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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
ベルギス編
46/51

王宮から数十メートル離れた位置にあるーー昔話にでも出て来るようなお城の内部は、高級ホテルであり、シャンデリアやら大理石やらその他諸々の華やかさを醸し出している。しかし、その実態は律が一時間程前まで監禁され危うく殺されかけていた、忌道真の本部である。

ーーの六階。

律に一撃で撃破された大一の傍に、同じ顔、身長、体格、髪の毛の色。

ただ違ったのは、倒れている男は黒のロングコートを着ていたのに対して、それを眺めている男は科学者を思わせる白衣を着ていたという事、そして律に付けられた傷の有無である。

男の名はーー

「ーー牧野大一。用は済んだのか?」

大一が気付かぬ間に、一人の青年が出入り口に凭れ掛かる様に佇んでいた。

音は聞こえなかった。

光は見えなかった。

風は起きなかった。

匂いはしなかった。

あの扉を開けるには、僅かながらの音や風が起きる。それだけではない。この部屋が暗室となっているお陰で出入り口の扉を開けると光が漏れて来る。そして、生き物独特の匂いが感じられなかった。

「盗み見は関心しないな……八城…」

大一は自分と同じ『大一』の右眼を引き千切ると、パクリと口に入れてもぐもぐと食べ始める。

「いつ見ても、気持ち悪いなぁ…」

大一の真横からーー東座縁が現れる。

ショートカットの緑色の髪、平らな胸板からは、一見すると女性とは思えず、服装からしても黄色のラインが入った黒のジャージを着込んでいる事から、より一層にボーイッシュな雰囲気を醸し出している。しかし、瞳の大きさやジャージの裾から見える手足や身体の太さは、軽く捻っただけで折れてしまいそうなか細い。

「……で、貴方の影武者は、あの実験対象に負けた訳?」

律と同じ煌めく金髪に、海の様な明るさを放つ碧眼の少女ーーアリス

今まで昔話にある舞踏会に出ていたかのような純白のドレスやガラスの靴を着飾っていた。

「まあまあ、そんなに気にしなくてもいいじゃん。何なら、俺が一人で刈って来ようか?」

アリスの真後ろから悠々たる面持ちで幸村が顕れる。

ガチャッ、と首斬り包丁を肩に乗せ、いつでも殺れると語気を強める。

「お前じゃ無理だわ。返り討ちにされて終わりじゃね?」

「怖いなぁ…怖いなぁ…だって、彼奴ら闇を返り討ちにしたって……」

双子の姉であるサリーが幸村をからかう。対象的な性格の持ち主である双子の弟であるハレスは怯えた様に口調を濁す。二人は二卵性双生児なので、サリーが紅、ハレスが蒼と髪の色が対象的なまでに違う。

「リカルドの奴はどうした?」

「どうせ、家で役に立たない物でも作ってんだろ。」

「どうでもいいし」

「興味ないから…」

「さて……そろそろ時間だ…」

大一はゆっくりとした動作で立ち上がる。

「……一条さん…」

アリスの言葉を引き金として、部屋の中央に地面から白閃の球体が突き出す。

球体の中から、何者かがコツコツと音を響かせて、歩み寄って来る。

ーーそして

一人の女性……いや十代半ばの少女が姿を表す。少女の周囲を白閃が棚引くが、暫くすると自然に分解されていく。

一条は、腰まで伸びた白髪、整った顔立ち、全てを見通したような鋭い双眸から中世的な印象を与えられる。

薄着のシャツ一枚に、白の上着とズボンが繋がった奇妙な服を身につけている。

「浄化の巫女、儀式場、神術術式ーーが揃った……後は、複数の時期が来れば強者なる魂が手に入る。」

八城が再び口を開く。

「やっと…」

サリーは歓喜のあまり、先程までのお気楽な態度から一転して、頬を緩ませる。

「……っ…始まるな…」

軽口を叩いていた幸村でさえも、一条の前では緊張した面持ちを浮かばせる。

「ーー私達は、もう後戻りは出来ない。例え、誰から批判を受けたとしても、前に突き進むだけ。」



話を終えたレビンは、瞼に涙を溜めて今にも号泣を始めそうになった。その姿は余りにも儚くて、繊細なガラス細工の様で、見ている全員が声を掛けるのを躊躇ってしまった。

「すみませんでした。皆さんが頑張って繋いでくれたのに……私…わたし……ほんとうにーー」

「……ごめん…レビン」

全員が声の発生源へと顔を向ける。

そこには、悲しそうに顔を歪ませ、今にも泣き出しそうな泉の姿があった。

その姿に部屋にいた全員がハッと息を呑む。

「いず…っ…ぅっ…泉さん…悪いのは、私です……彩さんを……ゴメンなさい…ほんとうにゴメンなさい………」

頭を下げて泣き続けるレビンを、泉は変わらず悲しそうに顔を歪ませ、ベットを降りて立ち上がり、安定しない歩調でゆっくりと近付いて行く。

その様子から泉もまた、決して体調が全快ではない事が解る。超弩級ゴーレムや忌道真との連続での戦闘は泉の身体に多大な負荷を掛け続けていたのだ。まともに歩くどころか、立ち上がる事さえ苦痛を伴っているのだろう。

しかし、泉は苦痛による嗚咽や顔を顰める事を一切せず、涙を流し続けるレビンへと近付いて行きーーぎゅぅっ、と腕をレビンの背中に回し、離れない様に抱き締める。

レビンの顔が、泉の胸元に軽く押し付けられ、泉の儚い雰囲気がより一層強くなるのを優は感じ取った。

「…………そんなに謝らないでくれ……レビンは最後の最後まで力を振り絞って頑張ってくれたんだ。大切な仲間を助ける為に、そんなに……心も身体も傷付いて……もうこれ以上謝らないでくれ……もうこれ以上傷付かないでくれ…」

懇願する泉は一層にレビンを抱き締める。

「………いずっ…み…さん……」

レビンの頬に一筋の水滴が流れ、ベットのシーツの上へと零れ落ちる。それはポタリポタリと次々と溢れては落ちていく。

レビンは五センチ付近にある泉の横顔を横目見て、嗚咽を殺そうと、きゅぅと唇を噛み絞める。

ただそれは悲しみから流れ落ちる涙では決してなかった。

温かかった。

泉と触れ合う身体の事ではない。彼と出会ってから、一週間の内に何度この気持ちを感じた事だろうか。

何度、感謝の気持ちを述べれば良いのだろうか。

何度、抱き締めてくれた事だろうか。

何度、自分の事を心配してくれたのだろうか。

何度、何度、何度……

「……本当に、ありがとうございます…」

その時のレビンは泣いていた。

それこそ号泣していたと言われても過言ではない。

ただそれ以上に笑っていた。

泣きながら最高の笑顔を浮かべていた。

そこにはガラス細工の様な儚い雰囲気はなく、太陽の様な明るさだった。





泉はいつもの真っ黒なロングコートとTシャツはパラティヌスの剣にによって突き立てられたお陰でボロボロとなり、煉獄との戦闘時にズボンの裾や膝の部分が裂けてしまっていたので、真新しいベルギス国立魔道学院への入学時に貰った服を着ている。

日本では学校支給の戦闘服に個々のアレンジを入れて、使い勝手の良い様にしてある為、オーソドックスなコートと下着、ズボンもしくはスカート等の服装となる。

しかし、ベルギス側ではそういった事はなかったらしく、外見はいつもとは大いに異なり、ズボンと上着が繋がったツナギ服の様な独特な服装となっている。

「で、一体……そのえーと…南はいつから…起きていたのかしら? 別に答えなくても、気にしないけど…詳しく教えなさい。」

「律、どっちなんだよ……えーと、優の殺気を感じた辺りだっけかな…?」

あやふやな記憶を探る様に、泉は天井を見上げながら答える。

「ハッキリしなさいよね!」

「…全身麻痺してたんだから…無茶苦茶言うなよ……」

少々げんなりしながら、肩を落とす泉を見て、律は「…聞こえてなかったのなら良いのよ……」とホッと胸を撫で下ろす。

そこから少し離れた所で、湊は御代からサイン紙と黒の極太マジックを突き出されていた。

「……えっと? もしかしてーー」

「サインお願いします。湊様!!」

「はぁー、やっぱりか………うーん…どうしようか…基本的にはこういうのって、俺苦手だから断っているんだけど泉の友達だしなぁ……じゃあ、特別に」

その返事を聞くや否や、御代はパッと顔を上げて目を輝かせる。湊はマジックとサイン紙を受け取ると、走り書きで『黒井湊』と書いた後、マジックの蓋を閉じてサイン紙と一緒に返す。わぁーと歓声を上げながら、御代はサイン紙を胸に抱き、湊に一礼した後にサイン紙を掲げて微笑んでいる。

優は理沙やレビンと共に、談笑している途中で、時々に怖いくらいの視線を感じたが、結構打ち解けている様だ。

燐は未だに温泉に入りに行っており、部屋にはいない。

最後に愛なのだが………

「……こんな事、あんまり言いたくないんだけどさ…」

困った表情を浮かべ、頬を掻きたい所なのだが、それは決して出来なかった。

「南、どうかしたのかしら?」

「……二人とも何で俺の腕を引っ張ってるんだ? 痛いんだけど……」

左腕を律が引っ張り、右腕を愛が負けじと引っ張っていた。

怪我人の泉にとっては、そこまで強くないにしろ、真逆の方向へと同時に引っ張られるのは結構痛みが奔る。

そしてなにより、先程から二人の力の強さが段々と上がっており、身体がこれ以上の負荷は無理だと音を上げていたからだ。

それに対して律と愛は、ギィッと効果音が付きそうな程にキツく互いに睨み合うだけで、全く腕を離そうとしない。

「……泉君痛がっているでしょ。手を離しなさいよ。」

「そっちこそ。貴方が手を離せば良いんじゃないかしら? こんな軟弱な幼馴染だけど、私の方が彼との出会いが先だから、彼の面倒を見る権利があるわ!!」

「何よ、それ。付き合いなら、あんたに負けないくらい長いから、私がする。部外者は引っ込んでおいて!!」

「ぶ、部外者ですって!? どっちが部外者と思っています!?」

泉を間に挟み、二人は口喧嘩を始めてしまい、余計に困惑してくる。

正直な所、もういい加減に手を離せと言いたくなるのだが、ここで口を挟もうものならーー

「あの……律さん、愛さん…」

「「アァ?」」

俺を助けようとしてくれたのかは定かではないが、空気を読めなかったレビンは、恐る恐る二人に声を掛け、二人は同期して振り返り際に、明らかにキレている、と言いたげな裏返った声で返事をする。

「……ふぇ…ぇぇ…す、すすすみませんでしたッ!!」

レビンは先程あんなに泣いた筈なのに、涙腺は未だ枯れていなかった様で、怯えた表情を浮かべながら涙を散らして後退り、頭を下げた後に優や理沙の元へと逃げてしまう。

レビンが居なくなった後も楽しそうに談笑していた優と理沙は、突然にレビンが泣きながら戻ってきた事に驚きを示しながら、この現状の元凶である二人に対して、可哀想に……泣かすなんて、謝った方が良いんじゃないの? と言いたげなジト目を繰り出す。

不注意だったとはいえ、当然ながら二人がその攻撃に堪えられる訳がなく「レビンちゃん驚かしてゴメンなさい!!」「怖い声出してゴメン!!」

泉から手を離してレビンの元へと駆けて行った。



泉は窓近くにあるベットに深々と腰掛けると、墨よりももっと黒い空に浮かぶ満天の星空と金色に輝くまん丸とは言い難いが、恐らくは数日の内に満月になるであろう月を眺める。

「……助かった…」

ポツリと呟いた言葉は、律や愛の二人から逃れた事を指してはいなかった。

パラティヌスの金色の剣に刺された時、自分の甘さを呪った。

もしも、魔道書庫からの脱出時に最新の注意と気を配っていたならば、運がよければ皮膚の皮一枚程度の軽傷で、済む可能性だってあった筈だ。

いや、それは今でも仕方のない事ーー例え自分が最新の注意を払っていようとも、あの剣を見切り、避けられなかった現実が待ち受けているかもしれない可能性もまた、十分にあったのだと頭の中では理解している。

ただ泉は自分が許せなかった。

彩が攫われたのは自分の過失だ。

彩が攫われたのは自分の無力さだ。

ーー全てを断ち切ってやる!!

ーー『あぁ、任された。絶対に戻って来る。約束するよ。』

あんな大見栄を張っておいて、結果がこの様か?

結局、俺はあの時から何にも変わっちゃいない。進歩もしなければ、後退もしない。中途半端に道の脇でずっと途惑ったままなのだ。

ーーだから……

「泉君」

肩に乗し掛かる僅かな重みと触れ合う事で伝わる温かさ、栗色の髪が目の前を漂い、吐息が頬に触れる。

「……どうしたんだ?」

動揺しない様に、恐れを悟られない様に出来得る限りの落ち着いた口調で返事する。

しかし、優にはそれは通用しなかった様で……

「泉君……始めて出会った日の事、覚えてる?」

忘れる訳がない。まだ、アレから二ヶ月と経っていないのだから。

「…覚えてる」

「私に言ってくれたよね……辛かったら…泣いても良いんだ。苦しかったら…泣いても良いんだ。自分じゃ挫けそうなら、仲間に助けを求めても良いんだって。だから、今度は私達から言わせて貰う」



「私には気持ちの在り方を教えてくれた。」

ーー愛

「貴方は私に笑顔を取り戻してくれた。」

ーー律

「俺が必死に力だけを追い求めていた時、それを必死に止めてくれた。」

ーー湊

「君は私の我儘な願いを聞き届けてくれた。一緒に手伝ってくれる。そう言葉を掛けてくれた。」

ーー理沙

「泉さんは、私の大切な人を取り戻してくれた。」

ーー御代

「泉さんは、私の命を何度も救ってくれた。」

ーーレビン

最後に、優へと向き直りーー

「そして、私は、君に外の世界へと踏み出す勇気を貰った。君の様になりたい。優しいぐらい人思いで、誰かを支えてあげられるくらい強くて、それでいて自分は何もかも溜め込んで……君はズルいよ…私にも、私達にも同じ立場に立ちたいよ……」

「ーー優……」

「私、君と一緒に色んな物を見て、色んな事を感じて、色んな事をしたいよ。だから、私から言わせて貰う。もっと私達を頼って欲しい。例えこれから先、何が起きようとも、私は君の味方であり続ける。」

泉は瞼を閉じ、まるで涙を拭う様に瞳に指先を擦り付けた後、頬を赤らめながら嬉しそうに笑った。

「…ありがとう……優……皆」

優が言う通りーーこれから先、本当に何が起きるのかもう誰にも予測は出来ない。パラティヌスみたいな奴がまだ何人も残っているのだ。

これから先、彩を助けるーーその想いが何度も挫けそうになるかもしれない。何度も曲げられそうになるかもしれない。俺一人の力では到底太刀打ち出来ない強大な力が。

だけど、いつの日か一夜にして失ったーー絆が瞳に映る光景の中にはあった。

俺は決してこの瞬間を忘れる事はないだろう。自分という存在を再び認める事が出来た一夜を。

ーーそれは南座泉に掛けられた封印の扉が、彼女達が創り出したーー信頼という鍵によって開け放たれた瞬間だった。

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