牧野理沙
「やっと着いたぁ…本当に疲れた…」
泉はぐぅ~と腕を天に伸ばし、背伸びする。湊も身体が固まっていた様で所々、動かしながら関節を鳴らしている。
「じゃあ、さっさと学院に行って休もうぜ!!」
泉は初めて来た街を新鮮そうに眺める。街の奥に向かうに連れて巨大な屋敷が増えていく。中央通りの奥には純白の城が建てられている。城の手前には二十メートルもあろうかという巨大な門と塀がある。
「あの城の地下に龍がいる神聖な神殿があるんだとさ。」
「神殿があるんだ……行ってみたいな…」
「まあ、一般公開されてる箇所はあるみたいだけど、神殿領域は国王か、巫女しか入れないって。」
「見てみたかったな……」
口惜しそうに呟く泉を見て、湊は苦笑する。
「何処見ても貴族、貴族、貴族ばっかりだな。」
二人の周囲には品の良さそうな人達が大勢いた。
泉自身はげんなりしながらため息を返す。
「色々と苦労しそうだな…」
ベルギス国立議員用個別室
「何だと!? あの雷桜が倒された!?」
十畳程の大理石の部屋に響き渡る怒気に秘書らしき女性は驚き、冷や汗をかく。
携帯を握り締めた五十代近い小太りの男はドンッ!! とデスクと叩き、怒りを表情に表す。
『敵は、かなりの手練れだ。忌道隊の幹部ではないにしろ、あの雷桜が倒されたんだ。そのお陰で敵の情報が追跡出来なくなった。また、暫くは隠密で調査、実験を進めるしかなくなった。その為に貴方の力をお借りしたい。』
男はますます、顔を赤くして血圧を上昇させている。
「あぁ…分かった。こちら側の人員をそちら提供しよう。しかし、分かっているな? 事が終われば、この国は私が統治する。その事を履き違えるなよ。」
『あぁ…約束は守るよ、玄一郎氏。』
男は携帯を秘書に放り投げると、忌々しそうに呟く。
「あの役立たず共が。」
「人員は私が用意して置きます。」
秘書はそう言うと、部屋からそそくさと退出する。
「……もうすぐだ……この国が世界の頂点に立つまで…」
「えーと、南座泉君と黒井湊君ね。話は聞いてるわ。それにしても、来るの遅かったわね。朝方に来る筈じゃなかったっけ?」
泉達は苦笑いしながら、真実をそのまま答える訳にもいかず、適当に端折って話す。
「ははは…バスがパンクして…」
二人の目の前にはまだ、二十歳近いだろう女性教師がいた。紺のジャケットとスカートに白のブラウスを着ている。
「…それにしても、どうやってこの学院の転入届け出したんだ?」
目の前の教師に聞かれない様にそっと呟く。
「…ああ、それね。日本の国家機関のお偉いさんに少し頑張って貰っただけだ。」
「前から気になってたんだが、そのお偉いさんとお前は何処で知り合ったんだ?」
当然、湊は騎士隊でもなければ国家機関の役人でもない。泉と同じただの学生だ。接点など皆無に等しい。
また、例え知り合いであろうと、学生の為に国家機関が周到な用意をしてくれる訳がない。
「ーーーあぁ…そうだな……長い話になりそうだから、寮に戻ったら話すよ。」
「二人共聞いてる?」
「は~い。聞いてます。」
「OKです。」
怪訝そうに振り返った教師に、慌てて返事する。
「はーい、ここが貴方達の教室ね。道が分かり難いからしっかりと覚えて置いてーーーあっ!?」
突然、女性教師が何かに気が付いた様に声を上げ、教室を見つめる。泉達は同じ様にして教室を覗く。
その瞬間、泉はまるで幻想郷にでも迷い込んだのかと間違う程に不思議な雰囲気が教室を包んでいた。教室にはたった一人の少女がこちらの様子に気付かずに本に耽っている。白と黒を基調とした制服に、縞模様のネッカチーフに身を包んでいる。ツインテールに纏めた金髪がゆらゆらと腰辺りで揺れ動いている姿は、まるで有名な画家が描いた一枚の絵画を見ているかの様であった。
明日から自分達が通う教室なので間違いなく同級生には違いないだろう。ただあまりにもその姿は儚げで人間離れしていた。
「もう、牧野さん。次は移動教室でしょ? もう、始まるよ。」
教師の言葉に、牧野と呼ばれた少女はハッ? と本から顔を上げる。前方に掛けられている時計を眺め、先程までの様子とは全く異なった様子で慌てている。牧野という名前からベルギス人ではなく、間違いなく日本人であろう。
「えっ? あっ、本当だ! すみません、先生。」
急いで本を片付け、椅子に掛けてあったコートを羽織ると、そそくさと教室から出て行く。
「あっ、そうだ。牧野さん!」
女性教師は何か気が付いた様にポンと手を叩くと、少女を呼び止める。
「ーーーはい。何でしょうか?」
「彼等…今日から同じクラスメイトになる二人を連れて行ってくれない? 私、仕事が溜まってるから忙しくて、授業に参加させた後、寮に連れて行ってくれると嬉しいんだけど?」
お願いと教師は手を合わせ、片目を瞑る。
「良いですよ。それにしてもーーー」
少女は泉と湊を物珍しいそうに眺める。確かに、珍しいのだろう。ここは有名な学院である為に、通常ルートでは年に一度しかない試験に合格し、入学するしか方法はない。けれども、二人はそんな試験など受けた覚えはない。国家機関の圧力から、極秘ルートを通ったに違いない。
「こんな時期に転入なんて珍しいですね。何かあったの?」
ーーーあれ? 今、何か引っ掛った様な気が………こんな時期に転入なんて珍しい?
もしかすると、俺は何か勘違いをしていたのかもしれない。転入試験を受けて入学する者も多いのかもしれない。
しかし、なら何故湊は嘘の情報を俺に吹き込んだのだろうか?
横目で湊を眺めると、本人自身も何か引っ掛った事がある様で深く考え込んでいる。
「まあ、色々と諸事情がね…」
泉は苦笑いしながら言葉を濁す。
「諸事情ね………もしかしたら……」
納得のいかない表情をしていたが、本当の事を話せる訳がない。ベルギスに不法侵入して、秘密機関と戦ってます。とか、例え話したとしても、安易に信じてくれる話ではない。
「それより、次は移動教室なんだろ?」
湊がフォローを入れ、何とか話を逸らす。
「あっ、そうだった。えーと……私は、牧野理紗。二人の名前は?」
「南座泉、よろしく、牧野…さん?」
「俺は黒井湊、よろしくな。牧野さん。」
理紗はふふっと楽しそうに微笑む。
「あれ? 私と同じ日本人なんだ。珍しいなぁ……それと、同年代なんだから牧野でも理紗でもどっちでも良いよ。湊君、泉君。」
「……あれ? 気の所為かも知れないんだけど…牧野は、俺達と何処かで会った事ない?」
湊が突然、口にした言葉に泉と理紗は口をぱくぱくさせて唖然とした表情になる。
「そんな口説き、漫画やアニメだけかと思ってた……」
理紗の呟きに泉は大いに同意する。
「お前なぁ…俺は……その、なんていうか、違うだろ。それに、そんな事する為にここにきた訳じゃないだろ?」
「まあ、そうだけど……」
「……ん?」
その瞬間、非情にも鐘の音が学院に響き渡る。
「あっ………急がなくちゃ! 全速力で行くけど、泉君、湊君、二人共ついて来てね。」
「んー、考えても仕方ないか。OK、牧野。」
「あぁ…行こうぜ、理紗。」




