失敗と繋がり
レビンと彩の二人は、安全性を第一として闇夜を駆け抜けていた。
「彩さん、此方です」
レビンは彩の手を引いて、十字路を左へと曲がろうとしてーー
「ダメです。そっちは、二十メートル先で封鎖されています。此方です。」
彩はレビンの手を強く引き寄せ、塀と家の壁の間ーー人一人通れるかどうか際々の幅の小道を、横歩きして突き進む。
通常、人が通るべき道ではない。その為、苔やらゴミが散乱しており、眉を潜めながらも早歩きで小道を抜ける。
裏道には誰もいない事を、『魂分裂』の応用による端子を、先行させて再度確認した後、前夜祭会場地の方角に向かって突き進んで行く。
今頃、街の人達は前夜祭を楽しんでいるのだろう。家に明かりが付いている所を見つける方が困難であり、十メートル毎に置かれた街灯が薄暗く街を照らす。
十数メートル先に曲がり角が現れ、再度端子を先行させて、ーー前方数十メートル先、右方向でも数メートル先に騎士団の姿が見え、ーー駄目である。
なら、左手に曲がるしかない。
しかし、彩はあえて前方へと突き進む事にする。
進行方向が誘導されているような気がしたからだ。たった一つの逃げ道を用意しておき、精神的にも肉体的にも疲労が見え始めた所で捕らえる。
それなら、あえて危険を冒してでも相手の裏側から突くべきだ、と判断を下したからである。
「レビンちゃん。今から幻影魔法を掛けます。静かにお願いしますね。」
走りながら首に巻いてある菫色のマフラーの中に仕込んである魔法構築式に異常がないか検査した後、一定以上の安全性を確認し、軽くマフラーの端を掴む。
マフラーが多少の光を放ちながら、形状を変化させていき、彩とレビンを包み込む。
二人の姿はみるみる内に透明となり、何処にいるのか、判断が付かなくなる。
彩とレビンは互いに頷き合うと、道の端を沿いながらゆっくりと進んで行く。
一歩、また一歩とゆっくりと慎重に進んで行った為、長い時間を掛けて、ようやく彼等の手前まで差し掛かる。
二、いや三人の騎士団隊員の姿があり、一人は女性、後二人は男性である。
彼等は状況の報告をしており、こちらの様子に気が付いていない所か、周囲の索敵すら疎かになっている。
今がチャンスと、ばかりに彩とレビンは、急ぎ足でその場を立ち去ろうと……
ーーカンッ!!
足元に注意がいっておらず、地面に落ちていた空き缶を蹴ってしまった。
当然少なからずの金属音が響き渡り、ハッ、と三人は此方に振り向き、じっと見つめる。
(うっ…うわぁ………どうしましょ!?)
「今、何か音がしなかったか?」
「んっ? あぁ。確かにしたな。」
「こんな所に、居ないとは思うけど……もう一度索敵魔法使ってみる?」
(そっ、それは駄目ですーー!!)
確かに、彩の幻影魔法はそれなりの練度を誇っている。けれども、幾ら彼女が得意だからといっても限界がある。
これ程まで近く、まして騎士団の隊員程の技術があれば、間違いなく露出される。
それを回避する方法は一つ。
急いでこの場から逃げる事。
踵を返すと、即座に足音を立てない様に注意を払いながら、三人の元から離れていく。
早歩きで、数十メートルの距離まで離れ、背後を振り返り、ーーホッと安堵の息を吐き出す。
騎士団の隊員である三人は、索敵魔法を発動する事なく、何事もなかったかの様に報告を再び開始していた。
先程の三人から二、三百メートル程離れた位置で、ようやくはぁ~、と溜息を吐き出すと、
「じゃあ……解除しますね。」
彩が何もない空間に手を触れると、淡い発光の後、光の布が収縮を始め、彩の首元に菫色マフラーとなって構築される。
「……凄い…」
レビンがぽつりと呟いた感嘆を、彩は照れ笑いを浮かべる。
「このマフラーはですね。私のお父さんが護身用にと贈ってくれた物なんです。」
そっと撫でる様にしてマフラーに触れ、彩は今が危機的状況である事さえ、忘れる程に嬉しそうな表情を浮かべた後。
「……さあ、あと少しで、目的地ですよ。気を付けていきましょう。」
前方に視線を戻した時、ーー視界が傾き、捻り、混じり合った。
彩は、基本的には戦闘経験など皆無であり、技術は持っているものの、訓練などまともに受けた事がない為、体力がそれ程あるとは言えない。
その為、過度な運動量による貧血かと、疑ったのだがーー
『Symbol mortis』
捻り曲がった視界に、唯一鮮明な文字が浮かび上がり、視界の大部分を埋める。
日本語に翻訳すると『死の象徴』
暫くしない内に、不気味な文字が薄れ消えていき、捻り曲がった視界さえも正常へと戻っていく。
そしてーー
「彩さん、これって?」
不思議そうにレビンは彩の方向に振り返り、駆け寄ろうとする。
「レビンちゃん構えて!!」
駆け寄って来たレビンを抱え、咄嗟に真横に転がる。
無音ーー風を切り裂く音も、発光も無かった。ただ、今さっきまでレビンが居た場所には、地面に幾つかの直径数センチ穴が穿たれていた。
彩は、地面に二回、三回肘や腰をぶつけながらも、辛うじて正体不明の攻撃を避けると、次の攻撃が来る可能性も無くはないので、直ぐ様に体勢を整える。
(『魂分裂』……使うべき…か…)
一応、私から半径百メートル以内は常に端子を飛ばして安全を確認している。
しかし、今の攻撃。どう考えても数メートル圏内で放たれた物だ。それとも彩の『魂分裂』よりも高度な魔法を扱い、気付かれずに遠距離から撃ち込んだとでも言うのだろうか。
………魔法総量も少ない……どうすべきか…
「うわぁー、よく避けたね。まあ、牽制で殺られたら、私が怒られるんだけど……」
端子を使う必要もなかった。
彩達に攻撃して来た主は、間近にいた。
目前にある塀の上に一人の幼い少女が脚を組んで、偉そうに座っていた。
頭の大きさに合っていないウィッチハットを被り、タブタブの黒色のローブを身に付けている。中世時代の魔女を思わせる、その姿は……何と言うか…
「子供?」「ーー子供ですね。」
二人揃って同じ言葉を呟き、それを聞いた少女は憤慨した様に塀の上に立ち上がり、地団駄を踏む。
「ーーッ!? うっ、うるさい!!私は、もう十八歳なんだ。子供じゃない!! それに、特にお前!!」
と、レビンに向けて指を指す。
「はいっ? 私ですか?」
「そう! お前!! 同類……ゲフンゲフン……見た目が子供そのものお前に言われたくはない!!」
ピキッ!!
彩は耳元で、血管が切れると表現すべきだろうかーー不自然な音が聞こえ、横目でレビンを見遣りーー
「ふふふ……言ってくれましたね……地獄の底まで叩き墜としてやります!!」
案の定、無茶苦茶怒っていた。
「えーと、レビンちゃん?」
当然、彩は泉や湊から託された想いを無にする事が思われ、目の前の少女を何とかして撒いて逃げる作戦を考え様と頭の中で案を捻る。レビンにもその事を伝え様とするがーー
「分かってます。分かってますよ。彩さん。あの腐れロリ野郎をぶっ倒して先に進むんですよね。」
ーーこの子、無茶苦茶な事言い出した!!
「私は腐ってもいないし、つかピチピチだし。それにロリでもないわ!!」
「どうせ、今から劣化しかない肌ですもんね。」
「くッ!? い、痛い所を突いて来る……!!」
「フッ、甘っちょろいですね。」
「もう良いわ。お前の捕獲命令は出てないから、何でもして良いって事よね。謝っても許さない。」
「上等です。三秒で使い古された雑巾の様にしてやります。」
「なら、私は一秒だぁッ!!」
彩が制するより先にレビンが飛び出し、背中に提げている刀を抜き、地面を蹴って距離を詰める。
「ちょっ!? レビンちゃんッ!!」
彩は咄嗟に手を伸ばし、レビンの襟元を掴む。
それは偶然だったが、レビンは幸運だったと言えるだろう。
目と鼻の先を鎌鼬が切り裂いたからである。風を纏い、周囲の空間を切り裂きながら現れた、その存在はーー
ーー青年。そうだ。レビンの目の前にーー身長180位、スラッとした姿勢、整った顔付きや身のこなし、そしてーー
「はいはい。セリジアお嬢様。いつもいつも、先行するのはお止め下さい。」
燕尾服と一般的に呼ばれている服を見事に着こなし、いかにもその姿は執事としかいいようがなかった。
「け、健一が遅いのが悪いのよ。だって、貴方、ロードとシアンの所にいたでしょ?」
「えっ!?」
(……もし、あの時私達を見つけた時にいたなら……それに、この人が遅れて来た理由……湊君が!?)
彩が驚きの声を上げて、その意味を掴んだ健一は、此方へと向き直り、黒色のメガネを直す。
「申し遅れました。私、藤本健一という者です。西嶺彩さん。」
「そっちのちっこい方、お前の名前は?」
「……ちっこくありません…」
「はいはい。セリジアお嬢様。そんな風に卑下してはなりません。名前を聞くならば、まず先に私達が名乗るベきでしょう。」
「分かったわよ…健一……私は、セリジア・シーザス・バイシュツバルトⅥ世。この国の第五王権継承者です。」
「……使い魔のレビンです…」
「ほう。貴方、使い魔でしたか。私と同じく仕える者がいるとは。貴方の主人は誰なんでしょうかね?」
「そんな事は良いです! 貴方は私達があの場所に居た時に襲って来た奴ですね!! まさか、湊君をどうしたの!?」
「いえいえ、彼はまだ闘っている様ですよ。私達としては、彼程度よりも貴方の方が優先度が高いので、隙を突いて戦線から離脱して来ただけですよ。それにしても、彼は私が居た事には、全く気付いてはおりませんでしたがね。」
ーー湊君が気づかなかった!?
彼がまだ生きているという事には安堵したが、しかし、ゴーレムの攻防戦を経て精神的にも肉体的にも、疲労がピークに経ってして居た時とはいえ、彼程の技術を持っている物が気が付かなかったーーその事に驚愕を覚え、彼等の実力は生半可な物ではないという事を再認識させる。
目の前の二人ーー特に藤本健一、彼はかなりの手練れだ。湊君すら気付けないほどの幻影魔法を扱う。
そして、あの鎌鼬。どうやってあんな物を発生させているのか理解出来ないが、一目見ただけでも威力は十分に伝わった。咄嗟にレビンを掴んでいなければ、彼女は血塗れになって死んでいただろう。
ーーそして、彼等から容易に逃げるのは不可能であろうという事も。
「……レビンちゃん…分かってるよね。」
彩の呼び掛けにレビンは振り返る事無く、応答する。今はまだ、気温が低い時間帯であるというのに、彼等から発せられる殺気に圧され、冷や汗が頬を滴り、地面へと落ちる。
「分かっています……泉さんの為にも…ここで、負ける訳にはいかない…」
腰に提げている曲刀を鞘から抜き、手首の回転だけで曲刀を一回転させる。左手を柄に添えて、左足を一歩引くと、重心を落とす。
彩もそれに続いて五十センチ程の小刀を膝に付けているポーチから取り出す。
「お嬢様は後ろで、座って居てくれれば構いませんよ。あの程度なら、私一人でも何とでも料理出来ますので。」
「私は、あの暴言を吐いた使い魔を痛め付けてやりたいから。」
「はぁ……お気を付けて下さい。お嬢様に怪我でもされたら、私の首が飛びますので。」
「ふふん。XIの貴方がXの私の心配をしなくても構わないわよ。そうそう、言って置くけど、浄化の巫女は殺っちゃったら駄目だからね。」
「承知しました。」
「いくわよ」
「もう、ここは一体、全体何処なのよ!? 道に迷った~」
ぶつくさ言いながら、篠崎律は大勢の人集りで混雑した道を、隙間を見つけて駆け抜けていた。
というのも、普通ならばこんな街からさっさと逃げ出して日本へと帰っているのだが、しかし、この街に来ている二人ーー南座泉と黒井湊。律の親友とも言える二人が私を助ける為に、この街まで来ているのだ。
もし、このまま律だけが日本に帰れば、二人は間違いなくそんな事を知らず、忌道真に喧嘩を吹っかけるだろう。
たとえ彼等が幾ら強いといっても、総隊員数何百というレベルの組織と張り合う訳がない。
そんな事にならない為にも、律に休む事は許されず、今すぐにでも二人を探し出さなければならない。
それにしても………
「なんで、こんなに人が多いのよ!?」
三十分程前、広大な首都では百万人近くの大勢の人々が暮らしており、二人を探すとしても何かしらの手掛かりが必要となり、騎士団本部へと足を運んでいた。
私がこの国に連れて来られたのは、二週間程前だ。ならば、彼等が首都に入国者した時期も限られて来る。
もしも、不法侵入を犯していなければ、騎士団が任されている入国検査に履歴が残っている筈である。そこには、入国の目的などが書かれており、そこから何かしらの情報を掴めるかも、と踏んだからだ。
騎士団本部に着いてみると、中には人は一人しか残っておらず、殆どの人は祭りの警備にでも駆り出されているのだろう。
「少し調べたい事があって、お願いに来たんですけど、良いですか?」
「はい。良いですよ。ご用件は何ですか?」
「今日から過去二週間分の入国検査の情報を貰いたいんです。」
その内容を聞いてから、騎士団隊員は驚いた表情を浮かべた後、困った様に髪を掻き毟る。
「えーと、特別な許可がなければ、個人情報が書かれている物は見せられない事になっているので……」
「……本当なら、海外に住んでいる友達が、この街に来る筈なのですが…連絡がなくて…本当に来ているかどうか確認したいんです。」
「ああ、それなら、その友達の名前を教えてくれるかい? 僕が調べてみる分には問題はないから。」
「……南座泉と黒井湊です。」
「えっ!?」
突然に目の前の男が素っ頓狂な声を上げた後、犯罪者を見る様な目で律を見つめて警戒する。
当然、律は犯罪者などではないし、どちらかといえば被害者の方なのだからそんな目をされる理由が分からない。いや、もしかすると、あの二人が何かしらの問題を起こしたというのだろうか?
「……あの、見つかりましたか?」
「あっ、す、すみません。少し、待って下さいね。」
その言葉に男はハッとして、慌てて端末を眺める。それから数十秒しない内に……
「……あった。ありましたよ。でも、ベルギス国立魔道学院の生徒登録もされていますね。」
「あっ、だ、大丈夫です……えーと、学院までの地図を貰えませんか?」
「はい。少し待って下さいね。今、プリントしますから………はい。どうぞ。」
と、衛星写真と地図が印刷された紙を渡される。
騎士団本部から東に数キロ離れた位置にある広大な土地区域の一つにベルギス国立魔道学院と書かれている場所を確認する。
「あっ、はい。ありがとうございます。学院に行ってみる事にします。」
と言い切って、踵を返そうとして出て行く。
地図を貰って出たは良いものの、元々ベルギスの地理には詳しくない律は、人混みで余計に自分が今いる場所すら分からなくなり、困惑していた。というのも、祭りのお陰で最短ルートの道が事ごとく、騎士団によって通行禁止となっており、回り道を繰り返している内に、人混みに揉まれて疲労が溜まり、挙句の果てに地図を落としてしまうという失態をやらかしたからだ。
幸い、学院がある方角は把握出来ているので、もう一度地図を貰いに行く様な恥ずかしい目はしなくても良いのだが……
やはり、道が分からない。
何処に行っても通行禁止ばかり、本当にどの道を通れば良いのか、と目印ぐらい設置して欲しいものだと思ってしまう。
「うぅ~……もういっその事、飛んでやろうかしら…」
律の特異体質の性質上、空を飛翔するなどという事は当たり前であり、恐らく自分を捉えられるといった心配は皆無に等しいのだが、生憎あの魔法は目立ち過ぎる。
せっかくこっそりと忌道真の基地から抜け出して来たというのに、そんな魔法を使おう物なら、即座に私の居場所が割れてしまうからだ。
もしかすると、今頃は奴等も私が居なくなった事に気付いて、捜索しているのかもしれないから余計に目立つ様な事はしてはいけない。そんな事になれば、泉や湊を探す所ではない。捕まる前にこの国から逃げなければいけないといった事態にまで発展途上するかもしれないからだ。
「…お金……持ってないしなぁ……喉乾いた…」
当然ながら、私は忌道真に突然連れ去られていたので、魔道具は愚かお金すら持ち合わせていない。もしかすると、この国にすら訃報入国した事になっているの可能性も否めない。
まあ、そんな事は考えない様にして……
長期の間、私はずっと不思議な液体に入れられ、その後も過度な緊張感を受け続けながらも、三十分間ずっと走り続けていのだ。どうしても喉が乾くのは仕方がない事だろう。
けれども、飲み物を買う様なお金は持ち合わせていない。また、盗みを働く様な真似は間違いなく、騎士団に追われる事態となるのでそうなる事は控えたい。
「そこのお嬢さん。お飲み物をお持ちしました。」
「…はぁ……」
周囲には、いかにもキザな台詞を吐いている馬鹿もいるし、正直精神的にもヤバイかも。
「ちょっ!? 折角人が好意で飲み物あげてるのに溜息はないでしょ!?」
………は?
と、顔を上げてみると私と同年代ぐらいの少年ーー先がツンツンした青髪に、いかにも格好を付けた様なポーズを取り、膝まで届く長いコートを羽織っている。すっとプラスチック製のカップにオレンジジュースが入った物を差し出していた。
「え、えっ!? は?」
何が何だか分からない。どうして、見ず知らずの人が私に!?
「まあ、良いから飲みなよ。喉、乾いてたんでしょ? 毒は入ってないから。」
律が座っているベンチの横に腰掛けると、自身もごくりごくりと飲み干していく。
「ありがとう」
それを見て、律は喉の渇きが我慢が出来なくなり、お礼を言って飲み干す。
「どういたしまして。所で、君の名前は?」
「篠崎律。そっちは?」
「えーと、西原真人。日本の学生。」
「へ~、私と同じだ。」
「えっ!? そうだったんだ。金髪だし、ベルギスの人かと思った…」
と、驚いた様に目を丸くする。
「君の方も日本人とは言い難いよね。その青髮。染めてるの?」
真人はいいや、と首を横に振る。
「これは、地毛。母親が日本人で、父親がドイツの人だから、父親似なんだ、俺は。君もハーフとかかな?」
「……わ、私は…両親に捨てられたからはっきりと分からないんだ。国籍は日本だけど、もしかしたら、日本人じゃないかもしれないし…」
「……ごめん」
「ううん。もう、そんなに気にしてないよ。そんな事、気にする必要はないって教えてくれた人が私には居たから。」
「俺の知り合いにもそんな奴がいるよ。最初は、他人を救う為に自分が傷付いて、それが俺には自己犠牲みたいに思えて、心底ウザい奴と思ってたんだけどさ……そいつに、言ってやったんだ。『自分が傷付いてまで他人を救うなんて、馬鹿じゃないのか? そんなんじゃ、幾ら命があったってこの業界じゃ生きてはいけないぜ。』ってな。そしたらなんて答えたと思う?」
「え? ……分からない。なんて言ったの?」
「『曲げたくない想いがあるから…俺は、誰かを救う様な殊勝な人間じゃないよ。ただ、自分の気持ちに素直になっているだけだよ。』ってな。自己犠牲でもなく、恩を売る訳もなく、他人を救ってやる、といった訳でもない。ただ自分の気持ちに素直になって、向き合っているだけだったんだよ。」
「……本当、私の知っている彼に、よく似ている。」
「もしかしたら、同じ人だったりして。」
「まさかね~。」
「そうだな。まさかな~。」
と、笑い合った所で、ひゅぅ~~、バンッ!!
「あっ、花火!!」
次々と夜空を覆っていく程に多くの花火に、律は見惚れる。赤、青、緑、黄、様々な色彩の花火は丸や星の形を取る。そして夜空を照らす光は、律に感動を与えると同時に、とある一つの案を再び浮かび上がらせて来る。
「本当だ。綺麗だな~。コレだけ見れただけでも来て良かった。」
「じゃあ、私もそろそろ行くね。友達を待たしているから。ジュースありがとね。」
「おう。また、機会があれば何処かで会おうぜ。」
律は小さく真人に会釈すると、彼に背を向けて小走りになって走り出す。
一瞬の間に人混みの中にある僅かな隙間を見つけ、華麗なステップで抜けていく。
直線的ではないのに関わらず、そのスピードは落ちるどころか急速に速くなっていく。向かい風が全身を叩く、それに抗うのではなく受け流す感覚。
足裏が地面を蹴り、空高くへと跳躍する。何人かの人が驚いた様に律を見上げたが、今は前夜祭の最中であり、見世物だと勘違いしたらしく、「お母さん、凄いよ。あんなに飛んでる!!」「……ぁぁ…俺よりも高い…」等の声が聞こえて来たので、それ程慌てる事はない。
ーー好条件。とばかりに律は両手の掌から金色の粒子を放出、圧縮していきーー半径数センチの球体を創り上げると同時に後方に解き放つ。
光が棚引き、景色が後方へと流れていく。
先程とは比べ物にならない。まさに次元が違う風圧を受けて顔を歪ませる。
一筋の光となった律は花火が瞬く夜空を駆け抜け、騎士団の検問の上空を抜けていく。
目指すはベルギス国立魔道学院。
この調子でいけば、あと数分も経たない内に辿り着けるだろうと、踏んでいた時……
「……き……ゃあ……ぁぁッ!!」
微かだが律の耳には恐怖に満ちた悲鳴の様な声が届く。
「ーー何…?」
律は粒子の放出量を調節して、上空五十メートルの空中で停止すると、周囲を見回し、声の発生源を探る。
空耳の可能性は……
「…この不穏な空気……」
身をビリビリと痺れさせる感覚、全身にのし掛かって来る正体不明な圧力。
空耳の可能性はない。
律は右手を軽く握り、周囲から光の粒子を凝縮させると、右腕を水平に振るい、同時に手の内から拡散させた粒子を撒き散らす。
粒子は風に乗って地上へと向かい、まるで金色の雪の様に降り注ぐ。これは、泉から教えられた感覚特化の魔法を律なりの変化を加えてみた物だ。元々律には、湊程の精度も、泉程の技量と魔力総量もない。たが二人にも負けない力があるからこそ、二人と対等に渡り合う事が出来る。
ーー速度。魔力総量の節約からどうしても粒子の数は彼等と比べると少なくなってしまう。しかし、彼等とは違い、速度だけは彼等とは次元違う。
地上から十メートルほどの高さへと達した金色の粒子は、強い煌めきを放ち、縦横無尽に駆け抜ける。
律の五感へと粒子からダイレクトに情報が送られ……
「見つけた!!」
律は再度粒子の放出を始めて、地上へと落下の如き降下をしていく。
天から光の柱が迸る。それはまさに神の閃光の様であった。
律は地上寸前で、前方へと粒子を噴射して勢いを殺すと、華麗な後方回転をして地面に足を付ける。
風が吹き抜け、金色の髪がなびく。
律の目前には、通常の神経なら受け入れ難い光景が映っていた。
律の手前にいた男達プラスあと女……いやいや、違うな。幼女一人。
執事服の青年と中世の魔女風のコスチュームを着た幼女以外の彼等は、律と酷似した服を身に纏い、内一人は茶髪の少女を担いでいた。茶髪の少女の顔は、髪に隠れてしまいはっきりとした事は言えないが、律とそう年齢は変わらない様に思う。
彼等の姿に隠れて見え難いが、向こう側には闇夜に紛れる漆黒の黒髪と瞳を持ったこれまた幼女が、地面にうつ伏せになっていた。
どう考えても普通じゃない。
律は呆気に取られながら、ポツリとーー
「………何」
なの?
口を動かしている暇は律に与えられなかった。
突如、目の前の男達の内ーー執事服を着た男性、藤本健一が巨大な鎌を振りかざし、駆け出して来る。その速度は湊さえ匹敵する程の物で、十メートルの距離を瞬く間に詰め寄って来る。
「ーー遅いッ!」
ただその速度も、律には到底及ぶ事はなかった。
左方向から地面を這うように大鎌が押し寄せる。律は軽い調子で地面を蹴り、跳躍して攻撃を躱す。
健一は大鎌の柄から右手を放し、勢いに任せてタックルを仕掛けて来る。未だ、空中にいる律は、咄嗟に右手から金色の粒子を放出させ、一時的な推進力を得る。
健一の真横へと躍り出るとーー
「らああぁぁぁッ!!」
がら空きの隙を好機とばかりに、袈裟蹴りをお見舞いする。
健一は辛うじて袈裟蹴りを手首で受け止めるが、勢いだけは殺す事が出来ず、衝撃を受けて吹き飛ばされる。
健一は体勢を崩して、頭から地面を滑る寸前の所で両手を地面に付くと、後方倒立回転をして受け身を取る。
遅れて、男達全員が各々の魔道具を律へと向けて戦闘体勢を整える。
……来るか…と、身構えたのだが……
「ーー待ちなさい」
魔女風コスプレをした幼女の一声で、男達全員の動きが止まる。
「あなた…ウチの制服を着ている様ですけど……一体何処で手に入れたのかしら? それとも、上司に歯向かう様な子猫ちゃんがウチに居たかしら?」
「…ウチの制服……? ……あぁ…そういう事だったのね…」
つまり、こいつ等も私を攫ったあの男達と同じ組織の一員という訳だ。そして、現に今この瞬間、私の時と同じ様にして連れ去ろうとしている瞬間だったという訳か。
「……手加減は無用ね。」
ジリッ、と地面を擦る音を上げて相手に詰め寄ろうとする。
「お嬢様と私達は先に対象を連れて行く。お前達はこいつを止めておけ!」
健一は周りに指示を出すと、茶髪の女の子を男達から受け取り、律がーー待ちなさい!! と、声を発する間もなく姿が掻き消える。
残された男達は困惑した表情を浮かべながらも、前衛と後衛に別れて律を咲きに潰す事に専念する。
五人の男達が次々に魔道具を振りかざし、律に襲いかかって来る。
律はその度に、華麗な回避で剣を避けていく。
中央から剣を八相に構えて振り下ろす。左右からは同時に腸を切り裂く軌道で剣が振るわれ、何時の間にか背後へと移動した大男はハンマーを振り上げていた。
律は金色の粒子を地面に拡散して地面から離れると、振り下ろされる剣をーーシュッ、人差し指と中指で挟むーー真剣白刃取りの片手版。
男は剣を止められた事に驚きの表情を浮かべ、その隙を付いて顔面に両足で蹴りを入れ込むと、顔面を踏み場として背後から振り下ろされていたハンマーを辛うじて避ける様に跳躍し、ハンマーを振り下ろした直後の大男に向かって掌を向け、圧縮した粒子を放出する。圧縮された粒子は確かな質量を持ち、大男さえも吹き飛ばす力を発揮する。
律は粒子を集中して吹き飛ばした事による反動を受けて、その勢いを殺す事なく、あえて受け入れ流されながら、真横にいた男へと光の粒子をロープ状にした物を投げ飛ばし、男を軸として回転しながら地面へと着地する。
「ッくそ、放て!!」
後衛の中心にいる男の声と共に、緑、赤、黄色等の様々な閃光が駆け抜ける。多少なりに質量を含んだ閃光は、律が回避運動する隙もなく、炸裂して爆発を起こしていく。
土煙が舞い上がり、視界が覆われる。
「……殺ったか…」
不安気になりながら震えた声を上げる。それ程まで強敵ーーいや、化物だったのだ。
たった一人で、十数人を相手にするのは、並大抵の神経……いや、それを裏付ける実力があるからだ。
しかし、一人一人の質量は小さいものの、十人掛かりの『魔弾光線』による質量は人を軽く圧殺出来る。
彼女が生きている可能性は薄……
『斬影』
脳内に響き渡る透き通った声。
その瞬間、男達は身構える暇もなく、視界を覆っていた土煙が吹き飛び、巨大な顎、鋭利な牙、荒い鱗、内側から夜空を照らす金色の龍が姿を顕す。
「なっ…何だ…これは!?」
その問いに答える返事はなかった。
ただ龍はゆっくりと口を開く。
その動作はゆっくりとしたものだった。しかし、男達は避けられなかった。目の前に起きている非現実な現実を受け入れる事が出来なかったのだ。
気が付いた時には、男達に龍が迫っていた。先程のゆっくりとした動作とは裏腹に、目にも止まらない速さ。その事実に男達の内の誰か一人がポツリと呟く。
「……勝てる訳がない…化物…だ…」
動作すら確認出来ない速さに男達は翻弄されながら、龍は地面を喰らいながら一筋の光線となる。
金色の閃光と化した龍は、男達を纏めて空高くへと吹き飛ばしていく。
「化物ね……貴方達はその化物を敵にしたのよ…分かっているんでしょうね…」
と、投げ掛けた後、地面にうつ伏せになっている黒髪の少女を軽く揺する。
「ねぇ…貴方、大丈夫?」
レビンは、辛そうに瞼を持ち上げると、はっ、とした様に頭を上げて地面へと手を付いて起き上がろうとする。
「ちょっ!? 無茶しちゃ駄目だって!!」
慌てて身体を抑えようとする律にようやく気が付いた様で、真剣な表情を浮かべた後、地面から手を放し、代わりに律の服の裾を掴む。
「放して…下さい……泉…さん…の約束を…守らなく……彩さん…を助け……」
途切れ途切れに声を振り絞るが、どう考えてもこんな状態の子を奴等の元に向かわせる訳にはいかない。
それに……
「い、泉さん!? って、まさか!?」
律は凄く驚いた表情を浮かべた後、改めてレビンに問う。
「……南座泉さん……私の主です…」
あいつがこの子の主!?
あいつに使い魔なんて居たかしら?
と、思い出そうとするが、そんな記憶は律の中にはない。もしかすると、三人が別れてから契約したのかもしれない。それならば、私が知らなくても当然だ。
「………ねぇ、貴方の言う泉さんの所に連れて行ってくれない?」
もし、この子が言う泉が、私の知っているあいつなら、どんな状況でさえ打開出来る筈だ。そしてあいつには伝えたい事が山ほどあるのだ。
「……いえ、私は奴等を追わなく…ては…ッく!!」
またも動かない身体に鞭をいれて無理矢理に立ち上がろうとする。
律は、そんな彼女を見て……
「そんな身体で行ってどうにかなると思っているんじゃないでしょうね!! あの魔女と執事の奴…凄く強かったわ…手下達だってそう!! そんな身体じゃ、命を捨てに行く様なものじゃない!!」
確かに私は、あいつに会わなきゃ行けない。その為には、この子がどしても必要だ。だけど……それだけの理由で、彼女を止めているんじゃない。目の前で死にに行こうとしている人を見捨てたくはない。誰よりも強く、優しい人でありたい。
きっと私の知っている彼でも同じ様にしただろうと思う。
「……でも…」
「でも、じゃない!! 一度、私を泉さんって人の所まで連れていって!!」
「……はい…わかりました…」
しょんぼり、と落ち込むレビンを見て、キツく言い過ぎたーー!! と、自分まで落ち込みそうになっていた。




