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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
ベルギス編
47/51

活路

「はぁぁぁッ!!」

空気を吐き出しながら、律は神速の域に達する速度で前方に佇む燐に向かって突っ込む。律自身は慣れた光景であっても、彼等にとっては次元を超越した光景になるのだろう。律は姿が霞む程にーーまるで光弾の様に飛翔していた。

対する燐の姿はいつもとは違い、両手に鋼鉄のグローブを装着していた筈の戦闘スタイルだったのだが、今は全くの装甲無しで素手で律と相対している。

燐は、律同様に両手に焔を灯し、拡散、拡張させていき、ーー

ボッ!! 指の皮膚が焼け、痛覚を刺激された事で集中が乱れてしまい、焔は一瞬にして掻き消えてしまう。

瞳を見開く暇もなく、両腕を眼前でX字にクロスさせて重心を落としながら衝撃に備える。

律の光弾の如き速度に合わせ、後方へ大きく降りかぶられた拳が腕をクロスさせた中心を狙い打つ。

片目を顰める程の衝撃と、全身が小刻みに振動して、圧力に耐えられなかった膝から力が抜けて床に付く。

それでも尚、燐は後方へと吹き飛ばされる事はなく、ジリジリと地面を滑る様に押されながらも、軌道を逸らして拳から逃れる。

律は目と鼻の先にまで迫った壁から逃れる様に、身体を仰け反らしながら低空飛行から上空へと進路を変える。

……が。

「……ッ…だあッ!!」

魔道結晶によって魔力総量を数倍に増幅させた愛が、肩甲骨付近から高速回転させた風を放出させーートルネードが地上から彼女を押し上げる様に律の元へと吹き飛ばす。

魔道結晶が埋め込まれている腕輪が、律とは別種の金色の閃光を瞬かせる。

「……当たれぇェーー!!」

金色の閃光は質を光からバチバチと放電する雷へと変化させ、手のひらに収縮し、雷の槍を創り上げる。

身体に引き寄せられていた雷の槍は、一瞬の間もなく突き出され、律の胸もとへと衝撃を放つ。

通常、不安定な空中での戦闘では強攻撃を喰らえば体勢を崩しやすい。悪ければ、そのまま撃墜されて必要以上の負荷を受ける可能性だってある。

しかし、律は自身の戦闘スタイルを空に置いている以上、不安要素の対策は出来ている。

愛の槍が律の胸もとへと衝撃を伝えた瞬間、律は愛の攻撃を対処していた。雷の放電による光と律が放つ閃光の酷似の所為で見難かったのだろう。後方に向けていた左手が放出していた金色の粒子を手を覆う様に高密度圧縮してーー手首の関節近くまでを覆い隠すグローブとなり、躊躇う事なく突き立てられ様としている雷の槍を横から掴み、握りしめていたのだ。

雷の槍は次第に形状を破損させ、粒子となって自然に散っていく。

それは魔力総量によって律の握力が強化されているだけではない。元々、この雷の槍は、高密度に圧縮された因子間を保存する事によって創り上げられている。事実、それだけでも通常の魔道具とは比べ物にならない程、硬さ、鋭さ、破壊力を秘めている。

しかし、この槍はどう繕っても現実には存在しない架空の槍であり、愛が魔力の循環を止めた瞬間に、淡いシャボン玉の様に消えてしまう。

だからこそ、律が放つ素粒子自体が、高密度に圧縮された雷の槍の因子間へと割り込み、保存しようという力を阻害しているのだ。

結果として、槍は形状を保つ事が出来ず、目に見える速さで破損している。

対する、愛もまたその現状に気付くが、慌てた様子を見せず、ニヤリと笑みを浮かべると、今にも壊れそうな槍を引き戻そうとも、手放そうともせず、むしろ突き立てて来る。

律は予想外の行為に少々驚いた表情を浮かべるが、愛の行動の意味を読み取り、後方で体勢を保つ為に粒子を放出し続けていた左手を真横へと薙ぎ払う。

それとほぼ同時に、雷の槍が内側から粉々に破壊され、目には見えない風が衝撃波となって襲い掛かる。

粒子を拡散して即席の壁を創り上げるが、それだけでは衝撃だけは止まらず、抜け目や装甲が薄い幾つかの箇所を、不可視の衝撃は空気を叩きながら風圧が律の体勢を崩そうとしてくる。

これを愛は狙っていたのだ。

雷の槍は罠。壊される事が前提で、突き立てられていたのだ。彼女が何種類の属性因子を扱う事が出来るかは判断が付かないが、内側に込められた風圧は律の体勢を崩すには十分過ぎる程に強かった。

もしも、律がこの瞬間によろめきでもしたならば、空中での体勢を整える事に集中する間に、愛の強攻撃を貰う事になるのだろう。

彼女ーー鬼宮愛は、本当に強いーーと久しく律の感覚を刺激させる。

元々、魔道結晶を扱える者はその恩恵を、受けて通常の何倍物出力を発揮する事が可能である。

しかし、もしも律が愛と同様に魔道結晶を持っていたならば、魔道結晶を扱える才能を持っていたならば、愛と同じ様に強くなれるのかというと、それは違うと断言する事が出来る。

確かに、魔道結晶の潜在能力は凄まじいという事だけなら、一理はあるのだが、実際には愛自身がそれを自在に扱うだけの技術を身に付けているのだ。それは、泉や湊、律が経験した様な死に物狂いの訓練を彼女もまた経験しているのだろう。

その危機察知能力、反応速度、順応性の高さから伺える。

ーーそして、彼女のまた運命に魅入られた子供の一人なのだろう。律が今まで対峙した誰よりも、愛は魔道結晶の潜在能力を引き出す才能が秀でている。そう感覚に訴えてくる何かが彼女にはあった。

……だが。

律自身もまた、圧倒的力量の持ち主である事を忘れてはいけなかった。

風が律へと襲い掛かる瞬間、愛はぎゅぅ、と拳を握りながら律が体勢を崩す瞬間を待つ。

ーーしかし。

突如律の姿が掻き消え、風は何もない空間を素通りしていった。

「……なぁッ!!」

結果として言うと、呆気に取られた愛は、僅かに対処が遅れてしまった。

律が風圧が襲い掛かる寸前に左手を真横へと薙ぎ払っていた理由。その時、彼女の左手から伸縮自在の金色の鎖が窓ガラスに付けられている格子へと伸ばされ、巻き付けられていた事に。

「らぁぁぁッ!」

律は愛から見て左方向の死角から気合一閃とばかりに、接近すると愛が振り向く隙も回避する時間も与えず、踵落としを繰り出す。

ガゴッ、鈍い音が響き律の踵落としは、ギリギリで間に合ったらしい愛が、腕をクロスさせた中心を叩き付け、地面へと吹き飛ばす。

その景色を見て、一人放って置かれていた燐は……

「……怖っ…」

恐怖に戦慄を覚えていた。



時は戻り、数時間前。

「ーーで、泉さんは、これからどうするつもりなんだ?」

静寂とした部屋に戻って来た燐は、さっきまで寝ていた人物達が起きている事に表情で驚きを示しながらも、平然とした口調で泉に話しかけていた。

「…同級生なんだから、さん付けは止めてくれよ……偉くはないんだし…」

「あぁ……そうだったな。ごめん……で……泉はどうするつもりなんだ?」

「…そうだな……」

考え込む様に深く俯いた泉は、数秒の間黙々と思考の海へとダイブし続けてしまいーー「すみません。お客様」と声音が、コンコンと扉を叩く音と共に聞こえて来る。

「……はい、どうぞ。」

愛は警戒を先走らせて、一度泉にどうすべきかと視線を投げ掛けたのだが、泉は声が聞こえてきた事に何の反応も示さず、未だに顔を俯かせて唸りながら考えている為、仕方なく入ってもらう事にする。

全員が何事かと警戒していていると、扉の向こうからこの宿の従業員らしき女の人が、「失礼します」と入って来る。外見から挙げても、従業員用の制服には不審な物は見当たらず、また宿泊する筈の人数以上の数が居た事に驚きを示していた事から、警戒する必要はないと判断する。

「此方に湊様がいらっしゃいますか?」

「あぁ…俺だ…」

湊が手を軽く挙げると、従業員は手に持っていた白い封筒を湊へと手渡した後、全員に一瞥した後に部屋から出て行ってしまった。

「………宛先がない…」

ポツリと呟いた後、爆発物の可能性が無いか手で全体を触れて確かめた後、泉以外の全員が見守る中、ゆっくりと封を開ける。

封筒の中から、便箋が出て来る事はなく、幅十センチ程度の一枚の紙切れが折り曲げられて入っていた。

紙切れを開き、手紙を読み始める。全員が黙り込み、部屋に静寂と緊張が訪れる。

紙切れに綴られていた内容は短かった、もしくは湊が速読したのかは判断が付かないが、ものの十秒程度で読み終わりーー

「ーーやったぞ。泉、ようやく着たぞ!!」

手紙を読んでいた湊が、先程までのクールな雰囲気とは裏腹に歓喜の声をあげる。

泉はその声を聞くや否や慌てて、左手方向へと振り向き、ベットに腰掛けている自分と似たような外見を持つ少女へと声を掛ける。

「湊……着たってまさか!?」

その言葉の意味を理解している湊は、不敵な笑みを浮かべた後、コクリと頷きを返す。

「あぁ…どうなるかは解らないが、最後のチャンスが来たらしい。」

「どういう事?」

律が、泉と湊を除く他全員の疑問を代表して湊へと尋ねる。

それに対して応えたのは、泉であった。

「ーー騎士隊浅海木舟が率いる特殊部隊《雷燕》」

「ーーっ!?」

浅海という名が出た途端、全員が同じ名前を持つ浅海優へと振り返る。

「……ど、どうしてお父さんが? えっ、どういう事なの泉君!?」

優は全く状況が理解出来ない、と首を傾げて、泉に説明を求める様な瞳を向ける。

「……皆の分かると思うが、浅海木舟は優の父親に当たる人だ。今回の律が攫われた事件が発端ではない。正確には、理沙が十年前に経験した人攫い事件がベルギスだけでなく、日本各地でも起こり始めていた。当初は、家出等の風習が強かった事もあり、深く追求される事は無かったらしい。騎士隊に捜索願いを届け出ようとも、事件らしい要素が出てこなければ、本腰を入れて探す事はしないからだ。しかし、五年前から事態は急変していた。五年経って家出等の風習が抜けた今でも、未だに数が減らない家出事件を不信に思い、勘付き始めた騎士隊のごく一部の人間が秘密裏に捜索を始めたのだ。結果、ベルギス側へ日本人が連れ去られているという事件の片鱗に触れる事となる。しかし、元々ベルギスと日本の仲が悪かったのもあり、確証のない事件を追い、不用意な詮索を行えば、ベルギス国家への反感を買い、日本との国家間の問題まで持ち上げられる可能性があり、容易に手出しが出来なかった。」

「しかし、だからと言ってこのまま黙って事件を見過ごす訳にはいかないと、この事件について知っている少数の者達の内ーー実力があり、かつ顔が割れていない極秘組織ーー浅海木舟が率いる特殊部隊《雷燕》へこの任務を委託したという訳だ。」

「どうやって調べたのかは、定かじゃないが。律が攫われた時、俺と律との接点ーー実力を知った上で、親切な奴が交換条件の代わりに《雷燕》が所持している情報の提供と資金援助、面倒な手続きを約束してくれたんだ。」

「《雷燕》の隊員達は数年前から、この国に潜入していて、表側では様々な機関の役職として活動している。俺達はこの一週間でその人達から、情報提供を貰ってある程度の所までは推測は付いていた。だけど、それは今日ーー彩と出逢うまで現実的じゃないと否定していた事だ。だが、彼女のお陰で確かな確証が持てた。忌道真がしようとしている事、それを回避する為には、必要な情報がある。その情報を持っている最後の一人がいる。」

「最後の一人?」

「ああ。たった数年で幹部まで上り詰め、この任務で最も危険であり、最も重要な役割を担ったーー」

「そ、それってーー!?」

話をいち早く理解した律が声を上げる。

湊は自分がさっきまで見ていた紙切れの内容を全員が見えるように晒す。

「ーー忌道真の一員だ。」



その事実に、驚愕した者がいれば、固唾を飲んでどういった話になるのか待っている者もおり、多種多様な反応を見せた。

その中で、一際冷静に話を聞いていた泉は、湊が見せた紙切れを見つめる。

紙切れにはこう書かれていた。



「えーと、どういう意味なの?」

いつの間にか真横に来て、紙切れを覗き込んでいた理沙が疑問の声を上げる。

「私は解ったよ。」

一番最初に理解したのは優であった。

「優さん。マジかっけェ。」

「えへへ」

「むぅ……」

理沙が面白くなさそうに頬を膨らまさせているが、元々は優は幼い頃からの英才教育で魔道研究所で働いていた過去があり、その記憶能力、発想能力、応用能力はこの場にいる誰よりも上なのだから、比べる方が仕方が無いだろう。

「あっ、私も解った。」

続いて愛が嬉しそうな声音を上げて、燐、レビンが続く。

最終的に御代、律、理沙の三人は最後まで理解する事はなく、ギブアップする結果となった。

「……律。俺達と同期だったら、これぐらい直感で解れよな……」

湊がはぁー、とため息を吐き出す。

「う、うるさい。皮膚で感じられない物は直感が作用しなくて苦手なの!!」

無茶苦茶な言い訳を聞き流しながら、マルテーブルに全員を集めた後、ボールペンを取り出し、紙切れに書き込んでいく。

呉正

今今

日日

ニ2

ニ2

シ4

。。

白泉

のの

名名

がが

示示

すす

場場

所所

にに

てて


「正解はーー今日午前2:24丁度に、泉の名が示す場所にてーーだ。」

「それにしても、何処の泉なのでしょうか? 私が知っているだけでも、数十個ぐらい何処にでもあると思いますよ。」

レビンは首を傾げながら、湊へ問いかける。

「そうよね。入国時に貰った観光パンフレットを見ただけでも、有名な泉は十個はあったから。」

愛は鞄の中からパンフレットを取り出すと、地図の部分を机の上に広げて泉の場所を指差していく。

「いやいや、違うよ。二人とも。」

優が苦笑いしながら手をヒラヒラと振り、パンフレットの中にあるとある場所を指差す。

「えっ? 貴方、どうして解るの?」

律は呆気に取られた表情を浮かべ、優はニッコリと微笑むと意味を解説する。

「このーー泉の名が示す場所にてーーの泉っていうのは、二つの意味が掛けられているんだよ。一つ目は、一般的な定義の水が湧き出る所。二つ目はーー」

優は話を一旦切って、南座泉の方へ振り返る。全員がハッ!? とした表情を浮かべる。

「南座泉の泉っていう意味。つまり、南座泉が示す場所というのは、此処しか無いんだよ。」

優が指し示した泉は、この国の南方向に位置する《座泉》という名であった。



「じゃあ、全員が納得した所で、今後の課題を決めて置こうと思うんだけど……」

泉は全員を見回し……

「湊と俺の二人で行って来る。」

「ちょっ、なんでよ!?」

「えーと……律と優にはこれとは別で、燐、理沙の事でお願いしたい事があるし……レビンは病人だから、誰か看護に付いてやらなきゃいけないだろ? それを愛と御代に任せるのが、一番効率が良いかと思ったんだけど……」

「それを言うなら、あんた達だって病人じゃない!!」

「いや、だからって、大人数で行く訳には行かないだろ? この作戦は、湊以外の他の人に頼む訳にはいかないし……一応、怪我は治っているし、安全性を考えて、俺が付いて行こうと思っているだけだから………そんなに行きたいなら、俺の代わりに律が行く?」

「行きません! 分かったわよ!!」

「まあ良いや……じゃああんまり時間がないから手短に話しておくけど…」

泉は時計の時間を確かめ、針は1:30を刺していた。

「律は、燐の稽古を付けてやって欲しい。同種系統の魔道士なら、学ぶ事も多いと思うから……」

「解ったわ。だけど……南、今度、あんたとも、手合わせさせてくれる?」

「うーん、時間があったらって事で……次に優は、理沙に俺の時と同じあの訓練を付けてやってくれないか?」

「あの訓練って、あの? えっ、でも!?」

口籠る優に、泉は大丈夫だと伝える。

「理沙は次元転移型魔道具と同種系統の特異体質所持者だから、大丈夫。理沙には、せめてある程度のコントロールを身に付くぐらいの訓練をしてやってくれないか?」

「う、うん。解った。上手くいくかはわかんないけど、出来る限りの力を尽くしてみるよ。」

「ありがと……最後に、御代と愛だけど……俺達が帰って来たら、湊先生にご教授して貰う事になるから、適当に仮眠取っといて。」

「う、うん……ぃ、泉…くんがよかっ…たな…」

「やったああぁぁぁぁァァーーー!! 湊先生にご教授!!」

真逆の反応を見せる二人に、泉は苦笑いしながら、最後に湊へと振り向く。

「時間が無いから、俺達は十分後に出発するって事で」

「解った」

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