決着
「……泉…さん?」
間違いない、あの時私を助けてくれた少年だ。名前、魔法、外見、それ等が証拠となりレビンに現実を突き付ける。
現実は自分が思っていた物なんかよりも、ずっと幸せな物だったのだと。本当に優しい人がいる。その人にもう一度会いたいという願いは自分が気付かない所で、もう叶っていたのだ。
レビンの瞳から先程までとは逆のベクトルの感情が抑え切れなくなり、涙が零れ落ちる。
「泉さん…」
泉はゆるりとした初動で刀を構える。瞬間、大地が振動した。爆発的な速度で泉はライナーの懐にまで近付く。ライナーは立て続けに引き金を絞り、銃口が火を吹く。しかし、泉は音速を超える弾丸を見切り、一つも零す事無く切り落とす。即座に泉は魔法銃の銃身目掛けて袈裟蹴りを放つ。
バチンッ!! と軽い音と共に魔法銃はライナーの手を離れ、数十メートル先にまで滑っていく。
泉は連動した動作で勢いを止める事なく、刀を振るう。神速の如き速度で薙ぎ払われた刀は見事に腹部に喰い込む。ボキボキッと肋骨が数本折れた音と共に刀は強烈なな威力を発揮し、ライナーを吹き飛ばす。
「ぐはっ!!」
衝撃により肺を強く押され、空気を無理矢理に吐き出す。
辛うじてライナーは意識を取り戻すと、体勢を立て直す。
ホルダーからサブの魔法銃を取り出し、狙いを定め様と泉を睨む。しかし、先程まで泉が居た場所には人影などなかった。
「…何処だ!? 何処に行きやがった!!」
喚き散らすライナーは、周囲を見渡し、泉の姿を探す。
瞬間、急激に上昇した魔力の波動がライナーを抑え込む。
その時、理紗は自身が抱いていた疑問の答えを見つける事が出来た。
理紗は泉がレビンを助けた時に弾丸を切り裂いた技は居合いなのかもしれないと予測を立てていた。しかし、彼が戦闘中に刀を鞘から抜かない所をみると、どうやら居合いなどとは違うらしい。もしかすると、神速の速さで振るわれた刀が理紗の瞳には捉え切れずに、断片的に揺れて刀身の形に見えたのかもしれないという考えさえ浮かんできた程だ。
しかし、泉の刀に漆黒の粒子が集まり刃の形を取っていく様に、理沙は目を疑った。
これは居合いなどという技術ではない。質量変化、形状変化という高等魔法ではないのか? ただの一介の学生が何でそんな魔法を!?
本当に泉君、貴方は何者なの?
そんな想いに泉は気付く事無く、刃状態となった刀を軽く振るう。たったそれだけの動作で旋風が巻き起こり、ライナーに襲い掛かる。
地面を滑りながら後方に退くと、片手で魔方陣を描きながら狙いを定める。
バンッ!!
直径五十ミリ程度の、炎の球体が無数に形を成し、爆発音と共に噴射する。
『斬影』
泉は、地面と水平に刀を構える。黒衣の鎧が揺らめき、急速に刀が纏う粒子が膨大な量に変化していく。
突如、漆黒の粒子が炎の様に噴射する。瞬間、刀は薙ぎ払われていた。粒子が徐々に龍の形を成し、ライナーに迫る。人間の身長はあろうかという巨大な牙、触れただけで皮膚が避けそうな程に鋭利な鱗、その全てが本物と見間違う精度であった。
ザザザッ!! ノイズの様な音が聴こえ空間が切り裂ける。この現象は以前、泉が綱楊を倒した時に使用した魔法と全く同じ物だ。しかし、その理論は優でさえ理解不能とされている。泉自身の不可解な力に共鳴して転移型魔道具までが予測以上の威力を放出する為にある。
理紗はその状況に目を見開き、今日一番の驚きを示していた。それが向かう先は泉が使用した理解不能な魔法ではなかった。彼が主として使用する魔法『斬影』であった。『斬影』の表面状の性質は、魔力を魔道具に凝縮して放つといった一般的な魔法である。その為、似た様な技が数多く存在する。しかし、泉はその本質を突いている。それは、龍の形を成した事で一目瞭然だ。
「えっ…どうして……あの魔法を!?」
その疑問に湊は振り返る事無く、応じる。
「あれ……? 牧野はあの魔法を知っているのか?」
「知っているも何も……それより、いつ何処で誰に、あの魔法教えてもらったの?」
「えーと……場所は転々としていたしな………アレは俺達が八歳の時に師匠から伝授した魔法だよ。」
「師匠!?」
「あぁ。師匠だよ。名前は教えてくれなかったから……本名は知らないけど。」
「じゃあ、その師匠って人の外見とか、性格とか覚えてない!?」
あまりの食い付きの良さに湊は驚きの表情を浮かべながら、気後れする。
「……一言で言うなら、怖い女の人。今は知らないけど…外見は…そうだ。牧野みたいな綺麗な金髪だったはず。」
その返事を聞いて、理紗は嬉しそうな表情を浮かべる。
「んっ?」
「……良かった……」
相変わらず意味深な言葉を呟く理紗に、湊はあれこれ追求するのは躊躇われて聞き流す事にする。
ライナーは驚愕した面持ちで龍を見あ上げる。
グガアアアァァァーーー!!
龍が吠え、巨大な牙の数々が露わになる。もし、その牙に挟まれれば人間の骨など容易く噛み砕く事だろう。
初めてライナーの表情に恐怖という感情が浮かび上がる。両手で顔を覆い隠して腰から地面に座りこむ。
「……有り得ない…俺が、俺自身が負けるなど……あってはならない! そうだ!! これは、夢だ。悪い夢に違いない!!」
その叫び声は轟音によって掻き消え、ライナーは牙を剥き出しした龍と激突する。
ドゴオオォォォ―――ン!! 閃光が周囲を包み込み、視界が黒一色に埋め付くす。
徐々に閃光が薄れ、輝きを失っていく。魔法によって創り出された龍は、粒子となり自然に消滅していく。
そこには、龍の下敷きになったライナーが居た。瞳を見開いたまま、手足をぴくぴくと動かしながら気絶している。
試合の続行不可能を理解すると、教師は慌てて二人の中間地点に立つ。
「――試合終了!!」
その宣言で泉とライナー、二人の勝敗は決まった。
泉はフッと息を吐き出すと、気絶したままのライナーに近付いて行く。泉は刀を携えたままだったが、彼には戦意はなかった。湊と理紗はレビンを連れて泉の元に歩いて行く。
「おい、起きろ。」
泉はライナーの元まで辿り着くと、軽く頬を殴打する。
「…なっ……あぁぁっ!?」
目を覚ましたライナーは先程の恐怖を忘れられない様で、小刻みに震えている。泉が手加減した事により、ライナーには外傷は見えなかったが、精神的な恐怖を植え付けられたのだろう。
「ごめん、湊…後は頼む。」
泉はそう言うと、ライナーから離れ、逆に湊がレビンを連れてライナーの元に近付いて行く。
「おい、お前。泉が最初に言った事を覚えてるよな?」
「……はい……覚えてます…」
明らかに畏縮したライナーは恐る恐る言葉を選ぶ。
「なら、話は早いな。この子に謝れ。許して貰えるまでずっと謝り続けろ。」
湊は声を荒げた訳ではなかった。ただ、その言葉には不思議な力があった。重みを感じさせる言葉にライナーは恐怖を感じながら膝を曲げ、頭を下げる。
「……すまなかった……」
ポツリと呟かれた言葉は鎮まった部屋全体に響き伝わっていく。理紗は、いや泉達以外の全員が驚きの表情を浮かべていた。元々ライナーは自分の気に入らない事があれば自分が納得のいく様に変えさせる権力、力を持っているのだ。その彼が謝った。それは十分に驚愕に値する事であった。
「……もう良いのです…私は大丈夫で…」
「ーーーただ、お前との血の契約は解除させて貰う…」
その言葉に泉と湊は驚き、慌てた表情で振り向き、ライナーを咎める。
「弱いから要らないって言いたいのかよ!」
「お前…何でそんな事を!」
ーーーしかし、二人を制したのはレビン自身であった。その現実に二人は次いで口を開く事を躊躇ってしまう。
「……違う。レビン、お前が要らない訳じゃない……本音を言えば今の俺にはお前が必要だ……だけど、俺の所に居るよりももっと居心地の良い場所を見つけたんだろ? 君を守ってくれる心優しい人が……俺は決して良い主ではなかった。だからこそ、最後の恩返しをさせてくれ………転校生…君にレビンを任せるよ。」
レビンの瞳から涙が溢れ、頬を伝い、床にポタリと落ちる。
「……主…ありがとうございます。」
泉は呆気に取られながら、何とか状況を整理しようとする。
「って、俺がレビンのマスターになるって事!?」
慌てる泉を見て、理紗や湊は笑いを必死に堪えている。
「あっ、はい……迷惑…でしたか?」
レビンの瞳はうるうると、涙が浮かんで見える。それに見兼ねた泉はぼそりと呟く。
「えーと……まあ、レビンが俺で良いなら良いんだけど…」
その一言でレビンの表情が明るくなり、嬉しそうに笑う。
「泉さん……右手を出してくれませんか?」
言われるかままに右手を差し出す。レビンは泉の右手首に刀を当てると、薄皮だけを絶妙の精度で切る。薄っすらと血が滲み出てくる。レビンは泉の手首に口付けする様に近付けると、床に零れ落ちそうになっている血を舐める。
突如、レビンの身体が漆黒の粒子を放つ。その姿はまるで泉が纏う黒衣の鎧の様であった。唖然とした表情で全員が見守る中、漆黒の粒子は球体を形取る。球体はふわふわと空中に浮かびながらもレビンの刀に近付き、音も無く刀の中に入り込む。
レビンは傷口から唇を離すと、泉を見上げる。
「主、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく。」
正午過ぎ
学院の食堂には人が溢れ返り、賑わっていた。数十あるメニューの内から泉は魚のフライが入った定食Aを、湊はカレーライスを、レビンはうどんを啜っている。
「…何でかな……」
ポツリと呟いた言葉を怪訝に思い、湊が顔を上げる。
「……んっ? 泉、どうしたんだ?」
「全身が怠い……」
「さっきの模擬戦の影響じゃないのか? もし、調子悪いなら保健室にでも行って来いよ。」
朝から忌道真の雷桜と戦い、こっちに来てからは、休む事無くライナーと戦ったのだから、疲れが出るのは当たり前だ。
「いやいや、そんな怠いじゃなくて……なんというか・・・視線?」
泉が手をひらひらと振り、言い難そうに顔を顰めながら自身の隣を見遣る。そこには、幸せそうにうどんを啜るレビンの姿があった。
「んっ?」
「そんな小さな子連れてるから、そういう趣味の人だと思われてるんでしょうね。」
背後から突如声を掛けられ、泉は慌てて魚のフライを落とす。
「もう何だよーーー理紗、フライ落としちゃったじゃないか。」
理紗は慌てるいすを見て、してやったりという笑いを浮かべながら泉の隣に座る。
「理紗さん。私はそんなに小さい子じゃありませんよ!!」
その言葉に三人はレビンの姿を眺める。どこからどう見ても小学生以上には見えない。
三人は反論するのではなく、呆れた様なため息を返す。
「あーーー! 私は実年齢は十五歳なんですよ! 皆さんと同じか、一つ違いなんですよ!!」
「えっ、本当に? その外見で!?」
驚きの声を上げた理紗にレビンは憤慨した様に怒る。
「外見は余計です! 私達使い魔は人間達と比べて長命なのでこんな外見なだけです!!」
「まあレビン、落ち着こうぜ。」
レビンははぁはぁと息を切らして、肩を上下させている。
「はい、主……取り乱してすみません…」
しょんぼりした表情のレビンを見て、泉は頭を撫でてやると、機嫌が直った様に微笑む。
「にしても、主って何だか呼ばれ慣れていないから心地悪いな……」
「えっ…でも…主は主で……」
「いや、主従は関係なくて、泉で良いからさ。」
レビンは少し躊躇いを見せた後、覚悟決めて恐る恐る言葉を紡ぐ。
「……なら、泉…様…と呼んでもよろしいですか?」
「…さんの方にしておいて……」
「はい、泉さん」
「・・・・・・きっと君なら…」
理沙は思い詰めた表情を浮かべる。
「どうしたの?」
泉は怪訝に首を傾げるが。何でもない、とすぐに元の笑みを浮かべ、箸を伸ばす。
「あっ!?」
俺が視線を自身の皿に戻した瞬間、メインのフライが自分とは別の箸によって掴み取られていた。それの元を辿っていくと、理紗が隣で俺のフライを美味しそうに頬張ろうとしていた。
「それ、最後に食べようと置いといたのに……」
泉は肩を落として落胆しながら、最後のフライが理紗に食されていくのを恨めしそうに眺めていた。