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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
ベルギス編
48/51

さがしもの

皆に見守られる中、「じゃ、行ってくる」と言い切って、ホテルから泉と湊の二人が出て行ってから、経つこと十分。

燐と愛は、律に連れられてーー明日から開催されるベルギス主催武闘大会に出場する人達の練習の場として、簡易に造られた武闘館へと足を運んでいた。

武闘館の位置は、ホテルからそう遠くにはなく、十分ほど人混みに揉まれながら歩いた所で、直ぐに入り口を発見する事が出来た。

本当ならば、大会に出場する訳ではない理沙達は、使用許可が降りない筈なのだが……

実は、使用不可というのは建前で、内側では大会には出場しないが自分の実力を上げる機会なので、有力な出場者がウォーミングアップ代わりにと、部外者達の挑戦を受けて模擬戦をしている光景が広がっている。

「凄ッ」

燐が感嘆の声を上げるのに、二人は反応を示す事はなく、互いに向き直っていた。

「いい加減、私が此処に連れて来られた理由ーー教えてくれない? 私、泉君にレビンちゃんを見ている様に頼まれたんだけど?」

愛は苛立ちを隠す様な事はせず、殺気に近い雰囲気を発している。

対する律は、飄々とした面持ちで雰囲気に気圧されない。

「貴方、魔道結晶の使い手なんでしょ? 一応、奴等に攻め込む前に実力を確かめておきたいからよ。名前負けして、無茶苦茶弱くても困るしね。」

「あぁ…なるほどね……流石、日本有数の実力者さんが言う事は違うわね。」

「それに、南に付く悪い虫は除去しとかなくちゃいけないから。」

「悪い虫って貴方の事じゃなかったの?」

その台詞は二人の間に、静かな嵐を巻き起こしーー

それが引き金となったのは、間違いなかった。

二人は睨み合い、たった一瞬にして二人の姿が霞み、互いに粒子を放出させて肉薄した戦闘を開始していた。

ーーそして、燐もまた運の悪い事に……

「そこの君もよ。この訓練は、焔を素手で扱える様にする事に重点を置いているーー高等魔法クラスなんだから、無駄な時間は無いんだからね。来なさい。」

数メートル上空に飛翔してた律は、逆の素手から高密度に圧縮した光粒子を躊躇うことなく放ち、燐に襲いかかる。瞬く間もなく光粒子が目前まで迫る、

「ーーっくそッ!!」

そうして三人の戦闘は始まった。




同時刻

泉と湊は、人混みの中に点々と存在する穴を滑るように駆け抜けていた。時間に余裕があれば、ゆっくりと目的地を目指して歩いて行くのだろうが。約束の2:24まで時間があまりない。ましてや《座泉》は、ホテルからかなり遠い場所に存在し、約束の時間までに間に合う為には、少し調子が悪いからと言っていられず、無理矢理にでも動かす他無いのだ。

その為、身体能力が著しく低下しており、後々傷に響くと理解していながらも、魔力を循環させて身体能力を底上げしながら走るーーという荒技に頼っている。

ベルギス中央都市は北側に中心部が存在し、南側には入国審査を行う入場門がある。その所為か、大半の人達が入国審査を受けて北側へ向かって行く為、南へと向かう泉達にとっては邪魔でしかないのだ。

時間は刻々と進みーー2:18

残り三分となった時、二人は辛うじて目的地の数メートル手前までに達していた。

「はぁっはぁっ……一時はどうなる事かと思ったが…なんとかなったな…」

荒い呼吸を繰り返し、今にも倒れそうな湊に、泉は自分自身も呼吸を整えながら肩を貸す。

「……なんとか…間に合った…本当に疲れた…肩貸すよ。湊」

「……ぁっ…!? 悪い…泉…」

湊は自分自身の不甲斐無さにバツが悪そうな表情を浮かべる。

傷を負っていたとはいえ、もう傷口は完全に塞がっている。それに聞いた話によると、泉の怪我は自分よりも重傷だった筈なのだがーー今の泉は、まだまだ走れる様な余裕を見せている。

第三者から見た場合ーー彼と自分の風貌、力量はとても似ているとよく言われた事がある。

しかし、湊自身からしてみれば、それは正解でありながらも本質は不正解だ。

二人の外見が似通っているのは本当に偶然だが、彼等の性格、雰囲気が似ているのは、当たり前だ。



そうアレは、湊が泉と師匠と初めて出会った時の話ーー湊はまだ泉とは外見が似ておらず、腰まで届く程に長い黒髪を纏めていた。

ーーそして、身体にあるのは力を追い求めるだけのーー化物でしかなかった。

彼がどうして、そんな風になってしまったのかは、両親の死が関係ある。

殺されたのだーー魔物の大群に。

父と母はとても仲が良い夫婦だった。

湊もそんな両親が大好きで、三人は長期休暇の時にある場所へと旅行する事となる。

ーーしかし、その途中魔物の大群に、湊が乗るバスが襲われ、両親は心臓を一刺しされ、それでも湊を護ろうと二人は死んでも尚、湊を抱き閉め続けていたのだ。

悔しかった。

大好きだった両親が殺された事が。

自分を責め続けた。

湊は幼く、それは仕方が無い事だと引き取り先の老夫婦は慰めてくれたが、湊の心には決して響く事はなかった。

自分が強ければ……強ければ…

ーー自分に力があればあんな事にはならなかったんじゃないか!!

それ以来、湊は人が変わってしまった。力を欲し、極め、誰よりも強くあろうと、誰にも助けを求めず、たった一人だけの最強を目指していた。

それを裏付ける為に、湊は死ぬもの狂いの練習を積んだ。走り込みから始まり、考え付く限りの運動を行い、何千回、何万回も刀を振るい、特異体質の能力の理解を深めていた。

今、思い返してみれば苦笑しそうだが、ただその時は、特異体質に頼る事で、同世代ーーいや、武術の達人である大の大人達でさえ手が届かない程の力量を手に入れた。

何故、彼が自分の何倍、何十倍の経験を持つ達人に勝つ事が出来たのか?

単純に、特異体質の凄まじい力による所もあるのだが、もう一つの要因を挙げると、後に泉から湊へと教えられる事となるが、彼は特異体質を含める魔法や単純、複雑な技の一つ一つ、また視界の外からの攻撃ーー自分の身に迫る危険を感覚的に察知する能力ーー危機察知能力が高かった事が大きな要因の一つに挙げられる。

危機察知能力による効果で攻撃を察知し、神速のカウンターを打ち込む。その戦闘スタイルで、達人達を打ち破り、彼が街最強の魔道士と呼ばれるまでそう長い時間はかからなかった。

しかし、湊の《力》への渇望は留まる事を知らなかった。自分の街で戦う相手がいなくなれば隣街、その先へと足を運び、または魔道大会へ出場し、悠々と優勝を勝ち取る。

そんな湊に挑戦してくる者は多く、大の大人数人と同時に闘い、勝利を勝ち取った経験さえある。

しかし、湊は負けなかった。いや、負けなかっただけではない。彼に誰一人として本気を出させる事は出来ず、また、彼はより高みへと《力》を求め続けた。

しかし、湊が住む街にあの二人組ーーある少年と女性がやって来たのだ。

その日、湊はいつもより多めの挑戦者達全員を相手に余裕の戦況を見せていた。

周囲には、まるで見世物であるかの様な見物人が取り囲んでいる。

湊はそれを気に害する様子はなく、軽やかなステップと一撃必殺の攻撃で次々と挑戦者を野していった。

そして、最後の一人を野した時ーー

パンッ!!

鼓膜が破裂するかの様な爆発音が、周囲に響き渡った。

見物していた人達は、それまで煩いまでに騒ぎ立てていたのに、一瞬にして沈黙する。

湊は一体何事かと怪訝な表情を浮かべて周囲を見回しーー

湊の正面に、一人の少年がいた。湊と同年代くらいの歳で、漆黒の黒髪と瞳、黒のコートに麻地のシャツ、同色のストレートジーンズーーそして、真っ黒な鞘に収められた刀が地面を穿ち抜いていた。

全身が真っ黒に固められた不気味な少年だったからだろうか? 周りにいた誰とも違う《何か》を秘めている様に湊には感じられた。

そして彼が魔道具を持っている事から、自分に挑戦してきた者だと勝手な判断を下した湊はーー

「ーー来いよ。そこのゴキブリみたいな奴」

「…ぁぁ…いいよ…」

ふらっとした動作で刀を地面から引き抜き、ひょいという様な軽い動作で湊に刀を向ける。

しかし、彼はその鞘を抜こうとはしなかった。

「調子に乗っているのか? それとも、本当にただのバカか?」

湊は、怒りを通り過ぎ、呆れた表情を浮かべながら、鞘を抜くように指示する。

湊の実力は大の大人でさえ、手が届かない所にあるのだ。こんな子供に負ける事など天地がひっくり返らなければ絶対ない。

こちらが手を抜く事はあれども、手を抜かれるなどあり得ない。

「……じゃあ…ただのバカでいいや…」

少年は瞼を細め、姿勢を低くして戦闘をいつでも開始出来る様に魔力を循環させていく。

「……どんなに小さい攻撃でも、一撃を喰らった方が負けって事で。他は何でもありで。不意打ちでも、罠を仕掛けてもOKで構わないから。」

「ムカつく奴だな。真っ向勝負で二秒でケリを付けてやる。」

湊は少年同様に魔力を循環させ、二本の内ーー白の刀を抜き、右斜めに傾ける。

「ーーいくぞ」

攻撃を宣言する湊は、ギィッと刀の柄を握り締める。

泉の掛け声を始めにして、湊の姿がまるで幻想の様に霞んだ。

「らぁぁああァッ!!」

湊は身体を捻じ曲げる様に捻り、助走も無しに放った蹴りは地面と当たると同時に、土が盛り上がる様な小爆発を発生させ、咆哮の様な轟音が周囲の空間を包み込む。

一時的な勢いを得て空中を駆け抜ける様に螺旋的な飛翔を魅せ、白刀から放出され続けていた粒子が増幅し、瞬く間に白の閃光ーー白閃へと変化し、螺旋の軌道を描きながら一瞬にして泉との距離を詰める。

湊の表情に勝利の色が浮かび上がり、追い討ちを掛ける様に速度が加速度的に上昇を遂げる。

「……っ…」

二人の距離が零となり、影が繋がりーーまるで爆弾が爆発したかのような爆風と耳を擘く様な轟音が周囲を包み込んだ。

粒子が拡散し、土煙となり視界を殺す。しかし、粒子は自然に消滅し、ものの数秒で消え失せていく。

ーーそして。

二人の周囲にいた観戦者は呆気に取られていた。

それは、湊の凄まじい攻撃ではなかった。

確かに、湊の攻撃は呆気にとられるには十分だった。

しかし、ムカつく少年だったとは言え、殺す訳にはいかないと湊なりに手を抜いたお陰で、今まで戦った様な師匠クラスの相手程の出力は出していなかった。その為、観戦者もまた見慣れていた筈だ。

彼等もまたこう思っていた筈だーー煙が晴れたら、いつもの様にひれ伏す挑戦者の姿があるのだと。

ーーしかし。

「………な…ぁっ…!?」

次の瞬間、一足早く状況を把握した湊は、両目を見開きパチパチと瞬きをする。

煙が晴れ、周囲にいた観客者達も一足遅れてその状況に唖然していた。

その場で倒れているものと思われていた少年は、一撃必殺の威力を秘めた刀を止めていたのだ。

攻撃を避けたのなら判る。今までの相手も、魔道大会の決勝や準決勝クラスの相手なら魔法の発動タイミングを咄嗟に見切り、避けられた事は何度かある。

それは彼等にとって、攻撃を受ける事は致命傷を負う事になると判断したからだ。事実、今の一撃は半端ない圧力を発しており、魔力を循環させて肉体の基本能力を向上させたとしても、余裕で骨を数本砕く力を秘めている。

しかし、彼はどうだろうか?

あの貧弱そうな身体の一体何処に、アレを止めるだけの力を発揮出来るのだというのだろうか?

刀も同様に、それ程強度がある様には思えないのに、一体どうして?

そんな思いが頭の中をぐるぐると掻き回し、巡り巡って疑問として残り続ける。

「……っ…」

少年が短く息を吐き出しーー

バンッ!!

乾いた音が響き、湊の身体は大きく後ろに弾かれていた。

何が起こったのか理解出来なかった。

気が付けば、身体が吹き飛ばされそうな程の圧力に押しやられていたのだ。

握力を根こそぎ持っていかれ、手のひらからスルリと刀が抜けて後方へ吹き飛んでいくのが判る。

今度こそ、湊の心情はぐちゃぐちゃに掻き乱されていた。

自分よりも強い存在が目の前にいる。

それは今の一撃で理解するには事足りた。

彼は自分よりも、堅い、速い、重たい、上手いーーそして強い。

だけど……だけど、絶対に自分は負けられない。

両親を助けられなかったあの時の自分とはもう違うんだ!!

負ければ、もう自分は最強ではいられなくなる。

自分が追い求めた物は永遠に手の届かない場所へといってしまう。

だからこそ、負けられない。

こんな奴にーー

「ーー負けられるかあァァァッ!!」

湊の白刀と背中に提げている黒刀が鋭い煌きを発し、まるで意思を持ったように空中を滑り、湊の両手へ収まる。

そして、もう一度。

両手に収まった二本の刀ーー白刀と黒刀をクロスしてXの文字を創る。

二本の刀から白と黒の粒子が放出され、炎の様に風に揺らめく。湊はまるで泉を今にも殺しそうな程、殺意の篭った表情で睨み付ける。

少年は相変わらず、瞼を細めるだけだ。

一瞬の呼吸の間の後、湊の姿が掻き消え、風を纏いながら真っ直ぐに突き進む。

少年は刀から放出したーー深い闇の色彩をした粒子を鞘の周囲に圧縮し、刃を形取る。

そうしている内にも、湊は攻撃範囲へと近付きーー

「らぁぁッ!!」

神速の速度での突進を繰り出す。まるで槍の様な攻撃は、轟音と爆発を起こす。

ーーが、再び少年の刀に軌道は阻まれてしまう。湊はギィと歯を軋ませる様に噛み締めながら、即座に白刀を引き戻すと、足元から切り上げるように地面と垂直の軌道をなぞる。

しかし、少年は黒刀を抑えているにも関わらず、鞘をズラして下から降り抜かれた白刀を受け止める。衝撃で、一瞬鞘が震えた瞬間、黒刀が煌きを放ちながら漆黒の粒子を刃状に変化させ、鞘を喰らう様に放つ。

零距離からの攻撃に少年は遅れを取り、僅かでも隙が生じた瞬間に一閃を見舞うつもりで、湊は白刀を引き戻そうと踏んでいたのだが……

パシィッと乾いた音が響いたと思ったや否や、白刀を握った腕がまるでコンクリートに埋められた様にビクとも動かなくなった。

過度な緊張感による体温の上昇状態であったからこそ、感覚が鈍っていたのだろうか。白刀の柄が黒髪の少年の掌に抑えられ、一ミリとて動かない程の握力で押さえつけられていた。

湊はこれ以上白刀を掴んでいるのは不味いと逃げる様に柄から手を離そうとするがーー

それを少年が許す訳はなく、軽やかな動作で白刀を握っている湊の腕を掴んで引き寄せる。

想像以上の力に湊は逆らう事さえゆるされず、「うわぁッ」と情けない声を上げて前のめりになる。

だが、湊は良いようにやられ続けているだけでは居られない。と、咄嗟に右手の黒刀を離し、自分の腕を掴む少年の腕を握り返し、握力で押さえつけようとする。

少年は湊が刀を捨てた事に驚く様な表情を見せず、漆黒の刀を振りかぶり霞み掛かる程の速度で薙ぎ払う。

湊は全身から汗が噴き出す緊張感を感じながらもーーガキィッと金属同士が激突する甲高い音が響き、そこには少年の漆黒の鞘と、湊が今さっき捨てたばかりの黒刀が相対していた。

当然ながら湊の片方の手は白刀、もう片方は少年の腕を押さえつけようとしており、黒刀を掴む様な三本目の手は存在感しない。

なら、何故?

その答えは直ぐに視界に認識される事となる。

浮いているのだ。

どういう原理かサッパリ理解出来ないが、黒刀が自律的に動き、空中で少年が薙ぎ払った刀とぶつかり合っていたのだ。

少年はその見慣れない現象におどろきを示し、僅かに隙が露出する。

湊はその隙を突いて、少年の腕から逃れると同時に空中に浮かんでいる黒刀を握り締め、左斜め上、右斜め上から左右斜め下へXの文字を描く様に刀を振るう。

両手の刀が届くギリギリで、少年は後ろに一歩後退して脅威の威力を含んだ刃から逃れる。

湊は、もうこのチャンスを逃せば勝機はないとばかりに前へ足を踏み出し、追い討ちをかけようとするのだが……

「……特異体質か…」

ポツリと呟いた少年は、神速の速さで左手に刀を放り投げる様にして掴み直すと、右手を肘を伸ばし切らない程度に伸ばす。

「当たれェェッーー!!」

湊は今度こそは外さないとばかりに、大きく前に足を踏み出し、目にも留まらぬ速度で腕を振るい、左右反対の方向から刀が一瞬遅れて付いて来る。

その時、湊は少年の瞳を初めて真っ直ぐ直視した。

まるで湊の様な深い闇の色をした瞳だった。

だけど、でも、不思議と怖いーー恐怖を感じることはなかった。逆に、まるで全身を包み込むかの様な温かい気持ちにさせる。

湊とは似ても似つかない。

湊とは決して違う。

いつも真剣に、目の前の世界に視線を向けている。決して逃れられない物から目を逸らし、逃げようとは考えていないかの様な真っ直ぐな瞳だった。


互いの視線が交差する時間は瞬き一つで過ぎてしまいーー

ガシャンッと激しい音が耳鳴りし、右手に衝撃が奔る。

だが、左手の刀はまだ動いているのを感じる。少年は、もう一本刀を持っていた様な素振りはしていなかった。どちらかというと、一本の刀を自由自在に操る様なトリッキーな戦闘スタイルと言えるだろう。

もしも、無理に二本の刀で応戦しようものなら、湊に分がある事は明らかだ。

なら何故、あんなギリギリの状態で刀を持ち替えたのだろうか?

彼なら湊の二刀流など一本の刀で、容易に対処出来てしまう筈だろう。

なら何故?

負けるつもりなのか?

いいや、それはきっとないだろう。

ーー考えろ。

ーーもしも、自分が彼ならどう対処する!!

ーーどう切り返す。

思考が全身を巡る様に駆け回りーー

「なッ!?」

湊は目前の光景に、口をあんぐり開く程に驚愕した。

何かがぶつかり合う激しい音はしなかった。

何かを斬り裂くおぞましい感覚はしなかった。

何かを浴びせられるという事もなかった。

何もない空間を斬るという事もなかった。

ただ刀がスゥッと消え入る様に、動きを止めてしまい、軌道の途中で止まってしまったというだけだ。

ーー少年の右手の五本指が、真横に薙ぎ払われた白刀の鎬筋と棟の間を押さえていた。

「ーーまさかッ、真剣白刃取り!?」

まさか、相手の動きの先読みをしようとしていたつもりだったのだが、少年は自分の想像以上の動きーー技を見せてくれた。

その事実は恐らく、今の湊では決して目の前の少年には勝てないという事実を突き付けていた。

湊は大技を止められしまい、僅かな間だが動きが止まり、身体の自由が効かなくなる。

その瞬間、勝負は決した。

「はあぁぁァァァッ!!」

初めてだろうか。

目の前の少年が、ここまで荒げた声を発するのは。

少年の魔力総量がより一層に上昇を遂げ、引き戻された鞘の周囲に纏った雷撃がバチバチと激音を散らす。それは尋常ではない程の威力を含んでいる事は技を喰らうまでもなく、一目瞭然であった。

だからこそ、身構えた。

僅かでも蓄積ダメージを減らそうと、一瞬でも目を離すまいと、怖さのあまりに両方の瞳に浮かんできた涙を堪え、(負けるもんか!!)という気持ちを振り絞る。

少年は姿が霞む程の速度で刀を薙ぎ払い、湊はどうしても最後まで勇気を振り絞る事が出来ず、ぎゅぅっと瞼を瞑ってしまう。

だけど……

いつまで待っても、あの凄まじい衝撃は来なかった。

それどころか、痛みすら感じなかったのは一体全体どういう事なのだろうか?

もしかして、彼はいなくなってしまったんじゃないだろうか?

という疑問が浮かび上がり、うっすらと瞼を開けてーー

「……ッ痛っ!?」

眉間より少し上ーーおでこに軽い衝撃が奔り、思わず目を瞑り、何が起きたのかと慌てて瞼を開ける。

本当に目と鼻の先に、少年の指が確認出来た。恐らく先程の衝撃は、少年が放ったデコピンなのだろう。

「はい。お終い。」

少年はもう闘いは終わったとばかりに、湊に背を向けると疲れをほぐす様にぐぅ~と背伸びをする。

「ちょっ、ちょっとお終いってどういう事だよ!?」

確かに湊の剣技が止められた瞬間、湊の敗北は決まっていた。その事実は痛い程に理解出来た。

だけど、最後の決め技に溜めていたあの凄まじい雷撃はなんだというのだろうか?

それともなにか? 相手を怯ませる為の脅しとでも言いたいのか?

「えっ、えっと、俺は初める前にちゃんとーーどんなに小さい攻撃でも喰らったら負けだからな、って言ったつもりなんだけど……」

少年は困惑した様に後ろ髪を掻く。

確かに思い返してみれば、少年はあの時そんな風に言っていた。

だけど、そんなのは建前なんだと思っていた。

事実、湊は最初から徐々にヒートアップしていき、最後の攻撃に至っては本気で殺す気で挑んでいた。それを彼は理解しているからこそ、あの時自分もそれ相応の覚悟を決めた。

なのに、彼は魔法を簡単に解いてしまい、代わりに軽い衝撃を伴う程度のデコピンを放った。

ホッとする反面、モヤモヤしたなんとも言い表せない煙ったい気持ちが、身体の中で渦めいている。

「まあ、本当の事を言うと……」

少年は苦笑いしながらも、口を開きーー

「ーー魔法禁止って言っただろうがぁァァァッ!!」

「やべっ!!」

少年は初めて焦った様な表情を見せて、上空に鞘を構えて……姿がヒュッと消える。

ドゴオオオォォォォーーン!!

まるで震災が起きた様な地響きが起き、咄嗟の事で「きゃあァァァッ」という女の子っぽい悲鳴を湊は上げてしまう。

地震が止んだ時、立ち上がった湊の前にあったのは、半径二メートル程のクレーターであった。

「へっ?」

湊は素っ頓狂な声を発し、ぱちぱちと瞬きを繰り返しながら目の前の光景を見つめる。

そこにはーー

先程、湊を圧倒した少年が泡を吹き出し、両目が白目を剥きながら失神している姿があった。

「さてと。コレで良し」

和やかな笑顔を浮かべながら、とある女性が少年を無造作に担ぐ。

まるで月の様な眩い金色の長髪をポニーテールにし、立ち上がると身長は湊や少年より一回りも二回りも大きく、女性物のスーツを身に纏っているからだろうか………凄く出来る女性に見える。

「えっ…と…あ、貴方は?」

突如現れ、一撃であの少年を気絶させた事実に驚きを隠せず、口調が安定しない。

「んっ? 君は……んんぅ~?」

金髪の女性は湊の顔を覗き込む様に見つめ、恥ずかしくなった湊は一歩後退る。

「あの、わた……いや、俺の顔に何か付いてますか?」

「成る程ね。君があの魔法の使い手だったか……よし、決めた。」

ボンッと手を叩き、和やかな笑顔を浮かべる。

「ちょっと、どういう事ですか。」

湊は現状が一体全体どういう事になっているのか全く理解出来ず、戸惑いの声を上げる。

だけど、それすら目の前の女性は無視してーー

「ーー私の弟子になれ」



それから色んな事があった。

最初は驚きを隠せず、間抜けにも口を開いたままだった湊は、気を取り戻すと、何度もは拒否する事も考えた。

だけど、その度にあの黒髪の少年ーー南座泉の事を思い出し、彼に憧れを抱いた湊は、結果として彼等に付いて行く事となる。

律との出会い。

様々な国を巡った。

その場その場での様々な環境で、血反吐を吐く程の訓練を積んだ。

死に物狂いで習得した魔法や自分達よりも数十倍の巨体を持つ生物との闘いによる経験の数々。

時には、観光を楽しんだり、お酒に目が眩んだ師匠を全員で止めた事もあった。

そして長い旅は終わりを迎え、訪れた三人の別れと約束。


ーー彼と出会い、長い間ずっと彼に憧れを抱き続けた湊は、何時の間にか彼を追い掛けていた。

あの時から、ずっと自分の気持に気付けなかったけど……

今ならきっと解る。

どうして自分が、彼の事を追い掛けたのか。

どうして、胸が熱くなるぐらい彼の事が気になっていたのか。

それは……きっとーー

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