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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
SOD事件
4/51

運命

 国中を揺るがす魔道研究所窃盗事件が起こってから三日が立っていた。三日前、朝からどの番組を点けても同じニュースをやっている。学院ではその話で持ちきりである。騎士隊の人達が活気だって街の敬語に勤めているなどの騒動も落ち着きを見せ始めていた。

 ニュースの話では魔道研究所が独自に発明した魔道具が狙いだったという。形状、使用用途共に不明だが研究所は魔道具を奪われる事なく、脱出したという報告があった。ただ、殆どの研究所の職員は今、騎士隊の保護下にあるがそこに魔道具は無いという。魔道具は別の誰が持ち出している様でその所在は誰にも判明していない。


 城咲西区に位置する巨大な鳩の時計塔がシンボルマークとなっている魔道学院。全長3平方キロメートルの敷地を持ち、様々な生徒がこの学院に入学し、魔道を操る者となる様にと日々、己を磨き上げていく場所でもある。魔道といってもそれは、様々な呼び方使い方がされている。

 魔道またの名を魔法と言い、人によって適性があり入学審査でそれを見極められる。

 治療関連を得意とする者。空間把握を得意とする者。五大元素を使いこなす者等様々である。

 そんな中に泉達の様に戦闘に特化した者達は、戦闘班所属という事になり、一般科目を中心とした普通科や情報系統を専門とした学科など多種多様である。

泉の所属している戦闘班では、将来には自治組織であるギルド、もしくは主要地域に配置される最強の騎士ーー騎士隊に就職する事となる。

そんな彼等を効率良く成長させる方法を考えた上に考案された制度が、任務制である。

 主に一般人からの依頼を学院側が受け、それ等を魔道学院の生徒が熟すといった制度である。

ギルドや騎士隊に比べると、依頼料が低価格である事により一般人からの依頼も多く、物によっては国を越えて依頼が舞い込んで来るといった事態が起きる程だ。

 一般からの依頼だからといっても、危険な物が少なからずあり、そういった物は特定の判断基準を超えなければ受ける事は出来ない。

 そして、高いクラスの依頼を受ける事ができる人は、この学院を卒業した後に優先的に騎士隊への入隊を許される。だからこそ、多くの生徒は日夜自分の能力の向上に励んでいる。


 魔道学院五学生である南座泉は、深い溜息を吐きながら購買に来ていた。

 この学院は全校生徒およそ二千人の学院である。その為、多くの設備は整っている筈なのだが、今日に限って販売機のジュースが事如く売り切れ、もしくは人体の危険を感じる様な飲み物しか売っておらず、自分の不運を恨めしいながら教室から少し離れた場所に位置する購買まで足を運んで来たのだった。


「やっと…見つけた……」

 購買の近くに置いてある自動販売機を見つけ小走りになる。

 泉は二枚のお金を入れて、何の躊躇いもなく二段目の炭酸飲料水のボタンを押す。

 ガタンッと音が鳴り響いたのを確認した後、下にあるプラスチックの塞ぎを引き、中からペットボトルを取り出す。


 前屈みになっていた泉は立ち上がると後ろ側に誰か居るのを感じ振り向く。

 そこには、短髪というには長いくらいの純正の黒髪を持った少女が立っていた。髪は艶やかで光を受けて反射している。見た所、年は泉と同学年か一つ歳下ぐらいだろう。美少女と言っても構わないと思う。

 ただ、その少女の落胆した表情に驚かされた。

 泉は暫く何をしたか考えた後、ハッと何かに気付き、販売機の方を振り向く。

「あ――悪かったな。あげるよ。」

 泉が先程、押したボタンは赤く売り切れという文字を点滅させている。

 少女は、えっ!? という風に顔を上げて泉を見つめる。

「欲しかったんだろ? あげるよ。」

「でも………それは、あなたも欲しかったんじゃ?」

 少女はペットボトルに伸ばした手を無理矢理引っ込める。

 仕方ないな。泉は販売機で缶のフルーツジュースを買い直すと少女にペットボトルを押し付ける。

 少女は急な事で呆気に取られて受けるがままになる。


 泉は、もう終ったとばかりに缶の蓋を開けながら少女の横を通り過ぎる。数歩歩いた所で少女が思考を取り戻した様でこちらに向かって駆けて来た。

「あの…ありがとうございます。よかったら、名前教えてくれませんか?」

「―――南座泉、君は?」

「千崎御代です。ッきゃあ!?」

 見事なまでに炭酸飲料を吹き出し、服が濡れてしまう。

「あ―――大丈夫?」

 恥ずかしくて俯いてしまった御代を微笑しながら泉はハンカチを取り出して拭いていく。

「あの、ハンカチ…クリーニングに出して返しましょうか? ベトベトになっちゃったみたいですし……」

「んー、そうだな。お願いしようかな? ッ!? ちょっと待ってね……」

 ポケットに入れてしまったハンカチを取り出すのに少し手間取る。

「はい! まあ、その内に返してくれれば良いよ。」

 そう、良い残すと千崎に背を向けて教室へと戻っていく。


 その時、千崎に焦点を合わせた複数の影が煌めいていたのに、彼女は気が付いて居なかった。



 最近、学院の先生達は三日前に起こった事件の後始末やら管理やらに追われて暫く授業を停止させていた。

 ただ、そんな中にも関わらず任務の受注は受け入れてくれる様で学院には大勢の生徒達が集まっている。

 受注板の前には大勢の人達で混み合っている。泉はそんな様子を見ながら悠々と通り過ぎていく。

 泉自身、あんな中に入るのは自殺行為だと思う。任務に受注制限があるからといっても、その中で報酬の良い。また一躍で有名になる様な依頼は直ぐに誰かに取られてしまう。だからこそ、この受注板の前では任務の取り合いによる喧嘩や決闘が後を立たない。そんな所にいれば、否応がなく巻き込まれ酷い時には怪我を負ってしまう。自分は受けた事は無いが、周囲に被害が及び重症患者が続出する始末である。


「はぁ……だるいなぁ~」

 泉の吐いた溜息は、背後から聴こえて来る轟音と座喚きによって掻き消された。


 教室に戻ると幾つかのグループが衝突を起こしていたが、気にせず真人が待つ方へと進む。クラス全員が学院に来ているという訳ではないので教室内には空きがある。

「やっと戻って来たよ。こいつは。」

 擦り傷が見られる頬を押さえながら恨めしそうに真人が呟いた。

「あー、悪い悪い。自販機が片っ端から売り切れでさ。で、どうだった?」

 泉は真人の隣にある泉を引きながら手を縦に立てる。

「おう、良いヤツ見つけだぜ! これなんかどうだ?」

 真人が懐から取り出した一枚の紙を見つめる。

『騎士隊のお仕事を手伝いませんか?』

 という題から次々と読み進めていく。

「一時間だけ騎士隊の人達の代わりに街の見回りをするだけで、二日間、真面目に働いたのと同じ額だぜ!」

「やっぱり騎士隊からの任務は高いな…うん、コレで良いんじゃないのか?」

 そんな事を言っている二人に向かって来る影があった。

 いや、クラスの半分近くが泉達を囲んでいる。

 一瞬、泉達の任務欲しさかと思ったが、任務の紙はもう、任務の受注が決まっており、今更どうこうする事が出来ない。

 ハッと顔を上げてみると状況を整理するのに時間が掛かった。泉達の目の前立つ女子は机に肘を付きながら二人を見やる。

「私もチームに入れてくれない?」

 一瞬、自分の耳が誤作動を起こしたかの様な感覚に囚われた。彼女の名前は鬼宮愛。同学生達の中でも男女共に人気が高く、先程の幾つかのグループの衝突も彼女の取り合いによって発生した物だろう。そんな人の輪の中心に立つ様な人が泉達の前に行ったものだから、皆付いて来たと言う訳だろう。

「私もチームに入れてくれないかな?」

 聴こえなかったかな? という風に顔を傾げてもう一度言った。

 周囲を見回すと少なからず動揺の色が見える。隣に座っている真人も青ざめた顔になっている。

「えっ!? ……はあぁ、何で? 俺達なんか……」

 泉は困った様に頬を掻く。

 この場合、考えられる案は幾つかある。一つ目は、彼女が俺達の事を冗談で言っている。一番これであったらありがたいかもしれない。しかし、鬼宮の瞳を見る限り、それは違うと告げられている。二つ目は、グループの衝突を避ける為に代わりに別のグループに入ろうとしていると言った事か…これは、後の俺達に対する被害が物凄い事になるのでやめて欲しい。

 三つ目は、鬼宮は俺達より任務を受ける事が出来るクラスが下だからこそ、俺達と組む事でクラスを上げようと考えているのか。

 最後に、本当に俺達と組みたいと言う事。これが、一番あり得ない。鬼宮自身の人気は不動の物なのに、俺達みたいな脇役なんかとなんで、チームを組みたがのか分からない。全く彼女の事を知らない為、考えられる案の中でも、三対一で嫌な方ばかり考え付いてしまう。


「…もう! OKなのか、ダメなのか、早く返事してよ!! 黙ってられると恥ずかしいよ!」

 いい加減痺れを切らした鬼宮が怒った様に頬を膨らます。

「…その積極的な表情も可愛い……」

 隣に座っているバカからボソッと呟やく声が聴こえて来る。

「泉、良いよな? OKだよ、OK! 俺達で良いならいつでも大歓迎だよ!!」

「おい、真人! 勝手に―――って、もう聞いてないし…」

 嬉しそうに喜んでいる真人を見て泉は感慨深そうに溜息を吐く。

「あの、泉くん? 嫌なら嫌って言ってくれても良いんだよ…」

「そんな不安そうな顔で言われても説得力無いよ。それにさ、どうして俺達なんかに鬼宮がチームを組もうって言ったんだ?」

「それは……」

 真っ赤になってしまった鬼宮は両手で頬を押さえ始めてしまった。

「おい、泉!! 鬼宮さんと呼べ。もしくは鬼宮様だ!」

 鬼宮の背後にいる男子から声が上がる。そうだ、そうだ。と他の者達も同様に口を揃えて言う。これが鬼宮信者か………前から思っていたけど、宗教団体みたいな事になってるし。

「グレードアップしているし…」

「じゃあ、行こうぜ!! 泉、鬼宮さん」

 真人が場が変な方向に行かない様に雰囲気を変える。

 サンキューと心の中で真人に礼を言い、三人は教室から逃げ出す様に去って行った。


 残されたクラスメイト達は呆気に取られながらも、誰がボソッと粒やいた。

「鬼宮って真人君の事が好きなのかな?」

「はぁ~? 何、言っているんだ、お前は!? 鬼宮様に限ってそんな事無いだろ!! 彼女が振った男は数多だけど、その逆はないだろ?」

「違う、違う。どちらかと言うと、泉の方だと思うけど。鬼宮さん、時々嬉しそうな顔してあいつを見ているし」

「えっ……?」

「確かに、さっき泉くんが聞いた時に真っ赤になっていたし…あながち当たっているかも知れないよ?」

「でも泉って、かっこ良いか?」

「―――確かに、少し女の子っぽい顔付きだけど………泉君、凄く優しいよ。前の集団訓練の時に、危なかった所を助けてくれたし……」

「ここにも、感染者が!」

「何っ!?」

「―――まあ、前回の学院内大会の時はボロ負けしていたけどな。」

「あれ? でも、この前にSODの鋼炎を捕まえたって言ってなかった?」

「……泉ってよく、わかんねぇ奴だな」

「「「「「―――うん」」」」」





 城咲東区、公園近くに浅海優は居た。あの時、逃走した転移先を城咲に指定していた。城咲は首都からそれ程離れてはいないが、魔道学院のお陰で大した問題も起こらない平穏な街だ。街の西側には巨大な時計塔がある学院側となっており、東側は住宅地を始めとする多くの民家が集まっている。北側には大型ショピングモール等が集まっており、南側にはビルが建ち並んでいる。城咲は優が幼い頃住んでいた場所でもあり、未だに家が残っている。ここは、緊急用の隠れ家として活用させて貰っている。ただ、当然の様に部屋は埃だらけで食品は全く無い。初日と二日目は簡単に部屋の掃除してインスタント製品で済ませ、三日目になってようやくまともな食事をする為に買い物に行っていたのだった。一応、今、優は追われている立場である。だからこそ危険な外出は極力避ける為に一気に大量の商品を買い込み、両手にかなりの重圧を掛けていた。

「これだけ、あれば一週間は持つかな?」

 誰かに向けてではないが心のままに呟いてみる。時間はもう直ぐ正午になる為、住宅街では外に出ている人は少ない。生徒であれば学院に通っている時間帯であるし、主婦が買い物に行く時間には少し早い。まだ、街中にでも行けば人は多いのだろうが、人混みが苦手な優にとっては苦痛なだけである。

 ニュースで研究所の皆は騎士隊に保護されたと言っていた。優が今から騎士隊に保護を求めれば、事態が落ち着くまで匿ってもらう事は造作ない。しかし、それだとこれから先の危険が無くなる訳では無い。もし、助けを求めてしまうと事件は事態が落ち着いた後にまたやってくる。それこそ、相手の思う壷だ。その為に今、優は裏ギルドから潜む様に隠れている。


「…荷物重いなぁ~」

 優の家まではまだ十数分掛かるので、まだまだ頑張らなければいけない。魔法を使えば、かんたんに運べるのだが目立つ様な事はしない方が身の為だ。ここで、見つかってしまうと全ての計画が泡となってしまう。


 公園に差し掛かり、休憩にとベンチに荷物を置き、自販機に向かっていく。

 何処にでもある様なグレープのジュースを買い、ぱちっという音を立てて蓋を開けていた。

 優は、ふぅ~と息を吐き出して、気を緩めていた。





 街を中心として見回りするのは騎士隊の仕事である。三日前の事件の事もある。もしも、街で騒動が勃発した時の為に見回り以上の人数を割く事になった。

 その為、手薄となった住宅地方面を泉達魔道学院の生徒に補わせようというのだ。


 実際こういった任務は任務中に事件が起こる事など無く、一、二時間見回りした後に依頼を終えるだけだ。そういった事が分かりきっていたからこそ、三人は近くのコンビニで買っておいた昼食を各々に食べている。

「暇だね……」

「…はぁ~」

「……暇だね」

 泉はサンドイッチの後から買っておいたジュースを流し込み、昼食を終わらせる。

「じゃあ、手合わせでもしないか?」

 真人が菓子パンを食べ終わり、立ち上がりながらそう言う。

「俺は良いけど、久々だし真人と手合わせするの」

 ゆっくりと背伸びしながら泉も同様に立ち上がる。

「じゃあ、鬼宮さんは?」

「えっ!?」

 鬼宮さんが急な事でサンドイッチを詰まらせて、息苦しそうになる。

鬼宮さんは急いで、飲み物を飲もうとするが空となってしまっている缶があるだけである。

「はい、これ。」

 泉が飲みかけのジュースを手渡す。


「……ありがと…」

 顔を真っ赤にして鬼宮さんが礼を言ってくるが、やはり恥ずかしかったんだろうか?

「…て、手合わせなら、私も良いよ。二人がどれ位、強いのかハッキリと判断がつくし。」


 そう言っている時に泉はチラッと視界に何か映る物を見た。いや、見たというよりは、感じたといった所だろうか。

 振り向くと、道に七人程の男達が居た。男達は様々な服装であり一般人とほぼ何も変わらない様に思えた。


 ―――けれども


 一般人には発する事が出来る筈のない殺気が混じっている。

 隠している様だが、こういった物は無意識の内に自然に出てしまっている物だ。

 同様に真人と鬼宮さんも気が付いた様で顔を顰めている。

 彼等は何かを探している様で周囲を見回しながら焦っている。

「どうする、泉?」

「泉くん…」

「二人は隠れていてくれ、戦闘になったら出て来て欲しい。相手の実力が判らない内に仕掛けるのは危険だ。だから、戦闘中に合図を出す、一撃で二人は潰してくれると助かる。」





「早く、探っ―――!?」

 男達の中でもリーダー格の人物が何か指令を出そうとしていた時に、目の前に小柄な少年が出て来て息を詰まらせる。黒色の戦闘服に身を包み、威圧感を放つ少年である。

「あの、すみません。ちょっと。聞きたいことがあるんだけど、良いですか?」

 少年の見た目による威圧感は嘘だったかの様に消え去り、気味の悪い暖かさが周囲を包んでいた。

「いや、俺達は忙しいんだ。済まないな少年よ」

 そう言って通り過ぎようとしたのだが、少年は横に動き、彼等の行かさない様に止めた。

「何だ!! 邪魔しないでくれないかな?」


「お前等、何企んでやがる!?」

 泉から鮮烈なまでの気配が放たれ、キィッと男達を睨みつける。


「…っ!? お前、只者ではないな!!」

 バンッ!! と発砲音が響く。男達の内一人が泉に向けて火炎弾を発砲したのだ。

 周囲を包んでいた気配が殺気へと変化する。

 男達が泉に向けて火炎弾を撃ち込んだと互いに認識するまで数秒掛かった。仲間のした事を理解するのに時間が掛かった。

 不気味な程気味の悪い雰囲気を醸し出していた少年は未だに炎に焼かれている。しかし、気味の悪さは一行に消えない。むしろ、増え続け心の中を圧迫してくる。

 何か罠を張られていた感覚が―――まさか!?

「急いでこの場からッガアァ!!」

 当然、真人達がその空いた隙を逃す筈無かった。鬼宮は数メートルを跳躍しながら蹴りを鳩尾に直撃させて吹き飛ばす。

 真人は鉄の鎖を軽く振り回し、敵の全身を縛っていく。敵の首を圧迫して気絶させるとすぐさま鎖を振るい手元に引き寄せる。

 隙をついた奇襲攻撃は上手く成功し、七人いた男達の内、三人を何も言わせぬまま倒していく。


「お前等、あのガキの仲間か?」

 男達の内、一人が近づいてくる。手に持った拳銃型の魔道具が鈍い黒色を放っている。

「どうでも、良いだろ!! 捕まる奴に言う義理はないな。」

 その返事を聞いて男は高笑いしながらポケットからある弾丸を取り出す。 所々に赤色の稲妻が入っており、それ以外に別段、普通の弾丸と違うような所は見当たらない。男はその弾丸を拳銃に込める。

 真人と鬼宮は此方に向けて撃つものだと思い、構えるが弾丸は男達と二人の丁度、中間地点に喰い込む。


 ボォゥッという音を上げてコンクリートから炎が吹き出した。炎はみるみる間に巨大化し、二人の身長近くまで競り上がっていた。

 そして、未だに力を増幅する様に炎を成長していく。

 ―――しかし。

 パチンッと指先を擦り合わせるとパッと何事もなかったこの様に炎が消え去り、コンクリートに喰い込んだ筈の弾丸は消えてなくなっていた。


 二人が呆気に取られているのを見て、ますます男が高笑いしながら弾丸をもう一度取り出す。

「理解したか? この弾丸は魔道具としてはレアなんだよ!! 俺の思い描く様に炎を操る事が可能なんだよ!! そして、俺自身が炎を解く意外にこの炎が破られた事はない。」

 二人を嘲笑う様に腹を抑えて笑い出す。

「解ったら、さっさと魔道具を地面に捨てろ!! もし、反抗する素振りを見せてみろ、こいつに今の何倍もの苦痛を与えてやるからな!!」

 泉に対する炎の威力をより一層上げた。男のいう事はあながち外れてはいないであろう。幾ら学院の生徒といえどもこの炎は破けないという事が感覚的に判る。

 それは、鬼宮も同様だった様で互い顔を見合わせて地面に魔道具を落としていく。

 鬼宮さんは膝に隠していた折りたたみ式警棒型の魔道具を真人は、肩から鋼炎の時にも使用した長刀を、両手の袖口から幅15センチ程の小刀、手に持っている鎖のチェーンに内ポケットからカード型の魔道具を地面に捨てる。

「これで、全部だ!! 良いから、仲間を解放しろよ!!」

 男は苦笑しながらそれらの魔道具を拾っていく。全てを鞄の中に入れた時に嫌味な程、憎らしい顔を作る。

「誰が、解放するだって? 俺は、抵抗する素振りを見せれば、こいつに苦痛を与えるって言っただけだが? ああ、そう言えば仲間の分もまだだな」

 そう言って男は鬼宮の警棒を取り出すと二人を地面に叩きつける。

「くっ!!」

「きゃあああッ!!」

 たった一撃で意識が飛びそうになる。

「ははははは―――おいおい、これぐらいでギブアップかぁ? もっと俺を楽しませろやぁ!!」

「…ぐぅっ……てめぇ!!」

 他の男達も混じって何度も真人と鬼宮を叩きつけていく。何とか防いではいるものの、次第に腕の神経が麻痺し、止めるのも不可能に近づいていく。

「ははははは、死ねよ!!」

 男は警棒を投げ捨てて腰に提げてある拳銃を取り出し、二人に銃口を向ける。

 男の顔が何度目かの憎らしい顔を作り出した時、凄まじい破壊力が男を襲った。まるで、顔の造形さえ変えてしまう程の風圧が周囲を荒々しく吹き荒らし暴風の風となって男達を吹き飛ばす。およそ数十メートル真上に飛行させられた男達は手足をバタつかせて、喚きながら地面に激突する。

「がああああああぁぁぁっッ!!」

 地面に激突すると同時に苦痛の叫び声を上げて気絶した。

「…ッが、てめぇ!! 人が手加減してやったるのを…良い事によくもやりやがったな!!」

 何人かの男達は地面に気絶したが、泉を閉じ込めていた男は憎悪の篭った表情を浮かべる。

 先程まで暖和に鬼宮や真人と話していた泉の雰囲気が一変していた。彼は、今まで、学院では本気で怒る事はなかった。

 けれども、泉は殺気を放っている訳ではない。ただ、圧倒的な殺気いや、怒気を放っている。

「……あぁ。確かにお前が怒る理由も分かる。けどな、それ以上に傷つけられた仲間の借り返してもらうぜ!!」

 彼には絶対に勝てない。そう思わせる様な力が彼にはあるのだろう。私達では決して破る事の出来ないとまで思わせた炎の壁を破壊し、四人中三人の敵を魔道具を振るった風圧だけで吹き飛ばした。


 男は魔道具を泉に向けて乱射する。赤い閃光を放ちながら辺り一面を燃やし尽くすであろう弾丸は一瞬の内に全て切り捨てられ、半分に割れた弾丸が転がっている。

 ただ、おかしい事に気が付いた。弾丸は確かに真っ二つに割れている。しかし、泉の刀は抜刀された様子がない。刀は鞘に収まったままだ。そして、ただの抜刀術ならそれなりの型が残る筈である。手を刀に添えるなどかなりの動体視力が増加されている鬼宮でさえ、刀の軌道は愚かどんな技であるかさえ、解らない。

 そして、学院トップクラスでもない彼にそんな技を放つ事が可能だろうか? いや、学院のトップクラスでさえ現実不可能であろう。

 そんな複数の不確定因子を持った彼は勝負を掛けるかの様に空間を薙ぎ払う。

 ざざっと奇妙な音を立て空間にどす黒い裂け目が出現し、男を圧迫していく。まるで、この世界ではない別次元が存在するかの様な感覚に陥る。辺り一面を暗闇が包み目を開けた時には男は気絶していた。



「二人共、大丈夫か!?」

 先程から一変し、慌てた表情で二人に駆け寄ってくれた泉に鬼宮は微笑みながら起き上がる。

「ありがとね。泉君」

「おう。サンキューな、泉」

 二人共の無事を確認してホッと息を吐き出す。泉は乱雑に放り投げられていた二人の魔道具を拾い、二人に手渡していく。


 男達を縛っていくのを二人共手伝ってくれるが、全身に多大なダメージを受けているので、動き辛そうだった。

「じゃあ、頑張ってくれた泉くんに代わって私が騎士隊に連絡いれるね」

「……でも」

「大丈夫だって、これ位の傷。数十分もすれば完全復活するし。それなら、泉くんは飲み物買って来て! 喉乾いてもう、くたくた~」

「ああ。分かったよ。何買ってくれば良い?」

「炭酸系なら何でもOK」

「苦い物意外ならいけるよ」

「あれっ? さっき、俺が上げたの無糖のコーヒーだった気がするんだけど……」

「まあまあ、気にしない。気にしない。早く行って来てね」

 若干、疑問が残るが鬼宮に押されてしまい、渋々、ここからは離れた位置にある自動販売機に向かって走っていく。




 泉が姿を消してから鬼宮は騎士隊に連絡するのではなく、真人に向き直った。

「…真人くんは知っていたの?」

「いいや。知っていたと言えば知っていたのかも知れないが……」

 時々、泉が見せる理解不能な現象を。

「私、本気で怖いって思った……泉くんが全く別の人間…ううん、人間じゃない別の何かに見えた」

「そうだな……」

 肯定とも否定とも取れる様に曖昧な答えを返す真人に、鬼宮も気が付く。いつも、彼と一緒にいる親友でさえ、真実を知らないのだ。


「……真人くんが何処にそんなに魔道具を入れているのかと同じくらいに不思議だね?」

「……まあ、良いんじゃないか。誰にだって秘密はあるもんだろ?」

 苦笑しながら真人は笑っていた。鬼宮には、泉があれ程の力を見せても真人は全く怯える事は無く、逆に清々しい様な表情に見えた。

 彼等が、周囲の人を惹きつける理由は、もしかしたら、これなのかもしれない。

 自分が信じた者がどんなものであれ、けして突き放す事をしない。最後まで信じてやれるという事なのかも知れないと感じていた。


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