怒り
その場にいた全員が泉の何をしたのか、理解さえ出来なかった。
ただ視線を戻した時、二つに切れた弾丸の欠片がゆっくりと落下していた。それは紛う肩無くライナーの魔法銃から使い魔に向けて撃たれた弾丸だった。
泉は目前で撃たれた弾丸を捉え、神速という速度で刀を振り切ったのだ。ほぼ弾丸が撃たれてから泉が叩き斬るまでの時間はコンマ一秒程しかない。幾ら、魔力補正により動体視力や運動機能が向上しているからといって普通の人間ならまずこんな芸当は出来ない。使い魔の少女も結界を張り、出来るだけ弾丸を回避するといった手段を取っていた。
「居合い……?」
理紗は、偶然にも彼が弾丸を斬った瞬間を見ていた。理紗が自身の瞳で捉えられたのはコマ落ちした様な速さで二人の隙間に潜り込んだ泉君が一閃という速さで刀を振っていた。その姿はまるで漆黒の雷の様であった。漆黒の刃が金色の弾丸に喰い込む所を目撃していた。しかし、泉の手には鞘に入ったままの先程と何も変わらない刀がある。魔力補正により強化された動体視覚でさえ認識出来ない程の速度で居合いを放ったのか…それさえも理解出来なかった。
しかし、ただ一つ解る事がある。泉の雰囲気には静かなる怒りが現れている。
「……久々に泉が怒ったな…」
「…お前、何すんだよ?」
蒼白に染まった表情が徐々に先程までの太太しさを取り戻していく。
「…お前……この子に何をしようとした?」
「何って? ゴミの処理だけど? きちんとゴミは処理しなくちゃいけないじゃん。それより、転入生、俺様をお前呼ばわりはいけないな。俺様は、名誉あるデイン家十五代御子ーーー」
泉は激しい怒りを覚え、黒刀を握り締める。
「…謝……」
泉の言葉に驚きの表情を浮かべたライナーは薄気味悪い笑みをみせる。
「ああ、そうか。謝ってくれるんだね。分かれば良いよ。僕は優しいかーーー」
「この子に謝れって言ってるんだ!」
ギィッとライナーを睨み付ける。
「えー、何言ってるのこの人は? 俺のオモチャは俺の物でしょ? それをどう扱おうが勝手じゃん。」
ーー自信に満ち溢れたライナーの顔に目掛けて黒閃が煌めいた。
耳を擘く音が響き渡る。
弾丸の如き速度で吹き飛ばされたライナーは床を数回バウンドしながらようやく停止する。
苦痛に満ちた掠れ声が大ホール全体に響き渡る。クラスメイトや教師でさえ、その所業に驚き、唖然とした表情で成り行きを見守っている。
「その子はそれ以上の痛みを耐えてるんだ。人を裁く権限があるなら、それぐらいで泣き喚くなよ。」
「……黙れよ、五月蝿い! なら、お前も殺られても文句は言えねぇな。」
二人の間に殺気が飛び交う。放出された魔力が激突し合い、暴風を起こす。
「やめて、二人共!! 先生の承認無しの模擬戦は禁止されてる筈、それにもうすぐ授業外時間になるから、大ホールの使用も出来なくなる。」
突如、二人の中間地点に理紗が現れる。ライナーはそれを気に留める事無く、教師の方に向き直る。
「なら先生…大ホールの使用許可を取って来てくれません?」
それはお願いというよりは脅迫に近い物言いであった。
「…じゃあ、一度申請書出して来るから…」
「先生!? どうして…」
教師は、ライナーの発言を聞きどうしようかと迷うが、ライナーが苛立つ様に睨み付けると、震え上がり、走り去る。
「良かったなぁ。命が長引いてさ。それまでどうやって地面に這い蹲るか考えておいたら良いよ。」
泉は、明らかなライナーの挑発を無視して、背後で倒れている少女の傍にまで駆け寄る。泉の右手が少女の脚に触れると、淡い光を放つ。傷口から弾丸が飛び出し、徐々に傷口が塞がっていく。
うっ…という声と共に少女は気を取り戻し、恐る恐る瞼を開ける。
「…どうし……助け…た…の?」
私はあの時、確かに死の覚悟をした。あの少年に会えなかった事は悔やまれたが、私の天命はここまでだったのだ。
しかし、死の魔力を持った弾丸はいつまで経っても私に入り込んでは来なかった。恐る恐る瞼を開けると、真っ黒なコートを纏った少年が立ち塞がる様にして私の前に立っていた。
その少年は激昂していた。私は今までに出会った人間の大半は怖い、恐ろしい人達ばかりだった。自らの欲望の為には他者を蔑ろにする事を躊躇わない人達は、私の心を二度と治らない様な程に深く抉っていた。
主もそういった種類の一人だった。まるでおもちゃで遊ぶ子供の様に自らの使い魔を殺す。欲しい物を手に入れる為ならば、どんな酷い事さえも実行する。主の本質に気が付いた時には私は、血の契約を交わしてしまっていた。
「……諦めるな…想いを貫け…」
「……えっ?」
ボソッと呟く少年の言葉に疑問を浮かべる。
「死んでも良い人なんて絶対に存在しないんだ。」
その言葉を聞いて、不意に私の瞳から涙が零れ落ちる。
「こんな……私を…人と認めて……ってうわぁ!? 何するんですか!?」
泉はニッと笑顔を作って少女の頬を摘まむ。
「そんな風に笑えれば、十分だよ。」
ーーーそうだ、私は知っている。この世界には他人の事を大切に思ってくれる優しい人間が存在する事を。
突然、目の前で私に微笑み掛けている少年の姿が、あの日、危機的状況に陥った私を助けてくれた少年の姿と重なる。
「……えっ?」
「そういや、君っていうのも何だから名前教えてくれない?」
「…あっ、はい。ちゃんとした名前は無いんですけど……私の因子が稲妻なので、同属からはLEVINからとってレビンと呼ばれています。」
「よろしくな、レビン。俺は南座泉。一応、この通りただの学生だ。」
泉はレビンの手を引いて立ち上がらせると、近くにいた理紗に離れた場所まで運ぶ様に言う。
「泉君、本当にやる気なの?」
不安そうに呟く理紗に泉はただ、頷く。
「あぁ…」
「泉君はライナー君の力量を知らないから教えておくけど、彼はこのクラスでも有数のーーー」
「いや……言わなくて良いよ。大丈夫、どんな手を使おうとも負ける気はないさ。」
泉は決意を固める様に胸元でグッと拳を握り締める。
「ーーーうん、そうだね。」
理紗は泉の瞳を認め、何か大切な事に気が付いた様に納得すると泉から離れていく。
泉の瞳に映る光は勝負を捨てた物でも、勝利を確信した物でもなかった。例えるならば、ただ純粋な希望の光であった。何が彼の心をそこまで駆り立てるのかは分からない。しかし、泉君には他の人達とは根本的に違う何かがある様な気がしたのだ。力量とは全く違った次元の強さが何処から湧き上がって来るのかを確かめる為に。
「はぁはぁ…一応、許可は取って来たよ。じゃあ、次の授業も控えてる事だし、さっそく始めようか。」
数分の間に幾分か落ち着きを取り戻した教師が戻って来る。
ライナーは口を吊り上げ、不気味なまでに三日月の形をつくる。泉は一瞬、その姿に綱楊の様な恐怖を感じる。綱楊と戦った時に感じたのは圧倒的な力量差による恐怖だった。しかし、今ライナーから感じた恐怖は力量差という安易な物ではなく、気味が悪いまでに底知れぬ雰囲気から来るものだと気付いていた。
「……俺が勝ったら、レビンに謝るんだ! 酷い事してごめんって……レビンが許すまで何度も頭を下げて貰う!」
「……分かったよ。但し、終わった後もその減らず口が叩けるならな……それと、転校生…一応言っておくが……一撃で墜ちるなよ!」
ライナーの言葉が紡がれると同時に『戦闘開始』の掛け声が大ホール全体に響いた。




