ゴーレム
自律防衛機ーーーSOD基地にも存在した侵入者対策用の魔道具である。その形態には様々な種類があり、主として配置されているのは追跡用、迎撃用、支援用、監視用、伝令用、指令用などである。少数、もしくは一種類しか配置されていないならば、それは大した脅威にはならない。しかし、それ等全てが圧倒的なまでの数で配置されている場合、その危険性を見誤ってはいけない。
監視用に侵入者の存在が発見されれば、即座に、全ての自律防衛機に情報が通達される。その時、始めて他の五種類の防衛機が姿を現す。監視用から得られた情報を元に、指令用が作戦を考案し、伝令用が全機に通達する。
迎撃用には様々な戦闘型が存在するが、その大半は魔道学院の生徒でも対処出来る物ばかりだ。けれども、そこに支援用が居た場合、話は大きく変わってくる。支援用は、魔力の補充、退路の封鎖、罠の設置など、より効率的に迎撃用が戦える戦場を用意する役割を担っている。この六種類は、現在では数多くの重要警護場所には、必ずといっても過言ではない程の普及率を果たしている。
それは、ベルギス国立魔道学院書庫でも変わらない様だ。
地下三十一階層に降り立った四人は、守護獣が顕れない事を祈りながら慎重に道を進めていた。もし、湊が五十階層までの地図を盗んでいなければ、道を誤り、迷っていただろう。
複合材料ーーー二つ以上の材料を組み合わせた物は、単一素材からなる素材よりも耐久度が高い上に、魔法によるコーティングも施されてあり、決して不可能という訳ではないのだが、泉達個人の魔法だけで破壊を実行する事は困難を伴われる。三十一階層には教師でさえ、内部への侵入を禁じられているので、この場所にどういった警備システムが潜んでいるのか、誰にも想像が付かない。ましてや、大きく目立つ行動を起こせば、警報が鳴り響き、一斉に各階層の守護獣達が集結する可能性も否めなず、慎重に、順調に正規ルートの道を進めていくしかないのだ。
ーーーぞくりと、泉は背中が震え上がる様な不快感を覚える。泉は三人に立ち止まる様に合図すると、周囲の景色を把握して耳を澄ましていく。集中力を極限にまで高め、感覚を研ぎ澄ましていく。
ーーー見つけた!!
シュッ! と理紗は風が吹き抜けるのを肌で感じた。視線を戻すと、そこにはもう、泉の姿は無かった。先程の風は、泉が巻き起こした物だと気付くのに、少しばかりの時間を要した時には、目標は駆逐されていた。
泉は五メートル程の高さの本棚から飛び降りると、二人に問題の代物を差し出す。
二人に、差し出された手のひらに、軽々と収まる程の大きさの、蜘蛛があった。蜘蛛といっても、魔力による供給で活動する機械仕掛けの存在だ。そこまで考えが追い付いた時、この物体が何故こんな場所に居るのか!? その疑問を解く答えが明らかになる。
泉や湊もその答えに辿り着いた様子で、四人の間に緊張した空気が張り詰める。
この蜘蛛はーーー自律防衛機監視用に間違いない。
「急ぐぞ!!」
湊の言葉を引き金にして、四人は先程までとは段違いの速度で、道を通り抜けていく。十字路に差し掛かった所で、左右前方から自律防衛機迎撃用が無数に顕れる。魔力エネルギーにより飛行を可能にしている機体もあり、空中に跳躍して逃げるのも至難の技だ。
湊は軽く跳躍すると、空中で数百キロにも及ぶ本棚を蹴り飛ばす。床と本棚を固定していた金属が弾ける。
本棚はそれでも脚力に抗う事は出来ずに、一瞬、浮き上がりながらーーー横倒しになる。
ーーーその筈だった。
しかし、現実には本棚が浮いただけである。本棚は横倒しにはならず、傾いているだけである。
「ーーーえっ!?」
泉はその光景に、呆気に取られながら間抜けなまでに口をパクパクと開閉する。
四人の前方にはーーー五メートルの自律防衛機迎撃用が本棚を支え、元あった場所へと押し返していた。その自律防衛機迎撃用はゴーレムの外見を模していた。額にはemeth『心理』と刻まれているが、所々に機械の様な物が確認出来る事から本物という訳ではない様だ。
泉は今までの間に、最長でも自分と同じ背丈の自律防衛機しか見た事が無かった。それは理沙も同様だった様で
、二人して呆然とした面持ちでゴーレムを眺めていた。
「………なんなんだよ…こいつはーーーっ!?」
ゴーレムが泉を踏み潰す様に、脚を極限にまで引き上げる。左右から総計百近い小型の迎撃用が近付いて来る。背後に、逃げようにも、バリケードが設置されており、絶体絶命も状況といった所だ。
ゴーレムは躊躇なく、先程までの鈍足からは想像も出来ない速さで、脚を振り下ろす。泉は咄嗟に、背後に転がり辛うじて避ける。床と足裏は、突き刺さる様にして激突するとーーー身動きが取れない程の振動を起こす。
「きゃあぁぁ!!」
「ふぇっ? わあぁぁっ!!」
レビンと理紗は、振動に煽られて転がらない様に、本棚を支えにして必死にしがみつく。
ゴーレムは、攻撃を避けられた事により、泉だけに狙いを定めた様で第二波を放つ。今度は足裏で踏み潰すのではなく、脚を横一文字に薙ぎ払い、左右の本棚を軽々と破壊し、無数の本や本棚の破片が宙を舞う。
泉はゴーレムに向かって跳躍し、距離を詰めて蹴りを躱すと、無機質な顔面に切り傷を付け、emeth『心理』の頭文字であるeを消し去り、meth『死んだ』という文字に置き換える。ゴーレムは機能を完全に停止させられ、そのまま成す術もなく地面に叩き付けられる。
ゴーレムが床に叩き付けられた事で、再び振動が二人を襲う。突如、ふわっと身体が浮き上がるのを感じ、理紗は慌てて何かを掴もうとすると、その瞬間に、湊は二人お腹に手を回して落ちない様にしっかりと抱き締めると、五メートルもある本棚に向かって跳躍する。
二人が居た場所には、地面の揺れを物ともしない飛翔型の迎撃用が集結していた。自律防衛機は、一斉に三人の方向に振り返ると、無数の実弾型魔法銃を構える。
各々に構えられた魔法銃から、凄まじい数の弾丸が射撃され、圧倒的な威力を含み、三人に襲い掛かる。
「ーーーくっ!!」
湊は二人を抱き締めたまま、本棚から数メートルの距離を跳躍する。床に着地した瞬間ーーー滑る様に床を疾駆する。銃弾が危うく、湊のバンダナを掠める。
「二人は、扉の確保を頼む!!」
レビンと理紗の二人が頷くのを確認すると、湊は二人から手を離す。二人は勢いを殺す事なく受身を取ると、前方にダッシュを掛ける。
同時に、湊は背後から差し迫って来る敵に、振り返り際に白刀を抜き放つ。白閃光が迸り、高温の熱によって前方にいた数機の自律防衛機が瞬く間に溶けていく。しかし、左右の本棚が爆発し、閃光の壁を避けた道を開くと、次々と、湊の周囲を囲みながら、決して獲物を逃がさない様に陣形を敷いていく。
実弾型魔法銃を一点に突き出す様に構え、体勢を整える。湊の頬から冷や汗が滴り落ちる。
ーーー刹那。
自律防衛機はただ殲滅する為だけに、一点を集中砲火する。千発を超える弾丸が撃たれ、薬莢が床に落ちていく様は、金色の滝の様であった。床が紙切れの様に軽々と亀裂が入り、破壊され、土煙が高々と舞い上がり、現実を覆うカーテンの役割を果たす。
風が吹き荒れ、本棚が破壊され、床に落ちていた本のページが、パラパラとめくられていく。
土煙が突如、内部から盛り上がる様に膨らみ続けていくーーー湊が居た地点から、白黒の輝きを放ち、膨らみが解き放たれる。モノクロームの熱線が撒き散らされ、迎撃用の大半を熱線が穿つ。
増殖を続ける熱線に、大部分の機体は損傷を受け、機能を停止させ、爆発する。近くいた機体も、爆発に巻き込まれ、次々と誘爆を繰り返していく。
湊は土煙内部から、突き抜ける様に跳躍すると、周囲の状況を確認する。殆どの機体が機能を停止させ、戦闘不可能となっている。
理紗やレビンを先に行かしたのは、この為にある。湊は、幾千にも及ぶ集中砲火を熱線を張り巡らせ、殆どを撃ち落とすと同時に、熱線を解き放ったのだ。一撃でも正面から喰らえば、致死の力を持つ熱線に溶かし尽くされてしまう。その高密度攻撃は、行使した湊でさえ、思い通りに動かせるという訳ではない。せめて、自分に当たらない様に善処する程度である。その為、この場に二人を置いておくには、使用する魔法の危険性が高かったという訳だ。
「そういや、泉はーーーなっ、なんだ!?」
三十一階層全体が地震に煽られた様に振動する。湊は不安定な足場でありながら、床から跳躍し、本棚の上に飛び乗る。ぐらぐらと揺れ動く足場を気にせずに立ち上がる。
ーーー何なんだ…あいつは!?
湊は呆気に取られた表情を浮かべ、その姿ーーー現実を認める、と神速の速度で白刀を抜き放つ。
「ーーーくそっ!!」
湊は脚力の最大限の力を発揮して、戦線を駆け抜けていく。
泉は、三十二階層の扉に向かって、翔ける様に床を疾駆していた。いや、戦闘を継続した状況で、扉の方へと誘導していく。戦場は泉の独占場だった。幾ら指令用が策を講じても、泉はその作戦を即座に見抜くと、突破するのではなく、態と掛かった風に見せ掛けて、相手の裏を掻き乱す。それは、相手の感情や気持ちを自らの場合と置き換えて考えられる人ーーー他者を思い遣る心が出来ているからこそ、可能な技術と言っても過言ではないだろう。
最後に残った迎撃用を間髪入れずに叩き斬ると、ふぅ~、と額の汗を拭う。
ーーーその瞬間、泉は空間に違和感を感じた。汗が突然止まり、背中が縮こまる様な強烈な恐怖を感じ、火照っていた体温が瞬く間に、身体の芯から冷えていき、筋肉が石の様に硬直する。
ビビギキッ!! と、複合素材に亀裂が入り、徐々に亀裂は大きさを広げていく。泉は、背後に跳躍して距離を開けると、何事かと成り行きを見守る。
バゴオオォォォーーーン!!
床が数十メートルの高さまで投げ飛ばされると、巨大な岩山ーーーゴーレムの頭部が突き刺し、瞳までの部分だけが現れる。ゴーレムは、三十二階層ーーーいや、そんな稚拙なの物ではない。もっと奥底の階層から幾階層もの壁を突き抜けていた。突き出ている頭部の質量を先程に、泉が倒したゴーレム全体と比べたとしても、軽く二倍近くの規模を誇っている。
もし、そのゴーレムが通常の物と同じ比で製造されたのならば、全長は頭部の十倍近い大きさとなっている筈だ。
ブオオオォォォォーー!!
ゴーレムの口元は認められないが、暴風の様な音が鳴り響きーーー息を吸い込むと、轟音とばかりの大音量の叫び声として吐き出す。空気だけでなく、床さえもが振動させられ、暫くの間揺れ続ける。死地の可能性を伴った緊張感が泉の感覚を刺激していく。
「………あっ、そうか…その手があるか…」
泉は良い案が思い付いたとばかりに、嬉しそうな表情を浮かべ、圧倒的なまでの圧力を放出している、超弩級ゴーレムを見据える。
黒刀をざぁっという音を立てて振り下ろすと、刀の周囲の空間に、漆黒の粒子が結合して鋭利な刃を創り出す。
「お前が開けてくれた穴ーーーショートカットとして有効活用させて貰うよ。」
泉の飄々とした態度に、ゴーレムは言葉を理解したのか、判断は付かないが、咆哮を上げながら両腕が床を穿ち抜けると、ゴゴオオォォォーーー!! 三十一階層ーーーいや、およそ四十階層までの床が叩き落とされ、ゴーレムの上半身が自由に動ける空間を創り出す。
泉でも、百メートル近い高さから落下しては、決して無視出来ない深手を負う事になる。刀を振り抜き、勢い良く壁に突き刺すと、ギギギギィィーーーと耳を擘く爆音が鳴り響き、落下速度を減少させる。
地面まで数メートルに迫った時、刀を壁から離すと、すとんという風に着地する。
「ーーーレビン、理沙!!」
慌てた様子で、レビンと理沙の名前を大声を出して呼び、探そうとする。しかし、ゴーレムはそんな隙を泉に与えてくれず、圧倒的なまでの質量を誇った拳を振り上げる。四十階層からは、百メートル近い上空に存在する二つの瞳は、泉を決して許さないという風に捉えて離さない。ゴーレムは、肘を精一杯引くと、天井に激突する。当然、今までの階層の床や壁はそれだけで脆く穿たれていた。泉も、それを信じて止まなかったのだが、果たしてーーーガンッ!! と鈍い音の後、ゴーレムの肘が壁から弾き返される。
「……一応、耐性はあるのか…」
三十一階層の上階層である三十階層は一般学生や教師でも出入りしている。もし、ゴーレムが暴走し、三十階層以上の階層を破壊しては学生達に被害が出る可能性がある。増してや地上に逃げ出された時の被害は尋常ではない物となる。その為、三十一と三十階層の間には数十メートルにも及ぶ降下階段があった。あれは、百メートルを優に超える守護獣であるゴーレムを、逃がさない様に設計されたのだろう。
これは檻なのだ。
決して逃げ出す事を許されない堅硬な檻。
考えに耽っている間に、ゴーレムは再び肘を引き、高々と振り上げていた。今度は、寸前の所で天井に当たらない様に調節されている。
泉が慌てて刀を構えた時には、時遅くーーー弩級の質量を誇った拳が落下する。
何処に逃げれば、避けられるという稚拙な段階の話ではない。どうすれば、生き延びる事が出来るか、といった段階の話である。泉の周囲、半径二十メートルの距離に一撃必殺の質量が落下する。
ゴオオオオォォォォォーーーン!!
拳が床を穿った瞬間ーーー衝撃波が巻き起こり、床の亀裂が瞬く間に四十階層全体に駆け抜け、広がっていく。耐久度の限界を迎えた床が次々と下の階層に落下していく。たった一撃、拳で床を穿つという行為で、四十階層の殆どの床を叩き落として見せたのだ。
ゴーレムは、その圧倒的なまでの力によって引き起こされた悲劇を認めると、嬉々とした態度で息を吸い込み、空気を振動させるまでに大音量の声で吠える。




