終焉の準備
気を失っていた三人の内、最も早く気を取り戻したのは、外傷が少なかったレビンであった。
「……ぅ…ぅぅっ…」
レビンは呻き声を発しながら、ゆっくりと辛そうに身体を起こす。
「寝てなきゃ駄目だよ」
その事実に気が付いた優が、レビンの背中に手を回して、レビンの身体に負荷にならない程度の圧力を掛けて再びベットに身体を預けさせる。
「……ぁ…っ…」
情けない掠れ声と共に倒れたレビンは、自分の身体の細胞レベルでの損傷を無意識の内に感じたのか、優の言う通りに再び起き上がろうとはしなかった。
ただそれでも突然、知らない人が目の前に居た事に慌てたのか瞼を見開いて、目を丸くする。
「……ど…どちら…さまでしょうか?」
身体を萎縮させ、恐る恐る切り出すレビンに、その場にいた優、愛、御代の順番で三人は、怖さとは真逆の温かい表情を醸し出しながら代わり代わりに挨拶と自己紹介を済ませていく。
その温かさ、明るさにレビンは安心した様にふぅっと息を吐き出すと、レビン自身も挨拶と自己紹介を済ませる。
ーーただその中でも律だけは、申し訳ないと濁した表情を浮かべたままどうしようも無く途方に暮れていた。
それは律が、レビンが始めて出会った時の事を引き摺っていたからであった。
当然今でも、成功する可能性が0に近く、尚且つ命を捨てようとする行為を黙って見過ごす訳はない。
しかしながら、暫くの時間が経って、頭を冷やした律は、冷静になって考えた後に(あの時、彼女を説得するとしても、もう少し……抑え付ける様な言い方じゃなくて…もっと良い説得が出来たんじゃないかしら……)と悶々と考え続けていた。だが、済んでしまった過去は今更変える事は決して出来ない。
律は決死の意思を振り絞り、そっとレビンに歩み寄る。その歩み寄って来る姿が、レビンの視界に入り、レビンは黙って律に向き直る。
それまで落ち着いていたレビンの身体に動きが生じて律は堪える様に目を瞑る。
レビンは律の予想していた考えを超えたーー範囲外の行動を取ったのであった。
顔を殴られた訳ではない。
頬を叩かれた訳ではない。
脛を蹴られた訳ではない。
身体に飛び乗って来た訳ではない。
恐怖の眼差しを向けた訳ではない。
怒りの眼差しを向けた訳ではない。
顔を曇らせた訳ではない。
再び、怯えて身体を萎縮させた訳では決してなかった。
ーー手が温かい。
瞼を開けた律の眼前に見えた光景ーーレビンが律の手を優しく包み込んでいた。
そしてーー
「あの時は、本当にありがとうございました」
少しでも動こうとする度に激痛が迸っているのに、そんな陰を微塵も見せずに、律が今まで見たどんな表情よりも可愛らしい、最大級の笑顔を浮かべ、小さな頭をこくりと下げたのだ。
そこには恐怖、怒りの負の感情から来るものではなかった。
「……ぅ…うん…こちらこそ……その…あ、ありがとう…」
しどろもどろに答える律に、レビンはくすくすと温かい笑みと笑い声を上げる。
「自分を助けてくれた恩人にお礼を言われるなんて不思議な感覚ですね。」
「……でも、私!!」
「良いんです。止めてくれなくちゃ、私は……私程度の力じゃ死んでいましたから。だけど、諦めたつもりはありません。傷が治り次第、直ぐにでも彩さんを助けに行きます。」
「分かったわ……その時はもう止めはしない。でも、今はしっかり休養しなくちゃね。」
「……確かに……状況は芳しく無いようだな……」
隣のベットから懐かしい声が部屋に響いた。その口調は男の子っぽいのだが、それにしては声が高い。
部屋にいた五人がバッと顔を振り向かせ、その人物を見つめる。その中で最も早く口を開いたのは、予想外にも御代であった。
「ーー二本の白と黒の刀。その男らしい声。チャームポイントの灰色のバンダナ。まさか!? あ、ああ、貴方は………ッ!?!! まさか、まさか、黒井湊様ですか!?」
「ーー様? ちょっ、御代、何を言ってるのよ!?」
愛は、取り乱して興奮している御代を見て、事態が呑み込めない様子で慌てる。
「愛さんは、何を言っているんですか!? 湊様ですよ? あの学生部門日本代表に選ばれた。」
「えっ、それって何の事?」
「あんまり気にしないで欲しいんだが……それ黒歴史だし……」
ボソッと呟く湊を脇目で見ながらも、優は首を傾げている理沙に軽く説明する。
「湊ちゃんは今年の春に開催された、日本国主催魔道大会個人戦学生部門の優勝者なんだよ。ウチの学院からも何名か出たけど、一回戦負けしちゃった。」
その説明を聞いて、湊が二人に振り返る。
「実を言うと、そこで嬉しそうにして、レビンを抱き締めている律も……」
「や、ややっぱり!? 貴方が篠崎律さんだったんだ。サイン紙持って来てたかな…」
そそくさと鞄の中を探り出した御代を、愛ははぁ~とため息で一蹴する。
「べ、別に強い奴が居ないかな~って……まあ、湊と当たらなきゃ準優勝はしてたし……それに、南に会え……ないない。そんな事は一切考えてないから。」
「えっ、お前も? 俺もそうなんだよな……隣で寝ている奴の実力なら、余裕で出場して来るだろう。って、思っていたら、出てないし……こいつは、何処を目指しているのか……俺も、折角頑張ったのにさ」
「私は違うって言ってるでしょ!!」
「はぁ~、じゃあそういう事で良いよ」
「分かってない!!」
「はいはい。分かりましたよ。お嬢様」
「だ~か~ら」
顔を真っ赤にして、病人の湊に魔法を放つ。湊はダルそうにして手を横に薙ぎ払い、金色の閃光の軌道を反らす。
部屋が壊れそうになったのを見て、愛が必死に律を宥める。
「……ッ……あ、あの…」
ツンツンと理沙と湊の服の裾をレビンが他の人達には気付かれない様に、こっそりと掴む。
「お二人に、話したい事が……」
二人は何か思い付く事があったのだろう。
「……うん…分かった」
「…そうだな……泉の知り合いといっても、巻き込む訳にはいかないよな…」
「……じゃあ、此方に」
レビンはベッドから起き上がろうとして「ッわぁっ!?」情けない驚きの声を上げて再びベッドに押し付けられる。
「貴方達は、何を話そうとしているの?」
優が紡いだ声によって部屋に静寂が訪れる。
「……いや、何でも…」
ーーない。とまで言い切れなかった。それは、優が腰に提げた細剣を目にも止まらない速度で湊達に突き付けたからだ。
その速度は神速の域に達していて、レビンや理沙だけではない。湊でさえ、まともに視認する事が困難な程の精度と速度を誇っていた。恐らくは、その威力も尋常な破壊力を秘めているのであろう。
ーーそして何よりも三人が驚かされたのは殺気だ。優の瞳は嘘を吐けば殺すと真剣そのもので、冗談とは到底思えなかった。
そんな優の真横に律が進み出て、三人を見据える。
「私も知りたい……貴方達が何をしていたのか。そして、これからどうするつもりなのかを。」
「湊くん……」
「……分かった……」
神妙な表情で湊は全員に頷き、最初に起きた律の事件、理沙やレビンとの出会い。重要な鍵であるーー彩の元へと侵入する為に、必死にゴーレムを撃退した事。その後、直ぐに騎士団に襲われて何人かに別けて逃げた事。を掻い摘んで話した。
「俺が知っている事はここまでだ。これ以上は、彩とレビンが逃げ出してからの事は、俺も詳しくは知らない……それに、どうしてここに彩がいないのか…大体の検討は付くが、レビンに話してもらうしかない………レビン、話せるか?」
「……はい、大丈夫です。分かりました……」
「いくわよ」
魔女風の少女ーーセリジアと執事の青年ーー藤本健一は互いに螺旋状の軌跡を描きながら二人に近づいて来る。執事の藤本はともかくとしても、動き難そうな服のセリジアまでもが驚くべき速度を誇っていた。
対する彩とレビンは、前方にレビン、後方に彩とオーソドックスな前衛後衛体制を取って応戦する。
「はああぁッ!!」
レビンが横殴りに得物を振るう。威力の差はあれども、泉と同じ漆黒の圧縮粒子が放出され、空間を切り裂きながら藤本とセリジアに迫る。
ゼジリアが手を突き出すと前方の空間が捻じ曲げられ、攻撃は軌道を変えて何処ぞの方向へと飛んでいった。だが、レビンはその程度の実力では驚愕する事はなかった。以前ーー1週間前のレビンならば、まさに今の様に、力量の差が歴然の相手に、立ち向かっていくどころか、立ち上がろうとする気力さえ保てなかっただろう。
しかし、レビンはこの一週間の間、授業の空き時間や放課後、泉に稽古を付けて貰っていた。当然ながら、一週間程度の稽古だけで直ぐに力量が上昇するかと言われれば、その通りで日進月歩の成長はあるものの、格段に曲刀技が成長したわけでも特別な魔法ーー特異体質に目覚めたわけでもない。
それでも今、レビンは立ち向かえる。
それは心の在り方に気が付いたからだ。
泉にその教えを説かれた訳ではない。ただ彼の様子、性格、その想いを見ている内に気付かされたのだ。彼がどうして本当に強いのか。
ただ単純な想いではない。
守りたいとか。
強くなりたいとか。
立ち上がりたいとか。
そんな言葉では決して表せないーー夜空に輝く億千もの星々の様に淡く煌めく想い。
それが彼を突き動かしているのだ。
ーー想いを貫けーー
だから、レビンも自分らしい想いを貫く為に闘おうと思う。その先に破滅が待ち受けていようとも、それ等全てを打ち砕き、因果を断ち切って進みたい……泉さんと…
「ふっ……彩さん、お願いします。」
レビンは右側に地面を滑る様にして跳躍すると、レビンの背後から露わになった彩が、彼女の得物である小刀を突き立てて突進する。
小刀から紅の炎が棚引き、歪曲した空間に突き立てられ、大音量の轟音とギギギギィッ! 火花を散らしながら僅かなながら埋まり、空間にヒビが入っていく。
パリンッ!! 甲高い金属音が満天の星空に響き渡り、歪曲した空間が燃焼して正常な空間へと回帰する。
藤本は表情を変える事なく、その現実を認め、巨大な鎌を顕した。それは転移魔法を応用した具現とも、理沙の様に魔力から物質を構築していく特異体質等とも思えなかった。まるで元々、あの大鎌は藤本の手の中にあったと錯覚させられるコマ落ちの様な感覚だ。
どういう原理なのかは解らない。だが、現に藤本は大鎌と地面を擦らせ、火花を散らしながらレビンへと接近していた。
大鎌が下から上へと刈り上げて来る。レビンは後ろではなく、左横へと転がる様にして大鎌の軌道から避ける。
鋭利な鎌の先端がブーツに僅かに切り込みを入れ、かすり傷を付ける。
それだけでは彼等の連携は途切れず、レビンが回避した地点に先回りしていたセリジアはレビンに向けて右手を突き出しーー空間に僅かな歪みが生じる。
恐らくは、先程の圧縮粒子斬撃を弾いた空間を歪曲させる系統の魔法に違いない。
レビンは未だに体勢を整えられず、目の前から迫って来る危機から逃れられない。
「ーーこのッ!!」
セリジアとレビンーー両者の中間に彩が割り込み、歪曲した空間を斬り裂く紅の斬撃が振るわれる。彩の斬撃は先程とは様子が全く違い、セリジアが創り出した歪曲をいとも簡単に裂く。
「はっ…やるわね…」
セリジアは小刀の軌道から右腕を引っ込め、左手の周囲の空間を歪ませていきーー古びた箒を具現化して小刀を受け止める。
「……っ……!? 記憶形状魔法…」
「そうよ。貴方程度にコレは壊せないわ!!」
彩はセリジアの放つ圧力に圧され、苦しそうな表情でぎゅぅっと唇を噛む。
「……確かに、今の私にはそれは壊せない。だけど、貴方は別ですよね……」
その言葉を発した後に、彩は何時の間にか、足元にあった小石をセリジアに向けて蹴った。小石は高速で至近距離を駆け抜けてセリジアの顔にーー
「甘いわね」
セリジアは首を傾けて小石を避けーーゴツンッ!! 鈍い音と共にセリジアは痛みを感じ、額から血が流れ落ちていた。
彩はセリジアが驚愕の表情を浮かべて呆気に取られている内に、小刀を横一文字に振るい、セリジアはその軌道に同期して箒を構えるがーー
「ーーっ!!」
小刀が箒に受け止められるよりも先にセリジアの肘に切り傷が入る。
セリジアは痛みに目を顰めながら、後方へと跳躍して距離を取る。
彩はそれ以上追撃して来ようとはせず、じっとセリジアを見つめる。その表情には苦痛と疲れの色が見える。
「……あぁ。成る程ね。そう。ハハハハッ」
突如声を上げて笑い出したセリジアを彩は訝しむ様に問い掛ける。
「……? 突然、笑い出して、頭でもおかしくなったのですか?」
「……いやいや、あんたの攻撃ーー最初はどんな攻撃かと驚いてみれば、改めて考えれば、こんな容易い子供騙しだったとは……驚いた自分が馬鹿みたい!!」
「……ッ…」
「気づかれない程度の魂分裂で、私に軽い幻覚を見せていたのでしょう?」
「………」
「もう私には、全て筒抜けなのだから、黙らなくてもいいわよ。今の貴方の魂分裂だけでは、私達を昏倒させられる事は出来ない。それ程までの支配力を得るには、時間がどうしても掛かり、即席としては幻覚を見せる程度が限界といった所ね…」
「………えぇ…確かにそうです……だけど貴方は一つだけ間違えています。」
「……何が言いたいのかしら? ……ぅっ…なんだコレは…頭がクラクラする……」
セリジアは吐き気を起こした様に手に口を当てて、膝を地面に付ける。
「私の魂分裂は、今もその支配力を増しているんです。貴方が無駄な説明に時間を費やしている間にも、貴方の身体を蝕んでいるんです。貴方から必要な情報は貰いました。私はいつまでもこの場所にいる訳にはいかないーーだから、ここで、もう終わりにしましょう。」
彩は小刀を逆手に持ち、紅の圧縮粒子を循環させていく。空気がピリピリと身体を刺激し、燃えるような熱を篭めている。
その時、彩の瞳が据わった。
それは相手を失神させる為のーー恐怖を与える見せかけの表情では決してなかった。
斬る事を決意した瞳だ。
彩は四つん這いになっているセリジアに近寄り、高々と小刀を振り上げる。たったそれだけの事で、空気が波の様に振動する。
そして、躊躇う事なく脊髄に狙いを定めて小刀を振り下ろす。
ーー周囲に鮮血が飛び散った。地面にベチャッと音を立てて血の塊が落ち、ポタポタと未だに血は垂れ続けている。
そしてーー
「……ぁぁ…ァァアッ!! アアアアアァァァーー」
彩の絶叫が響いた。
彩は腹に強烈な激痛を感じて、四つん這いになりながらも確認するとーー彩の身体を貫通した剣があった。それも一本ではない、二本、三本、未だに剣は彩の身体に突き刺され続けていく。
「ーーーーーッー!!」
彩は瞳に涙を溜めながらも、痛みに耐えて剣を抜こうとするのだが、痛みと恐怖で全身の筋肉が硬直してしまい、上手く動けず、バタバタと手足をバタつかせているだけだ。
そうしている内にも、剣は彩の身体に次々と刺されていき、挙句には指、掌、腕、太もも、脚を地面に縫い付ける様に剣を突き刺される。
もう痛みも感じない。いや、神経が麻痺し、意識が遠のき、正気が保てない。
瞼が途轍もなく重い。だけど、ここで瞼を閉じてしまえば、彩は決して助かる事はないのだろう。
けれども、それが分っているのに、身体がどうしても言う事を聞いてくれなかったのだ。
ーー誰か…誰か……お願い…助けて……
ーーそして、彩は瞼を閉じた。
「彩さんッ!!」
突如、地面に倒れた彩にレビンは驚きの声を上げて駆け寄ろうとするが、目の前の男ーー藤本の事が立ち憚り、踏み止まったレビンは横目で彩の様子を確認する。
彩はセリジアを倒そうとした時、突然身体を硬直させて悲鳴を上げて地面に倒れたのだ。
「何をした…!?」
「……気付かないのですか? よく考えて見て下さい。最初にヒントは与えましたよ。」
ーー最初のヒント、それは恐らく、あの血の文字の事だろう。
それはーー
「……幻覚魔法…」
「そうです。私は幻覚魔法を彩さんに掛けさして頂きました。手荒い事はしたくはなかったのですが、少々悪さが過ぎたようなので、悪い夢を見てもらいました。」
「……貴方……よくも、彩さんに!!」
レビンは眉を潜め、歯軋りして、飛び掛かる様にして藤本に向かって駆けて行く。二人の距離が二メートル弱までに近付いた所で、後ろへと大きく降りかぶられた曲刀が横一線薙ぎ払われた。
ーーただ、ガキンッ!! 金属がぶつかり合う音が耳元で響く。
ーーただ、レビンの曲刀は藤本には届かなかった。
真横から現れた細長い棒。
レビンは渾身の一撃を軽々と止められ、逆に後方へと弾かれる。地面を滑りながら、前方を睨み付けーー何時の間にか現れた前方を塞ぐ人の壁。その数、およそ十数人。
藤本との曲刀と鎌の打ち合いの中、突如、現れた彼等の一人一人は、レビンでは到底敵わない実力を有しており、先程からレビンが彩の元に近付けない様に邪魔していた。
「……はぁはぁ…そこを退けっ!!」
精神的にも肉体的にも疲労が溜まり、増して数多くのかすり傷を負って、レビンは肩を上下させながらも、身体に鞭を打って敵わないと知りつつも、強敵に立ち向かう。
「……セリジアお嬢様。大丈夫ですか?」
藤本は地面に倒れ、気を失っているほぼ無傷の彩を抱き上げる。
「助かったわ……貴方の幻覚魔法を掛けてくれなくちゃ、私が殺られていわね……」
セリジアは、吐息を吐き出しながら冷や汗をローブの裾で拭う。
レビンは疲労していた。
何度立ち向かおうとも、何度打ち込もうとも、全てが防がれ、逆に自分の身体に擦り傷、打撲が増えていく。
このままでは、致命傷を負うのも時間の問題であろう。
今のレビンの体力では、真正面からの攻撃を受け止める事も出来ず、軌道を変える事が精一杯だ。
増してや、相手に囲まれ様ものなら、直ぐさま潰されてしまう。絶えず走り続ける必要がある。
ーーだが、それもそう長くは続かず、前方三方向からの同時攻撃を受けて、後ろへと吹き飛ばされる。悲鳴を上げる暇もなく、直ぐさま体勢を立て直し、真上から雷が降り注ぐ。
咄嗟に圧縮粒子を真上に放ち、一時的に威力を相殺すると、真横へと転がる様にして逃げる。
曲刀を杖代わりにして必死に立ち上がり、後ろ退さると、背中にコンクリートの家の塀が当たる。
逃げ場を無くす様にして、周囲を囲む。全員が魔道具をレビンへと向けーー
多種多様な閃光と共に、圧倒的質量がレビンを襲った。
「……き……ゃあ……ぁぁッ!!」
自身の甲高い悲鳴と共に、レビンは地面を二、三度バウンドした。
その痛みは嗚咽すら出せない程度だった。これ程までの激痛を感じた事がないレビンは、舌を噛まない様に歯を食い縛り、指でズボンを懸命に握り、身体は青ざめ、冷たくなっていく。
深い闇は、レビン程度が抜け出せる物では決してなかった。起き上がれない。意識が遠のく。考えが纏まらない。痛みが酷い。
いつしか、レビンは瞼を閉じて死を覚悟し掛けていた。
ーーこの危機的状況を打破する力が自分にあれば!! 他人を助けられる様な力があれば!! 泉さんの使い魔なのに……どうして……どうして…私はこんなにも無力なのだろう………たった一人の仲間さえも助けられないのだろう………
……いや、違う。
「……まだ…立ち上がれ…る…皆の想いを……護るんだ……ぐぅッ!! ……ぁぁ…ぁっ……ぁぁぁァァッ!!」
起き上がろうとしたレビンの首筋に強烈な圧力を掛けられる。首を締め付けられ、身動きが取れないまま深い闇がレビンを捉えた。
次第に手足から力が抜け、瞳から光が消えていく。
それは、最後の力を振り絞って保っていた微かな意識が、強大な力の前に屈服させ、掻き消された瞬間だった。