振り抜かれた大剣を身体を回転させて避けて脚を肩に向けて強烈な一撃を放つ。

 対して時雨は大剣の峰の部分で肩に向けられた衝撃を緩和しながら逆の腕で泉に向かって掌底を叩き込む。


 二人の攻撃は互いを吹き飛ばし、彼等の攻撃が凄まじい事を証明している。


 泉は何とか引き戻した刀に掌底を当てたが、衝撃は当然それだけでは収まらず身体を浮く様にして吹き飛ばされ空中で数回転しながら地面に着地する。

 時雨は大剣を杖の代わりして地面に突き刺して吹き飛ばされない様にしっかり抑え込む。その所為で地面には強烈な亀裂が発生していた。

「ふざけてやがるのか、テメェ!!」

 時雨が強烈な怒りを泉に向ける。


 どういう事!? と思い、優は泉の方を見て即座にどういった状況なのか理解した。時雨は確かに泉を殺すつもりで大剣を引き抜いている。しかし、泉の刀は刀身が鞘に収まったままである。

「俺は、時雨…お前を殺す気は無いからな。」

「俺も甘く見られたもんだなァ!! その減らず口をぶち殺してやる。そもそも、今のが俺の本気だと思ったら―――っ!?」

 泉は魔力を刀に込めていく。魔力は刀の幅二、三ミリの空間を漆黒に染め上げまるで本物の刀身が顕れたという鮮烈感が周囲を包んだ。

 泉が漆黒の刀身の周囲には先程の粉炎と同じ漆黒の粉塵が舞っていた。

「これで終わらせる……」

「何っ!?」


 次の瞬間に起きた現象に優は自分の理解力が足りていないのかという風に考えたが、時雨の表情を見てそれは違うのかも知れないと考え直す。

 自分の理解力が足りないのでは無い。現実に今までの常識を超越した現実を目にしているのだ。


 最初は、対象を持って逃げた浅海優を捕まえるだけだった。以前は不覚を取られ逃げ出されたが、今回はそんな事をさせる余裕もやらせねェ!! そう意気込んで転移と同時に圧倒的な質量の攻撃で浅海優に重症を与えた筈だった。しかし、攻撃はその場に居合わせた只の少年である南座泉によって弾かれた。

 そして、浅海優を守る騎士の様に俺の前に立ち塞がった。その時はまだ、少し戦いに慣れているといった程度だと思っていた。けれども時雨は今、目の前に起こっている事を認められなかった。これを認めてしまうと今まで培ってきた戦いをまるで子供の遊びに思わずに居られ無かった。


 泉は何かが噴き出す様な錯覚を感じながら魔力を放出していく。漆黒魔力はそのまま空間を喰らう様に泉を覆い尽くしていく。

 泉が細々と言葉を紡いだ瞬間、閃光が迸る。光はまるでその物の魔力の上昇を示す様に急激に広がり一瞬の内にこの街を包み込み、泉に収縮されていく様に取り込まれていく。

 光の放出が終了した後、そこには先程と比べ物にならない程の漆黒の魔力を纏った少年がいた。

 通常、魔力とは生まれた時からある程度の上限が決まっている。その上限は成長期に特殊な訓練を受ける事によって急激な上昇をする事が可能だ。しかし、成長期の間を過ぎるとその力も弱まりそれ以上魔力を上げる事が難しくなる。その為、成長期の目安である5歳~20歳の間は魔力を増幅させる事が出来る様に学院では様々な工夫が凝られている。

 しかし、目の前にいる少年は違った。そんな小さい問題を超え過ぎていた。余りにも次元が違い過ぎる。これではまるで騎士隊の隊長クラスと対峙しているのでは無いか…そう思わせる程の魔力を持った少年を現実として認められなかった。

「―――喰らいやがれ!!」

『獄炎渦』

 泉の魔力に押し殺られて時雨は魔力を圧縮し、泉に向かって炎の渦を吹き飛ばす。炎の渦は周囲の空気を呑み込み膨大な大きさに変化していき、それと同時に炎圧の上昇も感じられた。

 地面を焼き地獄と化して突き進む炎は泉に向かって速度を上げていく。

炎の渦は泉に直撃して周囲の空気を焦がしていく。

 ―――しかし。

 ザザッ!! という音が聞こえ、炎が小さ過ぎるという風に消えて無くなった。

 そして炎があった場所から先程と同じ漆黒の魔力を纏った泉が飛び出して来る。

 先程までの速度とは次元が違い過ぎる。

『灰燼破焔』

 抜け道を無くす様な質量が泉に襲い掛かって来る。

 けれども、泉の速度が上昇した。まるで雷の様な速さで炎の壁を突き破る。少年の姿が掻き消え、一筋の稲妻となり時雨の目の前に迫る。

『斬影』

 それは以前に、真人と泉が綱炎と対峙した時に行使した魔法だ。―――けれども、あの時とは格段に違っていた。あの時とは、黒刀に循環する魔力総量が違い過ぎる。

 刃の形状をした漆黒の粒子は、泉の身体より一回りも二回りも巨大となり顕れる。黒刃は次第に形状を変化させ、人間でさえ一呑み込みにしていまいそうに開かれた口の内部から、何物であろうと突き破ると言わんばかりに堅硬な牙、触れただけで皮膚が、細胞を破壊して裂けていまいそうな程に鋭利な鱗、睨み付けられただけで、全身が逆立つ様な恐怖を与える漆黒の瞳。

「―――龍」

 優は実際に龍の姿を見た事がある訳ではない。過去の書物などに記されている見聞を読んだ程度でしかない。―――しかし、その姿は龍と表現するには事足りた。

 暴風が巻き起こり、龍は神速の速度で瞬く間に時雨に迫り寄ると、身長と然程変わらないまでに巨大な牙を剥き出しにして、時雨の腹部に喰らい付くと、勢いのまま吹き飛ばす。

 凄まじい破壊音と風圧を撒き散らし時雨は吹き飛ばされた。

 龍は地面に時雨を喰い込ませながら数回バウンドを繰り返して近くにあった建物に激突して勢いを止める。

 周囲を巻き込んだ龍は自然に粒子となって散り散りに消えていく。

 ドサッという音と共に時雨が強力な圧力から解放され地面に倒れていた。


 泉は全身に纏っていた漆黒の魔力を解き、再び閃光と共に先程までの彼と同等の魔力へと低下していた。

「っくそォ……テメェ…がはッ!! クソッ、ブッ殺してやる、その女もお前も!!」

 余りの衝撃で全身の筋肉が麻痺しているであろう。もう、身体を動かす事は出来ないであろう。

「…ああ。憎んでくれても構わない。だけど、俺にも護りたい物があるんだ……」

 泉は静かに枷を取り出し時雨に向かっていく。


 優はその現実を認める事が出来なかった。泉は時雨に余力を残したまま…いや、全力の十分の一さえも出していなかったであろう。

 時雨から逃げた優は解る。あの時、優は自分の力では時雨に勝つ事は出来ないとハッキリと判断がついた。それは、天と地もの力の差を感じたからだ。しかし、泉は時雨の実力を遥かに超越した存在である。また、あの時に泉が使った魔法である。あれ程までの急激な魔力の増加を優は今まで聞いた事が無い。例え、世界中の学者が彼の事を血眼になって研究したとしてもハッキリとした答えは出ないであろうそんな気がする。

 けれども………優は、泉が使ったあの魔法に外観とは違った違和感を感じていた。




 泉が時雨にあと一歩と迫った時、時雨を囲む様に焔の壁が道を断つ。それは、先程まで見ていた炎とは全く違った物であった。炎の純度が違う。今までのが業火の炎であるとすれば、これは、圧倒的な焔圧を誇った太陽の焔である。

 泉は、咄嗟に危機を感じて刀で焔を弾くが反動で後ろに追いやられる。

「っく!? 誰だ!!」

 シュュ―――という響きが何処からか聞こえてきた。

 泉は即座に魔力を全身へと循環させると、地面を高々と蹴り、空中に向かって刀を振るう。

「喰ら―――っ!?」

 刀は振り切られず、途中で止められてしまう。それは、泉自身が攻撃を止めたからだ。泉の顔に動揺が映る。

 優も泉の進行方向を読み、敵の姿を見つける。しかし、太陽と自分自身が直線にある所為で光によってハッキリと姿を捉えられない。


「………くっ!!」

 泉とはまた違った悲痛な声が膨大な音と共に聞こえた。

 敵は、泉の空いた隙を埋める様に叩き込み、激痛を伴う様な音を鳴り響かせ泉は地面に撃墜される。

 全身が軋む悲鳴を上げているのが感じられる。


 泉は刀を杖代わりにして何とか立ち上がるとするが、全身に一時的なショックが駆け抜けていて上手く立ち上がれない。


 その様子を見ていた優はハッと息を呑んだ。

 先程まで上空にいた敵は何時の間にか時雨の周囲に張り詰めた焔の結界を解き、逃亡しようとしている。

 時雨を担いでいる男は青年というよりは、泉と同じ歳か歳下ぐらいの少年といった所だろう。

 オレンジの髪に紅の焔を模した様な瞳。そして、何より特徴的なのは焔を灯した両手のグローブであった。白銀に輝くグローブを見た時に、かなりの強度を誇ると推測できた。

 そこに灯した焔は全てを焼き尽くす業火の炎とはまた違った種類の焔である。

 そして、もう一つ。

「―――どうして……何で、学院の印を持っているんだ!?」

 泉は胸にに黒の竜を形取った鋼を首から鎖で提げている。。

 少年は手首に紅の死神の顔を模した鋼を鎖を何重にも巻いている。

 これは、学院で実力を簡単に判別する為に造られた印なのだ。

 初級が卵、中級が死神、上級が竜となっている。また、印はこれだけではない。上の級に昇進すればする程違った印を貰う事が出来る。

 色は精製する時に、自由に決めて良い事になっているが、形は一定である。

 しかし、少年は苦痛に近い表情を浮かべて泉の問いに応える事をしない。

泉は自分の身体を叱咤して無理矢理立ち上がる。

 少年は転移魔方陣を完成させて、光の柱が迸る。泉は咆哮に近い叫び声を上げて二人の距離を詰める。


 ―――しかし。

 魔方陣が先に反応して瞬時に彼等を量子化させると強烈な光を放ちながら粒子となって空中に消えていった。

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