役立たず
気合に満ちた掛け声が大ホール中に響き渡る。次の授業とは戦闘訓練だった様で泉達二人は興味津々にその様子を観察している。
総勢四十名弱の人数が二人一組となり、模擬戦をしている。流石、国内ナンバー一の学院と言った所だろうか、泉達でさえ、名前も知らない魔法や魔道具を自在に扱っている。
その強者達の中でも特に周囲の目を引く戦闘をしている一組の生徒達がいた。
片方は遠距離魔法陣を、片方は使い魔を主とした戦闘スタイルを取っている。
使い魔とは魔物とは似ても異なり、強い力を持ったごく一部の存在だけが、この世の理に干渉出来る。血の契約という印を結んだ後、使い魔は主と任命した人間に終始使える事になる。しかし、使い魔との血の契約は難しい所が多く、使い魔を所持している人は少ない。
泉は、眉間にシワを寄せて使い魔を観察する。ここから使い魔までの距離はおよそ五十メートル近い、しかし、魔力補正を受けたと肉眼では容易に捉える事が出来る。
「………あれっ?」
泉は自分自身の瞳いや、それを認識した脳を疑った。有り得ない情景だった。十歳ぐらいの銀髪の少女もとい、幼女が砲撃を次々と紙一重の所で躱し、敵に切り込んでいる。
学院御用達の戦闘服を着ている事から間違いなく、あの生徒の使い魔に間違いはない。
けれども、泉が今までに見た事がある使い魔は皆、機械フォルムを纏い、いかにも歴戦の戦士の様な者達ばかりだった。
しかし、あの少女は歴戦の戦士など程遠い。何処にでも居そうな普通の人間の様だ。
流石は使い魔と言うべきか、圧倒的な質量を誇る敵の砲弾を曲刀で叩き斬る。
「凄いっ…!」
使い魔は数メートルを跳躍すると、一瞬にして攻撃可能範囲内に詰める。
しかし、相手もこの学院に通うだけある手練れだ。目前で放たれた斬撃を掻い潜り、必要あれば弾き返し、距離を開ける。
魔法銃を構えた瞬間に狙いを定め、的確な射撃をする。
弾丸は約300近い秒速を誇っている。真横に跳躍して弾丸の雨を避ける。肩を弾丸が掠め、鋭い悲鳴と共に血が舞う。
それでも、弾丸の雨は止む事知らずに激流の如き射撃を続ける。
「実弾か……」
その言葉に泉と湊は顔を顰める。当たり所が悪ければ一撃で死亡する可能性もある。ここの学生や教師それを分かっていて止めようとしない。二人にはそれだけの覚悟が必要だということだ。
曲刀は少女が込めた全身全霊の魔力を受けて、周囲に電流を迸らせ、目が眩む様な明るさの電撃を纏う。
五十メートル近く離れた位置にいた泉達も、皮膚がヒリヒリと麻痺する感覚に囚われる。
少女は上段構えに曲刀を持ち上げる。その瞳は真剣の眼差しで敵を捉えている。
対して相手は魔法銃を構え、いつでも撃てる準備を整えている。そこには人間と使い魔という格差は無かった。ただ強敵と戦い、勝利をもぎ取るという想いしか存在しない。
少女が先に地面を疾駆した。電撃の尾を靡かせながら疾走する姿はまるで電流を帯びた彗星の様であった。
瞬く間に距離を詰める少女に、相手は最高の機会を探るべく、魔法銃を構えたまま神経を研ぎ澄ます。
その瞬間に曲刀が、魔法銃が、輝かしい光を放ちながら煌めく。
曲刀が右斜め上から左腰に振り下ろされる。それを先読みした相手は二丁の魔法銃をクロスして刀を挟み込む。姿勢を崩させる為に少女の脚を振り払う。間一髪の所で空中に飛び上がり、空中での袈裟蹴りを放つ。
相手は首を捻り、必至に一撃を避けるが、髪を脚が掠める。
相手は床に倒れ際の一瞬の隙間を突く様に銃弾を撃つ。一発は狙いの軌道から逸れ、天井に向かっていく。もう一発は、少女の膝に深々と喰い込んでいた。
今度こそーーー絶叫を上げ、悲鳴を撒き散らし、少女は床に転がる。
相手は床を転がる様にして回転すると、仰向けの姿勢から一度、脚を首近くまで引き寄せると、脚を戻す反動を借りて飛び起きる。
「終了!!」
教師の声が響き渡り、模擬戦は終了して散々と見物していた生徒達が散っていく。
脚の痛みが全身に染み渡り、もう立ち上がる事さえ困難に思えて来る。必至に立ち上がろうと、藻掻くが、一行に力が入らず、激痛で涙が流れる。
「それぐらいの傷で倒れるとは情けない。もう、換え時か。」
主の言葉が痛みに染みてくる。不意に涙が込み上げて来る。
きっと…きっと、あの少年ならこんな事には決してならないだろう。
主は愛用の魔法銃を取り出すと、異物を消すかの如き表情を浮かべる。周囲の者達がそれに気が付き、囁き声で陰口を言う者達から逆に殺れ!! と囃し立てる者までいる。
しかし、この非人道的、処遇を咎める者はおろか、止める者はすら出て来ない。それは当然だろう。主はベルギスを纏めあげた英雄とまで言われるデイン家の御子息ライナー・デインだ。当然、彼を咎めるという事はこの国を出ない限り、まともな仕事に就く事は不可能だろう。それを理解しているからこそ、誰も手を出せない。教師でさえ、黙認を決め込んでいるというのにただ一介の生徒が手を上げられる訳がない。
私は生まれた時から何をさせても落ち零れだった。他の使い魔達と比べると、人間味が溢れている私は人間にとっても使い魔達にとっても異端であった。
しかし、こんな私にも譲れない想いがあった。
昔、私は奴隷として人間に捕らえられ様としていた。周囲を数人の大人達に囲まれた時、どうしようもなく、ただ助けを求めるしか出来なかった。そんな時、突如として現れた黒衣の少年が私を救ってくれたのだ。私と年齢も変わらないであろう少年は私などでは到底理解出来ない力を秘めていた。凄まじい力量差だった。大の大人達を一撃で地面にひれ伏せていた。
しかし、今でも時々に思い出すあの記憶は私の生涯で最も暖かい記憶だろう。少年の魔法は不思議と暖かく、優しさが込められていた。
それから、私は自分自身も彼の様に強くなろうと決心した。それからという物、毎日血を吐く様な苦しい修練を経てようやく二ヶ月前、初めて人間と契約を結ぶ事が出来た。
主は使い魔にとても厳しく、今まで居た多くの使い魔達も主に役立たずと認識されれば、即座に殺されてしまっていた。
今まさに私は主に殺されようとしているのだろう。
せめて、もう一度だけあの少年に会いたかったな……
「この役立たずが!!」
カチリと引き金を引く音が響く。私は全身が引き千切れそうな程の恐怖を感じ、目を閉じた。
ーーー刹那
バンッ!! 鋭く、乾いた銃声が響き渡る。
その非人道的な行為は離れた位置で見物していた湊と理紗の瞳にもしっかりと捉えられていた。
「あいつ何を!?」
湊は身を乗り出してその様子を凝視する。
「ライナー君、またあんな事を!!」
「またってどういう事だ!? あいつは何をする気なんだ!?」
湊は必至に理紗の肩を揺らす。
「前にも、同じ事があったんだけど、彼……試合で負けた使い魔を殺すの…役立たずとか言って…家柄の事もあって誰も口出し出来ないの…」
不安そうに呟いた内容に、湊から先程までのお気楽な表情が消え去り、ギィッとライナーと呼ばれる少年を睨み付ける。
「……あいつ!!」
湊が疾走しようとした瞬間、大ホール全体に銃声が響き渡る。湊が居る場所から少女までの距離はおよそ五十メートル近い、全速疾走したとしても、転移したとしてもどうやっても銃弾が少女に届くよりも先に辿り着く事は出来ない。
使い魔は先程の戦闘で精神、肉体共に衰弱域に達している。これ以上の負荷は命が持たない。
その場に居た湊や歓喜として殺しを勧める少数派を除くほぼ全員が残虐なシーンを直接見ない為に、目を逸らし、または瞼を閉じた。
ーーー刹那。
湊は漆黒の影が少女と少年の間に割り込むのをハッキリと認識した。
グシャッ!! という血肉が引き千切れる音の代わりにバキンッ!! 金属が割れた甲高い音が響く。
その不自然な音にクラスメイト達は訝しみながら瞼を開け、現実に目を向ける。
「なっ!?」
その現実をクラスメイト達や、教師や、ライナー本人でさえ認める事が出来なかった。
あれ程までに強力な実弾型魔法銃の攻撃を結界で弾き返すのでもなく、軌道を逸らすのでもなかった。
かららん、と二つに斬れた弾丸の欠片が床に転がり落ちた。




