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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
ベルギス編
44/51

問題と混乱

「……えーと…どうしてこんな事になっているのかな…?」

優の困惑した声が部屋にいる全員に伝わるが、誰一人としてその返事を返そうという殊勝な人間はいなかった。

御代は声を掛けようかと、優をチラリと横目に見るが、あの光景を見た後に、この現状をフォローする気にはならなかった。

「……修羅場だ…」

御代がポツリと本音を漏らしていた。



それは一時間程前に遡る。

「ーーっ、泉君。」

星々が煌めく夜空に、清らかな水の様に透き通る優の声音がこだました。しかし、その声に対する応答はなく、声を掛けられた途端に黒髪の少年はふらっ、と体勢を崩して地面に前のめりに倒れた。

それは美少女と呼ぶに値する少女から声を掛けられた事で、嬉しさのあまりに気分が動転してしまったなどという馬鹿馬鹿しい理由では決してない。

尋常ではない量の魔力総量を一時的にとはいえ、人間一体分の小さな体内に押し込めていたのだ。運が悪ければ細胞レベルの分解が起きる可能性も危惧されるのだ。また、超弩級大型ゴーレムとの戦闘による蓄積疲労に加えて、パラティヌス・デインや煉獄司による肉体の損傷で、泉の身体は背筋が寒くなる激痛によって身体が自動的に意識をシャットダウンさせたのだ。

「……泉く…ん…!?」

気を抜けば殺られる生と死を司る戦闘、今まで生きてきた十五年間の内でも突き抜けた緊張感の連続ーー理沙は必要以上に喉が乾いた為、喉には痛みが奔り、それでも尚泉が倒れたという現状に驚き声を洩らしていた。

いや、実際にはそれだけではなかった。理沙よりも先に彼の名を叫んだ者がいる。

恐らくは、声音の高さから女性だと直ぐに理解出来た。ただ、その声には通常の友達同士とは思えない程に悲痛な想いが込められている事に気付かないほど理沙は鈍感ではなかった。

まるで長年探し求めていた人とようやく巡り合えたような嬉しさが篭っていたのだ。

しかし、一体誰が?

理沙の知る限りで言えば、泉達が転校してからというもの、自分以外の特定女性と親しくしていた覚えはない。

(いや…でも、泉君は凄くかっこ良いし…私が知らない所で……)

泉君はその驚異的な実力、他者を思い遣る事の出来る優しい性格、中世的な容姿のどれをとっても、私にとって魅力的な男性だと自信を持って言える。もしかすると、私が知らなかっただけで、誰がクラスの特定の女子と付き合っていたという可能性も考えられる。

(……いや、まだそうと決まった訳じゃないし…)

ションボリしていても始まりはしない。まずは、声の主が誰なのか。泉君とどういった関係にあるのか見極めなければ。もしも、自分の杞憂であれば、その時は容赦なく奪い、と決意を固めた瞬間ーー

問題は起きた。

「……本当に…ほんとうに…泉君だ……っ…泉君!!」

彼のすぐ傍にある建物の物陰から、一人の少女が泉君を抱き締めていた。

鮮やかな栗色の髪は腰まで届きそうな程に長く、私や泉君と同年代である外見、そして何よりはその少女が、同性の理沙から見ても可愛いくらいの容姿を誇っていたという事だろう。

「な…な、なな…何しているのよ!?」

疲労による困憊の所為なのか、はたまた突然私の知らない美少女が泉君に抱き付いているという驚き所為なのか、滑舌が回らなくなる。

理沙の声に栗色の髪の少女は「ひゃぁっ!!」驚愕して飛び上がると理沙の方にゆっくりとした動作で振り向き、やかんの様に顔を赤面させる。しかし、泉君を抱き締めた腕は決して離さない。その為、余計に理沙はやきもきさせられる。

驚かされるのはそれだけでは済まなかった。

「優~、全く何処に行くの……って、えっ!? い、いいいい泉君!! というか、優はなんでちゃっかり抱き締めちゃってる訳!! 私に代わってよ!!」

黒髪ツインテールの少女が続いて現れたからだ。その反応から見るに、彼女も泉君に気がある事は一目瞭然だ。

彼女達は恐らくだが、ベルギス国立魔道学院の生徒ではない。それは、長年あの学院に通っている理沙だからこそ分かる。もしも、彼女達が学院の生徒ならば、学院の生徒達が放って置かず、少なからずの話題となり、長年通っている理沙が知らない訳がないからだ。

しかし学生でないとすれば、彼女達と泉君に一体全体どんな関係が……

「大丈夫ですか?」

俯いて唸りながら考えていた理沙に声が掛けられたという事実に気が付くのには、少しばかりの時間を要した。

顔を上げてみると、心配そうに二人の少年少女が見つめていた。

一人はボブカットの黒髪と、もう一人はオレンジ色の髪をした子達であった。

「…えっ…えっと…ありがとう」

手を借りて立ち上がると、泉君の傍に寄っていく。

しかし、それは突如起きた旋風によって邪魔される事となる。

視界を金色の粒子が埋め尽くし、気が付けば目の前に新たな金髪の少女が佇んでいた。肩まで届くショートカットに、長さが合っていない黒色のロングコートを身に纏い、一見すると下は裸かと思われたのだが、下にはスパッツとTシャツを着ている。

そして彼女の両手には、一人の少年と少女を抱えていたのだが……

「湊君、レビンちゃん!!」

の二人だった。

湊とレビンの二人共に何があったのかは分からないが、二人は気を抜けば失い、湊に至っては血が律の手を伝って流れていた。

あれ程の実力を持っていた湊が傷付いていた事にも驚かされたのだが、それ以上に、その金髪の少女ーー律の異常な雰囲気に周囲は気圧される。

本気状態の泉でさえ、これ程のプレッシャー、緊張感を感じた事はなかった。

理沙は自身の特異体質である『魔道構築』によってベレッタPx4と青竜刀を具現化し、重心を低くして戦闘体勢を整える。

しかし、その反応に気が付いた律は、困惑した表情を浮かべた後、湊とレビンを降ろして状況を繕おうとする。

「貴方、魔道具を降ろしてくれないかしら? 今は戦っている場合じゃないの……湊やレビン、…み、南も重傷を負っている……直ぐにでも治療しなきゃ死ぬ可能性だってある。」

「……分かった…でも、湊君や泉君に危害を加えたのなら、私は容赦はしないから…」

「分かってくれてありがとう……そこの貴方達、ここから近くて、何処か安全な場所はないかしら?」

燐や御代の方を向く。

その後は、危険な状態である事から、御代や燐の勧めもあって優達が泊まっているホテルへと一目を避けて向かった訳だ。

愛は医者に見せる事を提案したのだが、理沙は自分達が騎士団に追われている事を説明して跡が残る場所を避けて置きたい事を説明して、優や律の提案で自分達で応急処置だけでもしておく事となった。

場所は違えども、この場にいる全員が魔道学院に通っている。その為、生傷が多い魔道学院では応急処置等は出来て当たり前の事で、当然ながら血を止めて、包帯を巻くのは出来た。また、偶然にも泉の胸ポケットに治療薬が入っていた事から、それを少し頂き傷口を治すといった程度までは可能だったのだが……

律を除く優達全員は、困惑した表情を浮かべるのであった。

「な…何これ…」

「……えっと…これって…」

「あの…その…やっぱり…」

「…うん…そうだよな…」

「えっ…どうして!?」

「どうかしたの?」

と、一人だけ状況が掴めていない律を置いて。

泉とレビンの応急処置を終えて、湊の治療に移ったのだが、湊は右脚と胸のすぐ下に銃弾が貫いた跡があり、魔法薬で傷口周辺の細胞を活性化させて傷口を塞いだ。

その後に御代が「汚れたままの服じゃ汚いですから」と言いながら服を脱がした時点で問題が発生した事に全員が気付いた。

ーーそれは。

ーー湊には普通の男子ならばある筈のない物が二つもあったのだ。逆に下半身にあるべき物が無かった。

小さいながらも張った二つ胸は、どう考えても女の子物としか思えない。

呆気に取られて口をパクパクと開閉させている中、「食事、下で持って来たよ。」と空気を読まずに燐が部屋に入って来て、男子が来たと思った御代が同時に叫ぶ。

「燐は見ちゃダメ!!」

「わっ、危ねッ!! ……熱ッ!!」

首を百八十度回されそうになり、咄嗟に避けたのが仇となり、味噌汁、ご飯等を頭から被る羽目となる。

「ちょっ、御代何するんだ!?」

と言いながら、服が濡れてびしゃびしゃになったので、変えの服を持って仕方がなく風呂場へと向かって行った。

「……御代、どうしたの?」

愛が御代の方に向き直り、どうしたのかと首を傾げる。

「えっと…燐が来たから…こんな光景見せちゃいけないと思って……」

「あぁ…成る程ね。」と床に落ちたご飯を片付けながら愛が頷き、優は新しいご飯を貰いに行くと言って部屋から出て行った。

「それにしても、湊君はどうしてあんなに男の子っぽいの? 」

理沙が律に質問する。

「どういう意味?」

「その何ていうか……動作とか…口調とか…泉君と隣に並んでいてもおかしくないぐらい…」

「……そうよね。私からは、詳しくは話せないんだけど……彼……彼女は、一時期強さだけを追い求めてたんだって。その名残で動作や口調が男の子っぽいのよ。」

「泉君もこの事は?」

「知っているわよ。というか、私は南からこの事を聞いたのよ。」

「ふーん。そうなら、そうと言ってくれれば良かったのに……」

「えっ? まさか、湊に惚れ掛けていたとか? 悪い事しちゃったわね……」

「いやいや、そんなのないわよ!! 私は……その……泉…」

理沙は真っ赤になってそっぽを向いてしまった。

「……ちょっと…南…何やってるのよ…全くもう…」

律が泉の頬を突つく。

「………」

愛と理沙は愛をジトォ~とした表情でつまらなさそうに見ていた事に気が付き、慌てた様子で弁解する。

「べ、別に良いじゃない……泉君のほっぺた凄く柔らかいんだから…」

顔を赤くする。

「へぇ~、じゃあ次は私が触らして貰おうかな」

理沙と愛が自身の欲望に忠実に、あからさまな行動を起こしたので、愛は戸惑いながらも二人の行く手を止めようとする。

「ダメよ! 明らかに変な事する気でしょ!?」

「律は触った癖に……私達にも触らしても良いんじゃないの?」

「律だって。邪な思いが無かった訳じゃないんでしょ?」

「うっ……」

律が二人の言葉にダメージを受けている間に、二人は泉の両脇のベットに腰掛けてほっぺたをぷにぷにする。

「わっ、すごい柔らかっ!!」

「本当に、柔らかいわね。ちょっと嫉妬しちゃう。」

そんな事をしている内にも、優がご飯を持って来て、困惑した表情を浮かべていた。

「……えーと…どうしてこんな事になっているのかな…?」

御代は手で頭を抑えた後……

「……修羅場だ…」

本音を漏らしていた。

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