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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
ベルギス編
30/51

魂の巫女

ゴーレムが穿った床から拳を引き抜くと、ガチャガチャと瓦礫の山が崩れ落ちるーーーゴーレムは、人が不条理な問題を前にして首を傾げる様に、全く同じ動作を起こしながら、穿いた巨大な穴を微動だにせず凝視し続ける。巨大な穴には、人の死体ーーー泉の姿は無かった。拳は宙を叩き付け、何もない地面を貫いただけに過ぎないのだ。

ゴーレムは攻撃を避けられた事に対して地団駄を踏んで怒り狂うと、床に強大な質量を含んだ拳を叩き付ける。拳を叩き付ける行為、一撃一撃に床が大地震に煽られた様に揺れ動く。

過去の遺産である魔道書には厳重な耐久魔法が掛けられており、破壊されるどころか、傷が付く事さえない。耐久魔法とは、以前にSOD基地に潜入した時、藤和楓が行使していた重力魔法は、外から重圧を加えるのに対して、力の向きーーーベクトルを逆に変換した物であり、外部から過剰な物理衝撃を掛けられようものならば、その向きに対して内側から反発する力を発生させる魔法である。当然、重力や垂直抗力など、魔道書を解読する際に触れた手の中から魔道書が弾けない様に、魔道書が傷付けられる程の過度な力が掛けられなければ、発動する事はない。

その為、四十一階層には三十階層から四十階層までに蓄積されていた百万を超える魔道書が無造作に積み重なり、瓦礫の中に埋もれているなど満遍なく広がっている。その為、魔道書と拳が物理衝突する時、力量関係は魔道書の方に分は傾き、弩級の質量を誇る拳が力負けして魔道書に弾かれる。何度も拳が耐久魔法に阻まれ、火花を散らしている。

ーーードンッ!! ゴーレムが穿ち抜いた穴の近くにある、魔道書が積み重なって形成していた山がボロボロと崩れ落ちていく。それは、ゴーレムに叩き付けられたという訳でもなければ、大規模な振動に煽られたというわけでない。内部に潜んでいた者達が、魔道書を押し退けて出て来ようというのだ。幾分にも山を形成している魔道書の数が膨大である為、過剰な力を内部から放出するしか手段はないのだ。しかし、先程のゴーレムがたった一冊の魔道書と激突した時に力負けしたのに然り、膨大なまでの魔道書の城壁はどれ程までの力を放ったとしても、打ち崩す事は出来ない。

ーーーけれども、現実に魔道書は急速床に転がり、山の規模が収縮すると同時に、満遍なく広がっていく。

ボゥッ、と黒閃が魔道書の内部から砲弾の様に駆け抜けると、めまぐるしい速度で飛翔していく。

泉は、ゴーレムの膝元に着地すると、猛然と刀を目にも止まらない速度で薙ぐ。床と垂直に斬り裂く、膝元から叩き付ける様に斬り上げる、横一文字の軌道を描き出し、勢いを利用して斜めに斬り落とすーーー烈火の如き連続攻撃にゴーレムは身体を揺らぐと、泉はより一層に速度を上昇させ、脚を穿ち抜く。ゴーレムは成す術もなく、膝を貫かれて、背後に倒れる。


「ーー泉、大丈夫か!?」

はぁはぁ、と息が切れ切れになっている泉の元に湊が駆け寄る。

「……ぁぁ…正面から直撃してたら危なかったけど…咄嗟に、魔道書を盾にして良かった……ある程度の攻撃を弾いてくれたから…ただ、風圧までは対処し切れなくて…吹き飛ばされたんだけど…」

「…それで、耐久魔法の中からどうやって脱出したんだ?」

湊の問いに、泉はニヤッと笑みを浮かべる。

「無理に力を放つ必要はないんだ。ただ、山の様な魔道書の中から、一冊を引き抜いてやれば良いんだ。後は、山を形成していた鍵が外れて崩れ落ちるって事だ。」

「……あっ、そういう事か…」

耐久魔法など掛けられていない普通の本ならば、そんな危険行為を起こせば、過剰な質量に身体を押し潰される可能性が高い。しかし、魔道書を引き抜く事によってバランスが崩れ、魔道書に施されている耐久魔法同士が激突する事で、逆向きに反発し合い、力は密接した空間よりも、何もない外の空間に逃げようとする。その性質を活かして、膨大なまでの魔道書によって形成されていた山を崩れさせたのだ。

それでも、完全に危険性が無い行為とは言えない。もし、一歩間違えれば、過剰な力の向きが自分に襲い掛かり圧迫されていたかもしれないのだ。そんな事になれば、当然、死は免れない。しかし、泉は、一瞬の隙を逃さずに見抜き、突破してみせたのだ。

「ーーー後は、理沙とレビンを拾って、巫女を助ければ完璧だな。」

湊はフッと不敵な笑みを浮かべる。

「そうも言ってられない様だな……」

ゴゴゴォッ、ゴーレムは不気味な呻き声を上げて、二人の行き先を塞ぐ様に立ち上がる。泉が穿ち抜いた膝の穴は、先程までと何とも変わりない様に塞がっている。

今にも闇に溶けてしまいそうなコートを纏った二人がゴーレムの目前に立ち塞がる。ゴーレムと泉や湊の規模を比べると、天と地の差があり、たった一撃殴り付けられるだけで、儚く散ってしまいそうな程だ。ゴーレムは二人を視界に入れ、その存在を認めると、ギュッと指を握り締め、必殺の威力を含んだ拳を固める。


『『斬影』』

膨大なまでの魔力総量が魔道具内部を奔流する様に循環していく。天井に届きそうな程に長大な漆黒の柱が泉の刀から顕れると、ザアァッと風を切り裂き、漆黒の粒子と交わる様に湊の刀から純白の柱が迸る。漆黒と純白の柱は互いに絡み合いながら結合していくと、白と黒が混じり合った一つ柱が破竹の勢いで極太に膨れ上がっていく。柱の先端が形状の変化を起こしてーーー槍を模る。

奔流が二人の身体に押し寄せ、今にも全身が引き裂けそうな程に痛みが生じる。苦痛に表現が歪み、歯を食い縛る。槍はその想いを汲み取り、反映したのか、より輝きを増して研ぎ澄まされ、より堅硬な物質になっていく。

ゴーレムは痺れを切らしたのか、咆吼を上げると、二人に向けて一直線の軌道を描き出しながら拳を放つ。

「ーーーはああぁぁぁ…ぁぁ!!」

「…らぁぁあああ!!」

二人は流れる様な同期した動作で、槍をゴーレムに向けて突き出す。白黒の閃光を放っている槍は、ゴーレムの拳一点を目掛け突き進みーーー大音量の轟音と、火花を散らして激突する。互いは、相入れない存在を貫き、破壊するまで留まる事を知らず、反発し合う。

バチギギキッ、とゴーレムの岩の拳に亀裂が走っていく。岩が欠けて、ボロボロと床に零れ落ちていく。それを見て、ゴーレムが怯んだ様に後ろ退さる。二人はその隙を逃さず、破壊的な力を秘めた槍は拳を穿つ。拳を穿ち抜き、手首、肘、肩を貫いていき、片腕を粉々に粉砕する。

二人はそのまま、槍をゴーレムの頭に突き刺し、emeth『心理』の文字をmeth『死んだ』に置き換え、機能を停止させ、戦闘を終わらそうと考えていたのだがーーーしかし、片腕を打ち破った時、輝かしいばかりの閃光を放っていた槍が、強烈な閃光を放ち、形状が保てずに、崩壊していく。百メートル近い槍の形状を具現化して、留めるには、途轍もない魔力総量の循環は当然だが、継続的に爆発的な魔力の供給を必要とする。元々、『斬影』は魔道学院の学生では、行使する事も出来ない程に魔力を消費する為、泉達でさえ連発して放てば、直ぐにでも自身の魔力は枯渇してしまう。レビンは泉から魔力の供給を受ける事によって発動する事を可能としていたが、レビン個人の魔力総量だけでは使用する事は決して出来ない。また、精神的安定状態で暫くの休息を取らなければ、魔力は回復する事はない。しかし、泉達は膨大な魔力を喰らう『斬影』を連発程度では収まらずに、継続的に振るい続けたのだ。当然、二人の魔力は限界を迎え、槍の形状を留める事も出来ずに、周囲の空間に猛烈な魔力が分散する。湊や泉が蓄積した魔力総量は膨大な物である、それらが一斉に連鎖爆発を起こせば、被害は最下層近くまで伝わる事になるだろう。

グウオオオォォォォーーー!!

断末魔の様な轟音を轟かせるーーー閃光を周囲の景色を真っ白に染め上げ、烈風が吹き荒れる。遅れて二人は激震に見舞われる。四十一階層の床が崩れ落ちーーー四十二、四十三、四十四階層と連鎖的に床は壮絶な衝撃に耐えられる事なく、崩れ落ちていく。四十五、四十六、四十七階層、爆発時に発生した猛烈な衝撃は、徐々に効力を失い、輝きを薄れさしていく。四十八、四十九階層、辛うじて最下階層の一歩手前で衝撃は弾き返される。泉や湊は、辛うじて残っていた魔力を振り絞ると、壁に刀を突き刺し、落下速度を軽減する。それでも、床に無事に着地すると脚から全身に至るまで、迸る様な激痛が駆け巡る。過剰な激痛に堪える事など出来る訳がなく、床に転がる。

「ーーーぐぅっ…こんな時に!!」

「……あと、少しだって言うのに………くそっ!!」

二人は悪態を吐き出し、疲労困憊の身体に鞭を打って立ち上がる。魔道書は爆発による風に煽られ、円を描く様にして泉達やゴーレムを囲んでいた。

そんな二人を更に絶望に叩き落とすかの様に、ゴーレムの腕が濁った光を放つと、槍が粉砕して床に落下していた筈の岩や砂が、巻き戻しをしている様に、元あった場所に戻り、腕の形状を構成していく。この再生速度でいくと、腕が完全に元通りになるまでに、数十秒と掛からない筈だ。腕が元通りに再生すれば、ゴーレムは疑う事なく二人を殴り殺そうと拳を振るうだろう。魔力総量が底を付いた二人は、ゴーレムにとっては脅威などではなく、赤子の手を捻る様な程度である。

初めて、二人の表情に焦りが浮かび上がる。汗が頬を伝って滴り落ち、驚愕した様に眼を見開くと、圧倒的に不利な状況を受け入れるが、それでもーーー戦えば負けると理解していても、反抗せんとばかりに、睨み付けると空気を振動させる程の、圧力に耐える様にして歯を食い縛る。未だ、ゴーレムは完全に腕を再生させたという訳ではない。今なら先制攻撃を仕掛ける事が出来る。

泉はかちり、と刀を下段に構えると、左手を柄に添える。すぅ、と湊の背中に掛けられたもう一つの刀ーーー黒刀に手を伸ばしていく。ーーー声が聴こえた。その声は、空気を波打って耳元で通じて聞こえてくる物とはまるで違う。まるで、直接、脳に声を送っている様な錯覚を覚える。

ーーーこちらです!!

その言葉に二人は、コンマ一秒の躊躇の後に、ハッと行動を止めると、声の発生源を探す。確かに、あの声は幻聴などではなく、二人の耳に届いていた。二人は、前方で完全再生の時を待つゴーレムの存在さえも、意識から外し、全身の神経を一点に集中していく。

ーーー早く! こちらです!!

今度は違える事なく、二人は微かな魔力の糸を感じ取り、最後の頼みの綱である糸を辿っていく。

槍が壮絶な連鎖爆発した焼け跡に、直径数十センチに穿ち抜かれた最下階層の道が見える。糸は、そこを通って二人と繋がっていた。今度は躊躇する様な事はなかった。

ゴオオオォォォォッ!!

ゴーレムは腕を完全再生すると、雄叫びを上げ、二人を圧殺するには十分事足りるーーー脚で床を削り取りながら、薙ぎ払っていく。半軽数十メートルの広範囲攻撃を、魔力総量が底を付いた二人は魔力補正を受けられず、空高くに跳躍して避けるという芸当は到底出来ない。また、今から耐久魔法が存在する空間に退こうとしても、最短距離の地点でも、二人が到達する前に圧倒的な質量を誇る脚の餌食になるだけだ。

なら、迷う事はない。為すべき事はーーー

「「前に!」」

二人は、筋肉が悲鳴を上げ、それでも尚、鞭を振るい、最下階層に向けて床を疾走する。ゴーレムの脚が二人の背後数十メートルにまで迫り来る。二人は、背後を気にする様子などなく一心不乱に最下階層への道筋である穿ち抜かれた穴を目指す。もし、二人が背後に迫り来る攻撃に気取られる様な事をしていれば、その瞬間に、二人の灯火は掻き消えていただろう。脚は、猛烈な速度で薙ぎ払われ、急速に二人との距離を詰めていく。

五メートル、泉達はお腹の中から何かが溢れ出る様な激痛に堪えながら歯を食い縛り、速度を落とす事なく疾駆していく。

四メートル、背後から響き渡って来る容赦のない風を叩く音が、二人の恐怖心を刺激する。

三メートル、二人は全身全霊を尽くし、最後の力を振り絞って脚に集中させると、より一段と速度を上昇させる。

二メートル、二人は迷う事なく床に作用の力を流し込み、反作用の力を得て飛び込む様にして跳躍する。

一メートル、背後、十数センチの所で怒涛の勢いで二人に迫り来る、想像を絶する様な圧倒的質量を感じ取る。神経が張り詰めた状態の泉に、ゆっくりと時間が流れる様な錯覚が訪れる。最下階層へと続く穴に、飛び込む様な体勢で徐々に入り込んでいく。それに応じて、ゴーレムの脚も数センチという距離まで近付いて来る。

ーーー果たして、0メートル。耳を擘く様な鈍い音と共に、脚が泉達の頭上数センチ上を地面を削りながらも通過していく。泉の黒髪が風圧に巻き込まれ、数本の髪が根元から無理矢理に引き抜かれる。

二人は十数メートルの距離を落下すると、受け身を取る事さえ出来ずに、背中を床で叩き付けられる。肺の中から空気が塊となった様に吐き出され、激痛に喘ぐ。しかし、それでも尚、二人はふらついた足取りで立ち上がると、声の発生源であるーーー今までの、どの階層にも存在しなかった、周囲の空間から隔離された部屋を目指して駆け抜ける。

グオオォォォーーン!!

突如、二人が穿ち抜いた穴を広げる様にゴーレムの拳が最下階層と四十九階層を隔てている存在を破壊する。最下階層の天井が崩れ落ち、ゴーレムが泉達を捉えるには、十分過ぎる程の隙間を広げる。拳は二人が今さっきまで、呻き声を上げてのたうち回っていた場所を、圧倒的なまでの質量で打ち砕く。

ーーー二人共、飛び込んで下さい!!

「ーーーぅぁぁあああ!!」

「……はあああぁぁぁぁっ!!」

二人はその言葉を信じ、絶叫を上げながら再び床を叩き蹴り、扉に向かって跳躍する。壮烈な威力を含んだゴーレムの拳が二人を逃がすまいと、疾風怒涛の如き速度で押し迫る。

ーーー今です! 扉を閉めて下さい!!

その言葉を紡ぐと同時に、開け放たれていた扉が急速に狭まり閉じていく。二人は辛うじて部屋が閉ざされる前に内部に侵入すると、即座に立ち上がり、危機感を抱きながら背後を振り返る。扉はいかにも貧相そうな造りで、厚さも薄く、耐久性が高い物とは思えなかった。疾風の如き速度で放たれたゴーレムの拳ならば、こんな程度の物など軽々と打ち砕くだろう。二人は息を切れ切れにした状態でも尚、刀を構えると、決して避ける事の出来ない衝撃に備える。


ゴオオオォォォォーーーン!!

ーーーただ。

二人が想像した、ゴーレムの拳が、耐久性が皆無と言っても過言ではない程の貧相な扉を穿ち抜き、想像を絶する質量を疾風の如き速度で二人に迫り、瞬く間に圧殺するなどという事態は、起こらなかった。

ガガカギキッーーン!! 絶対的優位にある存在のゴーレムの拳が、いとも簡単に扉から弾かれた。ゴーレムは二人を仕留められなかった事を悔やんだかの様に叫び声をあげると、追撃する事なく退いていく。


泉と湊が安心した様にホッと息を吐き出したーーー瞬間、二人は背後数メートルの距離から放出された不可解な感覚に囚われる。抽象的な表現だが、魂に付着していた不純物を取り除い様な感覚だ。今さっき、ゴーレムに追われていた時よりも、全身が緊張感に包み込まれ、筋肉が硬直していくのを自覚する。明かりが部屋を照らし、二人は固唾を飲みながらぎこちない動きで振り返る。

そこには白衣と緋袴ーーー一般的には巫女服と呼ばれている衣類を着付けている少女が居た。肩に届く程の褐色のショートカットに、透き通る様な白い肌、ちいさな卵型の顔から、エメラルド色に光を放っている瞳がより一層に、彼女の美しさを醸し出している。

「初めましてーーー泉さん、湊さん。」

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