プロローグ 2
数十メートル級の建物群の内、中心に近い位置に一人の少年がいた。歳は十代半ばぐらいであろう。頭髪は青空の様なライトブルーで、服装は米軍兵士の様な装備を身に付けており、普通ならば十代半ばの年齢の少年には、似合っているとは言い難いのだが、その少年が発している雰囲気というべきか、風格が大人びており、大して違和感を感じる事はなかった。
彼の死角にある建物の影から、隙を付く様に――漆黒の物質が襲い掛かってくる。咄嗟に、彼は音に反応して振り向くが、漆黒の物質は一体ではなかった。人間数人分の質量が、視界に埋め尽くされーー
「ッ!?」
咄嗟に袖の中から鎖を取り出し、鎖が空間を無尽に薙ぎ払う。鎖に触れた物質は、刀で斬られた様に裂け、血を垂れ流しながら地面へとべっちゃ、と落ちる。
しかし、それだけでは数を墜とし切る事は出来ず、鎖の間を掻い潜り、少年の腹部に弾丸の様に突っ込む。たったそれだけの事で、倒されるのではなく、後方へと身体をくの字に曲げて吹き飛ばされる。
少年の足裏が地面から離れる――上半身が背後に仰け反り、地面擦れ擦れを飛翔すると、数メートル先にある軽トラックの車体へと直撃した。
扉が少年の様にくの字に、凹むと接続部分の強度が耐えられずに外れる。
周囲には、高層ビルが見える事から、街の中であると仮定できる。しかし、爆音が鳴り響き、衝撃や破片が飛び散ったのにも関わらず、人が姿を現す様子はない。
当たり前だ、この世界に第三者が来られる筈がない。
「泉、背後は任せた!」
「――分かった」
吹き飛ばされた青髪の少年――真人は地面からネックスプリングで飛び起きると、黒い存在に向かって飛び蹴りを繰り出す。同時に、黒髪の少年――南座泉は、自身の手に握り締められた黒刀を真横に引き絞り、刀が黒く鈍い光り放ち、神速の速さで横一線に、風を切り裂くながら薙ぎ払わられる。
飛び蹴りを繰り出そうとしていた真人のブーツが、ガチャン! と機械音を立てて、その形状を変化させ、内側から鉤爪の様なナイフが突出する。鉤爪は地面に突き立てる様な軌道を描き出し、漆黒の存在ーー魔物毎身体を切り裂き、周囲に血肉を拡散する。
二人の少年は交差し、爆風を巻き起こす。
ブオオォォォォ―――ン!!
耳を擘く様な爆音が鳴り響くと、地面が紙切れの様に破れ、亀裂が入っていく。
土埃が舞い上がり、周囲の景色を覆い隠すカーテンのような役割を果たす。
ギュイィィン!! と、ジェットエンジン音が反響し、次第に力強く鼓動していく。
刀を薙ぐと、強烈な旋風が発生して土埃のカーテンを吹き飛ばしていく。
「強い……」
ぼそっ、と呟きながら左手を柄に添える。目の前に立ち塞がる魔物の存在を認め、左頬から垂れ流れている血を拭う。背後ではブーツに鉤爪を戻している真人の姿がある。
たった、二人だけで戦況を覆すことが出来るのか?
その返事は、依頼を受けた時ならば、間違いなくYESと答えられたであろうが、今は死ぬ危険性がある事も考えて行動しなければ、一つの失態が死に直結する。
「こりゃあ……ちと、やばいな……」
真人は、皮膚から冷や汗が吹き出し、それを腕で拭う。
気が付けば二人の周囲には何十体もの魔物が彼等を取り囲んでいた。魔物は全身から邪気に思しき、殺気を充満させ、二人を威嚇する。
泉は、刀をくるっ、と手首で一回転させた後、下段の構えを取る。真人は、両袖から術符が付いた鎖を取り出すと、いつでも投げられるという意思表示の様に鎖を高速回転を始める。
「――いくぞ、泉」
二人は暴風の如き、速度、破壊力を含み戦線に飛び出す。目前から、襲い掛って来る魔物を引き寄せると、横一文字に刀を薙ぎ払い、神速の一閃を見舞う。刀を振り斬ると同時に、反動を生かして背後に跳躍すると、―――瞬間、辛うじて前髪の束が真横から降り注いだ刃によって引き抜かれ、無数の影が宙を切り裂き、地面に亀裂が入る程の威力で突き刺す。
衝撃波が泉の頬を掠め、鮮血が滴り落ちる。魔物の影刃が泉の首を切り落とす軌道で薙ぎ払われる。刀を垂直に構え、刃の軌道を喰い止める。
突如、目の前にいた魔物が揺らめいて、絶叫を上げた―――身体が一瞬にして燃え盛り、泉は慌てて突き放す。炎が肩の部分のコートを焼き払う。
肩に燃える様な痛みを感じ、目を顰めながら横目を使い確認する。そこまで傷口は深くはなさそうだが、炎を直接に浴びた部分が爛れている。歯を軋ませ、傷口の痛みから、全神経を今も継続している戦闘に向ける。刀を広範囲に牽制目的として薙ぐと、背後に跳躍する。
後方では真人も二体目を倒していた様で、死体が血を噴き出しながら地面をのたうちまわっている。
「場所が悪い。泉、移動―――」
真人は声を高々と張り上げながら叫ぶ。
「分かってるーーぐぅッ!!」
死角からの攻撃に翻弄されながらも、刀の角度を調節して攻撃を捌く。泉と真人の実力であれば、数十体程度の人型魔物なら対処する事が出来る。
――しかし、数が圧倒的なまでに多すぎる。初め、二人が戦闘に持ち込んだ時、数十体程度の総数と踏んでいたが、戦闘中で気が付いた事がある。敵の総数が急激な速度で増幅している。どこから出現しているのか、そこまで詮索する余裕は、今の泉には無い。ただ、徐々に魔物からの圧力が増え続けている。
無数の刃を必要あれば、掻い潜り、捌き、弾き返す。泉は刀を下段に構え、魔力を循環させると、漆黒の粒子が刃状に結合していく。
『瞬神進鋼』
自身の刀に魔力を押し込め、激流の様に循環していく力の流れに身を任せ、瞬時に地面を跳躍する。刀を地面と垂直に構え両手で柄を握る。
刹那、先程までとは桁違いの威力含んだ一撃が周囲を巻き込んだ。前方にいた数体の悪魔の周りを幾つもの閃光が斬り付ける。数連撃を終え、息を吐いた時には泉の背後には血の海となった死体の数々が転がっていた。
「次から次へと……こいつらホントに数だけは驚嘆するな」
「気を抜くと、簡単に持って逝かれそうになる」
手応えが強過ぎるというものは考え物だ。余りの重たさで、一撃で握力が持っていかれ、震える右手を左手で押さえつける。魔物も人間と同じように全てが一緒という訳にはいかない。形や攻撃、防御の高さ。扱う武器など様々な個性がある。だからこそ、その者にはその者なりの対処の仕方がある。泉はそれを解っている。だからこそ、それを無視した一撃で全てを葬るような無茶な攻撃は自分自身を傷つける。それでも、そうでも、しないと次の一撃に繋げる為の隙を作る事が出来なかった。
「――鋼炎」
泉達の目前には、一人の男が魔物達の群れを引き連れて立っていた。腕を胸の前に掲げると、その手に握られている匣に魔物が吸収されていく。
「魔道具の正体は魔物達を収集する為の装置ってわけか…」
「手前等……よくも、人形を連れ去りやがって、来い。まずは、てめぇらから殺してやる」
赤黒いフードを脱ぎ捨てると、中から肌色から黒色に近い皮膚を持った20代後半の男が現れた。腰に手を廻しコートの中から、黒光りしている物体を取り出す。
「……なんだ!?」
真人は、無防備なまでに眼を凝らしてその姿を捉えようとする。
「―――なっ!? 真人、避けろ!」
一足先にその正体に気が付いた泉は、真横に跳躍すると真人の襟を掴むと、勢いに任せて投げ飛ばす。
ぐっしゃあ、と真人は地面を滑る様にして激突すると、同時に今さっきまで真人が居た空間が爆破する。泉は真人のすぐ傍に着地すると瞬時に刀を構えなおす。
「なにすんだよ、泉!」
「見てみろ―――」
目を爆破した方に遣る。そこには直径二メートル強の凹みが出来ていた。
「魔法銃か…」
真人は袖から何十ものナイフが付いた鎖を取り出す。
瞬時に泉が動いた。まるでツバメの様に地面ギリギリを跳ぶ。光が棚引き泉に少し遅れて付いてくる。
「遅い」
鋼炎が苛立った声を上げた瞬間に両手に持った銃が火を噴く。
銃口から炎を圧縮したエネルギーが泉を襲う。
「ははははははははははhh―――弱えェよ!! その程度で、俺を捕まえるだと? ふざけるのもいい加減にしておいた方が良いぜ」
手を休める事なく泉がいた場所を圧倒的な力で捻じ伏せる。あまりにエネルギー量に土煙が立ち上げている。
「で、この幻術はお前を殺せば解けるわけか? このガキは違ったようだしな」
その時、目の前にいる子供が笑っているのに気が付く。
「何がおかしい、っ―――」
「遅い!」
しゅっ、と風を切り裂く音の後、鋼炎の背後に泉が滑り込む様にして現れ、迷う事無く刀を振り抜く。刀は眼では捉えきれない程の速度を誇り、気が付けば鋼炎の腹部に直撃し、野球のボールを吹き飛ばすかの様に薙ぎ払われる。
数メートルをノーバウンドで吹き飛ばされ建物の壁に激突し勢いを止める。
「やったのか、泉?」
「いや、まだだ」
ゴオッと周囲のコンクリート吹き飛ばし、鋼炎が立ち上がっていた。両手にもった魔道具がまるで熱を帯び紅く染まっている。
「っクソ!!」
頭から大量の血を噴き出し手で顔を隠すように押さえる。
「よくも……傷つけてやがって―――ころす、コロス、殺す。」
充血した眼をひん剥いた姿はまるで悪魔のようだ。
『炎雨激流』
全身から迸る炎が電流のように体の周囲を奔り魔道具に吸い込まれていく。鋼炎は拳銃を泉達に向けて大量のエネルギーを放つ。
弾丸は通常の数十倍の大きさとなり逃げ場を無くすように互いが重なり合う。
「―――っ!!」
真人は瞬時に後ろに飛び去り、急式の結界を張り巡らす。弾丸が地面に着弾したと同時に泉の体がまるでワイヤーに引っ張られたように浮き上がり空中で爆風を原動力として前に飛び出る。
しかし、鋼炎はそれを読み泉に焦点を合わせ爆破する。
――しかし。それだけでは、ーー泉を黒いエネルギー体が駆け巡り弾かれた様に横に軌道をずらす
「はああぁぁッ――」
地面を疾走する。
声を荒げながらも瞳はしっかりと鋼炎を捉える。鋼炎も気圧されないように殺気を剥き出しにし、泉に向って弾丸の雨を放ち続ける。
泉は所々を弾丸に掠り取られながらも怯む事はない。
『斬影』
刀を振るい影の刃を先攻させる。
ゴオォッという音を響かせ空間を超え、まるで速度を上昇させていく。
鋼炎は魔道具を交差させて刃を防ぐ。しかし、時間差で泉の刀が鋼炎の腹部に喰い込む。
『瞬神進鋼』
鋼炎の体は微動だにしない。通常ならば、泉の攻撃にゆるベクトルで背後に吹き飛ばされるのだが、もしかするとそれの勢いをも止めてしまう程に強い相手なのだろうか?
いや違う。攻撃を完璧に防いだのではない。鋼炎の体が泉の魔道具によって吹き飛ばされる寸前に、泉が瞬間的に反対方向から攻撃を打ち込み、それを何重にも閃光の如き連続攻撃をして退けたのだ。
「らあああああぁぁぁッ――」
泉は反撃の隙を与える事なく幾閃もの閃光を打ち込む。
「――ッ」
鋼炎は声にならない叫び声を上げ、先程まで拳銃に集中していた炎の電撃は圧力を生みだし、泉を後ろに押し返す。
泉は刀を杖の代わりにして滑りながら勢いを落とす。
刹那、鋼炎の背後から真人が姿を現す。コートの袖から小刀を取り出すのではなく、腰に掛けた長刀を抜き取った。
刀がエメラルドの光を点滅させ、光の刀身が伸びる。
瞬間、刀が軌跡を描き、鋼炎を斬り裂く。
「…浅かったか!」
寸前に気づかれ、もう少しの所で体を横に転がり避ける。
真人は両足にエネルギーを込めて地面を蹴る。
真人と泉は同時に刀を構えると鋼炎も二人に魔道具を向けていた。
「いくぞ、泉!」
鋼炎の拳銃が周囲の空気を焦がす様に発火し、それをエネルギーの弾丸に変換して撃ち込む。
真人と泉は銃弾の雨を避けていく。背を低くし、刀で銃弾の軌道をずらし、銃弾の雨から逃れる様に射程範囲外に逃げる。
次第に二人は鋼炎との距離を縮めていく。
「喰らえ!」
泉は刀を構え、軽く地面と水平に放り投げると、落ちてきた刀の柄の部分を迷う事なく蹴り飛ばす。
刀は空気を切り裂き、弾丸の様に鋼炎に向かって直進していく。
鋼炎は銃弾で刀の速度を落とそうとするが、刀は勢いを増していく。背を斜め向けて避けようとするが刀の刃が頬を削り取っていく。
『斬影』
鋼炎の背後から泉の掠れる様な声が響いた。
ジェットエンジンの様な音を鳴り響かせて、泉は自分で投げた刀を沿うようにして掴み取ると居合いするように左手を刀身近くに持っていくと深く踏み込み峰の部分で薙ぎ払う。刀が泉の魔力を受けて煌き、爆発的威力を含んだ漆黒の刃を放つ。
同時に、魔力で鎖の耐久性を強化かした、真人は部規則に鎖を振り回し、鋼炎の体に巻き付けて自由を奪っていく。
「まだ」
――だ。言い切る前に、泉が、鋼炎の首筋に手刀を打ち込む。ガァッ、という喉を潰した様な声を上げて膝を折り顔面から地面に倒れ込む。
「これで、任務は終了だな………」
真人は頭に手を遣りながら吹き飛ばされ意識を失っている鋼炎を見る。そして、コートの中から箱の魔道具を取り出すと周囲の景色を取り込んでいく。
あらゆる物を魔道具の中に収納することが出来る。今回はこの依頼の為に知り合いの幻術を含んだ物を入れてもらった。余りに、派手にし過ぎると周りへの被害が大きくなるからだ。
都会のビル層を主とした景色から一変し、古い製造系工場へと変化する。此処に居た人々は非合法な裏ルートを辿って様々処に売られていた。俺達の依頼は人質の救出だ。あと数分もすれば関係者に後の事を頼み俺達の任務は終了となる。
「はあ~疲れたぁ~」
泉の雰囲気が先程の物とはまったく違った物になっていた。先程までの泉が氷のような冷たさであれば今の泉は太陽の様な温かさを持っていた。グッタリとした表情で柱に倒れ掛かっている。
全身に過大な疲労感が襲ってくる。
「確かに、今回の対象は頭に血が昇って何もかも破壊するような奴で、ちと危なかったな」
「ハンデしてた……お前に言われたくないな…」
「はははっ。やっぱ、バレてましたか」
泉は真人の本気を見た事が無い。学院内で行われるトーナメントでも真人は負けた事があるが、何所か本気を出しているようには感じられない。そんな所が気味が悪いと言い出す奴がいるが、泉はその関係を心地良く受け入れている。他人には話せない訳がある。泉自身がそうであるように。




