再会は唐突に
燐は自分よりも一回りも二回りも大きい同級生と手合わせをしていた。
そもそも、彼が大きいのではなく、燐が平均よりも身長が低いのが問題だろう。
身長の差という物は戦闘では大きく結果を左右する。
しかし、燐はSOD基地攻略戦で鍛えられた焔化と戦闘センスは他者を圧倒するものである。
「ああぁぁぁ……!!」
男は刀の鞘を振り払うと、気合いの入った声と共に駆け込んでくる。魔力補正により脚力を重点とした戦闘スタイルをとっているのだろう。通常の学生では避けられはしないだろう。
しかし、最高水準の焔化と推進力を持つ燐の敵ではない。
相手が刀を構えると同時に焔を横に噴射して地面を滑る様に飛翔する。
燐は焔を調節して飛翔を止めると、即座に地面を駆ける。
刀が降り抜かれ、即座にグローブで弾く。
空いた隙を付く様に焔をグローブに纏い一撃を叩き込む。
燐と目の前にいる男の実力ではある程度の焔の質に気を付けなければ、取り返しのつかない事になってしまう。
燐は刀がグローブに叩かれて、吹き飛んでいく様を眺める。
男や周囲の観衆は何があったのか分からないという風に呆然とした表情をしていた。
「佐々木燐の勝ち!!」
審判が幾分遅れてジャッジを出す。
千崎御代と佐々木燐は実習を終えて教室に戻っていた。学院長の配慮で燐と御代は一つクラスを格上げとなり、今は泉達と同じ戦闘班に所属している。
「燐、凄いよ!! あの人って、戦闘班でも有数の実力者だもん。よく勝てたね。」
「ははは…まあ、俺も危なかったけど…でも、今は目標が居るしね。」
「それって、泉さんの事?」
「まあ…そうなんだけどさ……それにしても、泉は、何でSOD基地を破壊した本人だってのに全く模擬戦やってないんだ? つか、噂にもなってないし。そのお陰で俺に何故か人が集まって来るし……」
半分愚痴になりつつあるのを自覚する。
「うーん、そうだよね。別の噂なら聞いた事あるけど……この前の噂については全く……」
御代の言葉に引っ掛かりを覚え、顔を上げる。
「えっ、別の噂?」
「何でも、真人さんと出来てるとか…」
ーーーブッ。燐は慌てて口とお腹を手で抑えて笑いを堪える。
「…もう、笑うのは失礼だよ。泉さんその事を気にしてあんな風に………あれ?」
先程まで寝ていた泉の傍に真人の姿がある。
手に何かクリームを持っており、それをまさかーーー!?
べちょっという粘ついた音と共に泉の頭に塗る。髪の毛を弄りながら、何か思い付いたのか髪の毛を重力に逆らうように跳ね始める。
多分、あのクリームはワックス類だろう。いつもの落ち着いた雰囲気の髪はなくなり、何処か寝起きの様な髪型に変貌していた。といっても、燐の髪型も似た様な物だがーーー。しかし、真人はそれで収まる様な性格ではなかった。マジックを取り出して嬉々とした表情で書いてい。
泉はそれでも気が付かず、眠り続けている。戦闘時の彼と比べるとまるで別人の様だ。
「ふぅ~、完成」
真人は何か重大な事をやり遂げた様な表情でマジックを片付ける。
実際にやっている事はただのイタズラなんだけどな、と思うが口には出さない。
「あのさ、泉君。ちょっと用があるんだけど…良いか……ひっ!?」
一人の女子生徒が声を掛けた瞬間に凍りついた様に固まる。
それもその筈、顔面をマジックで真っ黒に塗られた生徒がいたのだから。
「いっ…泉くん? それは新手の化粧か何か?」
「…はい?」
泉には何の事だか全く伝わってはいなかった。
「誰だよ!? 顔に落書きなんかした奴は…って言っても、真人しかいないよな、こんな事する奴は。」
げんなりした表情で顔を洗っていく。油性だった為に水洗いで簡単に取れていく。これが、もしも水性だった場合を考えると身震いする。髪に付いたワックスを取る為に頭から水を浴びる。
「泉君、どうぞ。」
隣に立っていた優からハンドタオルが手渡される。丁度、タオルを持って来るのを忘れていた為に有り難くお借りして髪を乾かしていく。
「サンキュー。そういや、次の授業は何処だっけ?」
「次は先生がお休みだから自主練だって。だから、一緒に練習しない?」
俺も何をするという訳では無かったので俺は二つ返事OKする。
「泉君、凄い一杯だね!!」
戦闘用に改造された修練場に来てみたは良いが、人が混み合う混雑状態になっていた。普通、修練場にここまで人が集まる事は少ない。何かあったに違いない。けれども、数十メートル先まで人が混み合っており、通常ルートでは到底辿り付けないだろう。
「燐…ちょっと見て来てくれないか?」
「あぁ、構わないよ」
燐は甲高い音を立て、グローブから焔を噴射して人の波を越えていく。
それから暫くたっただろうか。燐は一行に戻って来なかった。
「泉さん…」
御代が不安そうに呟いてくる。
俺も出来ればこの元凶が何なのか判断したいと思っていた所だ。
けれども、この混雑を避けて通る方法など燐の様に飛翔する以外にあり得ない。
せめて、もう一つ誰も通らない道があれば楽なのだが………
「いや、ある…誰も通れない道が…行けるかもしれない…」
その言葉に愛は驚きの声を上げる。
「えっ!? でも、この修練場の入り口はここ以外に無いよ。窓も鉄格子が掛かってるし、まさか、壊す訳じゃないよね!?」
「ああ、壊す訳じゃないよ。ただ、コレを実行しようと思ったら愛、お前の力が必要だ。」
その言葉で愛や優は泉の考えている事を理解し、声を揃える。
「魔道結晶!!」
泉は正解と頷きながら愛に作戦を囁き、壁際に寄る。
「じゃあ、愛に任せた。」
その瞬間、泉は壁を垂直に駆け上がっていた。一時的な脚力により重力を遮り限界まで高さを稼ぐ。
それと同期して愛が泉に向かって暴風を起こす。
ズザアァァァーーー!!
という雑音が辺りに響き渡り、泉は空中を飛翔する。徐々に地面との距離が狭まってくるがこの速度なら余裕で元凶の元に辿り付ける筈だ。
果たしてーーー激しい音を立てて泉は人の波ではなく地面を滑る。
二、三度空中で回転して見事に着地する。
泉の目の前にいた青年は、泉と同じぐらいの歳だが、鮮烈なまでの雰囲気を漂わせている。また、泉と見間違うかと思う程に二人は似ていた。同色のコートに髪を持っている。ただ、違う点を挙げよと言われたなら、泉が漆黒の刀を二刀持っているのに対して彼は純白と漆黒の刀を二刀を持っている事と泉が髪に何も着けていないのに対して少年が灰色のバンダナを着けているという事だけだろう。
「っ!?」
「…お前……湊なのか」
「ああ、久しぶりだな…泉」
「マジかよ!! 今、湊って言った? じゃあ、本当に…」
「だから言ったろ、本物だって。」
「は? お前、さっきまで偽物だとか言ってた癖に!!」
「ってか、泉は何処で知り合ったんだ!?」
周囲にいた観衆が口々に囁き、直ぐ様に伝染していく。
泉は気後れながらここまで飛んで来た理由を思い出し、旧友に問う。
「何で、こんなに人が集まってるんだ? 多分、お前が集めたんだろうけど…」
「お前を探しに来たんだけど……何時の間にかこんな感じに…」
泉は半径五メートルの残骸を見ながら落胆のため息を上げる。
「だからってこれはやり過ぎだろ。現チャンピオンさん。」
「いや、仕方なかったんだって、急に襲い掛かってきたし……それに、チャンピオンなんて言われてるけど、実際は本当に運が良かっただけだぜ。本気状態なら、お前だっていけるって!」
本名は黒井湊。歳は俺と変わらない15歳である。
湊は一年に一度開かれる魔道大会学生部門の全国個人戦で優勝してみせたのだ。この学院からも数名の生徒が応募したが、見事に予選落ちした。
ここからは俺の予想だが、俺達魔道学院の生徒達の夢である魔道大会で優勝した湊がこの学院に来ている事に気が付いた生徒達の情報は瞬く間に全校生徒に伝わり、野次馬や、興味を注がれた戦闘班の生徒達が次々に彼に模擬戦闘を挑んだのだろう。
当然、湊に勝てる訳もなく気絶した生徒達の山が出来上がったのだろう。
「そうだ!! 燐を見なかったか?」
「燐? 誰だそりゃ?」
泉は周囲を見渡しながら、燐を探す。
「えーと、焔化を持っている奴なんだけど……グローブに焔を灯して飛んで来なかったか?」
湊はあぁ、と手をポンッ叩きながら指差す。
泉はその指先を追う。
「はぁ~、何してんだあいつ?」
「あぁ。こっちに飛んで来た瞬間に捕まってた。」
そこには、複数の女子生徒達に囲まれた燐がいた。燐は、必死に抜け出そうとしているが、混み合った混雑の中なので簡単には抜け出せそうにない。いや、女子が彼を囲み、包囲網を築いている様だった。
その理由は、至極簡単だ。燐はSOD事件によって一躍有名人となった。それは、表向きにはあの楊炎を燐は倒した事になっているからだ。元々、他人に優しい所もあり、女子の間では人気がうなぎ登りしている。今では燐のファンクラブまで出来ている程に人気があるそうだ。と真人が泣く泣く語っていた。
「まあ、ここじゃなんだから場所を移そうぜ。」
「おい、湊。場所移すって何する気だよ!? ここじゃあ、転移魔法は使えないんだぞ!!」
湊はニッと笑いながら俺の服の裾を掴む。
瞬間、世界が回転した。
湊が強烈な跳躍によって飛翔していく。人の波を余裕で飛び越え、出口の隙間を潜り抜ける。
泉と見なかったは放り出される様にして地面を転がると人の波が向かう前に即座に逃走を開始する。
「はぁはぁ…」
二人は肩を上下させながら、体育館倉庫に逃げ込んでいた。出口近くにいた優や愛は大群に呑まれて見失ってしまった。
「で…そろそろ事情を話してくれよ。」
その言葉に湊はいつもの飄々とした表情が急に険しくなる。何かあったのは間違いないだろう。
「あぁ。単刀直入に言うとーーー律がベルギスの秘密機関に捕まったらしい。」
「なっ!?」
篠崎律。泉と湊の同期生であり、唯一の女性弟子であった。金色の髪が特徴的で、大人びた性格の持ち主だった。だったというのも、彼女と最後にあったのが8年近く前の事である。
「どうして律が!?」
「ああ……そう思って、知り合いのお偉いさんに頼んでみたんだがな……律がベルギスの秘密機関とやらに囚われた以外の情報が一切出て来ないんだ。どうやらベルギスの国家機関が日本に情報が渡るのを遮断しているんだとさ。俺も、手掛かりを探しに一度彼女の自宅にも行って来たんだが……自宅の周囲には秘密機関がいて、危うくこっちが捕まる所だったぜ。」
ベルギスはこの日本と隣合わせに位置する国家で、過去には日本との戦争も経験した事もある。一度日本に負けた事で魔法の機密技術を奪われ、他の国々に比べて発展が遅い。
その為、時々反日本勢力が日本人を攫ったなどという話はよくニュースでも取り上げられている。
ベルギスの国自体でさえ、日本には非友好的である。
しかし、何故に律が攫われる事になるんだ?
律を奪還する時に、ベルギスの秘密機関と戦わなくちゃいけない可能性が上がってくる。いや、それは間違いないだろう。もしかすると、裏に国の機関が関係している可能性も否めない。
こちらも騎士隊などの大人に頼みたいところだが、何の証拠のない状態では彼等は決して動いてくれない。
それどころか、もし本当にそんな事をすれば国家同士の大戦が始まるきっかけになってしまうだろう。そんな事は俺も湊も望んではいない。
それに対して相手側は俺達が律を取り戻しに行けば、非合法な手段で殺されるかもしれない。
「さっぱり、分からない。どうして、律が捕まるんだ?」
「それだけじゃない…俺や泉、お前もベルギスの秘密機関の任務対象かもしれない。」
湊の言葉から泉も何かを掴み取った様に深刻な表情になる。湊はバンダナの位置を直しながら言葉を紡ぐ。
「どうやら、何か裏がありそうだな。俺達に関係する何かが……」
「あぁ…その可能性が最も高いな…それに、お前の話が本当なら狙われているのはお前もしくは、俺に間違いない筈だ。」
「問題はここからだ。敵の情報がベルギスの国家機関によってこちらに渡るのが遮断されている。唯一、情報を得られる方法があるとすればベルギスに乗り込むしかない。」
「それしか手段は無いな…」
「なら、今日の晩から出発だ。用意しておけよ。」
「じゃあ、休学届け出して来なきゃいけないから、俺は一度学院に戻るわ。」
そう言って泉は跳び箱の上から飛び降りる。ボスッとマットの上に着地すると背後に手を振りながら出口に向かって行く。
「あぁ。サンキューな泉」
「お互い様だろ? 湊」