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聖域戦線  作者: 桐ヶ谷港
SOD事件
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エピローグ

 バタッという音が聞こえ、泉はぐったりとした表情で地面に倒れ込む。

「―――泉!?」

 五人が泉の周囲を囲むと、愛や優は泉を抱き抱える。べちょっ、と手が粘ついた熱い液体に濡れる。五人はそれが血である事に気が付くのに、それ程時間を要しなかった。

「真人君は、病院の方に連絡して!! 燐君は騎士隊の誘導をお願い!!」

 地濡れた事などない一般人であれば、この状態でまともな判断は下せなかっただろう。一週間前の優ならば、きっと頭を抱えたまま嫌な現実を直視しないようにしていただろう。

 しかし、優はこの一週間で以前とは比べ物にならない程に強く成長していた。それは、ただ強力な魔法が使えるからという訳でもなければ、戦闘技術が格段に上昇したからという訳でもない。また、特異体質特融の特別な魔法を行使する事が出来るからという訳でもない。強さとは、他者を思い遣る想いの強さである。優は泉の優しさに触れ、精神的にも大きく成長していた。

 ―――今度は私が優しさを返す番だ。決して、挫けちゃいけない!! どんな時だって彼は諦めなかった。自分一人が犠牲になるかもしれないと分かっていても、それでも尚立ち塞がったのだ。

 優は、泉のポケットから治療薬を取り出すと、コートや服を破る。傷口全体に粘付いた液体を掛けていく。

「…ぁぁ…ぁあああ!!」

 苦痛に満ちた声を上げて泉は表情を歪ませる。

 今、泉の身体では細胞の活性化により尋常ではない負担が掛かっている筈だ。皮膚が溶け、骨が折れ、至る所に切り傷、打撲が見て取れる。そして、治療薬を掛けても尚、泉の脈拍は急激に下がり続けている。例え、傷口が―――外傷が治ったとしても、身体の内側に蓄積された損傷は半端無く生命活動が著しい低下をしているのだ。

「―――泉君!」

 優は覚悟を決めて泉の唇に、自身の唇を押し付けると、息を流し込んでいく。肺に空気が送り込まれ、胸部が膨らむ。二度、三度、肺に空気を送り込むと、即座に胸に手を付くと、全身の体重を掛けて圧力を押し付けていく。二十回から三十回胸部を強く押すと、また泉の身体に空気を送り込む。優は泉の心拍が安定するまでに、それを反復して繰り返していく。





 SOD事件―――あれから一週間が過ぎた。

 あの後、優の早急な応急手当によって一命を取り留めた泉は、すぐさま病院に搬送され、二時間に及ぶ緊急手術の後に、騎士隊より事情聴取が掛かり全員が取り調べを受けた。

 SODの人員の大半が捕まり、これで今年は検挙率が上がっただろうと思ったが口には出さなかった。

 SOD戦闘員は燐が仲間だった事を漏斗したお陰で一時的に身柄確保という処分を下された。

 けれども、それは俺の予想範囲内であった。俺は人質となっていた御代と共に詳しい事情を話した。また、燐は誰一人として殺した事がないという事実によって此方側に有利に傾いていた。そして、最後のトドメにSODメンバーが騎士隊に潜入している正確な情報を提供した事により燐は無罪放免により釈放された。



「疲れたぁ~、心臓が本当に止まるとはな……」

「そうだな。二度とあんな怖い真似したくないな。そういや、優ちゃんはどうしたんだ? 退院してから見てないけど……帰った?」

 泉はベンチに深く腰掛けると、高く持ち上げた一本の刀を眺める。

「……あぁ」

「それにしても、本当に貰って良かったのかよ?」

 所々でヒビ割れた漆黒の刀は泉達が命掛けで守った物である。

「何でも、俺がこの刀に触れた瞬間に、こいつは俺を主として認めてしまったみたいなんだよ…だから、誰かに盗まれても、使えないみたいなんだ……壊そうにも壊れないし」

「まあ、お前なら変な事には使いそうにないしな。俺なら絶対に女子更衣室に転移するな。」

「それにこいつは命の恩人だしな。」

 黒光りする刀身を眺め、腰のベルトに刺し直す。

「そういや、愛はもうチームから抜けるかな? あんな危険な事に関わらせたし…」

「聞いてみたら? お前、仲良いじゃん。」

「そうか? まあ、なんでかな~。あの事件の後から、女の子にモテる様な気がするんだよな。あっ!? おーい、そこの可愛い子俺と一緒に遊ばない?」

 真人は凄まじいスピードで少女達の方に走っていく。

「……ふぁ~ぁ~…」

 泉は大きく欠伸をしながら教室へと戻っていく。

「―――泉君」

 何だか幻聴がした様な気がする。そうか、まだ寝たりないのか…そう思いながら保健室へと進路を変更しようとする。

「もう、泉くん待ってよ!!」

 いや、幻聴ではないらしい。ここにいる筈のない声が二度も聞こえればこれは夢なのかもしれない。

「あー、夢か…」

「むう~、えいっ!!」

 背中に確かな温かみを感じる。耳の傍にふぅ~と、息が吹き掛けられる。

「泉くん、いい加減にしないと怒るよ!」

 横に振り向くと、そこには頬を膨らませた少女の姿があった。栗色の髪は腰まで届きそうな程に長く、透き通って見える。彼女が着ている、白と黒を基調とした戦闘服は城咲魔道学院の象徴である、時計塔のマークが付いている。

「ごめん、ごめん。って、何で優がここにいるんだ?」

 っていうか、どうして、この学院の戦闘服を着ているんだ?

「それなんだけど―――私、この学院に転入する事にしたの」

「えっ、本当?」

 うん、と優は頷く。俺はそっと肩に乗っている優を降ろして向き合う。

「…反対されなかったのか? 元々…その、なんていうか…」

「……うん。反対されたよ。」

「大丈夫なのか? もしかして、それって、家―――」

 泉が言葉を紡ぎ終わる直前、彼は優の表情には不安や憂いが見られない事に気が付き、開きかけていた口を閉ざす。ニッコリと微笑んだ表情に、どきりっ、と心臓が脈打つ。

「物凄く反対されたよ。生まれて初めて両親に反抗したの………だけど、決して諦めない事が一番大切なことだよね。最後まで諦めずに説得して、私の想い、二人共も理解してくれたから。」

「――そっか、よかった」

 少年はニッと笑顔を浮かべ、そっと手を伸ばし、眼の前の少女に向けて差し出ていく。少女は差し出された手を数瞬見つめた後、ゆっくりと手を伸ばし、決して離さないようにしっかりと掴み取る。互いの体温が皮膚を伝って、身体全身に沁み込んでくる。

「これからもよろしく―――優」

「こちらこそよろしくね―――泉くん」



 彼等の知らない内に世界は変動を始める。それ等は次第に全ての存在を巻き込む力となり、想いとなり、広がっていく。

自分達はやっと物語はスタートラインに辿り着いたに過ぎない。ここから始まる激動の未来に向けて、二人は確かな歩みを始めていた。

これで、聖域戦線Ⅰはお終いになります。

だけど、これで聖域戦線の話が終わった訳ではないんです……

もしも、この作品を面白い、もっと読んで見たいという人が居れば、この先の聖域戦線Ⅱをお読みください。

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