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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
ベルギス編
34/51

和解と混乱

「思えば、上層部が国家転覆を考えた裏に、何かがあったのかもしれません。元々、上層部の彼等は、国の事を一番に考える純粋な人達ばかりでした。それが、あんな風に国の体制を壊す事に執着している。とても、想像も出来ない程の変わり様です。そして、今現在、貴方達の言っている忌道真。彼等もまた、上層部と何らかの繋がりがある筈です。そうでなければ、彼等が容易に律さんを攫う事や、被害情報の漏洩を防ぐ情報操作も説明出来ません。他国に干渉する力を持つ組織は、この国にはそう多くはありませんから。」

「……ょ…なんだよ…それ!! じゃあ、君は都合良く扱われて、そして…捨てられたって事じゃないのか。彩は、それを分かっていながらも此処に居続けたと言うのか!?」

湊は自らの内に溜められていた一つの感情を止める事など出来ずに、爆発させてしまう。

それは、彼女の言う上層部に向けて放たれた言葉では決してなかった。考えでは理解出来ていながらも行動を起こそうともしなかった彩に向けた言葉そのものだった。

「……はい…」

彩はその事実を下手な嘘で誤魔化す様な事はせず、小さく頭を振って肯定する。

「ーーーそれなら…」

湊が彼女を責める様に、言葉を紡ごうとした時、彼の動きを止める様に、すっと泉の腕が伸ばされる。

「……れでも…それでも、私にも守りたい者があったんです!! 例え、彼等の人形になったとしても、それだけは違えられない。間違えちゃいけないんです!! 先程も言った様に、彼等はこの国を潰す為に間違いなく、あの伝説の龍を復活させる計画を立てていました。そして、その計画の手立ては刻々と整い、着実に革新の時は迫って来ているんです。私が此処から逃げれば、それこそ奴等の思う壺です。直ぐにまた取り押さえられ、殺されるのが分かっています。それから逃れるには二つしか選択肢はないんです。国外に逃げるか、此処に留まるか。けれども、私がどちらを選ぶかなど分かり切っている事です。あの龍に立ち向かえる、通用する魔法を持つ私が逃げる訳には行かなかった………ううん、違う。そうだと思ってた!! 自分の役目だから、使命だからしなくちゃいけないって!! でも、違った。何としてでも守りたいーーー父さんや母さんの愛したこの国を」

初めて、彩の言葉に怒気が篭ったのを感じ、泉は驚きの表情を浮かべていた。それは、あれ程まで穏やかな雰囲気を醸し出していた少女が、怒ったからではない。泉の目に映っている彼女の姿、様子ではない。不可視である力、力強く鼓動する想いが胸に伝わったからだ。

それは、彼女が使用する『魂分裂』の安直な魔法による力では決してなかった。

自分自身の思考には関係なく、心を突き動かす力。

彩の引力に引き寄せられ、泉は不思議と言葉を紡いでいた。

「ーーー想いを貫け」

そのたった一言、その言葉に二人は、ハッと顔を上げて泉を見詰める。

泉は二ッ、と自身が扱う魔法とは、全くの正反対と言うべき明るさを誇った笑みを浮かべていた。

テーブルの中央に開かれた手が差し出される。

「彩の想いーーー俺達にも背負わせてくれないかな? 一人じゃ、重たくて持ち上げられない物だって沢山ある。でも、皆で力を合わせれば……可能性はそれこそ、無限の様に広がっていくんだ。だからこそ、俺達にもその想いを受け継がせてくれ。君と同じ立場に立てる様にさ。」

湊もまた、その言葉を聞き入れて身体の力を抜く様に、ふぅ~、と息を吐き出す。

「…ああ、そうだな。泉の言う通りだ。最初からするべき事は決まっているんだ。悪かった…責める様な言い方をして。自分達だけが護りたい者がいる訳じゃないんだ。君の想い……気付けなくて……ごめん…」

「…二人…とも……」

その瞬間、一粒の雫が彩の瞳から溢れ出し、頬を伝い、床に零れ落ちる寸前で泉の人差し指がそれを掬い取る。

即座に、彩は顔を真っ赤にして泉から退くと、服が汚れる事を気にする事なく、ゴシゴシと両目の涙を拭う。

「……あれ? どうして!? 涙が…涙が、止まらないよ…悲しくなんてないのに……どうして!?」

「俺には…彩みたいに心の声を読む力はない……だけど、だからこそ、言える。人は、色んな想いがあるからこそ、様々な事を考え、思い、行動に移すんだ。今の彩にそれが理解出来ない感情だとしても……きっといつか…分かる時が来ると思う。その理由、意味も全て。その時、もう一度だけこの時の事を思い出したら良いさ。きっと、最も簡単で…大切な…忘れがちな感情だから……だから、今は泣くだけ泣いたら良いんだよ。その事を、誰も侮辱したりなんかしない。」

「……ぅ…うん…」

彩は弱々しく小さく頷くと、抑えていた声を、吐き出して泣き出していた。

ただ涙は瞳が見えなくなる程、一杯に溢れ出し、止まる事なく頬を伝い流れ、床にゆっくりと落ちていった。




「…えっ? ……はぁっ!? えーと、何が起こったんだ……」

湊は、げんなりとした表情を浮かべて、目の前に広がっている景色を見遣る。


彩が軟禁されていた部屋は、この国立魔道学院書庫の番人でもある巨大なゴーレムの超高密度な一撃を軽く防ぐ程の強度を誇っている。だからといって、壁自体の強度が強力だという訳ではない。恐らく、魔道書に使用されている魔法と同種の力を部屋全体を覆う様に掛けられ、保護魔法による効果で、膨大なエネルギー相殺しているのだろう。

その為、基本的にこの部屋は360°全方位を鋼鉄の鉄板に囲まれている様な構造ではなく、薄いコンクリート壁に、ガラス張りの窓が二つあり、外の景色を眺める事が出来る。

彩は、巫女服が汚れてしまったのと、これからゴーレムから逃れ、この書庫から脱走するのに巫女服といった動き難い衣類ではリスク上がるので、着替えて来ると言い、奥にある扉を抜けて…恐らく風呂場だろうが、で着替えている。

泉は、気絶いや、幸せそうに熟睡しているレビンと理紗を起こすのに手間取っている。肩を揺さぶっても、耳元で声を出しても起きる気配すらないのはどういう事だろうか。まあ、泉なら何とかしてあの二人を起こすだろう。と、湊は自分自身の中で勝手に決め付けて、窓の外を眺めーーー

「…えっ? ……はぁっ!? えーと、何が起こったんだ……」

となる訳である。

それもその筈だ。本当ならば、窓の外に広がっているのは、魔道書が無造作に散らかり、本棚が木っ端微塵に破壊され尽くして上階層へと繋がるゴーレムが穿ち抜いた穴がある景色の筈だ。しかし、現実に湊の視界に入り込んで来たのは、傷一つない本棚に、順序よく並べられた魔道書の数々、上階層へと繋がる穴は があった場所は、何事も無かった様に塞がっている。

先程までのゴーレムによる圧倒的な、一方的な戦闘があったのさえ、なかった事に思える程に。


「……ん、どうひたんだ?」

湊の驚きの声に気が付いたのか、泉がパンを固く圧縮した様な携帯用の食料を食べながら近付いて来ていた。

湊は窓から外の景色が見える様に場所を開けて、親指を立てて指し示す。

「……ん~、んっ!?」

湊と同様の反応を示した泉は、慌てて携帯食料を喉に詰まらせる前に、ごくっ、と音を立てて無理矢理に喉に流し込む。頬を抓って意識がはっきりしているものだと確認した後、もう一度、外を見遣る。

そこは、普通の書庫の様に本棚があり、本が並べられているだけだった。

「…えっと……何でこんな事に…?」

泉は素朴な疑問を湊にぶつけるが、湊に分からない、とばかりに首を振るわれ、二人してうーむと唸り声を上げる。

「…『記憶形状魔法』…」

ボソッと呟いた声が二人の背後から聞こえて来る。首を回して振り返ると、そこには眠そうに両目を擦りながらベッドから起き上がっている理紗の姿があった。

「大丈夫?」

「…うん。ありがと…」

乱れていた服装を整えると、軽い足取りで二人の間に割って入り、外の様子を眺める。

「……記憶形状魔法?」

疑問を多いに含んだ言葉を繰り返し、理紗はそれを、肯定する様にこくり、と頷きを返す。

「簡単に言うと、一度記憶を形状させた物質は、何度破壊されても粒子レベルで存在の欠片が確認出来れば、再構築されるっていう高等魔法の一種。例えば、泉君の黒衣の鎧とか、壊されても瞬時に再生されるでしょ。他には、私が持っていた特異体質もその一種だった……それに伝説の龍もその類だった、って聞かされてる…」

理紗の言いたい事を要約すると、この書庫全体には、『記憶形状魔法』が行使されており、その名の通りの効力を発揮する。幾ら超弩級の大型ゴーレムが、破壊の限りを尽くし、書庫内をめちゃくちゃにしたとしても、時間が経てば人の手を借りる事なく、一人でに元に戻るという訳だ。

通りであのゴーレムは、書庫を破壊する事に気遣う様な素振りは見せず、ただ二人を殺す事だけを考えて、襲い掛かって来た訳だ。

「説明してくれてありがとう…じゃあ、俺はもう一人の方を起こしてくるわ。」

そう言って、泉は外の景色に一瞥すると、未だに寝息を立てているレビンを起こしに、ベッドの方に戻って行った。

「……伝説の龍か…」

自分だけにしか聞こえない程に小さい声でボソッ、と呟いてみる。

「あの、湊君……」

理紗が怪訝な表情を浮かべて服の裾をつんつん、と引っ張っていた。

「ん? どうかしたのか?」

「えーと、此処……何処?」

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